吉田みきと ほぼ毎日ブログ

「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。」 吉田松陰・高杉晋作語録   「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない。」 西郷隆盛・山岡鉄舟語録

思索

平七小@イトーヨーカドー平店

平七小は、イトーヨーカドー平店2階にある、パブリックスペースです。平中心部の小学校は、ナンバースクールと呼ばれていて、平一小から平六小まであります。つまり「平七小」とは、本来、実在しない学校名。ある意味、ジョークなのですが、こういった場所があったらいいな、という思いも込めて名付けられたようです。

中心市街地に若者が集い、新たなつながりを生み出す場所が、駅前にない。勉強やイベントを容易にできる場がない、という学生の意見から、このような場が実現しました。

実現したのは、たいらまちづくり株式会社(まちづくり団体)、学生団体コネクト(市内高校生有志)、イトーヨーカドー平店(場所を無償提供)、デザインノ風(企画・デザイン)らの団体の協力のおかげです。

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「学習&ワークショップゾーン」は教室がイメージされています。市内で廃校となった小中学校の勉強机や椅子が再利用され、まさに勉強する場所として無償提供されていました。本当に、勉強してる!黒板や世界地図もある!

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「ギャラリー&情報ゾーン」、「コミュニティー&休憩ゾーン」では、市のイベント情報の発信、市民の作品などを展示するなども設けられるそうです。平日夕方には、市内から高校生を中心に学生があつまり、勉強だけでなく、だべり、打ち合わせ、飲食等、さまざま自由に使っていました。

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このスペースができたから、今すぐまちなかに賑わいが発生し、まちが再生する!と断言するには、まだまだだと思います。しかし、交流する機会がない世代の交流が生まれ、にぎわいが増すであろうことは間違いありません。こういった取組みが、まちなかで小さく、数多くやられることで、活動するプレーヤーが増え、いわきのまちなかが賑わってきて、まちの魅力が増すということにつながっていくのではないでしょうか。

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いわき市医療センター 免震装置改ざん

産業製品メーカーの「KYB」による、地震などによる建物の揺れを抑える免震・制振装置の検査データの改ざん問題が報道されたのは、2018年10月です。報道によると、データ改ざんしたのは、2000年3月から18年9月までに出荷された「免震用オイルダンパー」と「制振用オイルダンパー」の2製品。

改ざんの疑いがあるものは、全国にある計1,000件近くあり、2018年12月開業予定のいわき市医療センターも含まれています。新病院棟に当該免震装置オイルダンパー28基が使用されているもよう。「製造に係る記録データがないことから、全て不適合製品として取り扱う」ものとされ、市としてはメーカーに対し、速やかな交換を求めています。

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しかし、開業まであと1ヶ月しかなく、事実上、交換作業に間に合いません。国土交通省からは「不適合製品を設置した施設であっても、震度6強から震度7程度の地震で倒壊するおそれはない」との見解が示されたそうで、とりあえず、そのまま予定どおり、12/25開院させるもよう。技術的・工期的な課題もあるのでしょうが、早期の対応を継続して求めていきたいですね。

<油圧機器メーカーKYBによる免震・制振装置の検査データ改ざん問題報道は、コチラ>
http://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000742.html
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上記写真は、2017年10月11日に開催された、新病院上棟式・現場見学会時のものです。地下に設置された、問題となっている「免震用オイルダンパー」と「制振用オイルダンパー」。当時は、まさかこれが大問題に発展するとは思いませんでした。

<総合磐城共立病院 新病院上棟式は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/50897402.html
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しかし不思議なのは、国土交通省からは「不適合製品を設置した施設であっても、震度6強から震度7程度の地震で倒壊するおそれはない」との見解。だったら、そもそもそんな厳格なダンパーの基準は不要だった(過剰なハードル設定だった)のでは?という疑問です。

確かに法令遵守・ルール遵守・コンプライアンスは、大事なことです。しかしそもそもそのルール自体の趣旨・目的が適切かつ合理的設定されていることが前提です。意味がない、もしくは時代の変遷でルールの意味が薄れてしまったものを、考えもなく、運用し続けていることのほうが問題ではないでしょうか。

<「法令遵守」が日本を滅ぼす 郷原信郎著は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/29809983.html
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浮体式洋上風力発電施設 撤去の方向

2018年10月27日の報道によれば、福島県沖に設置した浮体式洋上風力発電施設3基のうち、世界最大級の直径167mの風車を持つ1基が、採算が見込めないため撤去される方向であることが、報じられました。当初は、実証研究として商用化を探っていました。将来的には大規模な洋上ウィンドファーム構想もありました。しかし残念ながら、機器の不具合で設備利用率が低い状態が続いていたそうです。

1. ふくしま未来(2013.11~)
1基目の2MWの固定ギア式浮体式洋上風力発電設備。発電設備は日立製作所製。浮体は三井造船製。

2. ふくしま浜風(2017.2~)
5MWの固定ギア式浮体式洋上風力発電設備。発電設備は日立製作所製。浮体はジャパンマリンユナイテッドの堺工場製。

3. ふくしま新風(2015.12~、今回発表の撤去予定対象物)
7MWの油圧ドライブ式浮体式洋上風力発電設備。この規模の洋上風力発電が浮体式で設置されるのは世界初。製造は三菱重工製、浮体は長崎造船所、タワーは神戸造船所、ナセルは横浜製作所、ブレードはドイツから調達、これらを全て小名浜の藤原埠頭で組立てが行われました。
http://www.mikito.biz/archives/41381091.html

4. ふくしま絆(2013~)66kV浮体式洋上変電所。
安定性が求められる発電所が洋上に設置されるのは、世界初。変電所は日立製作所製、浮体はジャパンマリンユナイテッド製。

福島県は2011年3月の東日本大震災・福島第一原発事故後、積極的に再生可能エネルギーの導入を進めていましたが、これに水をさす形になってしまいました。これまで発電3基+洋上変電所で合計585億円の国費が投入されており、今回撤去予定対象のふくしま新風だけでも152億円がかかっているそうです。そして撤去費用の概算見積もりは、建設費の1割程度とのこと。

安定が求められる発電・変電施設を、波風が大きく発生する太平洋の大海原に浮かんだまま設置するには、これまでにない新技術の開発と、果たして建設・運用コストが発電に見合うものかどうかが、プロジェクト開始当初から注目されていました。結果的には、風車の回転力を発電機に伝える変速機などで問題が続発したそうで、根本的な解決にいたらなかったようです。ふくしま新風の直近1年間(2016.7-2016.6)の設備稼働率は、たった3.7%(事業化の目安は30%だそうです)とのことで、これが廃止を決断する大きな要因になったと思われます。

残りの、「ふくしま未来(2MW)」「ふくしま浜風(5MW)」の実証試験は当初は2018年度に終了する予定でしたが、現在のところは当面、期間を延長して商用化の可能性を探る方針だそうです。

経産省が委託した専門家による総括委員会は、2018年8月に報告書を提出し、ふくしま新風(7MW)については、「技術的課題があり、商用運転の実現は困難」「早急に発電を停止し、撤去の準備を進めるべき」と指摘しました。報告書によると、売電収入100を得るために、運用支出が183もかかっており、収入のために1.8倍もの費用がかかっている状態です。しかもこの費用は、運用コストがメインで、設置コスト152億円は含まれていません。確かにオカネの観点だけでいえば、投資効果は薄いといわざるをえません。

<福島沖での浮体式洋上風力発電システム実証研究事業総括委員会 報告書2018.8は、コチラ>
http://ur0.link/MXZq

陸上は風力発電や太陽光発電の適地が少なくなっており、周囲を海に囲まれた日本にとって、浮体式洋上風力発電は、有望な再生可能エネルギーです。しかし陸上に比べて洋上は、そもそもその安全性・信頼性・経済性の観点が疑問視されてきました。今回の実証実験で図らずも、ふくしま新風(7MW)については、信頼性・経済性の課題が大きすぎるとの結論にいたりました。

確かに152億円も投じて、結局、商用化にいたらなかったことだけを捉えて、オカネのムダと断じることができるかもしれません。しかし、トーマス・エジソンは、電球を発明するまで一万回失敗しました。そのことをインタビュアーに「一万回も失敗したそうですが、苦労しましたね」と問われたとき、エジソンは、「失敗ではない。うまくいかない方法を一万通り発見しただけだ」と答えたそうです。
そうなのです。ふくしま新風(7MW)ついて、うまくいかない方法を発見した。この知見を今後にどういかすかが大事。革新的・破壊的イノベーションには、「キャズム」(Chasm、新技術への高いハードル)があるといわれています。これから、残りのふくしま未来(2MW)とふくしま浜風(5MW)の実証試験を継続し、安全性・信頼性・経済性を解決・克服できるような知恵と努力をしてほしいと思いますし、一市民としてぜひ協力していきたいと思っています。

<陸上風力の滝根小白井ウィンドファームは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/48734443.html
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護国寺 明治の元勲達が眠る場所

護国寺は、東京都文京区にある寺。真言宗豊山派の寺で、正式名は神齢山悉地院大聖護国寺。都心にあるお寺ですが、歴史はそんなに古くなく、江戸時代初期の徳川綱吉は母、桂昌院の願いをうけ建立されました。そんなある意味、普通の寺ですが、なんと明治の元勲、三条実美、山県有朋、大隈重信らの墓所があるんです!

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不忍通り沿いにある、「仁王門」をくぐり、本堂にむけてまっすぐ歩きだすと、階段を上ります。その途中で、さらに「不老門」をくぐります。

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境内には、本堂のほか、多宝塔、月光殿等の多数の建物・伽藍がありました。

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護国寺の本堂(観音堂)は、当初小さいものだったそうですが、元禄時代に、単層・入母屋造りの屋根をもつ大建造物に建て替えられ、現在にいたっています。震災や空襲にも耐え、国の重要文化財指定です。

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本堂の内部は撮影禁止なので、本堂の外から、参拝がてら撮影。天井には色とりどりの絵柄が描かれていました。本堂の中は拝観が可能で、大日如来座像?、地蔵菩薩立像?、不動明王像?らが安置。

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そして!明治の元勲達が眠る場所でもあります。まずはひときわ大きな墓所を持つ、大隈重信。独立の鳥居と、塀と門でロックされた墓所でした。いわずと知れた早稲田大学創始者であり、第8代・第17代内閣総理大臣です。佐賀出身で、当時の薩長以外から初の首相。2度の首相になってからは、党内抗争と薩長の妨害等の首相おろしで、相当いじめられました。現代にも一脈、通じるところがあります。亡くなったときの葬儀は、日比谷公園で国民葬が行われた。

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そのそばに、三条実美の墓所。こちらも独立の鳥居と、塀と門でロックされた墓所。幕末の尊皇攘夷派の公家の筆頭。八月十八日の政変(薩摩藩・会津藩らが連動したクーデター)で、長州藩への七卿落ちを経験しましたが、明治政府では太政大臣を歴任した、明治の元勲です。こちらも国葬。

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維新三傑のひとり、山県有朋の墓所。上記の2人のように鳥居はありませんが、しっかりとした石塀で囲われていました。近くにある目白の椿山荘は、山県有朋の別邸だったので、こちらに葬られたのかもしれません。大隈重信と山県有朋は、生まれ年も没年も同じ、明治の元勲。しかし、大隈は肥前藩出身で山県は長州藩出身と、まず出自が違う。さらにかたや政党政治、かたや薩長政治。かたや一般市民の人気者、かたや陸軍の大物フィクサー。政争でさまざまなバトルを繰り広げたお二人ですが、死後は仲良く同じ寺に葬られているというのも、何か不思議な感じがしますね。

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敷地
 
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敷地の隣には、日本大学豊山中学校・高等学校。先日、日本大学アメフト部が悪質タックル事件スポーツマンシップから外れた悪質タックルプレーが問題になり、監督が除名処分となりました。その加害プレーヤーと監督、いずれもの出身母校らしい。もともとは真言宗豊山派に属する教育施設としてスタートしたものの、紆余曲折あって現在の日大系列付属校になったようです。平成27年築の高層校舎は、立派でした。

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デュオヒルズ平月見町 マンションギャラリー

いわき平のイオンいわき店・スーパー一二三屋の隣接地で、15階建て56戸の高層マンションの建設が進んでいます。企画・販売会社は、フージャーズコーポレーション。この会社はいわきではなじみがありませんが、東日本大震災後に、
第1弾「デュオヒルズいわきザ・レジデンス(平字堂根町の竹林病院跡地)2016年3月、15階建て122戸
第2弾「デュオヒルズいわきザ・アーバンレジデンス(イトーヨーカドー隣接地)2018年8月、14階建て52戸、の2棟を立て続けに完売。同社の第3弾です。ちなみに第4弾もいわき駅前に計画中であり、グランフォセットシリーズとともに、一気にいわきのマンション市場のキープレイヤーです。

<グランフォセットは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/33214577.html
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グランフォセットにしても、デュオヒルズシリーズにしても、いずれも14~15階の高層マンションです。高さ45mを超える部分になると建築基準法や消防法などの規制が厳しくなることから、経済的な観点で、14/15階建になるケースが多いようです。

いわきでは駐車場付置率が100%を超えるケースもありますが(全戸に1台の駐車場)、スーパー一二三やまで徒歩1分、いわき駅までも徒歩圏ということから、あえて駐車場を敷地内に全戸分用意していないそうです。

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全戸南向き。南側には一二三屋とイオンがありますが、4階以上からは四方の視界を遮る建物が何もなく、ビュー(眺望)や採光・通風は、最高でしょう。

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最も気になる価格帯ですが、2LDK~4LDKで、3700~6000万円くらいだそうです。坪単価で190万~230万円程度。ちょっと前の首都圏のマンション相場並ですね。少なくとも20才代の若いカップルが住宅ローンを組める水準を、はるかに上回っています。いわき地区だと、郷ヶ丘・いわきニュータウン等の住宅エリアで、一戸建てと競合する価格帯。若い世代というよりも、クルマを必要としない壮年世代の方々に受け入れているようです。また早急に住宅を必要とする世帯(例えば、双相地区からの長期避難者等)のニーズは、まだあるようです。
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24時間ゴミ出し可能、草むしりや廊下の掃除、建物管理不要のマンション生活に慣れてしまうと、一戸建ての生活には戻れなくなってしまうのかもしれません。

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いわき平地区の地盤は、実は、弱い。2~3階建て等の建物は問題ありませんが、10階を超える高層マンションを建てる際には、地下40mにも及ぶ岩盤層にまで基礎杭を打ち込まなければならないそうです。地震に対して揺れやすい地盤といわれていますが、一方、震度6弱を記録した東日本大震災でも、この平地区は(他の地区と比べて)比較的大きな建物損壊被害は少なかったことから、地震の影響予測はいかに難しいかということがわかります。

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フージャーズコーポレーションさんは、全国にマンション販売を手がける会社ですが、いわきに貢献する活動を積極的に行っています。いわきの代表するスポーツイベントである、ツールドいわき等に協賛し、イベント当日の人的応援もいただいていて、大変ありがたいです。

