吉田みきと ほぼ毎日ブログ

「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。」 吉田松陰・高杉晋作語録   「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない。」 西郷隆盛・山岡鉄舟語録

研修/勉強会

Japan Robot Week出展のいわきの企業

ジャパンロボットウィーク(Japan Robot Week2018)が、東京豊洲の東京ビックサイトで開催中。世界の英知を集めた最先端のロボット技術の展示会です。出展企業の多くは、トヨタや安川電機、THK等をはじめとする大企業ですが、ある部門の技術に特化した中小企業もブースを出しています。

わがいわき市からは、福島イノベーションコースト構想推進機構・福島ロボットテストフィールドのブースに、鈴木電機吾一商会さんが出展していました!鈴木電機吾一商会さんといえば、東日本大震災の後に、まったくいちから、市内企業と一緒にロボット開発を始め、災害対応ロボットがんばっぺ1号を作り上げた会社です。社長の鈴木清友さん自らブースに立って説明をしていらっしゃいました。

<災害対応ロボットがんばっぺ1号は、コチラ>
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福島イノベーションコースト構想推進機構・福島ロボットテストフィールドのブースは、県内の複数社で共同ブースですが、かなり目立っていました。

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鈴木電機吾一商会さんが出展していた技術は、なんと「台車」。ただの台車ではなく、車速感応式の電動アシスト台車です。人間の力で軽く押し出すと、それを感知して、電動アシストしてくれることで、台車を押す力が、大幅に軽減されるというもの。この技術の元祖は、がんばっぺ1号の開発時にヤマグチロボット研究所さんが考案・実現させたものだそうです。

<電動アシスト付きの台車、動画はコチラ>
https://youtu.be/TYHLP_DGmfs
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いわきの企業2社目は、マイナーズジャパンさん。特殊なコネクタ製造をしており、現行スマートフォンの製造工程にも実際に使われているのだそうです。佐藤実社長自らブースに立っておられました。いわきの会社が、こうした展示会で存在感を持っていることに誇りを感じますね。

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東京ビックサイトは、巨費を投じられて建設されました。その投資効果に疑問を持つ向きもありますが、こういった大規模な展示会においては、巨大なハコは必須であり、国家や産業が育つためのインフラともいえます。そういう意味では純粋投資の民間に任せきりにするのではなく、中長期的な視点で支出できる公の役割が、この方面にあると実感しました。ただそれを見極めるだけの見識があるかどうかですね。

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犬鳴山での滝行体験

大阪府泉佐野市の犬鳴山で、滝行(たきぎょう)をしました。滝行とは、滝に入って行う修行のことで、静寂により日々抱えるストレスから解放され心を無にする事で、心の癒しを得る効果があるといわれています。全国にはいくつか滝行体験ができるところがありますが、山奥にあることが多く、交通アクセスがあまり良くありません。その点、この犬鳴山は、泉佐野の市街地から車で20分程度と、極めて便利が良いのです。

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滝の入口では不動明王が出迎え。

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白装束で滝に入るのですが、すべてがレンタルなので手ぶらでOK。ただし使用後の白装束は、次の人のために、自分たちで干して帰るというのが暗黙のルールのようです。

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入口から滝までは、徒歩で狭い山道を登っていきます。導師?に案内され、最後の端を渡って到着。この導師は、滝行の最中、ずっとお経を唱えてくれ、ときおり喝を入れてくれました。

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犬鳴山オリジナル白装束。シンプルだけれど、こういったアイテムがあると、気分が盛り上がりますね。

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滝行を行う場所は人工に作られたところではなく、完全に自然の滝です。鳥の声がときおり聞かれる大自然の中で滝に打たれると、自分と自然の一体感を体感できます。そして夏で気温が高いとはいえ、水温はかなり低く、長く浸かっていると感覚が麻痺してきます。その中で、雑念や邪念が浄化され綺麗なものが体や心に新たに流れ込んでくるのかもしれません。

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晴れの日が続いていて、普段よりも滝の水量は少ない日だったと聞きました。しかし滝に入ってみると、それなりの水量があり、鎖にしっかりしがみついていないと足を滑らせそうでした。またとても目を開けていられない。その結果、半眼で無心にならざるをえなくなり、ひたすら「南無!」を唱えました。

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ドーム有明本社2018

ドーム有明本社を訪問しました。ドームさんは、2015年に有明の倉庫街へ本社を移転し、その直後に視察させていただいたことがありました。その際、筋肉増量のためのカフェや、パーソナルトレーニング施設を見学させていただき、いわきFC躍進の原点を見たと思っていました。今回、その3年後に訪れたわけですが、体育館?と見まごうような講堂や洗練されたオフィス等、さらにバージョンアップされていました!

<アンダーアーマー有明本社のカフェ2015は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/45963475.html
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株式会社ドームの由来は、Dedeicated Organizarion Motivated to Exele.の頭文字。直訳すれば、最高を目指すために、全力であたる組織、ということでしょうか。安田社長の熱い思いが込められています。

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復興大臣へ要望書を提出

先日、小中学校エアコン導入問題について、地方自治体の財源の制約がある旨を書きました。そのため、いわき市議会清政会として、吉野正芳復興大臣を訪問し、地方自治体財政への影響を考慮して、国の負担率を検討していただくよう要望書を提出しました。

<小中学校エアコン導入問題は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/52387914.html
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復興庁は、霞ヶ関の中央合同庁舎第4号館にあります。その10階にある大臣室からは、国会議事堂や議員会館等が一望できました。復興庁は、震災発生から10年となる2021年(平成33年)3月で廃止されることとされてます。そのデッドラインまであと2年とちょっとです。それまでに復興を成し遂げなければなりません。

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ふるさと納税日本一 泉佐野市の秘密

2017年度のふるさと納税で、大阪府泉佐野市への寄付金が135億にのぼり、日本一を達成しました。2位以下(100億円未満)を大きく引き離しでの、ぶっちぎりの一位だそうです。泉佐野市役所で担当者らにそのコツを伺いました。

その前に!!!市の公用車のラッピングが、ど派手です。このタイプが二台あり、いかにふるさと納税に力を入れているかがわかろうというもの。

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泉佐野市の千代松大耕市長、辻中隆議長にもご臨席いただき、大変恐縮でした。そして担当者からその取組みの実情をお話しいただく貴重な機会(ある意味ノウハウ流出?)をいただきました。ひとことでいうなら、六年前から地道に取組み、スタッフを拡充し、顧客(ふるさと納税者)のトレンドを読み、失敗をおそれず迅速に対応していくことです。文字にすると平易ですが、行政の一組織がこれを実践してきたというのは、民間への出向経験を持つ市の担当者の力量のみならず、トップである首長の腹の据わり方も大きい。具体策の一例は、以下のとおり。
・関西空港を拠点とするピーチアビエーションというLCCの搭乗ポイントへの還元(還元率50%!)
・地元産ではない、ふるさと納税の人気商品である肉・カニ・米を品揃え(地元業者の取扱い品として)
・返礼品の還元率は一般的に高い
・ビールや鰻の蒲焼き等の嗜好品も充実
・複数の自治体のふるさと納税をチェックしなくてよいように、1000種類を超える商品をワンストップで取扱い

これだけのふるさと納税額があると、件数も膨大になり、ふるさと納税証明書の発送も人力ではおいつかず、自動で印刷・封筒封入までできる全自動機械を導入しているそうです。市の職員2名、選任のスタッフ10名程度で運営するには、いかにして、人的工数を減らすことがポイントだそうです。

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泉佐野市が、2017年度のふるさと納税で全国一位を達成して、総務省から「返礼品の返戻率を3割以下に」「返礼品は原則として地元産のもの」という指摘がやはりあるようです。これらには誠実に対応していくとのことです。

一般的に、行政の言葉にはない「失敗」「誤謬」。これを恐れずに実践し、失敗したら修正し、これを高回転でやっていくことが、成功のポイントのひとつ。民間では当たり前かもしれませんが、行政組織はこれが、なかなかできない。

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売りたいものを売る、見せたいものを見せるというプロダクトアウトの発想でなく、顧客が買いたいものを用意する、買いたいものを創り出すというマーケットインの発想です。実は泉佐野市の特産は水ナスやタオルという、特産品としてはややマイナーなものしかありません。しかし全国の自治体とふるさと納税品の調達で相互提携し、1000種類を超える返礼品を用意する等、まさに「創り出す」発想です。

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泉佐野市の観光名所のひとつが、犬鳴山。市街地から20分ちょっとで、本格的な滝行(たきぎょう)ができるスポットとして関西では有名らしい。それにあやかって「イヌナキン」というキャラクターを作りました。そのゆるキャラ版がこちら。ゆるキャラグランプリ2017では、大阪府代表として出場し38位でした。さて、今年はどういう結果になるでしょうか。

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こちらが泉佐野市のふるさと納税のパンフレット現物です。全38ページと、意外とコンパクトでした。1000種類もあると、パンフは紹介の一部であくまでのダイジェスト版の位置づけです。。WEBでの紹介、注文がメインストリームだからできることなんだと思います。

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誰も言わないねずさんの世界一誇れる国日本

ねずさん、本名小名木善行さんは、「小名木善行ねずさんのひとりごと」のブログで、世界に誇れる日本を紹介している方です。その新著が、「誰も言わないねずさんの世界一誇れる国日本」。要約すると、先人たちが目指した日本の姿を取り戻そう、そしてそれは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることを実現しようというもの。そのねずさんの講義を直接聞く機会がありました。

我が国の先人の思想や活動は、まだまだ知られていないことが多い。というか戦後教育で意図的に無視されてきた嫌いがあります。あえて積極的に知ろうとすれば、ぞくぞくと誇れる日本、先人の活動が見えてきます。

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目からウロコ!だったのが、国家最高権威としての天皇陛下と、統治者(権力)としての幕府・政府機関、我々民衆との関係「シラス=知らす」です。天皇陛下にとって国民は、大御宝(おおみたから)として所有していたもの。2600年前(少なくとも1500年前)の昔から日本は、国民を(家族のように)宝としてきた。

また、「権威」と「権力」の分離。天皇陛下が国を治める時、自分が直接、国民の面倒をみるのではなく、時の権力に政治を委任。そのとき、天皇陛下の役割はもっぱら祈り。任された権力も、陛下から権力を預かったいる意識から、(支配・統治の関係にはなく)国民のための政治をしようとします。

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以前から、ブログ等での活躍は知っておりましたが、台本・原稿なしで、かつての日本の先人たちの活動の素晴らしさを伝える姿勢に、賛同いたしました。

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清水公園 日本屈指のフィールドアスレチック

清水公園は、千葉県野田市にある28haもある大きな公園(東京ドーム6個分!)で、フィールドアスレチックが充実しているのが特徴。他にも、キャンプ・バーベキュー・アクアベンチャー等の野外エンタメ施設があり、国道16号からも近く、広大な駐車場も完備されているので、首都圏を含む近隣からたくさんの方が訪れます。

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最大の特徴は、100種類もあるフィールドアスレチックです。水上コース・チャレンジコース・コースがあり、特に水上コースは、アスレチックから落ちたら、びしょ濡れ覚悟が必要。まるで、テレビ番組に出てくる施設のようで、子どもだけでなく、大学生らに大人気でした。なお、池の水深は数十センチなので、小学生以上であれば誰でも安全に遊べます。

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アスレチックに水を張るというよりも、巨大な池の上にフィールドアスレチック施設を置いた、というイメージです。
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小さい子にもとっては、落ちたらどうなるか?というスリリングが体験。一方、大学生らにとっては、落ちてびしょ濡れになること自体を楽しんでいました。女子学生らも積極的に落ちてびしょびしょになって楽しんでいたのが印象的でした。

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お約束の吊り橋。安全ネットは張ってあるものの、いわゆる「吊り橋効果」がカップルに有効なのは確か。

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キッコーマン醤油から寄贈された、木造アスレチック施設。清水公園とキッコーマンとの関係は深く、もともとは、野田醤油(キッコーマン)初代社長の父が、金乗院の林地5千5百坪を借地して造園した庭園だったそうです。それが一般開放され、いろいろな施設整備がなされて現在にいたっているとのこと。現在も施設の管理運営は、株式会社千秋社という創業者一族の資産管理会社が担っています。

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水上コースだけでなく、チャレンジコース等にも難易度が高い施設がたくさんありました。

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キャンプ場内にあるBBQ棟はかなり充実していて、基本的に屋根付きの全天候型。天候に左右されずBBQを開催できるのは、イベント運営側としては大変助かるのではないでしょうか。なお、最大1,000人も収容できるそうです。

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大駐車場も近く、ほとんど機材がなくとも手ぶらで、木々の囲まれながら、森林浴も兼ねてBBQできるのは、楽しい。

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ニジマス釣りの釣り堀もあります。釣った魚は、その場で、さばいて貰い塩焼きにして食べることができます。首都圏のこんなまちなかで、ニジマス釣りができるとは、大変に驚きでした。

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第3回 福島第一廃炉国際フォーラム

第3回 福島第一廃炉国際フォーラムが、いわき市アリオス大ホールで開催されました。主催は、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)です。ちなみに第1回は経済産業省資源エネルギー庁とNDFとの共催)。今回も、IAEA,OECD/NEA,CEA,NASA等の国際機関が招聘され、議論・発表がありました。

今回は二日間の開催で、テーマと会場も別に設定されました。
一日目  地元の皆様と考える1F廃炉@楢葉町コミュニティセンター
二日目 技術専門家と考える1F廃炉@いわき芸術文化交流館アリオス

<第1回廃炉国際フォーラムは、コチラ>
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私が出席させていただいたのは二日目です。アリオス大ホールには、市外の科学者?技術者?と思われる方々がたくさんさんかされていました。

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国内外の専門家による福島第一廃炉の最新状況、関連技術の報告及び意見交換が行われました。

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どの発表者も、練り上げられたパワーポイントを使って説明。動画も多用されていました。

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ホールで行われた、技術ポスターセッションでは、廃炉作業に使うロボティクス技術等の展示がなされていました。廃炉の作業過程は、技術的に高度なものだし、現物を見る機会もないことから、一般人には縁遠いものです。一方、廃炉作業は今後数十年続くことが判明していて、近隣自治体のいわき市としても、その影響(経済的・金銭的・技術的等の多方面)は、しっかりと把握しておきたいところです。

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長久保石水 江戸の地図男

長久保石水は、水戸藩の地理学者です。江戸時代の地理といえば、伊能忠敬の大日本沿海輿地全図があまりに有名ですが、経緯線まで入った最初の日本全図(正式名称は『改正日本輿地路程全図』にほんよちろていぜんず)を作りあげたのは、この長久保石水です。伊能忠敬の日本地図の40年以上も前のことです。伊能忠敬は現地測量を重ねて17年の月日をかけて地図を完成させました。一方の石水のスゴイところは、現地測量なしで、資料は基本的に距離等が書かれた文献のみ。それを読みこみ天文学とハイブリッドさせて、緯度経度を入れた地図を作り上げたしまったところです。にわかには信じられない。

伊能図(いのうず)は幕府に献上・秘図とされ、一般の人の目に触れることはありませんでしたが、長久保石水の赤水図(せきすいず)は、多色刷りの版画で一般販売され、幕末の日本人に大いに利用されたそうです。伊能忠敬も現地測量にあたり必ず石水図を持参したらしい。吉田松陰も赤水図を携えて仙台まで旅し、長州への岐路、茨城県高萩市赤浜にある長久保赤水の墓に参詣したそうです。シーボルト事件では伊能忠敬のつくった日本地図を国外へ持ち出そうとして厳罰に処されましたが、シーボルトはこの石水図の持ち出しには成功したようで、いまでも欧州の博物館などに収蔵されているそうです。薩長軍が奥羽越列藩同盟軍と戦う際にも参照していたはずで、歴史の転換点に重要な役割を果たしたことになります。

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その長久保石水の生まれは、茨城県高萩市です。高萩市の歴史民俗資料館には石水図の1779年の第一版から1840年の第五版まで展示されています。石水の死後30年以上経っても、バージョンアップを重ねながら発行された、日本初の日本地図のベストセラーですね。この方は、農民出身にもかかわらず、学習を継続し、儒学者となり、天文学も学び、この地図を作った。最後は拝命帯刀まで許され、藩主徳川治保の侍講に取り立てられます。そんな立身出世にもかかわらず、生活は質素で、ひたすら学問と地図に命をかけていたらしい。間違いなく、幕末・維新の関係者に有益な情報を提供した方です。

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なんと驚きなことに、樺太、千島も描かれており、これまたなんと樺太とロシアの間の海峡(すなわち間宮海峡)も描かれている!間宮林蔵が発見したことが歴史的事実と教えられてきましたが、それよりも先に長久保石水が(文献状から)発見し地図にしたいたとは。

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現在、韓国が領有権を主張しはじめ、占有してしまった「竹島(当時日本は松島と呼んでいた)」もしっかり地図に描かれており、改めて日本国固有の領土、すなわちこれまで一度も他国に属していない島であることが客観的事実として明らかです。

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長久保石水は、日本地図にとどまらず、世界地図や清国地図も制作しています。その精度は、とても現地実査なしで作られたモノとは到底信じられない。

