歴史上、最も有名な贋作作家ハン・ファン・メーヘレンの物語です。どうして贋作であることが発覚したのか。それはナチが関連する裁判台に立つことになったから。もしナチが関与していなければ、この贋作者が世に出ることはなかったでしょう。なぜ偉大な贋作者が生まれたのか、どのような技法を使って制作したのか、なぜ美術専門家は真贋を見抜けなかったのか、 その後もフェルメールを生み出し続けた贋作者に対してマスコミは疑念を持たなかったのか、が手に汗握る文体で描かれています。特に真贋を見分ける方法としての、時代の構図、絵の具の成分分析、X線調査等を、 ハンがどのように磨き上げた技法ですり抜けたか、また美術専門家達へ罠をかけたかが、おもしろい。

誰もが一目を置いていた専門家の見立て違い、彼の言葉に唯唯諾諾と追随した他の研究家達、彼らの判断を額面通りに受取り美術市場に浸透させた画商達、新しいフェルメール作品発見の報をセンセーショナルに伝えたジャーナリズム、疑念を表明しないままそうした成り行きを見過ごした人々、そのすべてに飲み込まれるように動いたコレクター、愛好家、さらには野次馬の集団の心理。 50年前の出来事ですが、これらはそのまま現代にあてはまるのではないかと思います。原発の安全神話、マドフ事件、姉歯事件等、いずれも(何か変だ、違和感を感じつつも)他人や専門家の意見・評価・評判等に頼って自らの見立てを消してしまって起きた事件です。みんなでわたれば怖くないの集団心理は、必ずしも正しい判断でないことの証左です。
 
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<あらすじ:本編より>
第2次世界大戦が終わった直後、ヨーロッパの美術界に激震が走った。戦時中にナチが多くの名画を占領国から略奪し、フェルメール作と思しき作品が混じっていた。それはオランダ人、ハン・ファン・メーヘレンから購入したものであったが、もし、フェルメールが本物なら、ハンは、オランダの国家反逆罪に問われなければならない。そのため作品の徹底した出所調査が実施された。その結果、名画の誉れ高かった他の何点かのフェルメール作品にも贋作の疑いが生じてきた。俎上にのぼった作品の中には、美術関係者・愛好家・ジャーナリズムがそろって絶賛してきたロッテルダムのボイマンス美術館が所蔵する<エマオの食事>も含まれていた。
捜査対象となったハン・ファン・メーヘレンなる人物が、「私が贋作しました」と自白。この言葉に関係者は耳を疑った。誰一人として彼の自白を信用しようとはしなかった。かの傑作<エマオの食事>をこの人物が描いたなんてありえない。

そこで、ハン本人が、問題となっている贋作と似た様式の作品を公開の場で制作し、その疑いを払拭するという異例の手続きとなった。出来上がった作品を見た者は、誰もが衝撃を受けた。問題となっている作品群の様式そっくりだったのだ。本格的な調査が始まり、裁判が行なわれ、贋作の売買に関わった代理人や画商が証言台に立ち、専門家の研究チーム(メンバーの中には、ハンの贋作の美術館購入にかつて賛成した者も含まれていた)が報告をし、懸案の作品群は、17世紀の作品どころか、制作から10年も経ていない正真正銘の贋作であることが明らかになった・・・

ハンは、黙秘を続ければ国家反逆罪に問われるばかりでなく、自分の贋作の腕の高さを世間に知らせることもできない。しかし自白すれば、自分の誇り高き贋作が法の決まりに従い破壊されてしまう。二つに一つの苦しい選択を強いられ、迷った挙げ句、ハンは自白の道を選んだのである。

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ハン・ファン・メーヘレンの最高傑作・贋作は、『エマオの食事』といわれています。フェルメール作品をそのまま模写するのではなく、フェルメールの作風を模写するところに重点を置かれています。17世紀のキャンパスを使用し、当時の絵の具を自分で作り、習得した技法の全てを使い、キャンパスのひび割れや時代の古さを出すなど細部に至るまで緻密に再現し、化学反応やX線をもクリアできる完璧なまでの贋作です。この贋作は、フェルメール作品として、ロッテルダムの国立ボイマンス美術館に展示されています。その当時のフェルメール研究家の大御所である、アーブラハム・ベレディウスにフェルメール作品と認められたもので、その腕前はお見事としか言いようがなく、題材に宗教画を選択して、フェルメールの空白の制作期間の一時期を埋める作品として大注目されたそうです。

ハン・ファン・メーヘレン『楽譜を読む女』。下のフェルメール『青衣の女』を、そのままカンニングしています。贋作の試作段階で売却されず、ハンの手元にあったものです。

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フェルメール『青衣の女』。上記ハンが真似たことは明らかです。

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贋作は最終的にどうなったというと、破損されずにオランダの国立美術館や個人コレクターが所蔵しているそうです。 ファン・メーヘレンが制作し、売却たフェルメールの贋作は以下の通り。
エマオの食事 470万ドル ボイマンス美術館所蔵
ヤコブを祝福するイサク 1,120万ドル ボイマンス美術館所蔵
キリストの足を洗う 1,140万ドル アムステルダム国立美術館  
最後の晩餐 1,440万ドル カルディックコレクション所蔵
姦通の女 1,450万ドル オランダ国有コレクション所蔵

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名門オークションハウス、サザビーズで、2004年にフェルメール作品として、『ヴァージナルの前に座る若い女』が、2,700万ドルで落札されたこともあります。 「すべての売り立て作品は、『・・・の手とされている』ということで売却されます。サザビーズは、所蔵者に敬意を表し、言葉で表現されるものであろうと、ほのめかされるものであろうと、あらゆる種類、あらゆる性質の断言あるは保証をいたしません・・・物の状態、サイズ、質、希少性、重要性、純度、アトリビューション、真筆性、来歴あるいは所有者の財産の歴史的な信用度についていかなる断言あるは保証もするつもりはありません」とう断り書きで、売り立て事業を行なっているそうです。サザビーズが、専門家の手を借りて事前調査をしているにもかかわらず、こうした断り書きをしているのは、鑑定に絶対はないことを熟知しているからでしょう。
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