<ツールドいわき2015は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/45881002.html 

自民党総裁選 候補者の主張は自民党HPにて

自民党総裁選の投票用紙が、自宅に郵送されてきました。日本の総理大臣を市民が直接選ぶことはできませんが、党員は自民党総裁を直接選ぶことはできます。事実上、総理大臣を直接選べるのです。そう考えると、この投票はものすごく重い。

ちなみに党員投票の有権者は、平成28年と平成29年の党費・会費を納入した党員、及び自由国民会議会員、国民政治協会会員だそうです。投票の際に参考にする情報としては、紙媒体の「自由民主」のほか、自民党ホームページの特設サイトがあり、そこで所見発表演説会や候補者共同記者会見、公開討論会等が、ネットで自宅からでも見れるようになっていて、情報量としてはかなり充実しています。

<自民党HP特設サイトは、コチラ>
https://www.jimin.jp/election/results/sousai18/
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同時期に、自民党党員に送付されてきている「自由民主」。総裁選特集となっていて、いわゆる選挙公報のスタイルに近い。安倍晋三氏・石破茂氏の主張が1面全面に記載されていて、情報量はかなりなものです。動画ビデオやQRコード等もあり、いまどきです。

日程:
9/7 告示・候補者届出受付
(北海道地震災害により、9/9までの3日間総裁選活動自粛)
9/10 候補者所見発表演説会・候補者共同記者会見
9/19 党員投票締切
9/20 開票・議員投開票

総裁選については、マスコミ等をはじめとしていろいろ報道がなされていますが、まずは、候補者が出している情報等をしっかりみてからコメントしてもらいたいものです。コメンテーター?が公開されている情報も見ずに、公共の電波・新聞を用いて報道するのは無責任でしょう。私も自分の意見を持つために、出された情報はきちんと理解しておくつもりです。

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小中学校エアコン導入問題と地方議員の憂鬱

今年の夏は例年になり猛暑であった。来年以降も夏の猛暑が続くことは否定できない。政府は来年夏までに全ての公立小中学校にクーラーを設置するため、予算措置を図る方針を固めたとの報道がなされた。秋の臨時国会への平成30年度補正予算案を提出することが想定されている。
児童・生徒の健康維持、学習意欲や集中力の向上のために、学習環境の整備の一貫としてクーラー設置は良い方向性だ。これまでは、いわき市は東北地方と言葉のイメージから自ら涼しい地域と自ら思い込んでいて、小中学校教室へのクーラー設置に積極的でなかった。しかし、気候の状況や政府の方針も踏まえて、いわき市としても全ての公立小中学校にクーラーを設置する方向性で調査検討を開始した。小中学校を所管する基礎自治体の議員として、また小中学生の子を持つ親としては、諸手を挙げて政府・いわき市の方針発表を歓迎したい。一方、地方の財政を考慮すると課題が多く、地方議員の立場で大きな憂鬱、ジレンマを感じている。

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課題1:初期コスト
市内小中学校数は100校あまり、すべての学校教室に設置には総額約70億円を要すると見積もられている。対象とする通学する児童生徒は約2.5万人なので、一人あたり約28万円の負担に相当する。それだけ多額の設置コストが発生する要因は、当初の学校建物自体がエアコン設置を想定しておらず、単純に家庭用のシンプルな室外機と室内機を設置すれば良いというものではないからだ。一例を挙げれば、キュービクルという大容量の受電設備を新規に設置する必要があり、また専門の設備設計や躯体への新たな配管・配線等も必要となる。
これまでは、このような設備改修コストについては、国が1/3、基礎自治体が2/3(起債措置あり)負担するルールであった。今回の政府発表は、この国の負担率を大きくする(もしくは全額負担する?)ものと見られているが、日本全国対象では巨大な金額になるはずであるので、どれだけ政府・自治体が負担できるものか、財源をどうするのか等、細部については今後注目していきたい。

課題2:運営コスト
さらに、エアコン運転のための夏期・冬期の電気料金が追加的に発生することは自明であり、将来的なメンテナンスコストや設備更新も必要となる。現在は、公立小中学校の電気ガス水道等の運営経費は、基礎自治体の負担となっているが、それが大幅に増加(ヒアリングによると夏期電気代が4割程度増とのこと)することとなり、設置後、毎年の財政を圧迫していく。これが自治体経営の将来の自由度を狭めていくことは明らかである。

課題3:設置時期
マスコミによれば、「来年夏までに全ての公立小中学校にクーラーを設置」との報道であるが、そのスケジュール感があまりに現実的でない。理由のひとつは上記のような巨大な予算を単年度の補正予算で組むほどの財源は見当たらないこと。現実的には、政府は平成30年度の補正予算で全体の一部を措置し、翌年度以降に大なたを振るって新規に財源確保することになるであろう。そしてその財源で複数年度の教育予算を増額していくことになろう。もう二つ目は、工事業者の手配だ。学校の設備設計は、大規模で工事数が少なく、また複雑なことから、一定の規模を持つ工事業者に設備の設計・施工が求められる。そういった工事業者は市内に限られること、また一年間ですべての小中学校100校あまりに施工することは、技術的・人工的な観点からも困難である。したがって、全校へのクーラー設置完了は少なくとも平成32年度以降になると個人的には感じている。

結論:
全ての小中学校にクーラー設置するという方針は、大きく賛同する。個人的は、日本を将来を背負う人財育成のため、ここに投資しないで何に日本の予算を投じるのかとさえ思う。一方、クーラー設置だけが教育環境の整備ではないはず。人財育成のため全体として何に投資配分していくのか、それで本当に日本・自治体が持続的な成長を遂げることができるのかという長期的・俯瞰的な視点が必要だと思う。「暑いから今すぐにでもクーラーがあれば良いね」、という近視眼的に飛びつく発想は危険であろう。

終戦の詔書 改めて読んでみた

全文「終戦の詔書」を改めて読んでみました。当時の開戦・終戦に到る陛下の認識がわかる貴重な資料だと思います。マスコミや教科書で教えられてきたのが「第二次大戦は、日本軍の暴走で起こされた」「日本が他国を侵略してきたことに反省すべきだ」等等。この詔書をよく読んで当時の世界情勢と日本の置かれた立場に思いをいたせば、その認識は、ちょっと違うのでないかと改めて思うのです。
 
朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ

御名御璽
昭和二十年八月十四日
内閣總理大臣 男爵 鈴木貫太郎
海軍大臣 米内光政
司法大臣 松阪廣政
陸軍大臣 阿南惟幾
軍需大臣 豊田貞次郎
厚生大臣 岡田忠彦
國務大臣 櫻井兵五郎
國務大臣 左近司政三
國務大臣 下村宏
大藏大臣 廣瀬豐作
文部大臣 太田耕造
農商大臣 石黒忠篤
内務大臣 安倍源基
外務大臣兼
大東亞大臣 東郷茂徳
國務大臣 安井藤治
運輸大臣 小日山直登

 私は、深く世界の大勢と日本国の現状とを振返り、非常の措置をもって時局を収拾しようと思い、ここに忠実かつ善良なあなたがた国民に申し伝える。
 私は、日本国政府から米、英、中、ソの四国に対して、それらの共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告するよう下命した。
 そもそも日本国民の平穏無事を図って世界繁栄の喜びを共有することは、代々天皇が伝えてきた理念であり、私が常々大切にしてきたことである。先に米英二国に対して宣戦した理由も、本来日本の自立と東アジア諸国の安定とを望み願う思いから出たものであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとから私の望むところではない。
 ところが交戦はもう四年を経て、我が陸海将兵の勇敢な戦いも、我が多くの公職者の奮励努力も、我が一億国民の無私の尽力も、それぞれ最善を尽くしたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転していないし、世界の大勢もまた我国に有利をもたらしていない。それどころか、敵は新たに残虐な爆弾(原爆)を使用して、しきりに無実の人々までをも殺傷しており、惨澹たる被害がどこまで及ぶのか全く予測できないまでに至った。
 なのにまだ戦争を継続するならば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、ひいては人類の文明をも破滅しかねないであろう。このようなことでは、私は一体どうやって多くの愛すべき国民を守り、代々の天皇の御霊に謝罪したら良いというのか。これこそが、私が日本国政府に対し共同宣言を受諾(無条件降伏)するよう下命するに至った理由なのである。

朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内爲ニ裂ク且戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス

 私は、日本と共に終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国に対しては遺憾の意を表せざるを得ない。日本国民であって前線で戦死した者、公務にて殉職した者、戦災に倒れた者、さらにはその遺族の気持ちに想いを寄せると、我が身を引き裂かれる思いである。また戦傷を負ったり、災禍を被って家財職業を失った人々の再起については、私が深く心を痛めているところである。
 考えれば、今後日本国の受けるべき苦難はきっと並大抵のことではなかろう。あなたがた国民の本心も私はよく理解している。しかしながら、私は時の巡り合せに逆らわず、堪えがたくまた忍びがたい思いを乗り越えて、未来永劫のために平和な世界を切り開こうと思うのである。

朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

 私は、ここに国としての形を維持し得れば、善良なあなたがた国民の真心を拠所として、常にあなたがた国民と共に過ごすことができる。もしだれかが感情の高ぶりからむやみやたらに事件を起したり、あるいは仲間を陥れたりして互いに時勢の成り行きを混乱させ、そのために進むべき正しい道を誤って世界の国々から信頼を失うようなことは、私が最も強く警戒するところである。
 ぜひとも国を挙げて一家の子孫にまで語り伝え、誇るべき自国の不滅を確信し、責任は重くかつ復興への道のりは遠いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、正しい道を常に忘れずその心を堅持し、誓って国のあるべき姿の真髄を発揚し、世界の流れに遅れを取らぬよう決意しなければならない。
 あなたがた国民は、これら私の意をよく理解して行動せよ。

イオンモールいわき小名浜 売上が上がらない原因

先日、イオンモールいわき小名浜の最大の課題は、「駐車場」というブログを書きました。しかし、課題は、それだけではありません。今後の売上げが、当初の見込み通りにならない可能性が高い。

<イオンモールいわき小名浜 最大の課題は駐車場不足は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/52113886.html
2018-05-27 08.14.53

まず、県内最大規模のモール、いわき初のH&M、大規模シネコン等の魅力的な施設により、大変な人出で嬉しい悲鳴が上がっています。またこれで今までイオンモール水戸内原まで行っていたのが、いわき市内で済むという声も聞かれます。地元高校生(小名浜高校・小名浜開星高校等)の通学帰路の立ち寄り場所、たまり場所、デートスポットになっているようです。一消費者として、こういった買い物便利、エンタメ充実、賑やかスポットの出現はとても嬉しく思います。

一方、イオンモールいわき小名浜の今後の売上げは楽観的ではありません。その理由は、駐車場の他には、以下の3点。

①イオンモールいわき小名浜は、東方向と南方向の2方向が太平洋であり、ターゲットとなる顧客が、通常のモールに比べて(距離が同じならば)半分であること。また南にはイオンモール水戸内原という巨艦店があり、北茨城市から南の顧客は見込めない。北は福島第一原発の帰宅困難地域がありいわき市から北の顧客は見込めない。西は、阿武隈高地が広がり小野町以西の顧客は見込めないのです。すなわち商圏は、ほぼいわき市内のみ。開業当初は、一度は足を運ぶ市民は多いと思いますが、その中で、何割を月に数回来てくれるリピーターとできるか。飽きやすいいわき市民の気風を考慮すると、開業当初の賑わいがずっと続くと考えるのは、楽観的過ぎると思います。

②いわき市内は、商業小売の大店舗が複数存在し、すでにオーバーストア状態であること。いわき市内では大規模店舗の面積当たり売上げが、ずっと減少傾向にあり、これはイオンモール出店前から続いています。市内にはエブリア鹿島店、イトーヨーカドー平店があり、食品スーパーとしてはスーパーマルトが多数あります。あえてイオンモールに生鮮品を頻繁に買い物に行くのは、近隣の小名浜地区に限られ、他の地区からは週末のみの訪問となるでしょう。

③訪問目的が、「新店を見てみたい」「話題の場所を一度は訪れたい」という層が多く、他のイオンモールのような「ファにリーでモール内で滞在し、買い物だけでなく、エンタメや飲食でもオカネを落とす」という層が少ない。そうした中では、モール内に客はいるものの、なぜか各店舗の売上げが上がらないということが起きてしまいます。

呑食ちょうちん横丁 東京大塚

東京大塚で、古民家十棟丸ごと東京大塚のれん街として再生中です。めざすは、日本のサンセバスチャン。サン・セバスティアンはスペイン北部バスクの地方都市で、バル(小皿料理であるタパスを出すまちの居酒屋)巡りの聖地といわれています。もともと美食の街として知られていましたが、タパスを「小皿の芸術」と称されるまで洗練させたことで有名。

バルは、既存の居酒屋や古民家を改装したもので、今月から、「魚屋 みらく劇場」「名匠 たこ焼き 上木屋」「やきとん筑前屋」「素揚げ酒場 パリパリ」「ホルモン焼肉 皐月」「志田熟成鶏十八番」「アガリコ餃子楼」「大塚 魚寿司」の各店舗が営業を開始しています。

<新宿の古民家再生は、コチラ>
http://www.hobo-shinjuku.com/
2018-05-25 13.24.54

店名には、「いろはにほへと」のマークが付されていて、現在は、「る」の大塚 魚寿司まで増殖中です。どこまで続くのかも興味深いですが、なぜか「は」と「ぬ」が歯抜けになっているのは、用地買収が予定通り進まなかったからでしょうか・・・

この再開発を仕掛けているのが、恵比寿にある株式会社Good market & shopsさん。日本全国に「牛タン」「牡蠣」「肉バル」等をキーワードに飲食店のグループ店舗 14店舗、コラボ店舗 24店舗を展開する元気な会社です。新宿や姫路でも、同一エリアの複数の古民家を再生し、味わいのある飲食店街に変貌させています。

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これらの店舗のオーナーは、地元豊島区に拠点とする山口不動産さんです。Being Association「ba」を旗印に、ba01が大塚駅前の星野リゾートomo5(泊まる場),ba02がこの大塚駅前の呑食ちょうちん横丁(集う場)、そしてこの夏にはba03としてマンション建設(住まう場)を展開中。

それにしても行政からの支援は一切無し、都市計画も特別な指定はなく、通常の民間開発だけ(いわゆるリノベーション)でまちづくりをしつつあることは驚きでした。一店舗目の「い」は、魚屋 みらく劇場さんです。

<baブランドについては、コチラ>
https://ba-dev.jp/brand/?lang=jp
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建物・店舗自体は、古くさく昭和の香りがプンプンしてます。「ほ」「へ」「と」の店舗は、三軒連ねる連担長屋。

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「に」は、やきとん筑前屋さんです。

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「ろ」は、名匠 たこ焼き 上木屋さん。1街区のほとんどが、この呑食ちょうちん横丁で占められていました。これらを仕掛けている山口不動産さんは、星野リゾートomo5のオーナーでもあることから、ba01、ba02、ba03の相乗効果を当然、狙っての事業化でしょう。相当多額の投資でもありますが、まちの生き残りと再生を兼ねたこの取組みには、注目していきたい。いわきでも、リノベーションのまちづくりのひとつとして、平まちなかの大工町公園前でCafe ichiの取組みが始まっています。