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その長久保石水が、儒学者として、1751年(宝暦元年)に小名浜の観日亭で春秋左氏伝を講義したとの記録があるようです。伊能図に比べて石水図が極めて優れているのは、海岸線の形のみならず、宿場町の名前や、河川・幹線道路の情報が詳細に記載されていることです。旅のお供という点では、伊能図よりも圧倒的に石水図が優れているわけです。いわき周辺では、平・中之作・小名浜・植田・湯本・四倉・久之浜等の地名が見て取れます。逆に内郷は、まだ石炭の採炭が盛んになる前なので、地名には出てきていないんですね。街の盛衰も感じることができました。
 
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日本郵船大井ふ頭コンテナターミナル

日本郵船大井ふ頭コンテナターミナルです。東京港の大井ふ頭6/7号バースが、日本郵船専用となっていて、コンテナをつり上げ移動する、ガントリークレーンが6基設置されていて、同時に2つのコンテナ船の積み卸し作業をすることができます。ターミナル総面積は275,000㎡もあり、コンテナの蔵置能力は約14,000TEUだそうです。

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ゲートでは、入出庫のためのトラックがひっきりなしにやってきています。このゲート入り口で、どのコンテナをどの場所から積み出すかの指示書を受け取り、指示通りに動きます。

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一般的な40フィートコンテナです。これ以外にこの半分の20フィートコンテナで、ほとんどを占めます。コンテナ自体は、船会社(日本郵船)の所有で、その利用料は運賃に含まれるものだそうです。ちなみに、日本郵船のシンボル・マーク白地に二本の赤いラインは「二引(二曳・にびき)」とよばれます。なぜ二引が使われているかというと、同社の設立の由来です。

同社の設立の発端は、坂本龍馬の作った海援隊です。海援隊の会計を担当していた岩崎弥太郎がそれを受け継ぎ、のちに「三菱」の基礎を作り、その船舶部門が郵便汽船三菱会社です。一方、渋沢栄一の肝いりで作られた共同運輸会社と、激しい運賃競争をしたそうです。結果、1885年に両者が合併し、その対等合併の証として、2社を白地に紅色2線で表した社旗、通称二引(にびき)からとっているんだそうです。先人の歩みと歴史を感じる。

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国際物流の基本は、コンテナ輸送です。なぜなら国際規格のコンテナで統一されているため、どんな船でも貨物をコンテナに詰めれば世界中のどの港へでも運送できるからです。今やあらゆる貨物が世界中に低コストで配送されています。運賃も東京港からアジア主要港まで、ひとつのコンテナで数万円程度、例えば、例えば中国の工場で作られた衣類がヨーロッパの顧客の手元に届くまでの時間は35日程度で、シャツ1枚あたりの輸送コストもわずか1セント(約1.2円)以下といわれています。なので、このコンテナの主要航路になっているかどうかは、産業が有利にできるかどうか、ひいては国力そのものに直結します。

しかし2015年調査によると、東京4百万TEU、横浜3百万TEUに対し、上海(中国) 36百万TEU、シンガポール 30百万TEU、香港24百万TEUと、京浜(東京港+横浜港)の数倍の取扱高となっており、もはや世界的には、東京はコンテナの主要航路ではなくなりつつあります。これは、いかにもマズイ。おとなりの韓国 釜山でさえ19百万TEUです。

<世界の港湾別コンテナ取扱個数ランキング は、コチラ>
https://www.mlit.go.jp/common/000228237.pdf
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整然と並んだコンテナ。コンテナの輸送は、単に大型船で港から港へ運べばいいというものではなく、荷物を詰め込んだコンテナを輸送船の停泊している主要港まで運ぶトラック、主要港から各地の港まで輸送するフィーダー船、さらに港でコンテナの上げ下ろしを行うクレーンの運転士、税関検査官、コンテナの鉄道輸送があるなら鉄道関係者らと多くの人が関わるとても複雑なプロセスがあります。それらの方々の作業の結果が、このように整然と並んだしかし、コンテナが持つ均一性により、作業はスムーズに行えるようになっています。

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神戸港震災メモリアルパーク

阪神淡路大震災によって被災したメリケン波止場の一部(岸壁60m)が震災そのままの状態で保存され、見学できるように整備されています。そこでは、神戸港の被災の状況、復旧の過程など記録した模型や映像、写真パネルなども展示されています。震災すさまじさを間近に見て、肌で感じることができる体験型の施設。周りがしっかり復旧されているだけに、この空間だけ異次元です。

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これが当時運用されていた岸壁だとは信じられない。あらためて自然の力の偉大さを体感。

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街頭は曲がり、岸壁は崩れ落ちていて浸水していて、信じられない光景でした。

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遠くに見える神戸オリエンタルホテルと、被災保存岸壁との対比が象徴的でした。神戸港は震災前の1994年には取扱量が292万個と国内トップで、世界でも6位とアジアのハブ港でした。震災後は、荷物が中国・上海や釜山に奪われてしまいました。震災で逃げた荷物は復旧後も戻らず、神戸港は世界の取扱量で56位(2015年)だそうです。なお、現在取扱量のトップ10の7港を中国が占めるそうです。

これの要因のひとつには、神戸港をはじめとする日本の港が、貨物船の大型化に伴う大深度水深の港にしてこなかったことが上げられます。例えば上海港は国策で、大水深の港と大規模なコンテナターミナルを建設し、数10kmに及ぶ高速道路で市街地と結んでいます。そんな近隣諸国の動きを知りつつも、日本国内の主要港への集中インフラ投資をしてこなかった日本。この彼我の差が、日本の失われた20年の要因のひとつでしょう。残念でなりません。

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神戸港震災メモリアルパーク内に設置されていた、震災当時の説明動画が秀逸でした。数分の映像でしたが、神戸港の全体がどのように被災し、復旧していったがよくわかる映像です。これを見るためだけに、ここを訪れる価値がある。

<神戸港震災メモリアルパーク 説明動画は、コチラ>
https://youtu.be/Ns1lRtRZorA
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年季の入ったボタン。日本語はもちろんですが、韓国語・中国語・英語版が完全フォローされていて、インバウンド観光客への対応が完璧でした。

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ジオラマも、わかりやすかった。ぐだぐだ解説文を用意するよりも、こうした図や映像、模型を使った説明の方が、一覧性があり、忙しい観光客には向いていることを再確認しました。

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丸亀町商店街 自転車走行禁止

香川県高松市の丸亀町商店街は、商店街の再開発の成功事例として有名。都市をコンパクトに縮めなければ、街の機能を維持出来ないという、まちづくり戦略について、先日視察させていただいてきたところです。

さて、この高松市は讃岐平野という四国地方最大の平野の中にあり、自転車通学・通勤が多い。商店街の中を激走する自転車対策としては、商店街への自転車乗入禁止を実施中。

<高松丸亀町のまちづくり戦略は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/39987312.html
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マナーの悪い人はごく少数で、ほとんどの方は(若者も含めて)、自転車を手押しで押していました。みんながやれば、それが当たり前のように習慣になってくるんですね。

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市としても放置自転車対策としてまちなか駐輪場整備などにも力を入れていますが、追いついていないところもある。それにしても、地方都市にもかかわらず、自動車での移動に頼らない層(すなわち自転車利用層)がこれだけ厚いと、まちなか商店街へのアクセスが良くなり、(週末一回のモールでなく)日常的な買い物も商店街でするようになり、地方のオカネが地方で回るようになる。自転車利用の素晴らしい利点を感じる街でした。

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商店街に原則として、自動車(自転車は手押し)が入らなくなるようになると、歩行者の安全性確保という視点だけでなく、路面のデザイン等にも工夫がなされるようなり、まちとしての魅力がアップします。単に商店街の店舗構成や再開発ビルにとどまらないまちづくりですね。

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おちゃめに100歳!寂聴さん 瀬尾まなほ著

瀬尾まなほ氏講演会が、いわきワシントンホテル椿山荘で開催され、司会進行役を務めさせていただきました。瀬尾さんは、作家の瀬戸内寂聴さんの秘書で、現在30才。寂聴さんとは66才の年の差があります。2011年に、京都外国語大英米語学科を卒業と同時に寂庵(じゃくあん)に就職されました。2013年からは瀬戸内さんのスケジュール管理や食事など、秘書業務を1人で担当(現在は複数のスタッフがいるそうです)。瀬戸内さんとの日々をつづった「おちゃめに100歳! 寂聴さん」(光文社)を昨年出版されました。この本の内容にも触れながら、人生には「笑い」が必要で、瀬尾さんは寂聴さんに、いかに笑って貰うかを真摯にとりくんでいらっしゃる体験をお話しいただきました。

今回の企画は、福島県商工会議所青年部連合会 平成30年度第1回若手後継者等育成事業のひとつでした。
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出版のきっかけは、瀬尾さんが寂聴さんに送っている個人的な手紙だそうです。秘書業務を務める上で、嬉しかったことや困ったこと等の受けとめを、文章に起こしたものです。対外的に出すつもりはなかったものが、寂聴さんがその著書の中で、手紙そのものを引用し、出版社の編集者にまなほさんの文章力を評価していることが伝わりました。これをきっかけに、連載『まなほの寂庵日記』として15社以上の地方紙に掲載されることになったそうです。そしてついに、単独での出版にこぎつけ、すでに18万部以上が売れているそうです。サインをいただきましたが、手早く描くイラストは、寂聴さんと瀬尾さんの特徴がにじみ出ていました。寂聴さんとのあったかい関係性・雰囲気が伝わってきます。

ここで印税の邪推・・・出版単価1,300円×販売部数18万部×印税5%(推測)=1170万円。かなりの額ですね。それでの寂庵の運営というのは、基本的に火の車なんだそうです。

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秘書業務の傍ら、いろいろな人のつながりを通じて「若草プロジェクト」という団体の理事をつとめていらっしゃることの紹介もありました。貧困、虐待、ネグレクト、DV、いじめ、性的搾取、薬物依存、育児ノイローゼ…社会の抱える様々な問題に翻弄され、苦しむ少女・若い女性たち。そんなSOSを心に抱えた少女や若い女性たちと、彼女たちを支援する人たち(支援者)とをつなげ、支援を確実に届る団体です。

そんなつながりも、寂聴さんの秘書というきっかけがあったこと、その縁に感謝しているというお話しでした。なお、講演会の撮影はNGということだったので、写真は著書の表紙・裏表紙です。

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トラム@鹿児島

鹿児島市には全国でも少なくなった路面電車が走っています。路線は二系統、総営業キロ13.1kmで全国5位。歴史は古く開業は大正12年。現在は鹿児島市の直営で、年間延べ約1千万人の利用客があり、健全経営らしい。最新型の二輛連結式の低床式車両も導入されています。

これまで地方都市を訪れる際には、なるべく路面電車を使い、その良い点・悪い点を把握しようと思っています。これまで、広島・富山・松山・熊本の路面電車は乗りましたが、鹿児島市ははじめて。

かつては、いわき市でも、平ー小名浜の約13kmをトラム・路面電車を走らせようという計画がありました。様々な理由で計画は実現には到りませんでしたが、実現していたらいわきの街並みは大きく変わったであろう事は間違いありません。

熊本市の路面電車の所感>
富山市のLRTの所感>
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幹線道路上を走行し、また交差点での信号待ちもあるため、速度はかなり遅いです。にもかかわらず、平日日中でも市民の足として利用されています。

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中央分離帯が緑化されているのは、他の地方都市と似ていました。これがあることで、景観が大きく改善されていると思います。

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現在放映中の「西郷どん」のラッピングも。話題になっている素材をできるだけ活用していくという姿勢に賛同します。

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初乗り170円。なぜかスイカは使えません。

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いろいろなカラーリングの車両が走っています。よくみると年代や型式が、多種多様。新型車両も導入されていますが、他都市で使用されていた中古車両も多い。

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ユニクロ柳井正氏講演

カジュアル衣料の製造販売「ユニクロ」の柳井正氏の講演会に参加しました。公認会計士制度70周年記念式典の一部で、演題は「会計士が世界を変える」です。協会式典のプログラムなので、業界に対して「ヨイショ」がありがちですが、そこは辛口の柳井氏、丁寧ながらも辛辣な批評・提案がありました。

「服を変え、常識を変え、世界を変える」が、最近のお気に入りの創作言葉だそうです。著者の主張は、一貫しています。山口県宇部市という片田舎の個人商店にもかかわらず、世界を代表するSPAアパレルに成長できたのだから、どんな個人・企業にもチャンスはある。Now's the Time. 今こそが動き出すタイミング。失敗を恐れず、チャンスをつかみとろう、というシンプルなもの。

その原体験は、フリースとヒートテックの爆発売上、高品質&ベーシックデザインのマーケット浸透、商業中心地への旗艦店出店戦略という成功体験とともに、ロンドンからの撤退・縮小、中国へのブランド戦略の過ち、シンガポールへの進出形態のミスという大失敗の経験。それらを乗り越えて、今や海外売上げと国内売上げが拮抗するくらいのグローバル企業になっています。
<著書 現物を見よは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/19404170.html
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公認会計士の業務への理解は深く、株式公開時に一緒に汗をかいてくれた会計士には深い感謝とともに業務に対する重要性も認識。一方、監査という制度に乗っかっただけの「お墨付き」業務や「はんこ押し」に対する、冷ややかな批判は強い。会計士はその制度の枠を超え、「超公認会計士」となるべきという、オリジナルな提案をされました。すなわち財務に関する知識を、クライアント会社の業務、とくに経営計画の策定等、社長の業務に深くコミットすべきというものです。

また政治に対しても、数字で政策が判断されていない現状を憂いていて、政治家が全員、会計士だったらよいのに、という特徴的な考えを披露されました。会社にしても行政にしても、財務・数字がわかる会計士が一緒に計画を作るような世の中にしたいという思いは賛同できるものでした。

最後にケネディの言葉を引用されたのが印象的でした。「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何を成すことができるのかを問うて欲しい」。明治期の日本の急成長の裏側にも、「国のためにすることは名誉なことだ」という暗黙の認識が、市民の中にあったからだといわれています。これらは、国や地域を問わず、自立した個人・会社を実現するためにも、国に頼らず、逆に個人が国を支えるというような心づもりが必要だということだと思います。


 

遊就館 阿南惟幾の遺書

遊就館(ゆうしゅうかん)は、靖国神社境内に設置された資料館です。設置は明治初期で、当初は幕末維新の新政府軍戦没者ゆかりの品を展示する目的で開館しました。当時は国営(敷地の靖国神社も、国営だった)で、明治天皇が「武器ノ沿革ヲ知ルヘキ物件ヲ蒐集保存シ軍事上ノ参考ニ供スル所トス」と勅令を発したことで、日清・日露戦争の軍事資料も収集・展示されるようになりました。結果として、現在は、幕末維新期の動乱から大東亜戦争に至る戦没者や軍事関係の資料を収蔵・展示しています。日本では、唯一の軍事博物館とのこと。

<靖国神社 参拝は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/47451032.html
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太平洋戦争のビルマ・インド侵攻作戦の陸上補給を目的に作られたのが泰緬鉄道。タイからビルマまで400kmの区間で鉄道建設を15ヶ月という驚異的な早さで敷設したのは驚き。そして実際にはその線路を走っていた、機関車C5631が現物展示されています。

悪名高きインパール作戦でも大量の兵士輸送のために使用された泰緬鉄道。そんな歴史をしっかり認識するためにも、現物展示は有用です。

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遊就館内部は基本撮影禁止ですが、大展示室だけは、写真撮影可。ヤップ島のジャングルで発見された艦上爆撃機彗星です。複数の機の部品を継ぎ合せ、足りない部分は補って、展示用に復元制作された一機だそうです。その奥には伝説のジェット戦闘機、桜花のレプリカです。戦争時の航空機開発の技術の進歩のスピードには驚きです。いったいどれだけの開発費が投じられてきたのか。

幾多の現物展示がありますが、なんといっても見るべきは、阿南惟幾の遺書です。市ヶ谷防衛省にも、太平洋戦争終戦時の陸軍大臣、阿南惟幾の着ていた冬服の展示がありますが、こちらには、8月15日早朝、ポツダム宣言の最終的な受諾返電の直前に陸相官邸で割腹自殺したときの、血痕がついた遺書が展示されています。あまりの圧倒感に言葉を失います。

<市ヶ谷防衛省 極東国際軍事裁判は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/49977641.html
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九七式中戦車。第二次世界大戦における日本軍の主力戦車でした。近代の重装甲・重武装化した新型戦車のイメージと大分違っていて、対戦車戦は意識されていなくて、歩兵支援や陣地攻撃を想定しているので、軽装甲・軽武装だったのだそうです。

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海軍カレーも館内で食べられます!海軍カレーは、横須賀等の軍港都市でブームになっていますが、ベースは1908年に制作された「海軍割烹術参考書」だそうです。ここに書かれたカレーライスのレシピを、横須賀鎮守府が手軽で肉と野菜の両方がとれるバランスのよい食事としてを採用したのだとか。

<横須賀海軍カレーは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/38924930.html
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絵本美術館 いわきの宝!