<Cafe ichi 託児スペースのサンドイッチカフェは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51697960.html
2018-05-25 13.24.10


 

いわきサンマリーナの活用方法

いわきサンマリーナ(正式名は、小名浜港剣浜緑地)は、かつて小名浜港南東側にあったプレジャーボート専用のマリーナでした。平成6年にオープンしましたが、平成23年の東日本大震災での大津波で大きく被災し、桟橋や係留してあった碇泊中の約150艇が流失、クラブハウスが全壊。一部施設が復旧されていますが、いまだ元の姿にはほど遠く、マリーナとしての機能は失われたままです。

寒流と暖流の交わるいわき沖はカジキ釣りに適しており、このいわきサンマリーナは、カジキトローリングのメッカで、東北最大級のビルフィッシュトーナメントが開催されていました。また平成7年の第50回国民体育大会(ふくしま国体)では、ヨット競技会場にも選ばれました。

当時の管理・運営は、県や市、民間機関・団体で構成する第三セクター「小名浜マリーナ(株)」でしたが、東日本大震災の影響により平成23年に解散しています。マリーナの総面積は15.1ha(陸域3.1ha、水域12ha)で、陸上保管を含めてクルーザーやモーターボートなど351隻が係留・保管できる東北屈指の誇れるマリーナでした。

大震災後には、徐々に県によって旧マリーナの防波堤や桟橋などの復旧工事が行われ、平成28年に緑地や海上遊歩道、釣り桟橋など施設の一部が一般開放されました。さらに平成30年に入り、メイン桟橋    ・一時係留浮桟橋・ディンギー桟橋・ディンギーヤード等が供用開始され、のんびりと休日を過ごすことができます。しかし、桟橋利用は制限中であり、かつての誇れるマリーナの姿はありません。

漁業権の設定もなく、防波堤で守られたこの水面を、活用しない手はありません。当面は、磯遊び等の利用になるでしょうが、マリンスポーツの拠点としたい。例えば、BBQやキャンプ、トライアスロンのスタート・ゴール会場、ちいさなボートやたらい漕ぎ競争等、いろいろできるはず。そうでなければ巨大な海水魚の釣り堀にできないか。課題は、港湾管理者である福島県港湾管理事務所がそれらの活動を積極的に支援するかどうかです。ぜひ福島県は管理を民間事業者に委託してもらいたい。当該民間事業者が、民間ならでは自由な発想をし、利用促進につなげる施策を次々を行うことで、実質的な利用が進むはずです。プレジャーボートの利用が増えてくれば、将来的には、かつておこなわれていたビルフィッシュトーナメントの開催です。

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崖の上に立つ小名浜オーシャンホテル。この地は、天然記念物ウミウの繁殖地である照島からも近く、かつての「照島ランド」という遊園地があった地でもあります。

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原則、立ち入り禁止区域とされている、消波ブロックの剣浜突堤。

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突堤の先端には、何人かの釣り人の姿がありました。釣果は???のようでしたが、運が良ければクロダイが釣れることもあるそうです。マリーナ内にも釣り桟橋はあるのですが、いかんせん水深が浅すぎで、本格的な釣り人にとっては物足りないようです。

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アニサキス食中毒について私見

アニサキスによる腹痛が、カツオ刺身を中心に市内で話題になっていますが、、、以下、私見です。
結論:アニサキスによる腹痛は食中毒処罰の対象とすべきでないと思います。そもそも魚介類に寄生するアニサキスは自然界にいる虫です。神代の時代から魚の腹の中にいるものであり、そもそも刺身という料理形態はゼロリスクではありません。行政の食中毒処分の現行運用にも矛盾があります。カツオにいたアニサキスで腹痛が起きたとき、カツオを刺身を提供した販売店は処罰対象で、カツオのサクを販売する鮮魚店は食中毒の対象ではありません。
食に関しては、自然界放射能や残留農薬・化学肥料・遺伝子組替農産物等も含めれば完全にゼロリスクはなく、行政がいたずらに販売店を処罰するのではなく、適切な情報を開示していく方向にもっていくべき。そして消費者自ら考え行動すべきではないかと思うのです。いかがでしょうか?

2018-06-07 06.09.03

今週に入ってからも、いわき市保健所からマルトSC岡小名店のアジの握り寿司から、アニサキスが発見されて、営業停止1日間の処分の発表がありました。本来ペナルティは、過去の行動に対する制裁というよりも、将来の再発防止の観点で行われるべきだと思います。

http://bit.ly/2JV7XT6
2018-06-07 06.21.44

2018-06-07 05.56.03

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元寇の歌 国語・音楽・歴史・道徳の複合学習

「元寇」は、明治時代でに発表された軍歌です。元の襲来(元寇)をテーマにした歌で、あの大正天皇も愛唱していたそうです。なるほど、一度歌ったら、そのメロディーは頭に残像として、どうしても残ってしまう!!!作詞・作曲共に永井建子(ながいけんし)。この方は、陸軍軍人・音楽家・作曲家・陸軍軍楽隊士官という多彩な方だったようです。軍歌というと、何かと毛嫌いする方がいるけれど、蒙古の襲来を撃退した鎌倉武士の活躍を題材にした歌について、反対する人はいないでしょう。仮にいるとすれば、国亡論者(憲法9条守って国破れたり。国破れて9条あり。を現実にしたい方々?)ではないか。

<元寇の音源は、コチラ>
https://youtu.be/C36pDA8u-EE
20170320235851

その歌詞が奮っています。こんな歌詞を小学生がそらんじて歌っていたら、誘拐犯がそんな子どもを誘拐しようなどという気持ちになるはずはありません。こういった歌を、ぜひ復活したい。歌詞をそらんじることで、こどもたちが自然と日本人としてのアイデンティティや誇りを持つことができます。これこそ日本人としての国語・音楽・歴史・道徳を一緒に学べる複合学習でしょう。新渡戸稲造が著した武士道や、大和魂の精神も自然と体得できるはず。

<武士道 The soul of Japanは、コチラ> 
http://www.mikito.biz/archives/51289814.html

一、(鎌倉男児)
四百余州(しひゃくよしゅう)を挙(こぞ)る /十万余騎の敵 /国難ここに見る /弘安四年夏の頃 /なんぞ怖れんわれに /鎌倉男児あり /正義武断の名 /一喝して世に示す

二、(多々良浜)
多々良浜辺の戎夷(えみし) /そは何 蒙古勢 /傲慢無礼もの /倶(とも)に天を戴かず /いでや進みて忠義に /鍛えし我が腕(かいな) /ここぞ国のため /日本刀を試しみん

三、(筑紫の海)
こころ筑紫の海に /浪おしわけてゆく /ますら猛夫(たけお)の身 /仇(あだ)を討ち帰らずば /死して護国の鬼と /誓いし箱崎の /神ぞ知ろし召す /大和魂(やまとだま)いさぎよし

四、(玄海灘)
天は怒りて海は /逆巻く大浪に /国に仇をなす /十余万の蒙古勢は /底の藻屑と消えて /残るは唯三人(ただみたり) /いつしか雲はれて /玄界灘 月清し

戊戌(つちのえのいぬ) 十干と十二支の組み合わせ

今年、平成30年(2018年)は、戊戌(つちのえ いぬ)。そもそも干支(えと)とは、十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)を組み合わせた60を周期とする数詞です。十二支は「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の12種類。これに、五行思想に基づいた「木・火・土・金・水」を更に陰陽二極に分けた、十干と呼ばれる「甲(こう)、乙(おつ)、丙(へい)、丁(てい)、戊(ぼ)、己(き)、庚(こう)、辛(しん)、壬(じん)、癸(き)」の10種類と組み合わせ、合計60通りが作られます。すなわち、甲子(きのえね)→乙丑(きのとうし)と順番に進み、壬戌(みずのえいぬ)→癸亥(みずのとい)で一巡して最初の甲子にもどる。一巡は、60年かかることになります。

これは、日本の暦を始めとして、時間、方位などに用いられてきました。還暦が60年に設定されているのも干支のサイクルが60年だから。戊辰戦争の「ぼしん」も干支のひとつですね。また、甲子園球場は大正13年(1924年)に完成したので、「甲子(きのえね)」の年にちなんで、その名前が付けられたらしい。

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大先輩から、伊勢神宮のお土産に、戊戌(つちのえのいぬ)の素焼きの置物をいただきました。その名も五十鈴(いすず)。伊勢神宮のそばを流れる五十鈴川の上流の清らかな土を使った焼き物です。実際に鈴になっていて、振ると鈴音がします。鈴に言葉をかけているが、良いですね。

<伊勢神宮参りは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/31774680.html
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本来は、十二支も十干も生命の成長サイクルがあり、十干は生から死を十段階に、十二支は十二段階にそれぞれ分割し、それら2つの異なる成長サイクルを組み合わせて、その関係性によって万物の生命の理を表現するという説があります。

そういった見方では「戊戌」の年は、「土の陽」で「比和(ひわ)」というのにあたるのだそうです。その意味は、今年は、良いこと、悪いことがはっきり分かれる年になるんだそうです。それぞれの人の思いや努力が、そういう形になるということでしょうか。

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磐城平城の裏門!@性源寺

いわきの長橋にある性源寺の山門には、なんと!磐城平城の裏門が移設されています。裏門は、現在の鷹匠町や柳町方面に近く、平城本丸の隅図櫓、櫛形櫓に直通する門であったそうです。裏門の名前の由来は、弓櫓下の裏の門ということのようです。

<性源寺は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51324020.html

磐城平城は戊辰戦争の落城時に、火を掛けられたため、現存する櫓・門は少ない。私が把握しているものとしては、民間に払い下げ、移築された才槌門や、部材として解体され市の収蔵庫に保管されている長橋門等、本当に数少ない。その中で、この裏門が残っているというのは、本当に貴重です。磐城平城本丸跡地の城跡公園計画では、ぜひこのようなホンモノの門を、移築・想定復元してほしいと思います。

<磐城平城 才槌門は、コチラ>
<磐城平城 不明門は、コチラ>
<磐城平城 長橋門は、コチラ>

弾痕が残る山門は、元、平城の裏門であり、戊辰戦争の折、西軍の銃砲撃を受けて弾痕跡が誕生したものでありますが、同城陥落の後、ここ性源寺に移築したものとの事でした。

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性源寺には、戊辰戦争で戦死した官軍の藩士22名が埋葬されたそうです。藝州藩10名、因州藩6名、長州藩2名、伊勢藩2名、岩国藩1名、下総藩1名。これらは性源寺の過去帳(埋葬時の戒名を付けるときに必ず記載し、記録もの)で確認されたもの。官軍が接収した寺だけに、官軍兵士しか葬られていないところも、興味深いですね。

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月面探査ギャラリートーク プルトニウムの宇宙開発利用

月面探査に関しては、Googleがスポンサーの世界初の月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」が盛り上がりつつあります。賞金総額は3000万ドルのこのレースでは、「ロケットの打ち上げ」「月面への着陸」「月面の探査」という3つの大きなミッションクリアが必須条件。

日本からも民間による宇宙開発を目指しているチームHAKUTOが、SOLATOという探査機を乗せたロケットを年明けに打ち上げが予定しています。ひょっとすると、一番乗りを達成するかもしれません。

1960年代にアメリカがアポロ計画を立て、巨額の研究開発投資を行い、ついに1960年代にアメリカが有人月面着陸に成功しました。それから、技術革新・進歩が大きく進み、ロケット開発・打ち上げ費用が劇的に低減しています。さまざまな惑星等(月を含む)に対して、調査ロケットが打ち上げられ、詳細なことがわかってきました。その意味で宇宙開発は、劇的に進歩しているといえるわけです。

一方、アポロ計画が終わって以来、なんと12人しか人類は月面に降り立っていません(ちなみにすべてアメリカ人)。その理由は、チリ一つない真空空間から遠く観察するのと、実際に物理的に着陸して、砂・ダストにまみれながら、ハードな環境で観察するのとでは、てんで比較にならないくらい調査が困難だからです。

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そういったお話を、東京大学の宮本英昭先生が話してくださいました。氏は、月の調査の次のステップである、火星の調査を計画・研究されている第一人者です。今回の企画・展示は、東京大学総合研究博物館スクール・モバイルミュージアムとして、東大工学部システム創成学科の学生が中心となり、同・宮本英昭研究室が監督して実施しているそう。
 
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月面の移動では、舞い上がるダスト・砂対策が必須です。月面調査機器の開発現場では、新しいアイディアの探査装置が次々と検討されているそうです。この展示会では月面を模擬した砂場のような土砂プールが用意。ラジコンモデルで、いかに砂地での移動が難しいかを体験できます。さらにすすんで、小中学生を含めた若い世代が、自由な発想から今後の月・惑星の探査機について考えられるように、自分のラジコンカーを持ち込むことも可能だそうです。

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現在でも圧倒的な予算規模で、アメリカが宇宙開発を進めているそうです。宇宙開発探査機の大きな課題のひとつが、太陽光の当たり具合により、摂氏プラス100℃~摂氏マイナス100℃に変化する、機体の温度管理・対策です。熱膨張・収縮だけでなく、精密機器を過酷な温度差の中で正常に動作させるのは、かなり難しいそうです。それに対応するためアメリカの探査機は、継続的に発熱するプルトニウムを積むことがある。すなわちプルトニウムは、何もしなくてもその崩壊熱で、一定の熱量を出し続けます。そのプルトニウムを観測機器に搭載しておくだけで、一定の温度に保つことができるというわけです。宇宙開発のために、ロケットでプルトニウムを宇宙に向けて飛ばしているという事実。ボイジャー1号、土星探査機カッシーニ、木星探査機ガリレオ、火星探査のキュリオシティーのいずれもプルトニウム238を燃料にしています。

キュリオシティーの電池にはおよそ4.5キログラムのプルトニウム238燃料が含まれているそうです。仮に打ち上げ失敗&爆発ともなれば、全世界にプルトニウムが拡散するリスクがあります。それを考慮しても、宇宙開発を優先するアメリカ、それを黙認する宇宙科学技術の人たち。なぜ(左系の)マスコミは、こういう点を大きく報道しないのでしょうか。わかっていない・勉強していない・情報収集していないということ、もしくは、見えない力を忖度しているのでしょうか。

日本の宇宙開発を加速化するためには、プルトニウムの利用を含めた研究開発が必要です。核・ウランの利用に関しては、日本のマスコミは異常に毛嫌いする傾向があります。一方、それを積極的に利用して、宇宙の研究開発を、どんどん進めている国がある。その技術格差が埋まらないような位、差が付いてしまったときにはどうにもなりません。安易なフレーズやお題目にとらわれず、長期的な視点で戦略的に国の利益を考え、行動していくことこそが、持続的に国を守ることができる、唯一の方策だと思います。

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(仮称)磐前県を復活できないか!?

幕末から明治維新にかけて、かつて、「磐前県(磐前懸 いわさきけん)」が存在していました。いまの福島県浜通り地方です。1872年1月に設置、その後福島県へ統合されてしまい、1876年8月に廃止になり、4年あまりしか存在しなかった県です。磐前県の県庁所在地は平(たいら)でした。そんな磐前県を復活できないものか。

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考えてみると、福島県は浜通り・中通り・会津地方それぞれに気候も歴史・文化・食習慣も別で、地勢的・距離的にも一体感に薄いです。浜通りはむしろ茨城県の沿岸と、気候・文化・食習慣等の親和性が高い。これは、現代のいわき人が、映画を見るのにひたちなかへ行き、デパートの買い物は東京銀座に行き、行動範囲にそもそも郡山や福島は選択肢に入っていないことからも伺えます。再度、歴史を振り返り、浜通り地方(いわき市及び双葉8町村ほか)は、団結して福島県から独立し、再度、「磐前県を復活」すべきではないか。

未来会議 vol.17「浜通り合衆国〜富岡D.C.首都宣言。大体中央で集まってみる。」なんて冗談とも本気ともとれる催しが、開催されたようです。
http://bit.ly/2CQgIJQ

東日本大震災での福島第一原子力発電所の災害をきっかけに、福島県の農林水産物の買い控えを含む、風評被害が伝えられています。会津地方は距離的にも文化的にも全く関係が薄く、原発事故を起こした浜通りのアクシデントを原因とする風評被害に苦しむのは、会津地方の方々に全くもって申し訳ないと思います。ここで仮に、原発立地地域である浜通りの磐前県が、現在の福島県から切り離されれば、会津地方(及び中通り)は風評被害から離脱できるのではないか。また福島第一原発及び、その周辺の帰還困難地域、放射線量が極めて高い地域等のほとんどが磐前県にあり、政府としても原発事故対応するためのくくりとしてのメインの県という位置づけがしやすいのではないか。浜通りとしても、政府からの復興予算配分を受ける際に、福島県をいったん経由して浜通りの市町村へ再配分を受けるよりも、政府から直接磐前県へ予算配分を受けた方が、スピード感を持って事業が執行できるのではないか。

いま、浜通り(いわきや南相馬を含む)では医療人材の不足が深刻です。仮定の話ですが、磐前県が県として独立すれば、一県一医大構想が意味を持ってきます。すなわち1973年に閣議決定された構想で、当時医学部のなかった県に医科大学(医学部)を設置する構想で、それに基づき、無医大県が解消されました。当然、それに従えば、磐前県も医科大学(医学部)を保有する必然性があります。そうです、いわき(浜通り及び茨城県北部地域)に医学部が新設され、地元出身の医師を毎年100名近く生み出すことができるはずです。

<いわきへ医学部誘致活動は、コチラ>

歴史を振り返ってみれば、日本で初めて西洋式の野戦病院であり、その後も市民の救護に当たった日本初の病院が、いわき平長橋町の性源寺に設置された「奥羽出張病院」です。そんな歴史のある地域にもかかわらず、現在の現代地域医療が崖っぷちにたたされています。どういう因果でしょうか。もう一度、先人たちの歩みを振りかえって、われわれの立ち位置を確認すべきだろうと思うのです。

<奥羽出張病院は、コチラ>
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国民所得を80万円増やす 藤井聡著

はじめて、内閣官房参与 藤井聡氏の生講演を聞く機会がありました。歯に衣を着せないダイレクトな物言いの中に、しっかりとした根拠と論理的背景、そしてさまざまな経済学者(ノーベル賞のJ.スティグリッツ、P.クルーグマンら世)とのディスカッションを通じて得られた強い信念を感じました。

氏の提言の結論は、積極財政によるデフレ脱却戦略。規律ある財政政策、デフレ完全脱却で「GDP 600兆円=国民所得80万円増」を達成すれば、日本経済は必ず復活する、というもの。具体的には、増税は延期して同時に、年間10~20兆円規模の徹底的な財政政策を展開し、まずはデフレから完全脱却させる。その過程で「600兆円経済=国民所得80万円増」を実現し、同時に「財政健全化」、その後の「持続的成長」を目指す、というもの。安倍晋三首相も、「日本経済再生に必要な、具体的かつ実践的な提案だ」とコメントを寄せています。

序章 「600兆円経済」は難しくない
第1章 スティグリッツとクルーグマンが主張した「積極財政」
第2章 「デフレ」は社会心理現象でもある
第3章 「日本破綻論」という完全なる虚構
第4章 「プライマリー・バランス目標」が財政を悪化させている
第5章 「出口戦略」と「ワイズ・スペンディング」
第6章 「公共事業不要論」というデフレの鬼っ子
終章 アベノミクスを成功させる「5つの提案」

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そもそも何故「失われた20年」になってしまったかというと、行き過ぎた資本主義・自由主義が根本にあります。
①投資や消費が冷え込んでしまい、モノが売れない
②全体的な価格が下がる
③消費財の価格下落は消費者にとって一瞬助かるが、消費者を雇用する企業の収益も下がるので給料も下がる
④給料が下がるので買い物を控える
⑤ますますモノが売れなくなる
⑥ますます価格が下がる
⑦上記の悪いスパイラルから抜け出せない・・・
⑧供給側の論理で、過当競争が続き、中小企業は廃業していく・・・
 
なぜ、神の見えざる手により全体最適が図られるはずの、自由主義・資本主義がうまく機能しないのか。この流れを変える主体は、「政府」です。しかし、自由主義・資本主義が良しとする小さい政府だと、政府が積極的に支出することが許されず、以下の主張がなされてきました。
  
1. 日本破綻論
「日本の借金は増え続けており、今やGDPの2倍の水準に達している。国民一人当たりの借金は、数百万円の水準にも達している。そのうち日本も、ギリシャのように、あるいは夕張のように破綻してしまう恐れもある。それを避けるためにも、積極財政がどれだけ必要でも、やらないほうが国のためなのだ」
 
2. プライマリー・バランス論
「日本の借金はGDPの2倍近く、先進国の中でも最悪の状態である。だからこれ以上、野放図に借金が増えることを避けるためにも、財政運営の規律はとても大切だ。だから、政府の歳入と歳出の差である「プライマリー・バランス」の赤字をできるだけ小さくしていき、最終的に、黒字に持っていかないと、とんでもないことになる」
 
3. 公共事業不要論
「そもそも日本の借金が増えたのは、無駄な箱物を作り続けた「公共事業」が大きな原因だ。そもそも成熟社会となった日本にそんな箱物なんてほとんど要らないし、借金だらけの日本にそんな余裕はない。だから公共事業はできるだけ減らしていくのが大切だ」「コンクリートから人へ」。
 
著者によれば、上記3つの主張は、真っ赤なウソ。日本が取るべきは、以下の施策だ。
 
・消費税増税の延期
・財政政策を基本とした「所得ターゲット政策」
・デフレ安全脱却が、最大の「財政健全化策」
・3年以内の「デフレ完全脱却」を目指し、「規律ある財政拡大」を目指す(初年度は15~20兆円規模)
・デフレ脱却後は「中立的な財政運営」を図る

きわめて真っ当な施策と思います、流動的な政局の中で、どれだけ実効性がある経済政策を実行できるでしょうか。少なくとも「政局」での足引っ張り合いは、日本のため、将来のためになりません。

いわき市年齢別投票率からわかること

私の事務所に議員インターンシップとして研修に来ていた、福島大学2年生の堀内くん(小名浜出身)に、いわき市年齢別投票率からわかることという課題を分析・レポートしてもらいました。以下、彼の了解を得て、加筆・修正を経ての転載です。これまで選挙に興味がなく投票に行ったことがないという、20才のフレッシュな視点が、鋭いところをついています。ぜひお読みください。

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1 現状
平成28年9月に実施された、いわき市議会議員選挙における年代別男女投票率を、下図に示す。20-24歳の区分をボトムに、きれいに右肩上がりの傾向を示している。ピークは70-74歳の区分である。ここから、ざっくりいって年代別投票率は、20才代は20%、30才は30%・・・・60才は60%と、年齢≒投票率といえるかもしれない。75才以上の投票率が下がるのは、足腰が自由にならない等、身体の衰えが考えられる。
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出典:選挙の結果(いわき市)

上記の年代別投票率の差により、何が起こっているか下図に示す。なんと、20代と30代の若者の投票数を足しても全体シェアの16%にしかならず、60代だけの25%よりもはるかに少ない。もともと団塊の世代を抱える60才は、20才に比べて総人口が多く、かつ、投票率も2倍近いことから、このようなことが起こってしまう。さらにいえば、60.70.80歳だけで、投票の過半を占めることから、投票によって選出される市長や議員は、こちらの世代を中心とした思考・活動をせざるを得なくなっている。若者のための施策・行動だけでは選挙に落選してしまい、政治家でいられなくなってしまうからだ。

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2 要因
投票に行く時間がない、面倒くさい
投票に行かないと考えられる、大きな要因の一つは、投票に行く時間がない、面倒くさいがあると考えられる。仕事がある、育児がある、学校があるなど、様々な投票に行けない理由がある。また休みであっても、貴重な休みの日に市役所等に行くことは、とても面倒なことであり、結局投票に行かないと考えられる。

② 社会が変わった実感がない、政治に興味がない
私も恥ずかしながら投票に行ったことがないし、投票方法もあまり分かっていない。行かない理由としては、誰に投票してもあまり変わらないのではないかと思っているからである。確かに駅前などで選挙演説を行っていて、いろいろな政策案を話しているが、その人が当選したからといって何かが変わったという実感がない。実感がないから誰が当選しようが関係ない、つまり政治への関心が低くなっていると考えられる。

3 解決策
この投票率低下問題はかなり深刻であると考えられる。なぜなら、投票率が低いということは、このような社会になってほしいという声が政府に届かない。そして、届かないから希望の社会にならない、希望の社会にならないなら誰に投票しても一緒だし、投票に行かなくてもいいのではないかとなり、若者の投票率低下につながるという悪循環が成立していると考えられる。このままいくと将来は投票率5%を切ってしまうと考えられる。
 
案1 
私が考える解決策は、まず第一に投票に行く手間をなくすことである。年代が上がるに連れて投票率も上がっていることが分かるが、特に50代から60代にかけての伸び率が高い。これは60代以上ぐらいになると、退職などにより時間に余裕ができてきて、投票に行くのではないかと考えられる。
 
では20代から40代までの年代の、投票率の伸び率が著しいのはなぜか。それは政治への関心が低いということも理由の一つであるが、やはり働いているため、仕事で行けないとか、投票場所に行くことが面倒に感じるなどが考えられる。確かに投票場所は昔より増えたが、投票するには家を離れたり、会社を離れたりする必要がある。これを無くせばもっと投票率が上がると私は考える。
 
そこで、○○のついでに投票制度を設ける。驚くことにいわき市には、病院や駅構内など、人が最も集まる場所には投票箱は設置させていない。これは投票率を下げる大きな要因であると考えられる。なので、買い物のついでにや、病院の診察を待っているついでになどに、投票ができるよう、ショッピングモールや病院、さらには会社などに投票箱を設置するものである。
 
また、投票方法をオンライン化することで、投票が気軽にできるようにする。現在エストニアという国では既に、身分証明書に付いているICカードを利用した、オンライン投票を取り入れている。つまり、日本でも投票のオンライン化をしようと思えばできるのである。
 
案2 
さらに、投票期間を1か月まで伸ばし、その期間はどこの投票箱でも投票できるようにする。これは、現在は期日前投票を含む1週間が投票期間であるが、土日は1回しかない。土日出勤や家族旅行等が入っていれば、当然投票の機会は永遠に失われる。また、期日前投票期間中に投票できる投票箱は、とても少ない。この期日前投票期間中に投票できる投票箱の少なさも、投票率低下の要因と考えられるからである。

案3 
そして、年代別で代表議員を決めるというものである。これは、20代有権者は20代の代表議員(どの年齢枠に立候補しても可)にしか投票できず、他の年代の議員には投票できない。20代代表、30代代表、40代代表、それぞれの年代の代表議員が議会を開き、議論してもらうというものである。この選挙方法のメリットは、それぞれの年代の代表が議論を行うため、各年代の意見が通りやすくなるということである。さらに、自分の年代の代表議員を決めなくてはならないため、政治への関心も上がると考えられる。 

いわき市の若者が転出する理由

私の事務所に議員インターンシップとして研修に来ていた、福島大学2年生の堀内くん(小名浜出身)に、いわき市20才代の若者が転出する理由という課題を分析・レポートしてもらいました。以下、彼の了解を得て、加筆・修正を経ての転載です。20才のフレッシュな視点が、鋭いところをついています。ぜひお読みください。

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我が国は少子・高齢化の進行に伴い、2008年をピークに人口減少社会へ突入している。今後、人口減少は加速しこのまま推移した場合、現在平成27年時点の人口は、1億2,689万人であるが、45年後の平成72年には、8,674万人へと3割以上減少する見込みである。いわき市においては、平成10年の361,934人をピークに人口減少に転じており、人口減少局面は全国平均よりも10年早く進行している。また、年齢区分別でみてみると、生産年齢人口、年少人口が減少する一方、高齢者人口は増加している。

一方、いわき市で育った若者が、都会に流出して帰ってこないと、しばしば噂になる。事実かどうか、データで示したい。下図は、5才刻みの年齢区分ごとの人口の移動を示したものである。これを見ると、いわき市の15歳~24歳の区分の人口移動(減少)が、△5,000人近くあり、その後の25歳~30歳の区分で+500人程度のリバウンド(増加)となっている。これは大学進学等で市外へ流出し、就職でUターンで実家に戻ってきたものと想定され、このような人口移動は地方都市の宿命ともいえよう。

注目したいのは、同じ区分での福島市と郡山市との比較である。15歳~24歳まで区分の移動(減少)が、いわき市△5,000人近いのに対し、郡山市△2,000人、福島市△2,200人程度と、約半分の減少ですんでいることである。同じ県内の地方都市であるにもかかわらず、人口移動(減少)が著しく異なるのは何故であろうか。この原因について考える。
 
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出典:いわき市いわき創生総合戦略、単位:人

考えられる要因①  大学が少ない
現在いわき市内の大学は、いわき明星大学と東日本国際大学の2校しかない。それに比べ福島市は福島大学や福島大学医科大学など4校あり、郡山市は日本大学工学部や奥羽大学などの3校がある。さらに福島駅から郡山駅は電車で約40分と通学圏内であり、実家から通える距離である。なので、福島市在住の大学生が、郡山市の大学に通うからといって、わざわざ郡山市に引っ越す必要もない。しかし、いわき市在住の大学生が郡山市の大学に通うとなると、高速バスを利用しなくてはならなく、料金も片道1600円と、実家から通うのは難しい。さらに、いわき市内の大学は、全国的にみて偏差値が低いため、大学にも魅力を感じられないことも要因の一つであると考えられる。

考えられる要因②  交通の便の悪さ
福島市と郡山市は、東京ほどではないが電車とバスの数が多い。しかしいわき市は、いわき駅のほうはそれほど不便さを感じないが、泉駅、湯本駅など地域によって数が少なかったりする。さらにいわき市は広すぎるがゆえに車がないと移動がままならない。やはりそんなところよりもう少し交通の便が良いところに行くのではないかと考えられる。