いわきの合磯にある、太平洋が一望できる絵本美術館はいわきの宝です。この建物は、日本を代表する建築家・安藤忠雄氏の設計によるもので2005年竣工。館内では約1,500冊を超える絵本が壁一面に展示され、しかも手にとり、そばの机やソファ読むことができるというもの。

ここは公立の施設ではなく、学校法人いわき幼稚園という民間が保有する施設です。学校法人いわき幼稚園さんは、いわき幼稚園(平中山)、白ばら幼稚園(山田町)、ありす幼稚園(中央台鹿島)を運営する母体。

先代園長 巻レイ氏が、安藤忠雄氏に、こどもたちと本との大事な関係、ステキな風景等の思いを手紙にしたためたところ、すぐに安藤氏から電話があり、一週間後には現地に来てくださり、翌日には設計を引き受けてくれたそうです。

「まどのそとのそのまたむこう 絵本美術館」の名前は、アメリカの絵本作家、モーリス・センダック氏からとのこと。『かいじゅうたちのいるところ』は、世界中で約2000万部売れたそうです。

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コンクリート打ちっ放しの館内は、木製の本棚にびっしりと絵本が陳列されていて、そのカラフルさがあまりに美しい。これは絵本の内容だけでなく、表紙の色彩等も勘案して、定期的に展示替えをしているそうです。なにげに置かれているぬいぐるみ等のセンスが良いです。

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地上1階、地下1階の館内との触れ込みですが、吹き抜けの高さはビルの3階建てくらいあります。5層の床が7つの階段でつながっていて、螺旋状に下に降りていくことができます。一回では行きたい場所にたどり着けないようになっていて、まるで迷路です。

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壁面一面に猫の絵本がいっぱいです。

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三角にきりとられた天窓からは、太陽光がキラキラと、薄暗い室内を照らしていて、そのコントラストが美しい。

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本来、いわきの幼稚園の3園のこどもたちのための専用施設という位置づけなので、園児以外の一般入場には事前の手続きが必要です。安藤忠雄氏の「建築」であるというだけでなく、「絵本」「景色」の組み合わせは、日本ひろしといえども、ここしかないオンリーワンの施設なので、竣工以来、視察の希望が引きも切らないそうです。事前申込には、往復はがきに名前、住所、連絡先を書いて美術館宛に直接投函します。後日、美術館から日時を書いた招待状が手元に届きます。

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一般開放日には、たくさんの訪問客が、建物内をウロウロし、実際に絵本を手にとって読み、景色を眺めます。絵本には、古いものから新しいものまで、また日本だけでなく海外の絵本もたくさん所蔵されていました。

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太平洋を一望できる豊間・合磯の高台に絵本美術館は位置しています。眼下には、太平洋が一望。

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ティーカップの並んだ棚の前には、ピーターラビットやくまのプーさんらのマスコットがお出迎え。園児達も喜びそうです。

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最上階フロアにある、ロフト?のような絵本読みのスペースには、やわらかいクッションが敷かれ、半円状のソファ?がおかれて、思い思いに座って絵本を読んでいました。

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まるで空中に浮いているかのような渡り廊下。

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最下層から吹き抜けを見上げてみました。

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いろいろな場所にギミックが置いてあり、飽きさせません。

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ムーミン谷の仲間たちの椅子。

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海外の絵本も、国ごとに整理され、探しやすくなっていました。

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2006年には、建築業協会から「第47回BCS賞(建築業協会賞)」を受賞した建物なのだそうです。

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豊間海岸は、防潮堤の建設が進んでいます。

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結論は、こういった建物で絵本と風景に触れることができる、いわき幼稚園(平中山)、白ばら幼稚園(山田町)、ありす幼稚園(中央台鹿島)の園児さん、そしてそこに通園させている父兄さんが、正直、うらやましく思いました。また、この建物を建て、膨大な絵本の収蔵に尽力した、先代園長の巻レイ様に、改めて敬意を表したいと思います。

さて、このようないわきの宝といういうべき「絵本美術館」。非公開だからこそ、園児たちが安心して絵本に触れることができるとはいえ、いわき市民の多くがその存在すら知らないということは、もったいない。一度、訪れて、その素晴らしさに触れることをぜひオススメします。

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アンガーマネジメントの学び

怒りを知りコントロールし、個々のパフォーマンスを上げるアンガーマネジメント。個人ベースだけでなく、社会全体のストレスをなくし、そして生産性を上げることともつながる。このツールは有用です!

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学ぶ素材として、本だけでなくゲームもあって、取っ付きやすい。日常生活で自ら実践していきたいですね。

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宇都宮美術館 サヴィニャック展

宇都宮美術館は、宇都宮市北部にある市立美術館です。近現代美術やポスター、デザイン家具などを中心に作品を収蔵・展示しています。現代美術をメインテーマとしている市立美術館という点では、いわき市立美術館と共通しています。

実際、いわき市立美術館の館長である佐々木氏が、その経験と能力を買われて、宇都宮市立美術館に招聘され、現在は両方の美術館の館長を兼務しています。その縁もあり、両美術館の相違を知るべく視察させていただきました。

<いわき市立美術館 総選挙は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/50952786.html
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宇都宮市郊外の26ヘクタールの広さを持つ「うつのみや文化の森公園」内にあり、美術館の建築面積は5,000㎡を超えており、建築面積でいえば、いわき市立美術館の2.5倍、敷地にいたっては100倍以上の規模です。いわき市立美術館はいわき市の直営ですが、こちらは、公益財団法人うつのみや文化創造財団が、指定管理者としてを受け、管理運営しています。その予算規模は、いわきの約2倍だそうです。いわきの収蔵点数1700点に対し、5000点を超える収蔵点数があり、収蔵庫の維持にもきっちりと予算措置しているようです。

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ちょうどサヴィニャック パリにかけたポスターの魔法の特別展が開催されていました。レイモン・サヴィニャックは、フランスのポスター画家で、代表作は「モンサヴォン社の牛乳入り石鹸」の広告です。それ以外にも、ペリエやエールフランス、オランジーナ等、数え切れないほどの有名な会社のポスターが展示されていました。日本の遊園地「としまえん」のポスターも手がけられていたとは知りませんでしたが。

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美術館内のレストランは超人気で、平日であっても予約を入れておかないと、入店にはかなりの時間、列に並ばなければなりません。その代わり、提供される料理は、見た目に華やかで、味も良い。近隣には高級住宅地があり、その奥様方の会合等で積極的に利用されているようです。食をきっかけに美術館に足を運んでくれるようになれば、美術館の運営側としても嬉しいことです。

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ル・コルビュジエ(国立西洋博物館の設計者)の弟子、丹下健三氏(東京都庁の設計者)の先生である、前川國男氏は、東京都美術館(トビカン)の設計にあたり、食事ができるレストランを3つも美術館内に作りました。うちひとつは高級フレンチです。その理由は、顧客が美術館を訪れる動機として、展示だけでなく食事も主要目的となりうるように設計したとのことです。良いレストランにテナントとして入っていただくことは、実は、かなり重要かも。

<東京都美術館 大英博物館展は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/43839805.html
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まちなかのアクセスの良い美術館も良いですが、郊外の広い敷地にゆったりと建てられた美術館で過ごすことも心を豊かにしてくれますね。

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素読大人も素読しナイト@渋谷

大人向け国語講座「大人も素読しナイト」が、渋谷駅前・大盛堂書店で開催されました。日本で一番有名なスクランブル交差点に面したの好立地です。参加費はお一人2,300円ですが、会場の3階・イベントスペースは、ほぼ満員40名近くが参加されていました。いわき素読教室は、今のところ、子ども対象としていますが、大人対象の進め方とどのように違うのか学びにきました。

<いわき素読教室は、コチラ>
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素読(そどく)とは、名句・名文・言葉を覚えるために有効な学び方のことで、声に出して読むことを主眼としています。ただし、意味の理解は問わず、発音することによって響きをしっかり刻むという方法です。江戸時代の寺子屋や藩校でさかんに行われていた方法であり、これにより国語力に優れた偉人を多く輩出することができました。

「大人も素読しナイト」では、古典の名文を中心として素読を進めることにより、言葉の力を育て、偉人の生き方を知り、また母国の伝統や文化に触れることを重視しています。もともと子供向けに開発したプログラムですが、素読する文章を長文にしたり、解説に重点を置いたりなどして大人の方にも学びごたえのある内容です。

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今回の教材のひとつが、江戸末期の先人、林子平です。発禁処分となった海国兵談を著した仙台藩士ということは、歴史の教科書の知識。海国兵談の内容にまで踏み込んだ、まさに大人の素読教室です。仙台では、みずからの教育政策や経済政策を進言するが聞き入れられなかったため、禄を返上して、北は松前から南は長崎まで全国を行脚する。そして長崎や江戸で学び、ロシアの脅威を説き、『三国通覧図説』『海国兵談』などの著作を著しました。名言は、「およそ江戸の日本橋より唐(から)、阿蘭陀(オランダ)まで境なしの水路なり」。今の小池都知事も、東京は海で全世界につながっていると提唱されていますが、200年近く前に書かれた海国兵談のコピーだったんですね。

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今回、中学1年生の小原さんが講師となり、日本国憲法第9条の素読を行いました。素読の意味を解説してくださいました。女優の「波瑠」さんそっくりの美人さんですが、その中学生1年生とは思えない、博識ぶりに、大人全員が驚愕。
・第9条第1項は、パリ不戦条約や国連憲章の趣旨コピーであること。
・憲法は結果的に侵略戦争はもちろんのこと、自衛戦争をも放棄している書きぶり。
・自衛権(独立国家であれば当然に有していると言われている権利)を放棄していない。
・軍隊および有事の際にそれに転化し得る程度の実力部隊「戦力」の保持は、禁止
・自衛隊は、自衛隊が自衛のために必要な最小限度な「実力」なので、OK

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素読が終わった20:30過ぎの渋谷駅前のスクランブル交差点の喧噪。その隣で、「素読」なんていうお堅いテーマで集まっていたのがウソのよう。日本の若者のパワーを感じますね。

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第7回 いわき素読教室 五箇条ノ御誓文

いわき素読の会(代表:山名隆史氏)による、第7回 いわき素読教室が、2018.5.20(日)に、開催されました。後援はいわき市教育委員会で、いまのところ2ヶ月に一回の開催をしています。

まずは、腰骨を立てて姿勢を良くする「立腰」(りつよう)から開始。素読のひとつめは、日本書紀にでてくる初代天皇である神武天皇の詔勅です。「(六合(くにのうち)を兼ねて都を開き、八紘(あめのした)をおおいて宇(いえ)とせむこと、またよからずや)」

<前回の素読教室の様子は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51563493.html
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5月といえば端午の節句。前回、一年間に節句は5つあり、それぞれ①人日、②上巳、③端午、④七夕、⑤重陽であることを習ったのを思い出します。

定番となった、今月5月の「いろいろな呼び方」。皐月(さつき)・五月雨月(さみだれづき)・早苗月(さなえづき)・橘月(たちばなづき)・稲苗月(いねなえづき)・仲夏(ちゅうか)・月不見月(つきみずづき)・雨月(うげつ)。文字そのものからイメージがつくものと、そうでないものもあります。

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素読の会の代表を務めていただいている山名隆史氏の本業は、大國魂神社の禰宜(神官)です。日本古来の文化・風習等に詳しく、前回は座布団の上下の見方をレクチャーしていただきましたが、今回は、弓矢の筈(はず)について。弓の弦に引っかける矢のお尻の部分を、そう呼ぶのだそう。そこから派生して、はずれる(外れる)の語源になったとかならないとか。興味深いうんちくでした。

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今回、素読に取り組んだのは、五箇条の御誓文です。慶応4年に明治天皇が天地神明に誓約する形式で、公卿や諸侯などに示した明治政府の基本方針です。これは、日本国の国体を表すとも民主主義の原理ともいわれ、ともかく日本人の根っこのひとつであることは間違いありません。

<五箇条の御誓文の動画は、コチラ>
https://youtu.be/Voxn6oQBgmw
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山名氏が、自宅の蔵から見つけた古銭をご披露していただけました。単位は「銭」。確かに日本銀行が発行した紙幣ですが、昭和28年からは日本の通貨は「円」のみとなり、今では使用できないオカネです(コレクターは除く)。そんな貴重なモノですが、こどもたちは基本的にオカネが好き。しげしげと眺めていました。

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日本銀行券 壱(旧字体)円と読めます。このお札が使われたのは昭和18年から昭和33年までの約15年間です。肖像は武内宿禰(たけしうちのすくね)で、第12代から第16代の各天皇に仕えたという伝説上の忠臣らしい。

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後半は、これまで素読した(それ以外でもOK)題材の暗唱発表をしました。自宅で歴代天皇名や和歌等を覚えてきたモノをみんなの前で発表するのは、ちょっと勇気が要りましたが、無事発表!小さい子でも、長い文章をそらんじることができるというのを改めて実感しました。

素読の定番、論語の素読もしました。はじめは小さめの声でしたが、最後は大きな声が出せるようになり、大人も子どももストレス発散?しました。

<論語の動画は、コチラ>
https://youtu.be/fTk1qX-K28E
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最後までお片付けを手伝った小学生、参加&運営協力してくれて、ありがとう。次回以降の開催は、6月に大國魂神社で椿餅作り、9月に生涯学習プラザで外部講師の松田雄一先生を招へいして素読教室、10月には大國魂神社での落穂拾いを予定しております。

福岡市鮮魚市場市場会館 美味しい市場食堂

福岡市鮮魚市場市場会館 は、福岡市が運営する鮮魚市場にある公設の市場会館です。13階建てのビルの中には、最上階に展望プラザがあるほか、福岡市開設者事務所・福岡市食品衛生検査所などの市長部局、そして市場関係業者事務所などの事務所、さらにはPRプラザ・料理講習室・会議室・銀行・歯科、さらには海鮮食堂、中華料理屋、大衆割烹などの飲食店の他、鮮魚加工品を販売する土産物屋が入居しています。

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ここの海鮮食堂「おきよ」のやる気を感じました。営業時間が平日6:00-15:00と18:00-21:30、日祭日11:00-15:00と18:00-21:30。ほとんど休みなく、早朝6時から昼過ぎまで、さらには夜もお店を開けているんです!!!経営的にも持続的にやっているだけに、気合いだけでなく、労働者や観光客を惹きつける施策があるはず。

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平日8:00前後にかかわらず、市場関係者?や観光客?が入り交じって朝食を摂っていました。

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ゴマサバ定食700円。正確にいえば、ゴマサバが出てくるわけではなく、胡麻であえたマサバの刺身をメインディッシュとした定食です。ご飯お替わり自由。

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こちらは鉄鍋円盤餃子。円盤餃子は福島市だけの専売特許でなく、福岡市内でもかなり普及してます。

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ご飯食べ放題、いいなあ。定食屋はこうでなくちゃ。都内のやより軒もこのスタイルだった。

<やよい軒 最強の定食屋は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51187800.html
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定食メニューは、どれも700円程度。お財布にやさしい。

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地方公営市場内に、市長部局が入居していることに、驚きました。通常、市長部局は市役庁舎内に居たがる傾向があり、近くのビルであっても、都落ち的な感じがあることは、現実です。

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そういう意味でも、あえて市長部局をこの市場会館内に、入居させていることには一定の意味があるはず。いわきの中央卸売市場には(空きオフィススペースが広く存在しているにもかかわらず)市長部局の占有床はありませんが、本庁舎内が手狭であることを考慮すれば、関連部局がこのいわき中央卸売市場のオフィススペースで執務することだって、ありえるはず。もしいわき市の農林水産部全体が、このいわき中央卸売市場に移転できたら、市場内の昼間の就業人口が激増するので、(過去に撤退してしまった市場食堂・飲食店が複数あった)ランチ目的のために、飲食店が回帰してくれるかもしれない。

<いわき中央卸売市場は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/34036432.html
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オリーブ公園・オリーブナビ小豆島

小豆島のオリーブ公園・オリーブナビ小豆島を視察させていただきました。日本のオリーブといえば小豆島。実際、純国産のオリーブオイルのシェアは、なんと9割!圧倒的にナンバーワンだそうです。いわきでもオリーブ栽培を始めるグループがいくつかできていますが、その栽培技術の元祖は、小豆島なんだそうです。

オリーブ公園は、瀬戸内海を見下ろす小高い丘に約2,000本のオリーブ畑に囲まれた道の駅です。こちらの郵便ポストは現役で使用されているそうですが、「オリーブ色」に染め上げられていました!