考えられる要因③  娯楽施設の少なさ
福島市と郡山市にはラウンドワンやイオンがある。しかし、いわき市にはない。私は、わざわざ郡山まで友達とラウンドワンに行っていたほどである。いわき市にある代表的な娯楽はパチンコや競輪である。いわき市にはとてもパチンコ店が多い。賭博が好きな人たちにとっては最高なのであろうが、今の若者は賭博とかはやらず、無駄にお金を使わない貯蓄タイプの人のほうが多い。このように娯楽施設の少なさも考えられる要因の一つであると考えられる。

考えられる要因④  IT企業・IT関係の仕事が少ない
会津大学に通う友達によると、いわき市に関わらず福島県はIT関係の仕事が少ないそうである。なので、東京など中央に行って就活をするとのことだった。現在はIT産業が発展してきている。そして、ITに興味を持ち、その道を進みたい若者も増えてきている。しかし、いわき市にはそんな仕事が少ない。そんな状況だったら他県に出ていくのも当然ではないかと考える。

考えられる要因⑤  所得の低さ
図4を見て分かるようにいわき市の平均所得は郡山市や、関東圏に比べて低い状態である。
働くならばできるだけ所得が多いほうが良い。つまり関東圏に仕事を求めて市外に出て行く若者が増えていると考えられる。
 
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出典:いわき市いわき創生総合戦略、単位:万円
 
考えられる要因⑥  東日本大震災による原発事故
15歳から24歳の若者は東日本大震災のとき、まだ小学生から高校生であった。そのため、避難して福島県に戻ってくるかは親の判断であった。しかし、自立して自分で考えて行動するようになったとき、このまま福島県にいて家庭を持ち、子供ができても、子供の健康や環境は大丈夫なのであろうかと考えるときがくる。このまま福島で暮らしても問題ないと考える若者もいれば、他県に移るべきだと考える若者もいるはずだ。そんな他県に移るべきと考える若者が多いのではないかと考えられる。

考えられる要因⑦  地元愛の低さ
いわき市の地元活性化のために何かしようという人たちを見てみると、年配の方が多い。地方テレビを見ていて、地元のために何かしようという団体を紹介する時も、若くて30代の方たちばかりである。若者の代表として言わせていただくと、地元なんかの地方より、都会へ行ってみたいという気持ちのほうが大きい。つまり、若いうちは地元の良さが分からないが、だんだん大人になっていくと分かってきて、地元に戻ってくるので、高齢者も増えるのではないかと考える。

考えられる要因⑧  医療
現在いわき市は医師不足が問題になっている。親も右手が急にしびれ、固まってしまったので、共立病院に受診したところ、血液には何の問題もないし、特に命に別状はなさそうとのことで、途中までの点滴も抜かれて帰させられたとのことだった。それほど命に別状はない患者にかまっている暇もないということが分かる。さらに福島市には福島県立医大付属病院があり、最先端な治療を施してくれるが、いわき市にはあまり魅力的な最先端治療がない。若者が将来のことを考えたら、医療のことも考えるだろう。そんな時に、いわき市は医療があまりよろしくないとなれば、市外に移ることもありうると考えられる。

考えられる要因⑨  産婦人科が少ない
いわき市は産婦人科が市内面積に比べて極端に少ない。なので一か所に集中し、連日混んでいる。こんな状況では安心して子供を産むことができないと考える若者が、市外に出ていくのではないかと考えられる。

考えられる要因⑩  いわき市に住む魅力がない・知らない
そもそもいわき市に住むにあたって、上記に述べたように、メリットを感じることがないように感じる。いわき市の政策は、奨学金補助制度や、サイクリングロード計画など、より良い町づくりのためにいろいろ頑張っている。しかし、そんなことを知らない市民が多い。友達に5年間いわき市で働いたら奨学金の最高半額分、市が負担してくれることを知っているかと聞いたところ、知らなかったと答えた。このようにとても役に立つ情報のほとんどを知らない市民が多いのも、いわき市の魅力に気づかず市外に移り住む要因であると考えられる。

<解決策>
 要因①を解消するためには、簡単にいえば大学を増やすことであるが、そう簡単に増やすことはできない。さらにただ増やしていっても、その大学に魅力がなかったら意味がない。なので私が提案する解決策は、交通の便を良くすることである。要するに、もっと他市他県に電車やバスで行きやすくすることである。これにより、いわき市に住みながら通勤通学ができるようになるので、若者の市外転出を防ぐことができる。

そして、市総出でIT産業に力を注ぎ、福島県のいわき市が先進IT都市と言われるようにすることである。いわき市から他市他県に働きに行くのではなく、他市他県からいわき市に働きに来させる状況をつくる。いわき市のIT産業が発展し、人口が増えれば、自然と所得も上がり、娯楽施設も増えるはずである。さらに言うと、医療面でも、ITの発展に伴い、最先端医療の開発も見込まれる。要するに、現在著しく発展を遂げているIT産業を、我が市で全面的に支援し、いわき市を先進IT都市とすることが、若者の人口転出を防ぐ糸口になると考える。
 
あとは、現在行われている政策をもっとPRをする必要もあると考える。私は議会傍聴をして、いわき市に住んでいながら知らないことがたくさんあった。いわき市で行っている政策を知らず、いわき市に住むメリットがないため、他市他県に転出する市民もいる。それを防ぐためには、もっといわき市の政策をオープンにし、いわき市の魅力に気づいてもらう必要があるのではないかと考える。

いわき市内の建築件数

いわき市内では、建築・建設業界の人手不足が尋常でありません。震災直後のような市内経済全体での人手不足ではありませんが、現在においても、特定の業種は募集が追いついていません。その原因は、市内における強い新築需要です。震災直前の平成21年度・平成22年度の市内の建築申請件数は、それぞれ1074件、1078件でしたが、復興需要ピークの平成25年には2330件、平成27年でも1981件と、震災前の2倍近い水準で推移していることからも、強い建設需要が裏付けられます。

<福島の有効求人倍率1.39倍は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/38505682.html
単位:件
無題
出典:建築行政と統計(いわき市)

データを見ると、震災前は、平成の時代ずっと、前年割れを続けてきたことがわかります。震災前には公共事業の減などの影響もあり、市内建築業者がバタバタと倒産していたことを思い出します。いわき市でのピークだった昭和50年は3953件で、バブル期の平成元年は2289件でした。それに比べると、いまの建設需要は(震災前に比べて強いとはいえ)、高度成長期や1980年台バブルの水準には、まだまだ達していないということがわかりました。いかに高度成長期が凄かったか、あんな時代はもう来ないし、当時創った仕組みや考え方からはパラダイムシフトし、まっさらに考え直さなくてはならないことを、こんなデータが教えてくれます。
 

協会けんぽの保険料 4割が高齢者へ流出

平成29年度の協会けんぽの保険料率改定が改定になります。ちょっと調べてみたのですが、都道府県ごとにかなり、料率に差があるのですね。基本は10%ですが、高いのは、佐賀県10.47% 香川県10.24%。逆に低いのは、新潟9.69%長野9.76%と、最小と最大で0.78%もの差が出ています。

なぜ都道府県によって保険料率が違うのか?それは地域ごとに、かなり支出している医療費が異なるから。要は、その県民がどれだけ医療費を使っているかです。健康保険は、病気やけが等に備える相互扶助の公的医療保険制度です。医療費が下がれば、その都道府県の保険料率を下がり、逆に、医療費が上がれば、その都道府県の保険料率は上がるのです。

国保は自営業者向けですが、協会けんぽは、サラリーマンとその家族が対象。国保の場合、自営業者が基本的に保険税を市町村に納付しますが、協会けんぽは、サラリーマンとと事業主が折半で保険料を負担するのが大きな違いです。

出典:すべて協会けんぽのHPより

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保険料がいったい何に使われているのか?ざっくりいって、自分たちの医療費の支払いに約6割、高齢者の医療費の支払いに約4割です。サラリーマンの保険料(オカネ)が、直接関係しない「高齢者」への給付に回っているんですね。現役世代が高齢者を支える仕組みも、納めた保険料の半分近くが異なる世代に行ってしまっているのは、ちょっとやりすぎではないか。若手・子育て・現役世代の過重な高負担は、世代間所得格差を助長するのではないか。現役世代の給付を増やし、高齢者医療への支出を減らす努力が必要です。
 
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12年前と比較しても、ほとんど賃金は上昇していないにもかかわらず、(高齢者を含む)医療費給付は増大を続け、2倍を超しています。医療費の金額は、後期高齢者(特に終末期医療)が現役の数倍以上かかるといわれています。終末期医療の一人当たり死亡前医療費の平均額は3日間で9万円~10万円といわれており、2007年に財務省がまとめた資料によると、お亡くなりになる1ヵ月前までにかかった医療費を、終末期医療費として捉えた場合、死亡前の1ヶ月にかかる1人当たりの終末期医療費の平均額は、112万円という結果になっています。医療機関でお亡くなりになった70歳以上高齢者の数約80万人×112万円=約9000億円、仮に半年間を闘病すると仮定すると、終末期医療費は約5.3兆円といえます。これが国民医療費約40兆円と比べて、多いか少ないか。私は多いと思います。

ジェネリック医薬品の利用促進や事務費のコストダウンには、限界があります。後期高齢者の医療費(特に終末期医療)にメスを入れない限り、医療費の増大の根本はどうにもならない。高品質で安心で持続的な医療制度を保つためにも、(一例をあげると)高齢者の1割負担→3割負担の見直し、生活習慣病の定額点数化、公的保険でカバーする終末期医療の範囲の明確化等、聖域なくしっかりと再検討することが必要だと思います。
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いわきの国保税収納率 全国最下位

本日平成29年2月議会の、ある議員の一般質問で、驚愕の事実が明らかになりました。なんといわき市の国民健康保険税の収納率が、全国の中核市の中で、全国最下位!ワーストワンの86.0%ということ。収納率の高い高崎市に比べて10%も低い。100%-86%=14%、すなわち7人に一人が、国民健康保険税を支払っていないという事実。なんということでしょう。

国民健康保険は、相互扶助方式をとっていて、対象者の保険料や拠出金で、運営経費をまかなっています。特別会計というお財布で(他の税金と区別して)、原則、翌年には収入と支出がバランスするように税率を調整しています。住民税は全国一律ですが、国保税は自治体によって税率が異なっています。 

収納率が低ければ、(事実上)税率を上げるしか、特別会計をバランスさせられません。現在、いわき市の国保対象世帯が支払っている金額は、平均約14.9万円(年間)。本来、収納率100%であれば、その支払金額を1万円以上、安くできる試算があります。きちんと国保税は支払いましょう。

国保税が払えないので、やむを得ず滞納せざるを得ない、という主張を耳にします。以下のサイトで試算してみると、確かに低額所得の世帯にとって、国保税の負担は軽くはありません。

生活保護世帯は、負担なし。
給与収入100万円の世帯だと、74,420円(1か月あたり 6,202円)
給与収入200万円の世帯だと、197,090円(1か月あたり 16,424円)
給与収入400万円の世帯だと、400,130円(1か月あたり 33,344円)
給与収入600万円の世帯だと、625,730円(1か月あたり 52,144円)

http://www.kokuho-keisan.com/calc/calc.php?area=072044 

 一方、(計算式は複雑なのですが)国保税の税額は、ほぼ、収入に比例していることもわかりました。国民健康保険が相互扶助の精神であることを考えると、収入比例で負担を求めることは正当性があると思います。

ところで国民健康保険税って、支払わなくてもペナルティはないの?という疑問があります。法人税や個人所得税であれば、納付が1日遅れただけで税額の10%もの加算税が課されますし、さらに遅れれば延滞利子税も付加され、ペナルティ感はかなり重い。

国民健康保険税の場合、長期間支払わないと、一義的には国民健康保険証が受給できなくなります。医師に受診したときに、無保険となり10割負担となるので、軽い症状ならまだしも、手術や入院を伴う治療になった場合、大きな負担となってしまいます。 だからこそ、こちらも強力な納付インセンティブが働くはず・・・なのですが、この低い納付率は何を意味するのでしょうか。実は、保険料未払い+保険証発行停止であっても、本当に医療機関にかかる必要があるときは、(人道的見地から)「短期証」という6カ月間有効の保険証が発行され、通常の保険証と同じ、3割負担で医療機関において受診できるんです。なるほど、だから未納でも、不安なく医療機関に行けるのか・・・その方にとってはそれでもいいのかもしれませんが、そのツケは他の被保険者が、高い保険料を負担せざるをえないということを忘れてはなりません。

<短期証のイメージ>
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なお、高い国民保険料の支払いを下げるために税金を投入せよ、という意見も耳にします。よく考えると、国保加入世帯は自営業・自由業・退職者等の限られた世帯で、大勢を占めるサラリーマン世帯は独立の健康保険組合に加入していて、お財布は別です。つまり国保会計に市の一般財源を投入せよというのは、国保に加入していないサラリーマン世帯から預かっている税金を、公が勝手に、国保加入者に与えてしまうということと同義です。受益者負担の原則からいっても、これはありえないし、他人のオカネのドロボウに近い。
 

グレイプスJ東池袋 都心のサービス付高齢者住宅(サ高住)

都心のサービス付高齢者住宅(サ高住)のひとつ、グレイプスJ東池袋を見学させていただきました。老人介護の選択肢として、特別養護老人ホームや、介護老人保健施設、介護付有料老人ホーム、グループホーム等がありますが、サ高住の運営に民間不動産会社が積極的なので、注目しています。

特養や介護付有料老人ホームは、介護・食事提供・清掃洗濯・住居・安否確認・生活相談等のサービスが完全にセットになっています。一方、サ高住の特徴は、住居・安否確認・生活相談は行うものの、介護・食事提供・清掃洗濯等が、選択制になっていることが特徴です。ざっくりいって、賃貸ワンルームマンションの一階部分に、介護と食事スペースがあるというイメージでしょうか(私見です)。

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7階建の建物は、ワンルームマンションの外観そのものです。1階部分に、居宅介護支援事業所と訪問介護
事務所が入居しています。

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モデルルーム(標準的な住戸)を見せて頂きました。約18㎡のワンルーム。車椅子でも利用できる設計になっていて、建物に24時間常駐しているスタッフを呼ぶことができる緊急呼び出しボタンも備え付けられています。また2カ所に人感センサーを設置し、夜間を除く数時間、部屋に人の移動がないとコンピュータが判断すると、スタッフに自動通報する仕組みになっていて、孤独死を防いでいます。

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賃料は約10.5万円、管理費2.3万円、基本サービス費3.8万円、合計で16.6万円です。賃料0.5万円は、まさに部屋の賃料相当で、上級ワンルームマンションの賃貸相場です。管理費2.3万円に、水光熱費が含まれています。特徴的なのが基本サービス費3.8万円。これに、毎日の安否確認や、共用スペースを用いてのイベント開催経費等が含まれます。