<オリーブプロジェクト 2015収穫祭は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/45601719.html
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オリーブの栽培が本格化したのは1900年少し後。海産物のオリーブオイル漬けにするために、当時の農商務省が香川・三重・鹿児島の3県で試験栽培をはじめたところ、香川県の小豆島のみが栽培成功したそうです。どうも日照があり穏やかな瀬戸内海の気候が地中海沿岸と似ていたからかもしれません。そうはいっても、日本には地中海にはない、強い台風や日本固有の害虫もいて、本格生産にいたるまでには先人たちの相当な努力があったようです。

そもそも、精油の機械からして、日本のメーカーは存在しておらず、海外からの輸入です。機械の導入・維持コストも高いですが、島は起伏もあり機械導入が難しいため、人力で摘み取る人件費も高い。海外産の安価(といってもそれなりの価格ですが)なオイルと、市場で競争していくには、どうしても、高価格帯のエクストラバージンオイルに特化していくことになります。あえて「ピュアオイル」や「ポマースオイル」は、生産していないとのこと。一方で、1kg相当で5000円~の小豆島産オリーブオイルは、普段使いの食用というよりも、特別な食事の香り付けや、化粧品等への使われ方がメインです。

<エキストラバージンの嘘と真実は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/22866222.html
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ここオリーブ公園は、映画「魔女の宅急便」のロケ地になった場所です。それにあやかって、「魔法のほうき」の無料レンタルがあります。たくさんの「女子(海外の方も多い)」が、このほうきにまたがって、インスタ映えするフォトジェニックな写真を撮っていました。この写真を撮るためだけに、ここを訪れる層もいるようです。

このコンテンツはイイですね。「写真 × 島旅 = 小豆島オリーブ公園」というキャッチフレーズは、素直に納得です。この体験をしたいがために、他所からわざわざこの地を訪れるこの仕組みは、いわきの観光を考える上で、大きなヒントになりそうです。

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20本以上の貸出用の在庫があるですが、半分以上、貸し出し中。

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こんなイメージで撮れると、イイですね。今のカメラは連写機能が付いていますから、何度か試せばキキが飛んでいる写真が撮れるはず。

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なぜかアテナ像。ギリシャをイメージしているのでしょうか。行政のハコモノ投資の匂いを感じた、ちょっと「痛い」置物でした。

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オリーブナビ小豆島は、オリーブ公園の海側に位置する学習施設。小豆島の観光情報を入手できるし、館内にはオリーブとともに歩む小豆島の歴史の展示があります。魔女の宅急便のキキのインスタ写真目的の女子らには、興味ないだろうなあ、と思いつつ。展示内容は充実しており、大変に勉強にはなったですが、正直言って外部目線で作り込まれていない。見せたいモノと、見たいモノは違う。これも行政が作ったという匂いがプンプンする施設でした。

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先人たちが、100年以上かけて苦労してオリーブを小豆島のメイン産業のひとつ(もう一つは醤油醸造)にまで押し上げた歴史は、感動的ですらあります。

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オリーブで作った冠。スポーツの勝者には月桂冠が与えられますが、本来は月桂冠ではなくオリーブでなんだそうです。なぜなら古代ギリシャの英雄ヘラクレスがオリンピアの庭に植えたオリーブの枝を、オリンピックの勝者に与えたことが由来とのこと。2004年のアテネオリンピックでも、優勝者には金メダルとともにオリーブ冠が与えられたそうです。

さて、2020年の東京五輪・パラリンピックで、オリーブの枝で編んだ冠をメダリストへの贈呈品にしてもらおうと、香川県が要請活動を始めているそう。ぜひ福島いわきのオリーブの枝で編んだ冠も使っていただけないでしょうか。

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積水化学工業 滋賀栗東工場 SPR工法

積水化学工業の創業は1947年。戦後復興とともに日本経済を牽引してきた企業です。代表製品として「セロハンテープ」がありますが、そのほかにも塩ビ管は、戦後からずっと生産し続けているロングセラーです。その塩ビ管が、下水道管路の更生・更新のために注目されています。SPR工法といわれるもので、マンホールから製管機を管路内に搬入・組立し、管内側に硬質塩化ビニル製のプロファイルを用いた更生管を築造するものです。既存の管と新規に敷設した塩ビ管の間には、モルタルを裏込めを注入し、更生管と既設管を一体化する工法です。

ロボットが、下水道管内を自動でビニール管を作っていくデモンストレーションを、見ることができました。

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日本の下水道管は、敷設されてから50年を超えるものも出てきており、漏水や断裂等のリスクも高まっています。またこれからこの老朽化問題は大きな課題になってきます。その対策として、既存管の敷設更新は、日本全国で待ったなしの現状です。

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機械によってほぼ自動で、既存の管の内側にライニングを貼り付けていくという方法。この塩ビ管の線は、一巻きで1mを超えるモノもあり、つなげることも可能なので、ほぼ無制限に施工することが可能です。

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事前にある程度の既存管のクリーニングは必要ですが、完全には必要でなく、その内側からリール方式で供給される塩ビ管を貼り付けていく方式+既存管との間に充填剤補充なので、(漏水等は)ほぼ完全にリニューアル対応可能。

<SPR工法施工中の動画は、コチラ>
https://youtu.be/h26lOTIyk4o 
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SPR工法は、円形の管だけでなく、四角形の管路にも対応可能なんだそうです。ちなみにSPRは、Spillaly Pipe Renewal Methodからきているようです。

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SPR工法は、中~大口径の管路に向いており、小口径は、「オメガライナー工法」が適しているとのこと。これは、形状記憶されている塩ビ管をたたんで、既存官に挿入し、熱い蒸気を流し込むことで、塩ビ管が膨張し、内部から既存管路を圧迫することで、既存管路の内側に圧着され、それが新しい管路となるというもの。視点はシンプルですが、これを開発するのには、大きな技術力が要ることは想像に難くありません。

既存の技術の組み合わせと新しい発想で、新製品が生まれるのは世界共通です。下水道という地味な分野にも、エポックメイキングな製品があることを改めて感じました。

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形状記憶であることをデモンストレーションしていただきました。1分間程度で、形状記憶が発揮され、膨張していき、熱が冷めると完全に硬化する。魔法のような技術でした。

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パナソニック スタジアム 吹田の課題

Panasonic スタジアム吹田は、J1のガンバ大阪のホームグラウンドです。こちらは日本初、民間の寄附金で建設された希有なスタジアムとして有名です。場所は、大阪の北、吹田市北部のモノレール万博公園駅が最寄りです。大阪には、北のガンバ、南のセレッソがあり、切磋琢磨し、いまのところいずれもトップリーグであるJ1に留まっています。

建設費用は約140億円(土地は大阪府からの借地)。そのうち約100億円が寄附(企業90億円、個人6億円)、国県等補助金が35億円です。株式会社ガンバ大阪の親会社は、パナソニックであり、それ以外にも関西財界に相当の寄附要請があったようです。当初は個人からの寄付もなかなか集まらなかった(2013年には、J2降格)ですが、2014年にJ1へ復帰し昇格し、その年にナビスコカップ優勝・J1優勝・天皇杯優勝と国内三冠を達成し、一気に個人サポーターからの寄附が集まったそうです。

それには、寄附制度については、企業・個人ともふるさと納税制度の対象となるよう、きめ細やかな制度設計がなされる等、大変なご苦労が偲ばれます。

そして建設を受注したゼネコンの竹中工務店。収容人数4万席で140億円という金額は、破格の安さだそうです。現在建設中の新国立競技場の収容数は約6.8万人で、1500億円超との比較からも明らかです。竹中工務店の本社が、大阪であるということと無関係ではないと思います。また納入されている電気機器(全席のLED等)のほとんどが、パナソニック製。パナソニックにとっては、広告宣伝・研究開発としての位置づけ、さらには「喜捨」の思いがあるのでしょう。いわきでもスタジアム建設の議論が始まったところですが、この金額感は大きな参考となります。

<いわきFCパーク いわきの新名所は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/50282102.html
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スタジアムは2層構造で、1層と2層の間には、VIPラウンジがあります。そしてゲーム開催日には、1層のシートのすぐ裏にはグルメ店舗が出店し、屋外にもキッチンカーが出現するので、ゲームを見ながら食べることもできます。

<矢場とんの味噌カツ 矢場町本店は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/50459123.html
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VIPラウンジは、①スポンサー企業に年間通して与えられている専用ブースと、②スポットで有料で貸し切れる個室、③スポットで有料で入場できるラウンジがあります。ちなみに②の有料個室は、20人収容で50万円、③のラウンジは、2万円/人です。いずれも食事+試合の前後5時間ドリンク飲み放題(アルコール含む)ですから、納得感ある価格設定かも知れません。

いわきFCパークにも、矢場とんや浅草今半等の名店が入っていますし、RED & BLUE CAFEにも、雰囲気が似ていました
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有料個室とスタジアムの間にはガラスの仕切りがあるので、応援等の騒音?からは無関係です。一方、ガラスの外(スタジアム側)に出ることもでき、そこには有料個室利用者のみが利用できる専用指定席が用意されています。カップホルダーも一般席に比べて大きく、プレミアム感が出ています。

オーストラリアタウンズビルの1300 Smiles Stadiumで、ラグビー観戦をした際は、カジュアルなスタジアムでしたが、こういった(比較的高額な)オカネを払ってでも専用シートから観戦したい!というニーズをつかみ、入場料という形でマネタイズしていくことで、持続可能な、そして質の高いサービスを提供することができる。

<Cowboys@1300 Smiles Stadiumは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/50611212.html
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いわきの平競輪場にも、有料のロイヤルルームがあり、やはりガラス張りの個室からレースを観戦す
ることができます。こちらは食事がケータリングレベルなので、プレミアム感はちょっと下がりますが、そこはオペレーションコストと顧客ニーズを見ながら、サービスレベルを設定する必要があります。

<いわき平競輪ロイヤルルームは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51082474.html
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1層の裏にある売店では、単に調理済みのフードを提供するのでなく、厨房施設を持ち、温かいモノをここで調理して提供する本格的なモノ。実際、たこ焼き器がずらっと並んでいました。気になったのは、1年間のサッカー開催日である40日間だけで、飲食店の経営が成り立つのかということ。しかし、これまで開業後3年経過し、経営上の理由で撤退した店舗はないとのことですから、いかに開催日の売上げが大きいかという証左でしょう。

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東京ドーム等のそうですが、売店と席までの距離が遠い、もしくは階段で区切られている等で、フードを購入するときには、観戦から一時離れる必要があるスタジアムが、ほとんどだと思います。しかしこのスタジアムは、店舗に並んでいるときであっても、コートが見渡せるので、試合中でも買い出しが可能。スタジアムをコンパクトな大きさで作ることは、コスト面以外にもメリットがあります。

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ホームチームのロッカールーム。基本的ではアウェイチームに提供されるものと機能は同一ですが、その質感や、アメニティ(製氷機・浴槽)等には差が付けられています。もっともガンバ以外の2チームが対戦する、カップ戦等に貸し出すときは、完全に同一機能になるよう手配するそうですが。

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このスタジアムは、吹田市の備蓄倉庫・防災拠点(約800㎡)としての機能も持っています。スタジアム躯体は、大規模な免震構造になっていて、大きなダンパーが各所に設けられていました。災害時には、まずは近隣の学校が避難場所に指定されていますが、それでも対応できない等の特別な場合には、上記のVIPラウンジが提供され、数千名が一度に宿泊できるようになっています。さらには、吹田市南部に集中している行政機能(市役所・防災本部等)が機能不全になった際には、吹田市北部にあるこのスタジアムがその機能を代替するそうです。

北九州市にあるミクニワールドスタジアム北九州には、防災拠点機能はなかった・・・

<ミクニワールドスタジアム北九州は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/49901978.html
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具体的には、毛布や食糧数千名分が備蓄されており、大規模災害時に備えているとのこと。また全国から送られてくるであろう支援物資の集積・配送拠点としても想定されているらしい。東日本大震災時には、いわき平競輪場がそうでしたが、大規模施設にはいろいろな機能が期待されます。

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パナソニックスタジアムの大きな特徴のひとつが、サッカーフィールドと観客席までの距離が近い(サイドで7m、キーパー裏で10m)ので、臨場感ある観戦ができることです。コートサイドでアップする選手等は、すぐ手が届きそうな位置です。これだけ近いと、(柵やネットもないので)フィールドに乱入する過激なサポーターがいそうですが、これまでの3年間でそうした問題は発生していないとのこと。ガンバ大阪のサポーターさんは、マナーが良いということか。

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選手・監督らが控える席も、観客席のすぐ真下。

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天然芝の全面張り替えには、1回で約5千万円~かかるそうです。傷みが激しい部分(ゴールキーパー前等)については、随時張り替えをしていつつも、数年に一度は全面張り替えが必要だそうです。では人工芝はどうかというと、メンテナンスは格段にラクになるとはいえ、価格はその5倍?かかることもあるらしい。

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課題は、なんといってもスタジアム経営でしょう。建設されたスタジアムは吹田市に寄附されており、所有は吹田市。吹田市が、スタジアム全体を、(株)ガンバ大阪に指定管理し、ガンバ大阪は利用料金制で運営、施設維持しています。その仕組みの中でスタジアムのネーミングライツを、パナソニックが購入したことで、約2億円×5年間の収入+チケット販売+グッズ販売+テナント料で、どれだけ持続可能な経営ができるか。運営に関する諸費用(土地賃借料・維持メンテ・ピッチ関連費・大規模修繕積立・光熱費・人件費)だけで、年間7-8億円にも上ります。これまでの3年間は、J1でのガンバ大阪の大活躍もあり、1試合平均2.5万人程度が観戦に来て、運営母体である(株)ガンバ大阪は、黒字を維持できてきたそうです。今後、もし仮にJ2降格しても、それだけの水準で来場し、サポーターが応援してくれるかどうか?(いや、それはないだろう)

さらには、Jリーグの試合は、天然芝のスタジアムが要求されている(2017年にハイブリッド芝が解禁されましたが、95%が天然芝、5%のみが人工部分・・・)ので、芝の状態を良い状態でキープするには、年間40日のゲーム開催が、限界なこと。天然芝なので、フィールドでのコンサートの開催や、他のイベント開催に使えないという、本質的な課題があります。

いわきにも、スタジアムを起点としたまちづくりをしよう!という議論が始まり待っていますが、天然芝仕様のルールがボトルネックとなるでしょう。逆に、今後、人工芝のレベルが技術的に向上し、天然芝を上回るパフォーマンスが出て、Jリーグにも天然芝が全面解禁されれば、フィールドが、サッカーだけでなく、他のスポーツにも使え、コンサート、各種イベントも開催でき、年間を通した稼働率向上が期待できそうです。そうすれば、スタジアムに来る年間来場者数も増え、それこそ商業施設(常設のショッピング機能や飲食施設)等も含んだ複合型スタジアムの可能性も見えてきそうです。

<平成29年12月議会 一般質問(いわきFCスタジアム・アリーナ建設)は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51231705.html
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福田康夫総理 日本の進む道

福田康夫総理は、日本の第91代 内閣総理大臣です。父に福田赳夫氏がおり、衆議院選挙では群馬4区から7回の当選を重ねました。政治家の家系とはいえ、ご自身は50才代で選挙に初挑戦し当選している、苦労人です。第67-69代 内閣官房長官を務めていたことから地味なイメージがありますが、いまでも日本の将来を考えていらっしゃる聡明な方でした。

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「政治家は過去に対して責任を持ち、かつ、未来の姿を語らなければならない。現在の行政の抱える様々な問題に答えを出すとともに、国民の将来への不安を解消できるよう、内政においても外交においても筋道を立て、持続可能な日本の姿を示す必要がある」とし、国会議員退任後も、精力的に活動を続けておられます。

学堂会に名前の由来は、「一生を学校にいる気持ちで過ごしたい」という尾崎行雄の最初の雅号だそうです。常に,世界の中の日本であるという視点で、国はどうあるべきかを思索し、また、市民の立場から不正と腐敗を正し、自由と正義のため信念と情熱を持って戦いぬいた尾崎行雄の精神を、謙虚に学びたい。

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タネダミキオでございます。ボクらが選挙にでる理由

「タネダミキオでございます。選挙活動のマンガです。監修協力はNPO法人ドットジェイピー理事長の佐藤大吾氏。ドットJPといえば、若者の投票率向上を目指して、議員(国会議員・県会議員・市議会議員等)の学生インターンシップを仲介する団体です。これまで全国15支部で約400人の大学生スタッフが中心となり、春期(2月~3月)と夏期(8月~9月)の年2回、学生を対象としたインターンシッププログラムを提供し、また若年層向け政策コンテストを実施しています。これまでのインターンシッププログラム参加者数は、議員事務所のべ8,000以上の事務所、学生は延2万人を超えているとのこと。

このマンガのストーリーは、高卒のフリーアルバイターがふとしたことで市議会議員になることを決意し、仲間と四苦八苦しながら市議会議員選挙に立候補をし、最終的には強力な同級生エリートライバルに次いで、第二位でどうどうの当選をするというもの。

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選挙活動について盛っている部分もありますが、ほとんどのエピソードが「あるある」のことは、身をもって私自身の経験として感じます。 こんなマンガがきっかけで、政治に興味を持つ若者が出ることを期待したい。あまのじゃくの考え方ですが、こんな主人公のような汗臭くて泥臭いどぶ板の選挙活動などしたくないと捉える一定の層もいるだろうけれど。


夜間保育ひよこクラブ

いわき駅前(住所は、なんといわき市平田町)に、認可外の夜間保育園があるんです。雑居ビルの3階にあるこの保育園の開園時間は、なんと!15:00-27:00(翌午前3時)の12時間営業。対象は、1才以上、小学生までのこどもたちです。保育料は、①54,000円/月、②2,700円/日、③800円/時間(2才以下)、750円/時間(1才以上)の選択制。日曜祭日を除き、毎日開園しています。

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訪問させていただいた18:00過ぎには、まだ園児は来ていませんでしたが、毎日数人の利用実績があるとのこと。通常の保育園のように毎日登園は想定していませんが、頻度高く利用される家庭もあるとのこと。

夜の仕事をしている家庭(例えば、バツイチの女性)にとって、夜の繁華街にほど近いこの夜間保育園の存在はありがたいと思います。こどもを育てるのは、できるだけ長くこどもと一緒に居て、接しながらというのが理想。しかしマンパワーや経済的な諸事情から、それができない家庭もあります。生活費を稼ぐために、夜の仕事をせざるを得ないお母さんにとって、(プライベートの子ども預かりサービスよりも)安価で、こどもを仕事をしている間、預かってくれるのは、ありがたいはず。

それは、当直等がある仕事(例えば、看護士さん)にとっても同じ。このサービスは、個人にとって有用であるとともに、市政経済全体に役に立っています。認可外保育園であるので、保育基準は摘要になりませんが、逆に言えば、自由に料金やサービス内容を決められるということでもあります。

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古びた雑居ビルの中は、きれいに整理整頓されていました。床には全面にタイルカーペットがしかれ、その上にカーペットが置かれ、こどもたちも快適に過ごせそうでした。決して広いスペースではありませんが、運動用具を含む各種おもちゃが置かれ、DVDを見ることもできます。布団一式もあるので、おねんねすることもできます。なお、食事の提供はありません。

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雑居ビルの基本性能は、限られています。避難経路等の確保にも苦労したそうですが、消防署の指導に従いやっているそうです。

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素読をすれば国語力が上がる 松田雄一先生トークショー

松田雄一先生の「素読をすれば国語力が上がる」出版記念のトークショー&サイン会に参加しました。

<トークショーの動画は、コチラ>
https://youtu.be/ODCR1wzocwE
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講師の松田雄一先生は、いわきでも素読教室の講師を務めていただいたことがあります。司会は、本のソムリエ団長。この方、身なりは妖しいですが、年間1,000冊以上の読書を楽しんでいる読書家で、わかりやすく紹介することで、たくさんの講師依頼を引き受けているそうです。その他にも、NPO読書普及協会・専任講師、文部科学省「青少年のためのオーサービジット」講師、シブヤ駅前☆読書大学 校長、福岡県飯塚市小中学校読書活動スーパーバイザー、日本学びテイナー協会名誉会長、ロックバンド「一里塚華劇団」のリーダー等、たくさんの肩書きを持っている方。

<いわき素読教室は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51152486.html
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本のソムリエ団長の著書、ふたりの兄弟(トルストイ作)。購入させていただきました。

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大盛堂書店さんは、渋谷駅のスクランブル交差点!という、ある意味日本で一番有名なロケーションの1階にあります。そんな好立地に、なぜ、フツーの本屋さんが?