ここで自立し、自炊等で暮らせるならば、16.6万円で済みます。食事もオプションで1ヶ月間3食で、4.5万円、合計21.1万円です。さらに、介護オプションが付く(付けることができる)のがミソ。要支援から要介護までの、介護保険のポイントを利用することもできるし、完全に自己負担で各種サービスを受けることもできます。

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一口コンロのIHヒーターも備え付けられているので、簡単な自炊をしようと思えばできます。基本的にワンルームマンションなので、24時間出入り自由(別途、認知症の対策あり)。家族が宿泊するのも自由と、一般的な特養・老人ホームとは、かなりイメージが違いますね。

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トイレ・洗面所は住戸内にありますが、お風呂は各フロアにひとつ。お風呂は、時間を予約し、順番に各自、個室で入浴します。入浴の度にスタッフが水抜きをし、洗浄し、お湯張りをしてから次の人が利用するようになっているそう。スタッフの手間だけでなく、お水やガス代がもったいないかもしれませんが、介護入浴を行うためには、必要なやり方なのだと思います。

1階には機械式の入浴施設もあり、そこでは寝たきりの入居者が入浴する施設になります。

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洗濯は、6.7階に共用ランドリーがありますので、各自行って頂くことになります。介護保険のポイントを利用して、スタッフに掃除・洗濯を依頼することもできますし、家族に洗濯をお願いすることも自由。

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食堂・ラウンジは、スターバックス風?3食の時間帯には、食事提供でにぎわうそうです。ここでレクリエーションや各種クラブイベントを企画・開催するそうです。

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3食の献立表が掲示されていました。一日1500円(朝350円、昼600円、夜550円)ですが、ほとんどの入居者が利用されているようです。また事前に連絡しておけば、食事後とのキャンセルもOK。元気な方は、外に飲みに出られる方もいらっしゃるとか。

入居者は60才~90才、介護の重要度も、介護なしから要介護5(ほぼ寝たきり)までと、属性はばらばらですが、あえていえば80才代が多いそうです。

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スタッフによる毎日のお声がけの一方、ほぼ毎日、なんらかのレクリエーションをラウンジでやっているようです。

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1階には、居宅介護支援・訪問介護事業所が入居し、日中で7-8名、夜間でも最低1名のスタッフが常駐しています。こちらでは、デイサービスの提供やケアプランの作成等をやっているようでう。そして日中はコンシュルジェとして、入居者からのリクエスト等に応じています。

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最終的に気になるのは、介護が進んだ場合にいくらくらい費用がかかるのかということ。
食事・家事は自ら行う 16.5万円
+食事 21万円
+週1回生活介護 21.5万円(介護保険ポイント利用前提)
+訪問介護を週3回 22.6万円(介護保険ポイント利用前提)
+身体介護・生活援助 31万円~

上記は目安ですが、参考になりました。民間が運営しているだけあって、経済合理的に、介護保険のポイントを最大限に利用するのが前提となっていました。(特養と違って)必要な介護サービスを、自ら選択して適用する(要らない介護サービスを付けない)というのは、まったく合理的だと感じました。一方、介護保険の限度額いっぱいの利用が前提なので、その前提が今後の福祉政策の小さな変更があったときに、大きな大きな金額的なインパクトが発生します。その変化を受入れられるほどの、金銭的・精神的余裕があるかどうかがポイントかもしれません。

注)上記写真は、許可を受けて撮影したものです。
 

ONOMICHI U2 HOTEL CYCLE ふるさとの危機感

ここしばらくで出色のホテルが、2014年にオープンした尾道駅近くの海岸縁にある複合施設、尾道U2です。ここは、レストラン、カウンターバー、パン屋、雑貨店、サイクルショップ、ホテルなどが入居しています。尾道は、しまなみ街道の本州側起点なので、ここに宿泊することを強くオススメします。
 
全国初、自転車に乗ったままチェックインできるフロント、さらに部屋には、サイクルハンガーが備え付けられていていて、自分の自転車を持ち込み可能。フロントでは、自宅から発送した自転車の受取・保管、自宅への自転車発送サービスもやってくれるそうです。
 
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盛会有数のロードバイクメーカー、GIANTのショップも入居。自転車の購入だけでなく、メンテナンス、さらにロードバイク、クロスバイクのレンタルもできます。ママチャリなら、尾道U2の隣にある尾道駅前港湾駐車場でも、安価に借りられますが、ここでは本格的なロードバイクを調達できます。
 
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尾道水道そばの岸壁に建つ尾道U2。岸壁沿いは、板張り、いわゆるボードウォークになっていて、歩きやすいのとともに、照明で、ノスタルジックな暖かみのある雰囲気を出していました。

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ホテル内の公共空間。ホテルとして改修した際に、倉庫の天井が高いことを利用して、内部を2階建にしたようです。2階部分の通路は、空中に浮いているようで、間接照明により、なんとも近未来的です。

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1階と2階をつなぐ階段も吹き抜けになっていて、非常に開放的。

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ツインのお部屋は、そう広くはありませんが、内装には、石壁等自然素材が使われています。
 
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リラックスした時間を過ごせるよう自然素材を内装に用いた客室には、この土地の伝統産業を素材に活用した家具やこだわりのアメニティをご用意。

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部屋の中の自転車ハンガー。自転車も全室持ち込み可能というのは、数十万円もする高級ロードバイクで旅する方にはありがたい。また、愛車を見ながら、床に就くというもの、一興です。
 
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美しすぎる間接照明その1。

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美し過ぎる間接照明その2。

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館内のあちこちにサイクルスタンドが置かれていました。

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宿泊者にはワンドリンクサービス。

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夜の尾道水道や尾道U2周辺も美しい。ベンチに座って、夜風に吹かれながら船が行き交うのを見たりするのは、普段、内陸に住んでいる人にとっては、とても楽しい時間です。
 
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朝食は、焼きたてパンと自然派ジャム。ウェスタンスタイルの高品質なお食事でした。

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あえて使い古されたキーチェーンです。こんなディテールにまでこだわりを感じます。

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よく見れば外装の鉄板むき出しの倉庫そのものです。それをデザイン性高いサインと、ペインティングで、趣ががらっと変わる。それにしてもこのエリアは港湾地区ですから、広島県の管轄のはず。一民間企業によくぞ、貸し出して、こんな大胆なリノベーションを認めたのか、その胆力に驚き。土地・建物は、広島県ですが、運営会社は、尾道市に本社を置く、株式会社ディスカバーリンクせとうち、という会社です。

この会社は、地元のメンバーが持つ、尾道市に対する危機感から2012年に設立したそうです。これまで、広島県は、自動車や石油精製等の重厚長大、労働集約型の産業で雇用が支えられてきました。しかし、これから先は、雇用がどんどん海外へとシフトしていく流れは止めようがない。この現実の下、地元でどうやって仕事をしていくのか、子供の世代にはどの様な将来が待っているのか、私たちの世代がどういう行動をしなければいけないのか等の危機感です。

そこで、自らのポジションを見直した。すなわち尾道には瀬戸内という豊かな自然があることです。そこに土地の可能性と向き合い、様々な手段を持ってすれば、新しい事業と雇用を生み出すことができるのではないかと会社を設立したそうです。利益を第一に追求するという事でなく、町の人たちが残したいと考える風景や建物や人との関わり合いを第一に考え、行動し、事業性に落とし込んでいきます。同時に、事業性がなければ、町を守ること、そして次の世代に繋いでいくこともできません。その事業を具現化したのがが、まさにこの尾道U2というわけです。新たなまちの魅力を観光へとつなげ、まちに事業と雇用を創出し、せとうちの未来を育てていくこと。このコンセプトは、どの地方都市にもあてはまるのではないか。

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いわきにも小名浜港、そして三角倉庫、商業施設といった(完全にではありませんが)類似のものがあります。尾道U2と同様、県が保有・管理している港湾地区であることも同じです。構想力と行動力があれば、全国に誇れるものができるということを学びました。

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いわきの新盆供養 にいぼん?しんぼん?どちらが正しい?

いわき市の新盆供養としての挨拶まわりは、8/13の午後から8/14にかけて行われます。故人となって初めて、迎えるお盆が、新盆供養。故人宅に、標識を掲げることで、故人の精霊が家に帰るといわれています。故人の遺族が故人宅に集まり、お飾りやお供え物をし、故人の精霊に対して精一杯の持てなしをします。そして、盆灯籠に火を灯し僧侶に読経供養してもらいます。その故人宅を、知人が線香をあげに回るのが、新盆の挨拶まわりです。顔が広い経営者や、役付きの方々などは、2日間で数十軒のお宅を回るのが通常といわれており、時間的にも金銭的にも大変です。

それにしても、この「新盆」、「にいぼん」と呼ぶ方もいれば、「しんぼん」と呼ぶ方もいらっしゃる。いったいどちらが正式もしくは慣例的にあるべきなのでしょうか???
 
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正式には、13日の夕方に菩提寺とお墓に参り、祖先の霊を迎えり「精霊迎え」をします。故人の霊が迷わずに帰って来られるように「迎え火」を焚きます。13-16日までのお盆の期間を家族と精霊が一緒に過ごします。そして16日の送り盆に祖先の霊を送り出す「精霊送り」をします。さらには、20日に灯籠流しもするケースもあるようです。また、この新盆供養、精霊棚(しょうりょうだな)という新しい祭壇を作るものとされていますが、この日程や、祭壇などは、ある程度省略化または、弾力化される方向にあるようです。現代社会ですね。
 

錦須賀地区 防潮堤サイクリングロード

いわき市の海岸線を、7.2mの防潮堤が建設することが進捗中です。しかしこのコンクリートの塊をただ作っておいておくだけでは勿体ない。陸側の地上高からは海が見えず、、閉鎖的な要塞のような雰囲気になってしまいます。これを役に立つインフラにして行くべきです。防潮堤の上を、散歩やサイクリングに使えるように提案しているのが、サイクリングロード海岸線ルートです。

<平成28年6月アロハ議会 一般質問4(サイクリングロード海岸線ルート)は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/47794396.html
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防潮堤の上面からは、太平洋の波打ち際が、目前に広がり、気持ち良い。この上面を散歩・サイクリングに用いれば、日本有数のサイクリング・遊歩道ルートになることは間違いありません。

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一方、錦須賀地区は震災前には住宅が建ち並んでいた地域ですが、大津波でほとんどの住宅が流出しました。将来の津波の可能性を考慮し、いわき市ではこの地区全体を防災集団移転の対象とし、移転希望者の跡地は市が買い上げました。なお、買い上げに伴い市有地の公共用地となりましたが、市街化調整区域であること等もあり、住居系の建築はできず、利活用の用途はかなり限定されそうです。

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防潮堤の天板部分の幅は、約3mあります。防潮堤には信号もなければ、自動車の飛び出しもありません。ここを海を見ながら駆け抜けたい。

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地上高さ0mの既存道路から、T.P7.2mの防潮堤の高さまでのぼるには、工夫が要ります。その工夫のひとつが、斜路を作ることです。これがそのサンプルです。比較的長い斜路であれば、歩行者だけでなく自転車利用でも無理なく登れそうです。

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錦須賀地区には、ほとんどの住宅が流されてしまいましたが、奇跡的に神社が残っていました。神がかりとは、このことでしょうか・・・

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浅草寺の外国人 着物コスプレ浅草ジャック

浅草寺に観光に来ている外国人の着物コスプレが、スゴイ。そもそも外国人観光客比率の高い場所ですが、和服を着ている人だけでみると、おそらく9割以上が、ガイジンさんでしょう。後ろ姿だけ見たら、日本人と間違いそうですが、ほぼ間違いなく、外国人です。もうこれは、浅草ジャック(笑)。東洋人が多いのですが、西洋人の女性(特にスレンダーな方)が和服を来ていると、何故かドキッとします。

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雷門周辺が、浅草の観光の最大の混雑スポット。和服姿で撮影する人気のスポットでもあります。その撮影風景が、さらに混雑を高めたりして。

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和服を着た女性外国人が固まって、なにやら相談している風景をしばしば見かけます。言葉が通じない見知らぬ外国に来て、艶やかな民族衣装を着せられて、周りから注目されて、観光スポットを回るわけですから、ハイテンションになるのは当然のことと思います。ここは温かい目線で、彼女らの行動をサポートしてあげ、多少の目に余る行動も余裕を持って見てあげるのが、ローカルのわれわれの役割ではないか。

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いや本当に和服を着ているのは、外国人ばっかり。日本人、がんばれ!私も。

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何時代にいるのか、おもわずタイムスリップしてしまいそう。しかし間違いなく、ここは二十一世紀の日本。

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ここにきてやっと解明。ガイコクジン向けに着物レンタルし(必要であればお化粧も)、写真撮影までしてくれるお店があるんですね。4000円で民族衣装を着せてくれるというならば、質・レベルはおいといて、飛びつく外国人も多いでしょう。激安店は3000円台から用意があるようです。さらにオプションで、日本レベルのお化粧までやってくれるならば、異国体験としてこれ以上のものはないかもしれません。祇園の舞妓さん体験はあまりに、敷居が高すぎますし。

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産業戦士の像 全国に9体のうち2体がいわきに

産業戦士の像とは、昭和19年前後に、戦意高揚のため、美術家や美術学生らによって製作された像です。当時は戦時中で、政府が全国の主要炭鉱会社を軍事産業会社として指定し、石炭を掘る採炭夫の人々は、戦場で戦う兵士と同格、すなわち、産業戦士というわけです。そんな現場の志気を高めるために「産業戦士の像」は造られたのだそうです。

このような産業戦士の像 全国に9体現存しており、そのうち2体がいわき市の好間地区と、いわき市石炭・化石館に設置、保存されています。その解説が、常磐炭田史研究会の野木氏より行われました。野木氏は、当時の常磐炭鉱に新卒で入社した最後の世代です。入社当時は、新人研修と称して、炭鉱坑道に連れて行かれたそうです。

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こちらは、現在、いわき市石炭・化石館に設置されている産業戦士の像。セメント彫塑の産業戦士のタイトルは「総蹶起」。制作者は、中川為延・林是・野々村一男・中野四郎・清水多嘉示・古賀忠雄(敬称略)5名による共同制作です。設置当初は、別の場所にあったらしい。

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左側に居る「旗を持った軍人」らしき人の隣に並んで、右側に“スコップを持った少年工員(炭坑員として雇われた少年)”が居ます。当時の少年らは石炭工として働くのが尊ばれました。この像は、移動されず、当時の場所で、そのまま50年間、風雪に耐えています。一部セメントが劣化し、剥がれ落ちているとの指摘もあります。ぜひ先人達の、その当時の思いを紡いでいくためにも、その像を永久保存していきたい。
 
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私立保育園の保育士の給与は、公立の7割の水準

全国的に、幼稚園教諭・保育士の給与が低い!と叫ばれて、幾久しいです。幼児教育の重要性は、論を待たないところですが、それを担う、幼稚園教諭・保育士の待遇が一向に改善されないのは何故か考えてみました。

<幼児教育の経済学 社会的流動性と社会的包容力は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/44715013.html

全国的にみて、保育士や幼稚園教員の賃金は全産業平均より月11万円ほど低く、保育士の確保が難しくなっているそうです。待機児童の解消のために人材を集めやすくする狙いで、保育士や幼稚園教員の賃金を引き上げる事業者に助成金を支給し、1人あたり平均で月1万円の賃金上昇を想定する提案が出されているようです。それにしても、全産業平均より月11万円ほど低い現状に対して、1万円増やしてもどれだけ効果があるでしょう???
 