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大鰐もやしのブランディング

大鰐町に伝わる伝統野菜「大鰐温泉もやし」は、幻の冬野菜といわれています。温泉熱と温泉水のみを用いる温泉の町ならではの独特の栽培方法により、 およそ350年以上前から栽培されてきたそうです。津軽三代藩主・信義公が大鰐で湯治する際は必ず献上されたらしい。 その食感は、独特の芳香とシャキシャキとした歯触り、味の良さ、品質の高さ。そして、町をあげて、美味しい調理方法と、提供する料理店を紹介しています。また栽培が特殊ということもあり、栽培量が限定されており、基本的に町内でしかかえず、唯一の例外は大手百貨店に卸していることくらい。価格は一袋200円を超え、通常のもやし数十円の数倍であるにもかかわらず、この希少性がまた話題を呼ぶことにつながっています。まちでは、小学生を含む大鰐町地域おこし協力隊を結成し、定期的に東京で販売実演会を行い、世代を超えて大鰐もやしを慈しみ、楽しみながら売り込むという行動を継続的にやっています。

<大鰐もやしのレシピは、コチラ>
http://ur0.link/IJNp
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地下のパイプに温泉水を循環させた畑の上に、建物を建てて栽培します。建物内は電灯が必要なほど薄暗いですが、さらに畑を掘り込み、その地下で栽培し、その上にムロをかけて、完全に光を遮断することで、真っ白なもやしができるそうです。

地下温泉パイプや建物の初期投資に加え、温泉使用料のかかるので、栽培コストはかなり高い。さらに畑の掘り込みや収穫も、スコップ手作業なので、かなり重労働。土を落とし、水洗いして出荷するのも手作業です。そういった意味で、大鰐もやしの栽培・経営のハードルは、高い。

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きっちり管理された畑は、美しい。

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収穫時には、もやしの長さは30cmくらいになるそうです。

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規格外(長さ不足や折れ等)のもやしは、遠慮なく選り分けて、出荷しない。こういう手間も、通常のもやしとの差別化につながっています。

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大鰐町の道の駅鰐comeでは、大鰐もやしを使った「おおわに400年カレー」が販売されていました。価格は800近くしており、日常使いには不向き、あくまで大鰐もやしを食べたい!というおみやげ目的にターゲットを絞った、いわゆる農業の六次化商品です。カレーであれば日持ちもするので、在庫をもってもある程度、大丈夫なので、商品化しやすいようです。実際に購入して食べてみましたが、もやしの味はよくわかりませんでした・・・

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大鰐もやしのおひたしも販売されていました。こちらは、もやしの食感がダイレクトに伝わります。ただ、どれほど普通のもやしと違うかというと、微妙。

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<大鰐もやしのブランディングが成功している私見>
・もやしそのものに、ストーリー性を持たせた(400年の歴史や殿様に献上等)
・美味しく食べれるレシピを公開
・美味しく食べられるお店を紹介
・特殊な栽培方法で、生産・販売量が限定されている希少性
・基本的に、まちに訪れなければ買えない、食べられない希少性
・YouTube等で、取り上げてもらう戦略
・町人みずから、もやしを慈しみ、育てる風土
・町人みずから子どもたちも巻き込んで、楽しみながらもやしを売り込む行動

農業の六次化商品は、品質や味は当然として、上記のような活動があって始めて、商品として成り立ちます。栽培コストや後継者等の課題もあるものの、大鰐町の取組みは、ブランディングをしていく上で、非常に実践的なものでした。
 

たいら学 by おやけこういち氏

いわき平の歴史を改めて学ぶ、「たいら学講座」の第5回目が、文化センターでおやけこういち氏を講師として開催されました。おやけこういちは、長くいわき市役所に勤務される傍ら、いわきの近現代史を深く研究され、いまでは第一人者です。「勿来地区地域史」や「地名の変化にみるいわきの近代化」の主要な著者でもあります。

そのおやけこういち氏が、近・現代を生きる磐城平城跡と題して、お城が持つ地霊・精霊の効果、すなわち、人がどの土地をどのようにみて、どのように意識するかを、磐城平城に重ね合わせて話されました。

<勿来地区地域史は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/20310266.html
<地名の変化にみる、いわきの近代化は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/24091954.html
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いわきの戊辰戦争の背景や、いわきから見た歴史観を語っています。教科書で伝えられるものは、勝者西軍の論理だけです。しかし敗者奥羽越列藩同盟も、藩や国のあるべき形を懸命に考え、勇敢に行動した。それぞれに筋が通っており、それぞれの正義に優劣はありません。一方、新政府は事後、政府の正当性を誇示し、倒幕行動のつじつまを併せるために、幕府側であった奥羽越列藩同盟を「旧態依然」「保守的」「後進性」と位置づけました。これが東北地方の地域特性の要因のひとつとなったと考えられます。

また明治以降のいわきの地域住民は、明治時代の新政府が正統という風潮が定着化していく過程で、磐城平城の落城を、過去の忌み嫌う存在として、意図的に無視してきたのではないでしょうか。だからこそ明治初期から、常磐線が引かれる明治30年まで、30年近くも本丸跡地は、人家がなく畑や牧草地としてしか使われてこなかったのではないか。

本丸跡地以外の土地(現在の住居表示でいうと「旧城跡」地区)は、上水道の普及により細分化され宅地化されましたが、本丸跡地だけは細分化されず、数名の所有者により維持されてきました。それがこのたび、150年の歴史を超えていわき市の公有地化され城跡公園として整備することが決まったことは、何かの縁なのでしょう。

<磐城平城の城跡公園化は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51231720.html
<おやけこういち氏の動画は、コチラ>
https://youtu.be/yH95Y6gWYmY
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おりしも、いわきの歴史研究の第一人者のひとりである、夏井芳徳氏も、「いわきの戊辰戦争」という48ページの冊子を刊行されたところです。戊辰戦争150周年を期に、あらためて、先人たちの考えや行動に思いを馳せ、「歴史を学ぶ」だけでなく「歴史から学ぶ」すなわち、学び取ったことを自分の生き方や世の中のために役立てたい。

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第11回 いわきの医師を応援するお姉さんの会@夜明け市場

定期的に隔月で開催している、いわきの医師不足解消のためにお医者さん達と交流する「いわきの医師を応援する お姉さんの会」が、2018年2月23日に、夜明け市場のTATAKIAGE JAPANコワーキングスペースで開催されました。いわきで活躍する医師を応援するために、いわき市民のお姉さん方が暖かい手料理でもてなそう!という2016年4月からはじめた企画の11回目で、今回も多くの方にご参加いただきました。

<第10回 いわきの医師を応援する お姉さんの会@かしま病院は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51158387.html
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この「お姉さんの会」の代表を務めてくださっている宮野由美子会長からご挨拶。いわきの救命救急センターにお世話になった自身の経験からも、地域医療を守り育てることに、自分たちのできることを精一杯やっていきたいとのことでした。今回も、仲の良い美人姉妹?で参加いただき、いつものとおり大人気でした。

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福島労災病院 泌尿器科の小内先生は、第7回のゆしまや保育園開催に続き、今回2回目の参加。東京から単身赴任してきた経緯や、常磐病院から労災病院へ移動した経緯、そしていわきの医療に対して感じていること等、ざっくばらんにお話いただきました。

<第7回 いわきの医師を応援するお姉さんの会@ゆしまや保育園は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/49864566.html
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同じく福島労災病院 リウマチ膠原病内科の佐々島先生も初参加。リウマチ膠原病は、メジャーではないかもしれませんが(共立病院にも常勤医師なし)、内科疾患の中でも診断が難しいといわれていて、いわき出身の佐々島先生は、貴重な人財です。

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今回、各お姉さんからご提供いただいたお料理は、愛情こもった、栄養バランスに優れたメニューでした。20品近くのごちそうは色とりどり、目移りする献立!スゴイ!

根菜の煮物、鶏肉のトマト煮、浅漬け、油淋鶏、アンコウ共酢(宮野さん)、煮込みハンバーグ(北瀬さん)、いぶりがっこ入りポテトサラダ、発芽玄米、混ぜご飯(竹下さん)、ねったぼ(中村さん)、日本酒、丸又かまぼこ(山崎さん)、日本酒、ワイン(白岩さん)、ポテトサラダ、レバーペースト、卵焼き(赤津さん)、奥の松しぼりたて(石井さん)、自家製無農薬大根のひきな炒り、日本酒(藤原さん)、ビール(田子さん)、いわき夢ワイン(橘さん)、各種飲み物(洪さん)、ドイツワイン(長谷川さん)、ケークサレ(立原さん)、完熟イチゴ(小松さん)その他飲み物等多数差し入れいただきました。

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これが、栄養士の中村さんが作ってくれた「ねったぼ」。鹿児島地方の郷土料理のさつまいももち、練ったぼたもちの意味らしい。はじめて食べましたが、面白い食感でした。

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長谷川先生(自称:のりチャン)は、平五色町で整形外科のクリニックをやっていらっしゃいます。今回2回目の参加です。市長にも参加いただいた前回とは打って変わり、五色町で生まれ育ったことや、医師になった経緯等、場の笑いを取りながらも、真剣に話してくださいました。地域医療を真剣に考えて、それを実行してくださっているドクターです。

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宮野さん差し入れの鶏肉のトマト煮。間違いない美味しさ。日本酒でもビールでもワインでも、コップ・グラス・杯が進みそうです。そして、良質なタンパク質と抗酸化力のリコピンで、健康になるはず。

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小料理店のオーナーママ、赤津さんが差し入れてくれた、レバーペースト+オリーブのカナッペは、赤ワインに合う。いわゆるマリアージュ。さすが、です。

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フリーランスMC、立原さんの自家製ケークサレ、フランス生まれのおかずケーキです。お姉さんの会でワインに合わせるために、お砂糖を控えて、作ってくださったそうです。

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いわきの名産、丸又蒲鉾。津波被災をダイレクトに受けたいわき薄磯地区で、丸又蒲鉾製造有限会社が製造・販売中。いわき駅前のラトブや、鮮場のおのざき水産で購入できます。こういったいわき産のものを、いわきで消費し、育てていくことで、地元のお金が地元で回ることになります。いわゆる地産地消。これがあってはじめて、地元でのご贔屓になり、他へも薦められることで、他地域へのお土産となりうる。白身魚のすり身ちなみに調味料を加えて練り、それを揚げることで素材の存在感と甘さが、なんとも安心感のある味に仕上がっています。ちなみにツールドいわきでも、ファンライド参加者へご提供いただいています。

<ツールドいわきは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/41087435.html
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橘さんからは、いわきで育てた葡萄で、いわきで醸造し、いわきで販売している「いわき夢ワイン」。まだこの取組みがはじまって3年目です。西洋のワインとは歴史の長さが違いますので、地元の温かい目線と温かい手で、ぜひこの取組みを「育てて」行きたいですね。

<いわき夢ワインは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/45706883.html
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北瀬さんからは、自家製煮込みハンバーグ。味がしみてていて、とっても美味しかったです。いわきで鉄工所の現場運営されている彼女、作業着から私服に着替える時間を惜しんでのご参加ご協力、誠にありがとうございました!

<鈴機工業 町の鉄工場は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/47678678.html
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山崎さんからは、福島県産のにごり酒の提供です。実は、彼女は福島県の日本酒利き酒大会で優勝した実力者です。日本酒の目利きが選ぶ日本酒は、間違いがないはず。

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共立病院からは、心臓血管外科の入江先生が初参加。昨年の12/31まで外科手術をするほど、手術件数があり、昨年はなんと!364件の手術をこなされたそうです。浜通り地区には、入江先生のような心臓血管外科のドクターは3名だけで、この地域をなんとかこなしているのだそうです。そんな入江先生は、市民向けの心臓血管手術のセミナーの講師も務められています。われわれの地域医療は、こういった献身的な(超人的な?)医療従事者で支えられていることを改めて実感しました。感謝。

<入江先生の市民向けセミナーは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/32073682.html
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かしま病院の影嶋先生も初参加です。石井先生の下で、総合家庭医として研鑽を積んでいるところだそうです。かしま病院の明るい社風が感じられるお話でした。かしま病院さんは、救急車の受け入れ件数でも上位ですし、何でも診れる総合家庭医の育成に、力を注いでいますね。

<実践家庭医塾@かしま病院は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/41024441.html
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ドクターFの奥様は、いわき出身の医師ですが、今回は子育てのため、参加見送り。その代わり、奥様手作りの自家製無農薬大根のひきな炒り(いわき風に訛ると「ひきなえり」ともいう)を、ドクターFが代理として持参。ひき菜とは、大根を千切りしたもので、それを炒めた食感が良かったです。

<ドクターF命名の経緯は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/50337763.html
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今回もいわきの地域医療をよくするために、さまざまなアイデア、奇抜なアイデア、斬新なアイデア等が、ぞくぞく出されました。今回の新たな視点。東京等からいわきに赴任してくれる志を持った男性ドクターの場合、ほぼ全ての奥様がいわき赴任に反対するとのこと。この事実をわれわれは知らなければいけないし、事実として目をそらさず受け止めなくてはなりません。彼ら彼女らの思い・感情・行動を良く理解しなければ、いわきへの医師招へいは独善的な、もしくは自己満足的な活動になりかねない。それを乗り越えていわきに赴任しているドクターの熱い志に、本当に、われわれは真正面から応えられているのか。そこで大事なのが、志を持ったドクターの「奥様へのフォロー」という発想。これは、いわきの医師を応援するお姉さんの会の、新たな使命?になりそうです。

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ちょうど赤津さんのお誕生日。宮野代表から、いつもこの会に参加し、美味しい料理を差し入れてくれる赤津さんに、サプライズで花束が贈呈されました。バースデーケーキとバースデーソングもプレゼント。嬉しかった。

<動画はコチラ>
https://youtu.be/1QziZjiB1FQ
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いつも参加してくださっているかしま病院の変○ドクターAこと、石井先生と宮野代表とのツーショットもありました。うらやましい。こういうふうに、ドクターと市民との距離感がなくなっていくことで、それぞれが信頼感を持ち合い(情報格差による不信感等がなくなっていく)、それが結果として、安心安全な地域社会につながると思うのです。
次回第12回目は、4月開催を予定しています。ぜひご参加いただければ幸いです。

日本郵船大井ふ頭コンテナターミナル

日本郵船大井ふ頭コンテナターミナルです。東京港大井ふ頭6/7号バースに、日本郵船専用のガントリークレーン6基が設置されています(ちなみに小名浜港は、港全体でひとつだけ)。岸壁水深は15m、コンテナ船2つが同時に接岸・積み卸しをすることができます。

コンテナのターミナル総面積は、275,000㎡、コンテナ蔵置能力約14,000TEU。冷凍冷蔵コンテナのための電源供給できるリーファープラグ846口備え付けています。整然と並び積み上げられたコンテナの間を、きびきびと走るトランスファークレーンやトラックが行き交っていました。

<動画は、コチラ>
https://youtu.be/YtuFAXtQVZc
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1980年代には、ニューヨークや神戸がコンテナ取扱高でトップに入っていましたが、いまやトップにはアジア主要港が並び、日本・欧米はランキングを下げています。第一位は上海とシンガポールで、約30百万TEU。ちなみに、京浜港(東京)が4百万TEU、京浜港(横浜)が3百万TEUで合わせても、上海・シンガポールの1/4規模と、まったく太刀打ちできません。東京港の取扱高が減ったのでは、アジアの主要港の取扱高が、爆発的に増えたので、相対的な地位が低下したわけです。参考までに、第三位は深圳(中国)の24百万TEU、第四位の寧波(中国)21百万TEU、第五位が香港の20百万TEU、第六位が釜山(勧告)19百万TEUです。

数で勝負しているわけではないですが、何がこの問題かというと、超大型のコンテナ船が寄港する世界の主要航路から、日本が外れてしまうことです。超大型のコンテナ船の有利なところは、格安で大量の物資を海外へ輸出入できることなので、その超大型コンテナ船が寄港しなくなると、一般物資の輸出入コストが上がってしまい、中長期的に消費者物価の高騰を招き、また日本産の商品の国際競争力を削いでしまいかねないのです。

<出典:国土交通省HP>
https://www.mlit.go.jp/common/000228237.pdf
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日本郵船の元は、坂本龍馬が中心となり結成した組織、海援隊と岩崎彌太郎の三菱商会です。海援隊は幕末に、私設海軍・貿易など、薩摩藩などからの資金を受けて活動していました。三菱商会は、西南戦争の際に物資輸送を一手に引き受けて、大きく発展しました。

その両会社(当時の名称は、それぞれ郵便汽船三菱会社と共同運輸会社)が明治18年に合併して、誕生したのが今の日本郵船会社です。同社のマークは、白地に引かれた二本の赤いライン、通称「二引(にびき)の旗章」です。これは、当時の日本海運界を代表する三菱会社と共同運輸の二社が大合同したことを表すとともに、日本郵船の航路が地球を横断するという決意を示していたといわれています。

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日本郵船大井ふ頭コンテナターミナルは、保税区域なのでセキュリティが厳重で、一般人は入ることができません。トラックが入るためのゲートが10レーン、出るためのゲートが5レーン設けられており、事前に許可申請があった車両のみ通過することができます。

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 ちょうどNYKのマークのはいったコンテナが入ってきました。ゲートで書類のチェックを受け、すみやかに所定のコンテナヤードへ移動していきます。なお、コンテナの箱自体は船会社(NYK等)の所有物ですが、他の船会社のコンテナを使うことも、日常的に行われていて、日本郵船大井ふ頭コンテナターミナルだからといって、NYKマークのコンテナばかりというわけではありません。

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ハイロミライバー どうなの?トリチウム

ハイロミライバー vol.1「どうなの?トリチウム」が、もりたかやさんで開催されました。メインゲストは、経済産業省資源エネルギー庁のキャリアのお二人です。いわきで開催されている未来会議に何度か参加いただいたご縁で、「廃炉」についてお話いただく機会です。

以下、ハイロミライバーさんのFBイベントページからの引用です。
原発事故処理を進めるにあたって今後増えていく放射性廃棄物の行き先や、東京電力福島第一原子力発電所構内の保管場所に限界が迫りつつある処理済み汚染水。これらは東京電力や政府、関連業界(漁業関係者等)、近隣市町村の住民等、限定的な方々にだけ考えてもらうべき問題なのでしょうか? そもそも”自分”は、それらの問題について、本当に当事者ではないのでしょうか?
仮想のスナック「スナックイチエフ」に、現時点で社会的な認知がなされている”関係者”の皆さんをゲ ストとしてお招きし、各回のテーマに沿って対話を主軸としたシリーズものの公開飲み会「ハイロミラ イバー」を開催します。
自分達が今、どのようなリスクを抱えていて、そのリスクを回避するとどんなリスクがあり得るのか、それ以外の選択肢はないのか、何が許容出来て何が許せないのか、どのようなプロセスを経れば、社会的に多くの納得感が得られる結論に達する事が出来るのか、最終的に誰かに泣いてもらうしかないのか、その場合泣かせた誰かにどのようなフォローをし得るのか、誰も泣かない為には自分たちはどんな苦悩を分かち合えるのか。
場末のスナックで、笑いあり涙あり、時には熱く語る。 そんな、立場をこえた無礼講の飲み会のようなトークセッションにあなたも参加してみませんか?

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今回の焦点は、「トリチウム」。三重水素と呼ばれるもので、水と同じ性質を持つため多核種除去設備でも、濃縮・分離ができないものとされています。そのトリチウムについて、報道されていないファクト・事実がありました。
・トリチウムは、自然界に存在する
・福島県内の河川水に含まれるトリチウム濃度は、震災前と変わらない
・福島県内の河川水に含まれるトリチウム濃度は、1970年代の測定値の数分の一(当時は、核実験が世界各地で実施されていた影響)
・トリチウムはβ線という放射線を発するが、人間の皮膚は貫通しない。したがって外部被ばくのおそれはない
・人間の体内には、元々100ベクレル程度のトリチウムが、含まれている(その体内被ばくは、0.00001mSV/年)
・人の体内には、元々4000ベクレル程度のカリウムが、含まれている(その体内被ばくは、0.2mSV/年)
・トリチウムは、基本的に体内に蓄積されない(水と一緒に体外へ排出される)
・諸外国及び国内の原子力発電所において発生するトリチウムは、国際基準に則って決められた濃度以下にして、海洋放出されている

自然界からの年間被曝線量 2.1 mSvとされていることを考慮すると、ことさらに、ごく少量の放射性物質を出すトリチウムは問題となりません。問題は、福島第一原発の事故後、たまりにたまった、トリチウム汚染水の量です。現在は、増え続けるトリチウム水を、地上のタンクに保管しています。毎日発生するトリチウム水を、タンクを増設しつづけて溜めています。この方式が持続的でないのは、誰の目にも明らかです。

そのトリチウム水の量は、現在、なんと、1000兆ベクレル相当だそうです。日本のすべての原発が毎年、海洋放出していたトリチウム水が、年間380兆ベクレル相当だそうですから、その3年分に相当します。

国際基準に従い、一定の濃度以下にして海洋放出していれば、イギリス等では、住民や漁業者への告知等も行っていないと、廃炉国際フォーラムで話されていました。しかしそれは通常運転時の話。通常運転時の数十倍の量のトリチウム水を放出したとき、濃度は決められた基準値以下だからといって、どんな影響がでるかわかりません。まずは、現在保管中のトリチウム水を、国際基準の濃度以下に薄めて、そこで、魚を一定期間育てて、どのように影響がでるかを検証すべきでしょう。

<廃炉国際フォーラムは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/47307225.html
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今回、話された内容を、同時通訳のごとく、まとめて、図解してくれたのが、キャシーさん。議事録をとるように、わかりやすい絵で記録してくれるのは、とてもありがたいです。

<キャシーのファシリティグラフィックは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51152549.html
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参加者からの質問事項は、大きな付せんに買い手もらって提出。模造紙に貼りだしてもらいました。紹介できなかった質問等は、次回以降、フォローしていただけるとのことでした。

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今回は、経済産業省の立場での話でしたが、参加者の中には、東京電力関係者・いわきの漁業者・首都圏からの参加者等のお顔も見えました。相手を打ち負かす「議論」でなく、「対話」の場を持つことが、非常に効果的であることを実感した次第です。

第6回 いわき素読教室 五節供・文部省唱歌

いわき素読の会(代表:山名隆史氏)による、第6回 いわき素読教室が、2018.2.17(土)に、開催されました。後援はいわき市教育委員会、駒澤嘉いわき生涯学習基金助成事業です。これまで3回が市外の外部講師を招へい、その後、自前の講師で2ヶ月に一回の開催をしています。

前回同様、講師を務めてくださった3名の紹介です。会の代表である山名隆史さんの本業は、大國魂神社の禰宜(神官)。日本古来の文化・風習等に詳しい。また、長谷川ゆみ子さんも日本会議の地区代表を務める等、日本の文化・伝統を大事にされてこられた方。永澤さんは小中学生の母であり、これまでの四回の素読教室に参加し、素読の素晴らしさとその効果に賛同しています。

定番となった、今月二月の「いろいろな呼び方」。如月・初花月・雪消月・麗月・梅見月・仲春・建卯月・小草生月。文字そのものからイメージがつくものと、そうでないものもあります。

<前回 第5回いわき素読教室は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51152486.html
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三月が近いので、ひな祭り、桃の節句についても解説。この桃の節句は、五節句(五節供)といって、日本の節目のひとつ。
①人日(じんじつ)の節句 1/7 七草
②上巳(じょうし)の節句 3/3 桃
③端午(たんご)の節句 5/5 菖蒲
④七夕(しちせき)の節句 7/7 笹
⑤重陽(ちょうよう)の節句 9/9 菊

ちなみに先週末2/11は、いわきサンシャインマラソン開催日でしたが、日本としてはまず「紀元節」ですよね。祝祭日の中の四大節の一つですが、太平洋戦争の戦後、占領軍 (GHQ)の意向で廃止され、建国記念の日と改称されたものです。その四大節には、かつてそれぞれ文部省唱歌があり、小学校ではそれを必ず歌っていました。

<いわきサンシャインマラソン2018は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51532063.html
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紀元節には、ぜひその唱歌を歌って、日本人としてのルーツを体感したいところ。この素読教室で、あらためて、その紀元節の唱歌を歌いました。講師の山名先生からは、座布団の置き方・座り方の所作のレクチャーもあり、目から鱗。さらには、トランプを使った手品の披露もあり、こどもたちの興味を引きつけてくださいました。

<紀元節 音源は、コチラ>
https://www.youtube.com/watch?v=OdM4dK5wrm8
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桃の節句にちなんで、ひな人形の飾り方も伝授。1段目の内裏雛は、左右とちらがお内裏様かお雛様かご存じでしょうか。そんなエピソードにこどもたちも興味津々。

定番となった二月の俳句・和歌の素読には、松尾芭蕉と大伴旅人のものをやりました。意味がわからずとも、大きな声でこれらの俳句・和歌を素読することで、日本語の音韻や流れ、そしていつか大人になったときに、それが知識とつながることを期待しています。元寇の歌もそうですが、素読や唱歌は、日本の国語・音楽・歴史・道徳の複合学習になっていると思うのです。

<元寇の歌 国語・音楽・歴史・道徳の複合学習は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51500865.html
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最後までお片付けを手伝った小学生には、ひなあられのプレゼントがありました。参加&運営協力してくれて、ありがとう。
次回以降の開催は、4月に生涯学習プラザで素読教室、6月に大國魂神社で椿餅作り、9月に生涯学習プラザで外部講師の松田雄一先生を招へいして素読教室、10月には大國魂神社での落穂拾いを予定しております。

加賀藩 金沢城跡の歴史 観光ボランティア

金沢市の金沢城跡を訪れた際に、観光ボランティアさんに同行をお願いして、歴史を語ってもらいました。これまで、広島や福岡、福島市等で観光ボランティアさんに、現地をご案内いただいています。実は金沢には、まちなか案内のボランティアガイド「まいどさん」、金沢城・兼六園を案内する「城と庭のボランティアガイドの会」、外国語対応の通訳ボランティアガイド「金沢グッドウィルガイドネットワーク(KGGN)」・金沢手話観光案内「かがやきR」など、様々なボランティアガイド団体があるんです。観光ボランティアを有する街は多いけれど、そのボランティア団体の数に驚いた。

<広島城観光ボランティアは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/48971079.html
<福岡市観光ボランティアは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/36431624.html
<福島市観光ボランティアは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/43771158.html
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金沢では、金沢城が金沢市の管理、兼六園が石川県の管理と、管理主体が違うため入場料金も別に発生します。それでも観光ボランティアは両方共通でやっていて、事前予約不要・無料です。案内時間は約40〜50分だそうです。

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金沢といえば、日本三大庭園の兼六園が有名ですが、金沢城も加賀百万石前田家の居城として立派です。天守閣が焼失してしまっていますが、一部の櫓や門は復元されています。下の写真は、橋詰門一の門。戦時中は、陸軍第9師団司令部が置かれ、戦後は、金沢大学(丸の内キャンパス)として使われました。1995年 金沢大学が郊外へ転出した後に、金沢城址公園として整備されつつあります。

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復元された三の丸。 天守や三階櫓の焼失後は二の丸が藩主の居所であり、本来であれば、二の丸御殿の復元が待たれるところですが、復元工事は、まだ未着手。

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五十間長屋の内部は、美しい木造でなされていて、ぜひ訪れたい場所です。

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櫓や壁の内部構造なども、実物展示があって興味深い。

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大東亜戦争中の陸軍第9師団司令部時代の遺構も、いろんな場所で発見することができます。ここで活動していた先人たちの息吹を感じられる場所ですね。

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オガールタウン 町産材の高気密住宅と景観条例

オガール紫波の取組みは、商業施設や町役場だけに留まりません。オガール紫波の隣接エリアに、町が分譲を手がける「オガールタウン日詰二十一区」があります。暮らしに関わる公共、民間の多様なサービスが集積するオガール地区の住宅街が、オガールタウン日詰二十一区というわけです。

土地代だけで、800万円~の区画があり、建物を含めても2500万円~で、徒歩で紫波中央駅から都市部へも電車で通勤可能な新築一戸建てが手に入るのは、かなり魅力なのでは。

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地域循環型のエコハウスが建ち並ぶ良好な景観ができています。実は、景観協定や各種補助制度で、このまちなみ、高機能の住宅が誘導されているのです。基本的には当初分譲の条件として、地元の工務店に高気密住宅の新築を依頼すること、その工務店は高気密住宅工法の研修を受講済みであること、さらには、紫波町産の木材を使うことがあります。その見返りとして、200万円近い補助金が得られたり、固定資産税額が1/2減免になったりして、購入者・行政双方にWin-Winの関係ができます。これは、いわきでもぜひ取り入れたい。

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住宅分譲時には、街路に沿って、3本の街路樹が植えられ、それを維持することも分譲の条件となっているそうです。実際には3本だけでなく、自分の庭木も加えていくので、これも良好な景観の醸成に役立っています。

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電線を地中化する計画もあったようですが、コストやルールの関係から、一部の地区だけでした。ちょっと残念です。

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オガールタウン景観協定。まちづくりの当初からどのようにデザインしていくか、たくさんの他地区の事例を知り、この地区でどのような形がベストか考え、大胆に行動できるチームでないとこれは、実現できないでしょうね。

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オガールセンター オガールプロジェクト総仕上げの商業施設

オガールセンターは、オガールプロジェクトの総仕上げとなる建物です。

<オガールプロジェクトは、コチラ>
http://bit.ly/2DTfLlQ
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オガールセンターと紫波町役場との間にある芝生広場は、町有地で管理を株式会社オガールプラザが受け、民間利用に貸出をしています。株式会社オガールプラザ(パブリックマインドを持った民間)が利用目的を確認した上で、容易に利用することができます。この日は、オガールプラザにテナント入居しているSnow Peakというアウトドアショップのテントの展示。なんと、入社希望者の面接を、このテント内で実施するとのこと。確かに広さ・高さは十分ですが、さすがアウトドアショップの発想ですね。一般的には、公共空間の商業利用は不可で、それはいわきに限らず全国どこでも一緒のはず。公共空間を、いとも簡単に民間の商業利用することができるお手軽さに、びっくりしました。本来、公共は開かれているべきで、みんなの役に立つためにある。

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オガールプラザ内には、スノーピーク顧客向け?のボルダリング・スポーツクライミングの施設(壁?)がありました。5mはあろうかと思われる本格的なものです。半公共建物にこのような、時代のトレンドにあった施設があるのは珍しい。

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オガールプラザの背後には、全面人工芝が張られた岩手県フットボールセンターがあります。ここでは、中学生年代を対象としたサッカースクールや、ここを拠点とする社会人サッカーのクラブチームFC紫波が活動しています。ナイター施設もあり、稼働率が高いようです。

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日中の岩手県フットボールセンター。敷地内に公益社団法人 岩手県サッカー協会の建物があります。 

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2011.4.30の会場記念式の際に作成された寄せ書きが保存・掲示されていました。

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お洒落なベーカリー&カフェ「THE BAKER」。屋外でカフェを楽しむことができます。たった人口3万人の町で、こんなお洒落な店があるなんてステキ。田舎でも、散歩し、カフェでお茶を飲み、焼きたてのバゲットを購入して、自宅に帰るなんて生活ができるんです。

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店内・店外にカフェコーナーがあり、200円~ゆったりとした時間を過ごすことができます。

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オープンキッチンのレストランを見るようになりましが、オープンキッチンのパン屋さんは珍しい。お客に常に見られていることで、店長やスタッフにとっても適度な緊張感が出るそうです。またクリンリネスさの向上にも一役買っているそうです。

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自社製天然酵母種をすべてのパンに使用し、小麦粉本来の香りが楽しめ複雑で味わい深いフランスパンをメインに、たくさんの種類のパンを買うことができます。オススメはバゲットだそうです。

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スポットライトが美しい中庭。人口3万人のまちの風景とは思えない・・・

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オガールプラザ 使い道の見当たらない町有地の再開発

オガールプロジェクトは、平成24年に完成した官民複合施設オガールプラザが最初の建物でしたが、その成功で次々に建物が建設されていきます。平成26年には、民間複合施設オガールベースが完成。

<オガールプロジェクトの概要は、コチラ>
この、JR紫波中央駅前の町有地10.7haは、使い道の見当たらない土地でした。当時は雪捨て場にしかならないとして、頭を悩ませていたそうです。それが、岡崎正信氏を起点とした、パブリックマインドを持った民間が、プロフェッショナルな能力を持つ者とチームを作り、町から依頼を受けて、民間主導で「補助金に頼らずに」、まちづくりをやってのけてしまった。成功したものとして、簡単にまとめましたが、その経緯は著しく激しいものでした。