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全国はともかく、いわき市内ではどうでしょうか。市内の保育士の給与の現状です。結論からいえば、公立保育園の保育士の給与が、私立のそれを大きく上回っています。議会での一般質問・答弁の内容から、年齢に沿った月額給与の推移グラフを推定・作成してみました。

縦軸:月額給与、単位(万円)
横軸:年齢
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まず公立保育園の保育士の給与ですが、20才 15.9万円、25才20.7万円、30才24.1万円、35才29万円、40才32.7万円、45才34.2万円、50才35.2万円、55才35.7万円、60才37.7万円です。これは、いわき市の職員として給与テーブル(何等何号棒)に従って決められています。昇進のスピードの個人差はありますが、平均すれば市役所職員として他の職種と大きく異なることはありません。

問題は、私立保育園の保育士の給与です。私立なので月額給与は一般に公開されていませんが、2016年2月議会の一般質問で発言されたある議員の調査サンプルに基づいて推測すると、20才15.2万円、25才16.7万円、30才18.1万円、35才20万円、40才22.7万円、45才23.2万円のようです。

就職当初は、公立と私立で大きく待遇は違わないものの、勤務年数の経過とともに待遇の格差が広がり、45才時点では、月額給与で11万円もの差が出ており、私立保育園の給与は、公立の7割に満たないことが明らかになりました。同じ職種で同じ 業務にもかかわらず、民間給与は、公立の7割の水準なのです。

冷静に考えれば、保育士を目指す短大・大学生が目指すべき合理的な選択は、市職員として公務員試験で採用され、公立保育園で保育士としてキャリアを積んで行くことです。しかし公立には採用枠があり、その採用試験に漏れた保育学部・保育学科生が民間保育園にまわっているわけです(もちろん私立保育園の良い学習方針に惚れて、その保育園で働きたい等の例外もあります)。金銭的な待遇だけで現状を極めて単純化すれば、公立保育園で保育士が勝ち組、私立保育園で保育士が負け組という構図です(もちろん、例外もあります)。

私立保育園では低い待遇にがまんできず、結婚を理由での退職を筆頭に、さまざまな理由をつけて途中で保育士としてのキャリアを止める例が後を絶ちません。公立保育園の保育士の途中退職が極めて少ないのに対し、民間保育園の退職率は高く、勤務年数は非常に短いのです。民間保育所でも独自の教育方針を持ち、立派な教育を施そうという気概のある園はたくさんあります。しかし、それを実現する保育現場のベテランが育ちにくい民間の現状では、保育の質を確保することが難しくなりつつあるという面があるわけです。

では、どうすればよいか1。
保育をすべて公立保育園で担当する、ということが考えられます。すなわち民間保育園をすべて廃止して、公立保育園に転換していくということです。自治体の負担はとても重くなりますが、民間保育士は公務員となることで、待遇や給与は確保され、これまでより大きく向上しますので、そこからの退職率は大きく改善するでしょう。ベテランが増えるため、保育の質に寄与するはずです。一方、自治体の負担増とともに、民間の発想からのオリジナルの良い教育方針や機動性がなくなるデメリットがあります。そして最大の課題は、私立保育園にこれまで私財をなげうって保有・経営してきた、民間の教育者の処遇をどうするかの問題に対する適切な解決策が見当たらないことでしょう。保育園の土地や建物をどう買い取るか、民間の教育者・経営者としての今後のポジションをどうするか等について、一律の対応を決めることはできないであろうからです。したがってこのアイデアは、現時点では、荒唐無稽・非現実的といわざるをえません。

では、どうすればよいか2。
目的は、民間保育士の給与を上げることだとすれば、まず私立保育園に対する補助金を上げることが考えられます。私立保育園の経営は、家庭からいただく保育料もありますが、保育士の給与をメインとする運営経費の多くが、自治体からの運営補助金で支えられています。これまではその運営補助金がカツカツだったので、経営上、保育士の給与を上げたくても上げられなかったのです。ただ課題は、運営補助金の金額を上げても、必ずしも保育士の給与改善につながるわけではありません。保育士の給与を上げるかどうかは、私立保育園の経営者次第だからです。うがった見方をすれば、経営者が隠匿するのではないか?という疑惑です。そうでなくても将来の不確定要素に備えるため、園に内部留保することも考えられます。では、経営者を介さずに、ダイレクトに自治体が、保育士に対して給与の補填をする(例えば5万円/月)のはどうでしょうか。しかしながら一見良い政策のように思えますが、その分、経営者が保育士の基本給を下げてしまえば、元の木阿弥になってしまいます。

では、どうすればよいか3。
なかなか解決策が見つからない現状ですが、キーとなるのは、私立保育園に対する地方自治体の指導監査権限だと思います。認可園は、補助金が出ているため自治体による監査があります。財務関係や運営費の支出割合など経理的な監査、構造や、設備、入所人員などの設備や運営面での監査、保育に関わる日誌や給食の提供に関わるような監査、適切な保育がされているかどうかの監査等、さまざまな視点から、不適切な部分がないか、不足な部分がないかなどを精査され、必要に応じて、改善命令がでたり、指導があったりします。この監査の際に、民間保育士の待遇に注力してもらえないでしょうか。すなわち、上記で上げた私立保育園に対する補助金増とともに、保育士の待遇改善金額を具体的に指示して、園に実行させ、それを定期的に監査でチェックするという仕組みです。これとて完璧なものではないでしょうが、民間保育士の給与改善のひとつの解決策ではないかと思っています。

大人気の南白土墓園 合葬での埋葬を検討

南白土墓園は、いわき市営の総面積 183,000m²の公営霊園です。平の市街地から車で数分の南白土地区にある、この公営霊園は、いわきで最も便利な場所にある墓地です。その公営だけに価格もリーズナブル。最も標準的な規格墳墓の区画面積は、6.0㎡(2m×3m)。この永代使用料230,000円、年間管理費は、たった!2,590円!です。 

宗教不問ということもあり、新興宗教や檀家を持たない家庭のニーズもあって、開設昭和53年、区画数は3000区画近くあるにもかかわらず、募集のたびに完売?しています。現在は空き区画がありませんので、募集は停止中です。昨年も10数区画の追加募集があったのですが、応募倍率10倍以上と、超人気の墓地です。
 
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公園としての機能を兼ね備えた公の施設です。納骨や法要の祭の休息場所などに利用可能な法要施設・多目的ホールの他、駐車場、管理棟・売店、トイレ、日本庭園などがあります。北斜面の一番上から見下ろすように立つと、墓地全体が一望できます。

分譲自体は終わっているのですが、すぐに埋葬するかどうかは利用者の裁量に任されています。したがって、利用していない区画がかなりあります。これは、将来の埋葬に備えて、墓を確保しておこうという世帯なのでしょう。年間管理費2,590円さえ支払っておけば、最低限の維持はしてくれるからです。 

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これまでは、規格墳墓2,940区画、自由墳墓が445区画と、いずれも個別に埋葬する形式でした。これだと、一世帯あたり、それなりの土地面積が必要です。一方、このような交通便利な墓地を希望する家庭は多い。そこで「合葬」の検討です。複数の世帯の遺骨を一緒に埋葬する形式ですと、小さな土地でも多くの世帯の遺骨を埋葬することが可能です。遺族にとっては区画のお掃除作業も不要になるので、(それで良いかどうかはともかく)負担が軽くなるはずです。まだ事業自体ははじまっていませんが、どのような形式が望ましいか、場所はどこにするか等、検討していくことになりそうです。


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南白土墓園のそばに、「いわき三十三観音」の二十番札所「龍澤観音堂 大龍寺」があります。『磐城三十三ヶ所霊場』(いわき同行会∥編)によると、大同元年の草創、同2年徳一大師が建立し、龍澤山大龍寺と号しました。安政2(1855)年12月焼失、同4年再建。しかし、明治維新の際、廃寺となり、その奥の院であった観音堂の主管は、十一面観世音菩薩を祀る龍峰山増福寺(平南白土字舘岸73)に移り、現在に至るそうです。
 
しかし参道は、しっかりもとの場所に残され、「札所 二十番参道 十一面観世音菩薩」と記されていました。
 
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お堂?の一部は、今でも残されています。それにしても山奥の場所です。南白土霊園の完成のために、周辺のかなりの山が造成されたお陰で、今では気軽に行けるようになっていますが、それなかりせば、道路もなにもない山あいの場所です。こんな場所によくぞお堂を作ったものだと、感心してしまいました。

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生活保護世帯の大学進学率は20%

貧困の連鎖を断ち切ろう!という標語をよく耳にします。実際に調べてみると、生活保護世帯の高校進学率が一般家庭よりも低い。

<生活保護世帯の高校進学率は、約90%は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/47025483.html

さらに、大学進学率は顕著で、全国平均71.3%、福島県平均67.2%、いわき市平均62.7%に対して、いわき市内の生活保護世帯の大学進学率は、たった20%です。いわき市平均から、40ポイント以上も低いことになります。これでは、「貧困の連鎖」を断ち切ることはできないでしょう。

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生活保護世帯の大学進学率が低い原因を、精査していく必要があります。生活保護マンガ、「神様の背中」に、セイホに育った子どもが、(学力があっても)大学進学を早々に諦める姿が、生々しく描かれていました。

<神様の背中 さいきまこ著は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/45613440.html

生活保護世帯に育ち、精神障害からくる母親のDVに耐えながら育った子は、仮に学力があったとしても大学へは進学しない。なぜなら奨学金は限定されるし、進学すると自分の分の生活保護費は支給されなくなるから。大学を卒業しても就職できたとしても、家族は一蓮托生、入社早々から精神障害を持つ母親を養い、医療費や介護費を負担しなければならない。さらに奨学金も返済しなければならない。ならば定時制でも高校までいけばそれでよい。次の世代も貧困の中にいる。そこに希望はない。

「生活保護受給は立派な社会保障制度のひとつです。国民なら誰でも利用する権利があるんです」「権利があるんだから利用する」と、著者は登場人物にいわせています。確かにそうかもしれない。ただ生活保護だけが、ラストリゾートとしてのセーフティネットというのは、持続的な仕組みでないし、(生活保護受給世帯と、保護をうけていない貧困世帯の間で)公平でもない。その希望は、次の世代が、きちんと進学して、足かせなく、自分の道を歩いて行けるように環境を作ってあげることなのではないか。
 

生活保護世帯の高校進学率は、約90%

生活保護世帯の高校進学率は、約90%です。これを高いとみるか低いとみるか。ちなみに、いわき市内の中学3年生の高校への過去3年間の進学率は、平成24年度は98.0%、平成25年度は98.3%、平成26年度は97.8%です。それに対して、市内の生活保護世帯の中学3年生の高校への過去3年の進学率は、平成24年度が90.0%、平成25年度が89.7%、平成26年度が91.4%です。

いわき市の場合、過去3年間の生活保護受給世帯の高校進学率は、いわき全世帯の高校進学率を、10ポイント近く下回っていることになります。「貧困の連鎖」という言葉があります。生活保護世帯で育った子供が、大人になって再び生活保護を受けることです。平成18年に関西国際大学が行った実態調査によると、貧困の連鎖の発生率は25%だったそうです。生保の家庭で育った4人のうち1人が、また生保になるということです。なんという税金の浪費でしょうか。この貧困の連鎖を断たねばなりません。社会的損失を防がなくてはなりません。それには生活保護受給世帯の子供たちが、安定した環境できちんと学習活動をし、高校に進学してきちんと卒業し、安定した仕事に就いてもらうことです。将来、自立のための資格を取得したり、就職を有利にするには、高校を卒業することが大切だと思います。

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<平成27年9月議会 学力向上への取組みについては、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/45363311.html

 

伊勢神宮から御神宝の下附 大國魂神社

伊勢神宮では20年に一度の式年遷宮があります。式年遷宮というと、一般には建物の造営が中心と思われがちですが、神々の御料品の豪華な衣服や調度類が約2500点も平安時代の「儀式帳」の規定のままに、上代の文化と技術を現代に伝えて、当代の最高の美術工芸家により調製されており、これを御装束(ごしょうぞく)・神宝(しんぽう)といいます。

御装束の意味は「飾り立てること」、衣服や服飾品を含めた広い意味を持ち、神座や殿舎の補設品、服飾品、遷御に用いられる品々を総称します。神宝とは、神々の御用に供する調度品の総称で、紡績具、武具、馬具、楽器、文具、馬具、日用品等があります。これらは20年間、御正殿にお納めし、次の遷宮で撒下することになっています。ただし両正宮の神宝に限り、新宮の西宝殿に移されて、さらに20年間保存された後に撒下されます。これは本様といって、次の製作の参考資料とするためです。

大國魂神社では、「平成の大修理」にあわせて御料の撒下を申請し、下附されることになりました。ちなみに、明治以前は神のお使いなされた御料ということから人手にわたることは畏れ多いとされ、撤下された神宝類のうち可燃のものは火に投じられ他は地中に埋められたそうです。宮司らが直接、伊勢神宮に参詣し、神社司庁から授与されました。下附された御料は、次の2点です。

・豊受大神宮別宮 土宮(つちのみや)神宝 「御弓」(おんゆみ) 一張
・豊受大神宮摂社 度会大国玉比賣神社(わたらいおおくにたまひめじんじゃ)御装束 「御櫛筥」(おんくしばこ) 一合

こちらが、その神宝「御弓」です。長さ2mくらいの直弓です。弓を張ればきちんと反るのでしょうが、恐れ多い。

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宮司様が重さを確認していますが、意外に軽い。昔は写真やコピーや正確な図面もなかったので、この製作にあたっては「本様使」という役人が自分の目でしっかり記憶して、まったく同じものをつくらせたそうです。すなわちこの弓も、奈良時代に使っていたものと、ほとんど同じということです。現代と、先人の歩みがつながったような感覚を覚えました。

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こちらが、御装束「御櫛筥」。髪を梳かす櫛を入れるための箱です。櫛2点が入った美しい漆塗りでした。これは漆塗りの上に、薄い金属を載せ、さらに漆を塗った上で、表面を研ぐことで、凸凹のないなめらかにしているそうです。まさに工芸品の極みですね。

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中に納められていたのは、木製の櫛。飛鳥・奈良の時代から、20年に一度作り替えられるとはいっても、そのままそっくり模倣して制作するそうなのでで、当時の姿と変わっていないはずです。

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豊受大神宮(いわゆる、外宮)の別宮である土宮(つちみや)。遷宮直後のため、白木が美しかったです。まさに常若(とこわか)を体現しています。一方、内宮・外宮は完成して2年弱経過し、白木が経年で色つやがでてきていました。鴨長明の書いた方丈記「ゆく川の流れ」を思い出しました。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。 