平成19年 公民連携の推進に関する学校法人東洋大学と紫波町との協定書締結、紫波町PPP可能性調査報告書
平成21年 紫波町公民連携基本計画策定、紫波中央駅前都市整備事業(オガールプロジェクト)開始、オガール紫波株式会社設立
平成22年 オガール・デザインガイドライン策定、岩手県フットボールセンター開場
平成24年 官民複合施設オガールプラザ オープン、紫波町図書館開館(オガールプラザ内)
平成25年 オガールタウン日詰二十一区 宅地分譲開始
平成26年 民間複合施設オガールベース オープン
平成27年 紫波町役場新庁舎 開庁
平成28年 民間複合施設オガールセンター オープン

<オガールベースは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/50914101.html
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オガールのスゴイところのひとつが、秀逸なサインやデザイン。すべてのサインやデザインが良く考えられ、当初計画から用いられています。プロフェッショナルなクリエイターが、地元に入り、全力で考えた、オガール・デザインガイドラインが、建設の前にできたのが大きいのではないか。

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紫波町は、これまで図書館がない町でした。農業主体の町で、読書や学習にあまり力を入れてこなかったのでしょう。しかし図書館はそれだけの機能ではありません。町民が集い、休む施設でもあります。実際、図書館が稼働すると、レファレンス・サービス(調べ物・相談)を利用する方も多い。

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図書館の開館に当たり、館長に抜擢された方は実は、東京在住。平日は紫波町で働き、週末に帰郷するという生活だそうです。「知りたい」「学びたい」「遊びたい」を支援する図書館の開館、その後の運営はとてもやりがいのある仕事だそうで、生き生きと仕事されておられました。

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農業主体の紫波町ですので、農業関連の書籍の蓄積に努めているそうです。「現代農業」のバックナンバーが揃っているだけでもスゴイのに、記事を検索できるシステムまで備えているのは、なかなかないのではないか。

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開架の図書コーナーの一角には、読書・学習スペースが設けられています。こういう場所さえあれば、学生は自然と机に向かうんですね。いわきでも、駅前のラトブの中央図書館、1町目の生涯学習プラザの学習コーナーには、自然と高校生が集まって勉強しているではないですか。図書館の効用は、大きい。

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飲み物持ち込み可、多少の声出しはOKだそうです。TSUTAYAが運営している武雄市図書館のコンセプトが非常に良いということで、地域ごとにアレンジされながら、全国に伝播しているようです。

<武雄市図書館 TSUTAYAは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/35932399.html
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こちらの建物もローコストの木造2階建て。材料を汎用的なものとし、できるだけ地元産木材を使っているそうです。天井高があるので、開放感があります。

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柔らかい感じの照明。よく見ると天井が張ってないので配管が丸見えですね。これもコストダウンのひとつです。

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目に見えやすい動線上のブックカートが置かれていました。いわきの中央図書館にもありますが、日陰者扱いであることが多い。高齢者等が複数の本を持って移動するときに優しいブックカート。

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図書館に寄せるそれぞれの町民の思いを書いたメッセージが掲示されていました。そもそもオガールプロジェクトは、たくさんあるまちの課題を解決するには、どのような開発が良いのか?という視点で進められています。だからこそ、まず何が課題なのかを洗い出すことが必要。そしてそのために何をすべきか、何をすべきでないのか、徹底的に議論することで、施設に対する思いや愛着が出てくる。この愛着の現れが、これらメッセージ群です。

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中二階から見た図書館全景。決して広くはありませんが、開放感あふれる場所です。

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オガールプラザの二階には、講堂があります。ミーティングや研修、コンサートなど用途に応じたスタジオの他、音楽練習等に使えます。実はこれまで町には、100人程度が収容できるホールが存在しませんでした。この講堂は、階段状の椅子を引っ張り出すことで、簡易的コンサートホールにすることができます。

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子育て応援センターしわっせが入居。学童保育的な使われ方をしているようです。

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紫波町情報交流館が入居。町民の自主的活動・交流を支援しています。町民が集える場所です。

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パブリックスペースでは、人待ちや勉強、お茶、休憩等さまざまな使い方があります。

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オガールプラザ前の広場では、バーベキューのピットがいくつも設置されています。町有地ではあるものの、運営会社が管理運営しており、有料でBBQピットの貸出をしています。週末には、必ず数組の団体が、肉を焼いているくらい人気の施設だそうです。確かに、清潔でキレイだし、芝生等の緑も近い、さらには産地マルシェがオガールプラザ内に入居しているため、そこで肉・野菜・飲み物等を購入できるので、手ぶらで来て、食材の過不足を心配なくBBQできるので、便利だし、やってみたくなる。

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週末に家族や友人で、わいわいとBBQやるのは、ワクワクしますね。ここを実際に視察するまで、週末に町役場付近が人手で賑わうイメージがつかめませんでしたが、納得・腹落ちしました。

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株式会社オガールプラザ代表取締役として中核施設を経営している、岡崎正信氏。1972年岩手県生まれのバイタリティあふれる方でした。地域振興整備公団(現都市再生機構)勤務後、家業の建設会社を接ぐために帰郷。そこで紫波町が町有地の活用でどうにもならなくなっているところを、見る。それまでの経験や、新たな学び、東京のプロフェッショナル集団との協働を経て、民間主導のまちづくりに本腰を入れることになりました。現在は株式会社オガールプラザ代表取締役として中核施設を経営しています。

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夕食は、オガールプラザ内の「4832」でいただきました。紫波=しわ=4・8で、「4×8=32」の語源のようです。具だくさんの紫波サラダをはじめとする地元食材の地産地消を地で行くお店でした。

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紫波のオリジナルワインもあるんですね。醸造は市外の製造業者に委託しているようですが、地元産を誇れるのは嬉しい。味はまあ、それなりに・・・

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産直の紫波マルシェは、あくまで「オール紫波」にこだわっているそうです。紫波の農畜産物や加工品を中心とした「旬と完熟、採れたて」がウリ。基本的には、生産者も消費者も紫波の人。ここで野菜・鮮魚・精肉・惣菜・弁当・寿司・果物・米・花・加工品・惣菜・パン・乾燥野菜・ジュース・漬物などが揃うので、普段使いの買い物にしているようです。

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夜間のライトアップまで考えられている、オガールの各施設。「消費を目的としない人」を集めようとしているそうです。普遍的な集客装置とは、消費を目的としないパブリックな場のこと。ここには、図書館と役場庁舎、さらには手県フットボールセンターがあります。

まちづくりというのは、究極的にはエリアの不動産の価値を上げること。消費を目的としない人が集まり、いわゆる人気がでればマーケットが大きくなり、結果として不動産の価値も上がってきます。これが、民間主導のまちづくり。官主導ではこの発想、行動はありえない。

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オガールベース 補助金に頼らないまちづくり

岩手県紫波町にあるオガール紫波は、「補助金に頼らないまちづくり」をキーワードにまちづくりをしています。具体的には、パブリックマインドを持った民間業者が、町保有の土地の面開発を行い、商業複合施設を含む建物を建設・資金借入・テナント付け・運営等を行っています。その開発の最初の建物がオガールベースで、オガールインというホテル、レストラン、大浴場、体育館、飲食店舗、薬局、コンビニエンスストア等が入居しています。

敷地内の道路は蛇行させ、また芝生の中の小道も、単純な直線にはなっておらず、利用者の遊びや移動の動線を考えたものだそうです。ちなみにオガールの名前の由来は、フランス語で駅を意味するGare(ガール)と、紫波の方言で成長を意味する「おがる」を掛け合わせた造語。

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バレーボール専用体育館。床はオリンピック会場に採用されているイタリアメーカー製。その質の良さから、日本代表の合宿にも使われていて、設備の稼働率はとても高いそう。なお夕方は地元の小中学生のクラブチームに開放されていて、元気に練習していました。

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体育館もそうですが、建物全体が木造で、2階建て。意匠が凝っているだけに建築コストがかかりそうですが、汎用の材料を使ったり、不必要な機能をそぎ落とすことで、実は非常に安くできているそうです。

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オガールインのビジネスルーム。かなりコンパクトな部屋ですが、天井高があります。ベッド幅140cmのベッドが置かれています。ここは、宿泊特化型ビジネスホテル&ドミトリーなので、宿泊料金はかなりリーズナブル。セパレートのシャワー・トイレ付の部屋で、1名利用時6,200円/人、2名利用時 5,200円/人。
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モノトーンにウッディな組み合わせが、近未来的なデザインな内廊下でした。木造2階建てということもあり、部屋間の防音性はかなり低いです。そこを気にする方は、ちょっと向かないかも・・・

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オガールインレストラン。地産地消・こだわりのヘルシー料理で有名で、ある雑誌で「地方ビジネスホテル部門全国第1位」になったこともあるそうです。ロビースペースは、宿泊者全員に提供される無料のバイキング形式の朝食会場となります。

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正直、定番メニューの内容は、改めて目を引くものはありません。ここのこだわりは、地産地消です。メニューには「お米と野菜は紫波町産を使用しています」という添え書きがされ、ソーセージや焼き鮭、たまご、カレーまで提供され、地元産の野菜がウリ。

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地産地消をいうとき、そのエリアは県単位であることが多いですが、ここでは紫波町産にほぼ限定。「町産町消」とでもいうべきこだわりが、受賞のポイントだったのでしょう。

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金沢市役所

金沢市役所へ行政視察に参りました。金沢市は、人口46万人ですが、旧加賀藩前田家の中心だけあって、文化が漂い風格のあるまちです。建物は、1981年築の鉄骨鉄筋コンクリート造、7階建て。シンプルで質実剛健な建物でした。

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1階ロビーには、特別名誉市民が掲示されていました。主に、国際姉妹都市等に尽力された方が多い。金沢で国際貢献した人といえば、八田與一。台湾に灌漑用の巨大な貯水池・烏山頭ダムを作り、台湾の農業の発展に多大なる貢献をした人物ですが、なぜかこの特別名誉市民にカウントされていませんでした。市内にある金沢ふるさと偉人館では大きく取り上げられているのに、不思議だ。

<金沢ふるさと偉人館 91人の偉人たちは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/44727752.html
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けっこうな数の名誉市民がいらっしゃるのですね。いわき市の名誉・特別市民は、畠山靖夫氏・草野心平氏・全樹仁氏の3名だけです。いわきももう少し、基準を拡大して、名誉市民をたたえる仕組みにしてもよいかもしれません。

<畠山靖夫医師は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/41499471.html
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金沢市の国際姉妹都市は、バッファロー、イルクーツク、ポルト・アレグレ、ゲント、ナンシー、蘇州、全州の海外7都市。いわき市は、オーストラリアクイーンズランド州のタウンズビル市とハワイ州カウアイ島だけ(中国の撫順市も姉妹都市ですが、日中関係の冷え込みを考慮して、現在、相互交流を停止中)。比較するわけではないですが、もう少し海外交流を増やし、違ったものの見方を身につけるという感覚を身につけた方が良い。タコツボの考え方・行動様式に凝り固まらないように。

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議場も見せていただきました。クラシカルで風格のある議場でした。

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いわき生徒会長サミット 実践報告会

いわき生徒会長サミットの実践報告会が、文化センター大ホールで開催されました。いわき生徒会長サミットとは、市内の各中学校の生徒会長らが集まって、教育委員会や企業等のサポートを受けながら、自主的な活動をしていくというもの。具体的な事業としての、生徒会長サミット・いわき志塾・English Immersion Camp、長崎派遣事業、The Young Americans公演等について、どのような活動をしてきたのかの報告会です。

いわき生徒会長サミットは、震災直後の2011年から開始しており、すでに3期生が卒業、今回活動してきたのは、4期生です。過去の3期生の中には、米国UCバークレー校に進学した佐藤君や、東京大学教育学部の推薦合格した根本君、平商業高校から慶応大学へ進学した白岩さん等、がんばっている先輩がたくさんいます。

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生徒のさまざまな自主活動を通して、①企画・構想力、②問題発見・解決能力、③行動・実践力のそれぞれが鍛えられていきます。実際、発表会の運営にしても基本的に自分たちで構成を考え、自分たちで運営、どうどうとユーモアたっぷりの劇形式で発表する姿は、①②③いずれも満たしていました。3つのC、すなわち、①Chance、②Challenge、③Change、機会を捉え、挑戦し、自分を変えていく!

会場では、ヤングアメリカンズ公演の一部を披露していただき、そのどうどうとしたパフォーマンスに圧倒されました!このような人財が、いわきで着実に育っていることは、まさに宝。大事に応援していきたい。

<ヤングアメリカンズの動画は、コチラ>
https://youtu.be/iWKBpUXxdgE
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性源寺 奥羽出張病院 関寛斎

性源寺(せいげんじ)は、いわき市長橋町にある禅宗・曹洞宗の寺です。幕末には、官軍に本堂が接収され、日本初の西洋式の野戦病院が開設されました。市民にも西洋式の医療が施されたという点では、日本の地域医療の先駆けとなった場所です。なお、当時の建物はもらい火で全焼してしまい、現在の本堂は昭和になってから建て替えられたものです。

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戊辰戦争で政府軍の野戦病院として開設されたのが「奥羽出張病院」です。はじめ平潟(茨城県北茨城市)に開設されましたが、戦線の移動に伴い、平長橋町の性源寺に移りました。おおまかな経過としては、以下のとおり。

・慶應4(明治元)年6月8日
 関寛斎が、奥羽出張病院頭取に任命される。
・同年6月17日
 平潟の地福院海得寺に奥羽出張病院開設。
・同年7月13日
 磐城平城落城
・同年7月22日~
 小名浜へ移転し、立花見龍宅他十軒余の旅宿に分宿。
・同年7月27日
 平長橋町の性源寺に奥羽出張病院開設。
・同年9月4日
 大村益次郎から「平大病院」と呼称するよう命令。
・同年10月25日
 病院の引揚げ開始。
・同年11月8日
 東京到着。野戦病院としての役割は終了。

この地に奥羽出張病院が開設されたことの顕彰碑が、昨年末に完成・設置されました。

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当時の院長、関寛斎院長一行15名が写っている記念写真です。複写を遺族関又一氏が、性源寺に寄贈したものとのこと。後段中央で堂々としているのが、関寛斎氏。関寛斎については、生家のある千葉県東金市や、開拓に尽力した北海道陸別町では偉人として、大きく顕彰されています。

<東金市での顕彰は、コチラ>
http://www.city.togane.chiba.jp/0000001284.html
<陸別町での顕彰は、コチラ>
https://www.rikubetsu.jp/kanko/sekikansai/

その左隣が斉藤龍安(竜安)。斉藤竜安は戊辰戦争の際、西軍の軍医として軍医頭の関寛斎らとともに平の長橋町性源寺に設けられた臨時病院(奥羽出張病院)に勤務しました。その後、明治5(1872)年6月も創設された、磐前県病院(平町一町目)に加わり、中心の医師として地域医療に尽力されてました(この磐前県病院は、明治12(1879)年に、福島県平病院となり、地域医療の中核となります)。その後、平町に永住することを決め、古鍛冶に「齋藤医院」 を 開業しました。明治26年には、発足した磐城衛生会の会長や、明治39年には石城郡医師会の発起人となりました。いわきの西洋医療の事始めをした方というべき偉人のひとりです。

写真に写っているこの医療チームは、いわき外から来た西洋医学のプロフェッショナル集団ですが、右端のちょんまげ・和服姿の2名だけは、いわき人。小野亀吉さんと関内半兵衞さんという当時の平の豪商で、この関寛斎チームを地元からサポートしたおふたりです。
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関寛斎の書いた「奥羽出張病院日記」について、そのご子孫である関内幸介氏が、昨年に解説本を出版されました。題字は、関寛斎の手記にある筆跡そのままだそうです。

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性源寺には、戊辰戦争で戦死した官軍の藩士22名が埋葬されたそうです。藝州藩10名、因州藩6名、長州藩2名、伊勢藩2名、岩国藩1名、下総藩1名。これらは性源寺の過去帳(埋葬時の戒名を付けるときに必ず記載し、記録もの)で確認されたもの。官軍が接収した寺だけに、官軍兵士しか葬られていないところも、興味深いですね。

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この性源寺に、日本で初の西洋式野戦病院が設置されたことは、地域の誇りです。その当時の病院旗が、東京お茶の水の医学教育歴史館に保存されています。

<奥羽出張病院旗は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/46121310.html
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LODGE ヤフー本社コワーキングスペース

LODGEは、ヤフー本社にあるコワーキングスペースです。場所は東京のど真ん中、赤坂見附・永田町駅直結の紀尾井町の東京ガーデンテラス17階。なんと、この作業・打ち合わせスペースが、一般の方に無料開放されています!この一等地で、無料開放なんて、なんとヤフー様の太っ腹なんでしょう!

<東京ガーデンテラスは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/49774941.html
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17階で開放感にあふれ、窓からの展望も素晴らしい空間。なんと広さは1,330平方メートルもあるらしい。オープンスペースに、思い思いにパソコンを広げ、また利用者同士で打ち合わせをしていました。まさにオープンなコラボレーション、情報交換や新たな協業が生み出され、スタートアップ等、何かがいままさにここで起きていると実感しました。

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ペッパー君もお出迎え。さまざまなイベントも開催されているようです。考えてみれば、公が行う起業・創業サポートは、単なる起業セミナーや、安い賃料での場所貸しに終わっていることが多い。そこに欠けているのは、ソフト面の起業・創業のムード作りではないでしょうか。そのアイデアがここには、詰まっている。

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コワーキングスペースで、飲食が自由にできるという発想も面白い。人は食べながら打ち合わせすると、関係性が良くなるといいますね。パワーブレックファストなどもそうだし。

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利用者同士の情報交換を促すための、コミュニケーションボード。

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コワーキングスペースLODGEは、ヤフー本社と一体化しています。受付は同じですし、社員自身もコワーキングスペースLODGEを利用することもあるそうです。

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ホテルニューオータニを見下ろすことができる眺望!

<ホテルニューオータニは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/49774461.html
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月面探査ギャラリートーク プルトニウムの宇宙開発利用

月面探査に関しては、Googleがスポンサーの世界初の月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」が盛り上がりつつあります。賞金総額は3000万ドルのこのレースでは、「ロケットの打ち上げ」「月面への着陸」「月面の探査」という3つの大きなミッションクリアが必須条件。

日本からも民間による宇宙開発を目指しているチームHAKUTOが、SOLATOという探査機を乗せたロケットを年明けに打ち上げが予定しています。ひょっとすると、一番乗りを達成するかもしれません。

1960年代にアメリカがアポロ計画を立て、巨額の研究開発投資を行い、ついに1960年代にアメリカが有人月面着陸に成功しました。それから、技術革新・進歩が大きく進み、ロケット開発・打ち上げ費用が劇的に低減しています。さまざまな惑星等(月を含む)に対して、調査ロケットが打ち上げられ、詳細なことがわかってきました。その意味で宇宙開発は、劇的に進歩しているといえるわけです。

一方、アポロ計画が終わって以来、なんと12人しか人類は月面に降り立っていません(ちなみにすべてアメリカ人)。その理由は、チリ一つない真空空間から遠く観察するのと、実際に物理的に着陸して、砂・ダストにまみれながら、ハードな環境で観察するのとでは、てんで比較にならないくらい調査が困難だからです。

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そういったお話を、東京大学の宮本英昭先生が話してくださいました。氏は、月の調査の次のステップである、火星の調査を計画・研究されている第一人者です。今回の企画・展示は、東京大学総合研究博物館スクール・モバイルミュージアムとして、東大工学部システム創成学科の学生が中心となり、同・宮本英昭研究室が監督して実施しているそう。
 
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月面の移動では、舞い上がるダスト・砂対策が必須です。月面調査機器の開発現場では、新しいアイディアの探査装置が次々と検討されているそうです。この展示会では月面を模擬した砂場のような土砂プールが用意。ラジコンモデルで、いかに砂地での移動が難しいかを体験できます。さらにすすんで、小中学生を含めた若い世代が、自由な発想から今後の月・惑星の探査機について考えられるように、自分のラジコンカーを持ち込むことも可能だそうです。

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現在でも圧倒的な予算規模で、アメリカが宇宙開発を進めているそうです。宇宙開発探査機の大きな課題のひとつが、太陽光の当たり具合により、摂氏プラス100℃~摂氏マイナス100℃に変化する、機体の温度管理・対策です。熱膨張・収縮だけでなく、精密機器を過酷な温度差の中で正常に動作させるのは、かなり難しいそうです。それに対応するためアメリカの探査機は、継続的に発熱するプルトニウムを積むことがある。すなわちプルトニウムは、何もしなくてもその崩壊熱で、一定の熱量を出し続けます。そのプルトニウムを観測機器に搭載しておくだけで、一定の温度に保つことができるというわけです。宇宙開発のために、ロケットでプルトニウムを宇宙に向けて飛ばしているという事実。ボイジャー1号、土星探査機カッシーニ、木星探査機ガリレオ、火星探査のキュリオシティーのいずれもプルトニウム238を燃料にしています。

キュリオシティーの電池にはおよそ4.5キログラムのプルトニウム238燃料が含まれているそうです。仮に打ち上げ失敗&爆発ともなれば、全世界にプルトニウムが拡散するリスクがあります。それを考慮しても、宇宙開発を優先するアメリカ、それを黙認する宇宙科学技術の人たち。なぜ(左系の)マスコミは、こういう点を大きく報道しないのでしょうか。わかっていない・勉強していない・情報収集していないということ、もしくは、見えない力を忖度しているのでしょうか。

日本の宇宙開発を加速化するためには、プルトニウムの利用を含めた研究開発が必要です。核・ウランの利用に関しては、日本のマスコミは異常に毛嫌いする傾向があります。一方、それを積極的に利用して、宇宙の研究開発を、どんどん進めている国がある。その技術格差が埋まらないような位、差が付いてしまったときにはどうにもなりません。安易なフレーズやお題目にとらわれず、長期的な視点で戦略的に国の利益を考え、行動していくことこそが、持続的に国を守ることができる、唯一の方策だと思います。

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奥羽出張病院旗@医学教育歴史館

医学教育歴史館は、東京お茶の水にある順天堂医院センチュリータワー17Fにある、日本の医学教育の歴史を資料等を展示するスペースです。解体新書などの約120点におよぶ貴重な資料が保存・展示されています。順天堂の創立175周年記念事業の一環として設置されたそうで、開館式典には、天皇皇后両陛下も訪れたそうです。日本の医学の歴史の最初は、順天堂の創始者である、初代堂主佐藤泰然は、幕末から明治にかけて、佐倉に医学塾順天堂を開設。江戸、京、大坂を始め全国諸藩より塾生が入門し、「日新の医学、佐倉の林中より生ず」と謳われ、明治初頭、我が国への西洋医学導入に貢献する多くの門人を育てました。弟子の佐藤尚中は、東京順天堂の第二代堂主であり大学東校(現・東京大学医学部)」の初代校長を務めました。こういった、日本の西洋医学の萌芽期に多大な貢献をした順天堂だからこそ、日本の医学教育の歴史を資料等を展示するスペースを持つ資格と責任があるでしょう。

<順天堂医院は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/46166422.html
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入館料無料ですが、開館日は毎週火・木曜日だけ。さらに見学するには、電話による1週間以上前の事前予約が必要で、入館には後日送付されてくる確認はがきが必要です。開館時間も①午後1時からの部 の1時間のみか、②午後2時からの部1時間の2回のみとかなり限定的ですが、訪れる価値ありです。

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解体新書や、当時の外科治療代金表等、貴重でかつ興味の尽きない資料ばかりですが、特筆すべきは、「順天堂病院旗」と「奥羽出張病院旗」です!!!順天堂 病院旗は、第3代堂主佐藤進が戊辰戦争で新政府による奥羽追討陸軍病院の頭取に任命された際、野戦病院に掲げられたものです。このときはじめて「病院」という言葉が使われたそうです。奥羽出張病院旗は、いわき平の長橋町の性源寺が奥羽出張病院として接収され、ここに掲げられたものです。また順天堂の初代堂主の直弟子の関寛斎は、戊辰戦争時には官軍の奥羽出張病院長(後の平大病院)として、日本初の西洋式野戦病院を設立運営し、敵味方の区別なく、さらには一般市民までに医療を施しました。160人にも及ぶ町民や農民の名も記録に残っているそうです。この場所で、關寛斎やその弟子の斉藤龍安らの医師たちが、地元の医師らの協力を得て、西洋医学に基づいて敵味方の区別なく傷病兵や磐城一円の一般人の治療にあたったわけです。病院閉鎖までの被治療者は(敵味方含め)12,752人だったとのこと。平潟に7/27に開設以来、閉鎖される10/29までの3ヶ月あまりの間に、総費用8,329両(現在の価値にして約4億円)もの巨費が官軍から投じられました。まさにこのいわきでの医療の実践は、日本の地域医療の基礎に貢献したわけです。

<いわき近代医学の事始め展は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/40263976.html
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アウガ 青森市の再開発失敗事例

JR.青森駅前の複合商業ビルフェスティバルシティ・アウガは、平成13年にオープンした再開発ビルです。建設当時は、青函連絡船の廃止、新幹線のルートから青森駅が外れたこと等から、青森駅前の再活性化をめざして作られました。地下1階、地上9階建てで、地下には市場や飲食店、5~6階は青森市男女共同参画プラザ、6~9階は青森市民図書館が整備され、522台が収容可能な駐車場があります。

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営業開始から約15年間営業してきましたが、1~4階の商業施設が平成29年2月28日で運営を終了し、平成30年1月を予定している青森市の総合窓口へのコンバージョンに向け、現在閉館中です。果たして商業フロアとして設計された場所が、行政施設として生まれ変わることができるのかどうか、技術的にもソフト的にも非常に興味があります。

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実は、建設当時、注目を集めた「商店街+ファッションビル+公共施設+駐車場」という新業態は、いわき駅前の再開発ビル「ラトブ」と全く同じ。なぜなら、ラトブはアウガを参考に計画・建設されたものなんです。ちなみにラトブはちょうど10周年を迎えたところ。5年先輩のアウガ破綻の事例から、何を学ぶべきでしょうか。

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開館当時のアウガは青森市初のファッションビルとして大いに賑わい、中心市街地の活性化に一役かったものの、当初から売上は計画時の予想の半分程度となる23億円、全館での集客数は約282万人だったそうです。さらに、市内の郊外スーパーや市外の大型ショッピングモールの出店、少子高齢化、鉄道利用客の減少などにより経営が悪化していった。そしてついに運営会社である青森駅前再開発ビルが破綻し、その債務を青森市が買い取り、保有床も青森市が債務の弁済として買い受けることになりました。

青森市の現在の市庁舎は老朽化が進行しており、建替が検討され13階?の新庁舎の建設計画もあったようです。しかし新市長の考えとしては、市が保有する運営会社三セクに対する約17億5000万円の債権を放棄するかわりに、アウガ4フロアの床を市が取得、そして市庁舎の機能の多くを、このアウガに移すことで、建設計画を大きく縮小するようです。さらに青森市の結果責任を負うため、自らも市長給与35%カットするにとどまらず、全市庁舎職員の給与カットしました。副市長25%、管理職10%、さらには一般職員も主幹級3%、主査級2%、主事級を1%それぞれカット。都市計画や土木の担当部局のみならず、福祉や教育部門を含めた全職員を対象にしたところが、耳目を集めました。

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商業施設を除く、公共施設のフロアを見学しましたが、駅前複合施設としては、アクセス・設備等、申し分ない使いやすい施設です。市民に愛されたビルにもかかわらず、商業施設の需要予測を見誤り、設定賃料を獲得できず、金融機関への返済が滞ったことが、致命傷となってしまいました。いわき駅前のラトブにそのようなことが起きないよう、細心の注意を払わなくてはなりません。

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地下の市場は、退店があるものの、市場機能は維持できているように見えました。郊外型の大型スーパーが市場を席巻するの流れは変わらないものの。まちなかで買い物をしたいという一定のニーズもあるのではないでしょうか。

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キャシーさんからファシリティグラフィックを学ぶ会

キャシーさんからファシリティグラフィックを学ぶ会。ハマコン等でファシグラの有用性は体感してましたので、ちょっとだけでも体得したい!と思ってました。ペンの持ち方使い方から始まり、アイコンの表情指導まで!濃密なレクチャーでした!!!

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ファシリティグラフィックの肝のひとつは、アイコンを描くとき、意味がわかり、素早く描けること。リアルに正確に丁寧に描くことよりも、特徴をつかんでシンプルにすることです。そのイメージが、「このへんで」。

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いろんなモノ・コトをアイコン化する練習をしました。

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人物の表情も難しいモノのひとつ。その表情を、眉の形4種類、口の形3種類の計12種類を用意してみると、あら不思議。ほとんどの表情ができてしまう!さらに、顔の向きも左右・上下・斜めを用意すれば、かなりの表情をカバーできそうです!

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たった12種類で、表情の多くが表現できていることに、不思議!

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キャシーさんが堀江貴文さんの生講演を聴いたときの記録としてのファシリティグラフィックの実際を見せてもらいました。講演を聴きながらペンを走らせて、聞いたことをまとめたものです。聞いた内容を把握し、自分なりに咀嚼・昇華しないと、これはできない。人の話を良く聞く、要点をまとめる、抽象化する、これがいつもできたら良いですね。練習したいと思いました。

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現場からの医療改革推進協議会 第12回シンポジウム

現場からの医療改革推進協議会シンポジウムの第12回シンポジウムが、東京大学本郷キャンパス福武ホールで開催されました。毎回ですが、医療関係のみならず、政策、メディア、教育等の異なる分野の発表者による有機的な連携が魅力の会で、今回も非常に大きな気づきやアイデアをいただいて参りました。

<昨年の現場からの医療改革推進協議会シンポジウム2016は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/48962992.html
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会の実質的な運営を担ってくださっている一般社団医療ガバナンス学会の上昌弘先生。東京大学医科学研究所時代から、灘高・東京大学剣道部の人的ネットワークを駆使して、独自の情報網を構築し、鋭い現状分析と問題提起してきました。このシンポジウムも医療現場における問題事例を取り上げ、医療現場の主人公である患者とそれを直接支える医療スタッフたちが、現場の視点から具体的な問題提起を行い、その適切な解決策を議論する機会と場となっています。

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その道のベテランの方の発表ばかりでなく、卒業後数年の超若手の発表等もあり、ジョーク混じりで進行するのは、知的な頭の体操やエンターテインメントといえるかもしれません。

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相馬市の立谷秀清市長も、新研修医制度に対するご意見を述べられました。2017.12.17に投票される市長選に5選を目指して活動されていますが、それでもこういった場所に来てくださるのは、このシンポジウムの重要性をはっきりと認識されているからだと思います。相馬市の井戸端長屋は、災害公営住宅としてデザインが秀逸なだけでなく、高齢者の介護の理想型のひとつだと思いますが、これらはすべて立谷市長のリーダーシップで実現したものです。

<相馬井戸端長屋 デザインとコンセプトが秀逸!は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/46738545.html
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南相馬市立病院の院長に就任された及川友好先生。脳神経外科専門で脳卒中センターの病棟を新築されたところです。実は、及川先生は磐城高校の先輩です。そんな関係もあり、公立病院のあるべき姿等、いろいろ情報交換させていただきました。

<南相馬市立総合病院 初期研修医100%フルマッチは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/46671311.html
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震災後に、南相馬市に単身送り込まれた坪倉正治氏。当時は、東京大学医学部の先輩・同級生から「気でも狂ったか」「おまえのキャリアは、もうない」と批判されたそうです。その後、坪倉医師は、地域に溶け込み、地域医療の現場に身を預ける傍ら、じっくりと現場でしか集められない医療データを収集・分析し、いくつかの貴重な論文を発表し続けました。そして今では、当時批判していた方々から、うらやましがられているそうです。やはり、当時、人生のキャリアのリスクをとって被災地に飛び込んだ勇気、そしてめげずにやり続けた継続力が、実を付けたということでしょう。

それから作家・医師の久坂部羊氏にお会いできたことも大きな収穫でした。

<坪倉正治先生のよくわかる放射線教室は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/41864684.html
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折しも東京大学本郷キャンパスは、銀杏で美しかった。

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いわき地域学会巡検 笠間神谷陣屋

いわき地域学会巡検に参加しました。もう58回目の開催だそうです。今回の対象は、笠間神谷陣屋です。夏井芳徳先生を講師に、神谷公民館でまず座学です。笠間神谷陣屋は、現在の平六小にありましたが、この公民館の敷地自体も、笠間神谷陣屋の備蓄用倉庫があった場所とのこと。

<笠間藩神谷陣屋 戊辰戦争奉公碑は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/47296694.html
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笠間藩は茨城県の笠間市の藩です。その飛び地がいわきにあり、それを管理するために神谷陣屋が置かれ、代官をはじめ約50人程度の藩士が詰めていたらしい。しかし幕末の戊辰戦争時に、磐城平藩が幕府側、笠間藩が官軍についたことから、1968年6月-7月にかけて戦闘状態になります。磐城平藩の藩士は約300名、それに仙台藩の藩士が約400名援軍として磐城平城にいたそうなので、笠間藩神谷陣屋の約50名は孤立無援だったといわれています。

しかし大須賀いんけんの「磐城郡村誌」や笠間藩主牧野家の「復古外記」等によれば、笠間藩神谷陣屋はかなり活躍したようです。北から来る磐城平藩の援軍である米沢藩・相馬藩の300名を阻み、磐城平城に入城させませんでした。また磐城平城が劣勢になったとき、北へ落ち延びるルートである陸前浜街道をふさいだのです。

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戊辰戦争に関しては、勝者である官軍・西軍・明治政府の歴史観で語られることが多いです。しかし、幕府軍の言い分もあるはずで、そのような記録が「戊辰私記」「磐城平藩戊辰實戦記」「磐城戊辰資料 平潟口戦記」等に残されています。このような資料からわかることは、戊辰戦争が単なる倒幕し、新政府ができたという単純なものではないということ。たった150年前に、この日本で内戦が勃発し、同国民同士で血を流したという事実を忘れてはならないと思います。

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吉田みきと プロフィール

ふるさとの福島県いわき市で、市議会議員として活動を開始しました! いわき市は、今、複層的な問題が山積しています。公認会計士としてのキャリアを生かし、フレッシュな視点で問題点を洗い出します。



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