いつも同じ状態は続かない、常に変化している、そしてそれを当然のごとく受入れるのが、日本人の根本的な世界観なのだと思います。

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注:上記文章は、大國魂神社発行の「社報くにたま通信 第200号」を基礎資料として、当方の理解で加工したものです。 

相馬中村城 相馬中村神社

相馬神社は相馬中村城跡(馬陵公園)にある神社です。祭神として天之御中主大神(あめのみなかぬしのかみ)が祀られています。ちなみに、天之御中主大神は、『古事記』の冒頭、天地のはじめのとき、高天原で最初に出現する神です。地味ですが、日本人オリジナルの価値観の元です。高天原にも、この現実の物質社会にも、目に見えない天之御中主神は、いるとされ、どんなに小さいものでも、どんなに汚いもののなかにも、空気にも地上にも、地下にも、石や動物にもあらゆるものの中に、天之御中主神がいるというものです。大宇宙のありとあらゆるものを創り、命を与える創り主に日本の古代人は、「天之御中主神」という絶妙の名前をつけました。この感覚は、キリスト教をはじめとする宗教以前の、日本人オリジナルの価値観です。

<絵で読む日本の神話 出雲井晶著は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/46452260.html
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奉納されている各種ののぼり旗も立派ですが、参道脇の神楽殿も、能舞台かと思うほど、しっかりした建物です。保存状態も良い。

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参拝の仕方が、明記されていて親切です。あらためて、神拝詞(となえことば)、祓え給え 浄め給え 守り給え 幸わえ給え(はらえたまえ きよめたまえ まもりたまえ さちわえたまえ)を、唱えます。

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のぼり旗の奉納には、大きい旗が4万円。小さめの旗が5千円。、明朗会計で、しっかりしています。

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地元の多数の方々が、神社の寄進に名を連ねているのがよくわかります。いかに地元の方々に愛されているところなのかを実感します。

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相馬中村城内には、地元高校?のグラウンドがあり、日常的に高校生が城趾で遊んでいるようでした。普段から先人達の即席にダイレクトに触れる機会は、自分たちのルーツを確認する上で、郷土愛を醸成する上で、とても大事なことだと思います。

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相馬中村城は、天守閣や塀が何も残されていません。それでも内堀、外堀が、当時のまま残されており、往事を忍ぶことができます。相馬市では、「中心市街地公共建築デザインコード」を市の要領として策定しています。これば、相馬市の約400年にわたる歴史・文化を踏まえ、旧相馬中村藩の城下町としての歴史的まちなみ形成を図るべく、公共建築物のデザインを統一したものにしようと、決めたものです。地域の誇りを持つため、一体感を持つため、きれいな街並みとするため、良い取組みだと思います。

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公立病院の建設費がなぜ民間の2倍になるのか ―コスト高でも文句が出にくいことが最大の問題―

JBpress(日本ビジネスプレス)に記事掲載されました。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46009

自治体病院のハコモノ建設費は、民間よりも圧倒的に高いといわれています。どうして高くなるのでしょうか。それは、将来どのように影響を及ぼすのでしょうか。自治体病院が経営不安に陥ったとき、誰が助けてくれるのでしょうか。すべての結果に最終責任を持つのは、地域住民なのです。

過去に自治体病院共済会が調査したところによると、公立病院は民間病院に比べて、建設費が2倍になるといわれています。自治体病院を指導監督する総務省でも、自治体病院の建設コスト増について気にかけており、平成27年3月に公表した新公立病院改革ガイドラインでは、病院施設・設備整備費を抑制すべきとしています。以下、引用です。「建築単価の抑制を図るとともに、近年の建設費上昇の動向を踏まえた整備時期の検討、民間病院・公的病院の状況も踏まえた整備面積の精査等により整備費の抑制に取り組むべきである。また、病院施設・整備に際しては、整備費のみならず供用開始後の維持管理費の抑制を図ることも重要」とされています。平成27年10月には同Q&Aで、建築単価の上限単価を36 万円/㎡とすべきと公表しました。
しかし、最近では、北茨城市民病院が2014年末に建替・再オープンし、その建設コストは3,820万円/床と、自治体病院共済会調査の民間病院平均1,600万円/床・公立病院平均3,300万円/床を、いずれも超えるものでした。総務省の定める上限36万円/㎡さえも、はるかに超える51万円/㎡でした。今後も、松戸市立病院やいわき市立総合磐城共立病院の建替工事が進行中です。松戸市立病院は、4,467万円/床、57万円/㎡で、いわき市立総合磐城共立病院は、5,743万円/床、62万円/㎡で、いずれの建設工事も異次元のコスト増になるようです。
総務省は自治体病院の建設費を「民間病院並みの水準」とするよう指示しているのに、どうしてこんなことになるでしょうか。なぜ公立は民間に比べ圧倒的なコスト増となるのか、なぜ歯止めがきかないのでしょうか。

<総合磐城共立病院 驚愕の建替えコスト増は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/46264217.html
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自治体病院の建築コストが高くなる理由・背景を、それぞれの関係者の立場から整理してみました。

住民健康と安心のために、多くの診療科を持つ高度な医療サービスと救命救急が欲しい。
医療従事者建替えを機に、目指す診療に必要な医療機器・設備を一新したい。勤務環境を快適にしたい。市長任期中に、実績として評価されるきちんとした市民病院を作り、市民の期待に応えたい。新築になることで、医療スタッフに喜んで欲しい。
議会:きちんとした建物・たくさんの機能を持つ病院こそ、住民のためになるという感覚を持っています。一方、議場での討論は、定性的で感情的なものとなりがちです。
外部委員会意見の対立のない委員会が運営上、望ましい。市長の意向を汲んだ結論を出したい。
自治体国・県からの補助金があるならば、市のお財布が傷まないので、作りたい。
建設業界公共工事なので、民間より高い建築費単価での発注・落札を期待します。
金融機関自治体病院には焦げ付きのおそれはないので、ぜひ融資したい。

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民間であれば、将来倒産しないよう、借入返済を減らすため建設コストを下げようとします※4。しかし自治体病院は、最終赤字でもオカネが足りなくなっても、最終的には自治体本体が面倒を見てくれるため、倒産・破綻することはありません※5。また、自治体病院の借入金の一定割合が、国から自治体に税金投入される※6という、甘い罠があります。不思議な仕組みですが、借入金が多ければ多いほど、国から自治体への補助金が増えるのです。自治体から見ると、高額な建物が、国からの補助金を使って、より安くお買い得に、手に入るように見えるのです。

要約すると、関係者のほとんどが高コストであっても、多機能で高いレベルの医療サービスを望んでおり、少なくともこれに反対しにくいということです。建設を進めたいサイドは、「寄らしむべし、知らしむべからず」を続けることで、望む建設を進めることができます。今の住民は、耳を閉じ、目つむり、対立しないことで、当面の望む医療サービスを実現することができるでしょう。関係者らは悪意を持っているわけではなく、自らの希望に正直なだけです。しかし、正直者の判断や行動が正しいとは限りません。自治体病院の将来経営を考えずに、高コストの建設費を受容すれば、借金返済と運営費用が増え、それが病院経営の赤字とキャッシュ不足につながります。前述のとおり、最終的には自治体本体が、自治体病院の面倒を見ることとなり、本体の重いお荷物になります。

全国の民間病院を見回すと明らかですが、医療サービス水準が高い医療機関の多くは、経営状態が良好です。これは医療サービス水準が高いから経営が良好なのではなく、経営状態が良好だから、医療スタッフへの処遇改善や、設備投資を継続的に行うことができるため、その果実として医療サービス水準が良好に維持できるのです。悪い経営状態では、必要なタイミングで適切な設備投資ができず、さまざまなコストカットせざるをえない等の悪循環を呼び、最終的に医療スタッフのモラルにも悪影響を及ぼします。「医は仁術」のとおり、魅力がない病院から医療スタッフが立ち去ってしまえば、診療自体が継続できなくなるおそれがあります。次世代の子どもたちは、高額な自治体病院建設によるこれらのリスクを覚悟する必要があります。しかし、判断するための情報が適切に届いているとは思えませんし、子どもたちには止める力もありません。

自治体が整備する病院等のインフラ投資は、今後50年間利用するもので、さらに運用コストは建設コストの数倍かかるといわれています。そしてすべての結果は、地方自治体の住民が負うことになります。このような極めて重要な投資意思決定は、政局のムードや定性的で感情的な判断に左右されてはなりません。定量的なデータとロジックに基づき、良識的に判断することが必要です。そして、民主主義の根本に立ち返り、違う立場からの意見を互いに戦わせ、最終責任を持つ住民がそれをチェックしていくこと、そういう住民意識となれるかどうかが、自治体病院を高額で建替えるかどうかの判断のターニングポイントなのです。

※1 出典:病院建設費と健全経営 「自治体病院共済会」調査
※2 出典:総務省 新公立病院改革ガイドラインQ&A(平成27年10月16日)
※3 建設コストの他、医療機器のリース料やエネルギーサービスプロバイダーの初期コスト約40億円が含まれていませんが、ここでは公表額402億円を使用しました。
※4 民間では、建設コスト増による建物減価償却費の増加や借金の元利償還金額の増加を嫌い、病院建設による収支とキャッシュフローを考えて、生き残りをかけて建設コストを下げる強力なインセンティブが働きます。
※5 自治体病院は、最終赤字になっても市の本体から一般会計繰入により補填されます。自治体病院の経営の一義的な責任は病院事業管理者(地方公営企業法全部適用の場合)にありますが、最終的な責任は、地方自治体本体にあります。
※6 基本的には、病院債の毎年の元利償還金額の1/2が、自治体の基準財政需要額に算入され、普通地方交付税の算定根拠となります。


中間貯蔵施設建設に伴う用地補償 土地収用法をオープンに議論すべき

環境省の方から、中間貯蔵施設建設に伴う「用地補償の概要」等の説明を受けました。福島第一原発を取り囲む、双葉町5㎢と大熊町11㎢の広大な面積に及ぶ土地・建物・立木の買い上げです。整備費用は1兆円を超える見込み。現在、2000人を超える地権者に対して、土地売買の合意に達しているのは20人あまり。
今回、土地収用法は適用しないんだけれど、所得税法上の収用等の特別控除5000万円が適用になります。何かしっくりこない・・・大規模公共事業という位置づけですから、まずは、きちんと土地収用法の適用の是非をオープンに議論しなくてはならないと思います。

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いわきお寺に眠る本たち

「いわきお寺に眠る本たち」。いわきのお寺に保存されている資料の調査・分類されず、価値を見いだされないまま眠ったままのものがほとんどです。それを17年にわたって悉皆調査した一角が公開されました。調査研究にあたった門屋温先生と一緒です。

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展示の基本は、以下の3点。マニアックな視点に拘泥せず、一般人にも理解しやすい形の展示はありがたいです。中世時代の書物が、ここいわき地方の小さな寺に保存し続けてきたことに、小さな驚きです。現在は、小さな寺であっても、当時は僧たちが勉学をし切磋琢磨した、学習の場であったらしい。見た目の大小と、中身の濃密はまた別なんだなあ、なんて思いながら鑑賞させていただきました。

1. お寺の本の調査の進め方
2. お寺の本からわかること
3. お寺の本のいろいろな形

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老後破産 長寿という悪夢 NHKスペシャル取材班著

2014年に放送されたNHKスペシャル「老人漂流社会 老後破産の現実」をベースに、高齢者の現実も含めて描き直したルポとのことです。多くの老人が生活に困窮し、行き詰まっているさまを丹念に描かれています。
 
<老人漂流社会は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/34516040.html

平均的な年金支給、自宅を所有、ある程度の預貯金……少なくとも貧困世帯ではないにもかかわらず、「破産予備軍」となっている現実。それが、些細なきっかけで「老後破産」に陥ってしまいます。子供のリストラ、介護離職が引き金で親子共倒れ等、未必の事態が予想されるのに、予防策は見えてきません。「こんな老後を予想できなかった」「早く死にたい」という、老人の心からの声が聞こえてきます。現実の厳しさを再認識するとともに、日本社会の荒廃ぶりに暗澹とした気持ちになりました。

●日常起こる病気やケガ、医療費負担が悲劇の入口
●家族思いの「介護離職」に潜む親子共倒れの罠
●減り続ける年金、預金ゼロへのカウントダウン
●「一人分では暮らせない」配偶者の死亡で年金が激減
●使えば使うほど家計を圧迫する介護サービス
●約半数の独居高齢者の年金は、生活保護水準以下
●「地方は裕福」は幻想、農村にも拡大する老後破産
●1100万人越えワーキングプアは破産予備軍
●我が子のリストラで始まる連鎖破産
●最後の砦のはずが・・・生活保護支援の壁
 
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日本の実態を、的確に分析しています。

・日本の年金制度はかつての親子同居時代に設計されており、国民年金では老人だけの世帯の生計を維持するのは難しい
・普通に暮らしてきて、自宅や多少の預貯金があっても、病気などで多額の出費があると、たちまち老後破産になってしまうケースがある
・原則、自宅を売却したり預金を使い果たさなければ生活保護を受けられないので、住み慣れた自宅に住み続けたい人や預金がなくなってしまったときに生活保護を受けられなかった場合の不安感から、生活保護を受けていない人も多い
・食費にも事欠く生活では十分な医療や介護保険による介護も受けられない
・生活困窮老人は、都市部でも田舎でも存在すること

平均的な年金支給、ある程度の預貯金があっても、家賃を支払えば、ほとんど生活費が残らない独居高齢者がどんどん増えているそうです。収入が少ないため、つながりもさらに喪失して行き、何のために生きているかわからない。生活保護支給には要件があるし、そもそもそうした老人全員を生活保護で救うなんて、社会がもたない。
 
今、在宅介護が推し進められていますが、誰を介護の担い手と想定しているのか。子等の家族だすると、在宅介護のために子供を、介護離職させてしまうと、以前のような条件で復帰するのはありえません。結果として介護にまわった方の将来も国に頼らざるを得なくなり、国が支払うコストの総額は確実に上がります。介護が必要な親族を抱えたとしても、(介護離職させずに)働き続けて自分の力で生活が可能なシステムの構築が必要です。 取材の中である研究者が、こういったそうです。「結局、高齢者問題は、ほとんどお金で解決できるのです」。現状の問題を複雑にせず、シンプルに考えるべきなのかもしれません。 

いわき市の児童・生徒には肥満児が多い

いわき市の児童・生徒には、肥満児が多いです。正確にいえば、いわき市と福島県の肥満傾向児※の出現率が、いずれも全国平均に比べて著しく高い傾向を示しています。平成24年度の福島県学校保健統計によれば、6才から14才までの各年齢でいずれも、男女とも、すべての階層で、全国平均を上回る肥満傾向児の出現率となっています。

※ 肥満傾向児とは、性別・年齢別・身長別標準体重から肥満度を求め、肥満度が 20%以上の者 
肥満度=(実測体重−身長別標準体重)÷身長別標準体重×100%

<男子>単位:%
1

<女子>単位:%
2
 
これを震災による運動機会の低下や食生活の変化と分析する見方もあり、おそらくそういう一面はあろうかと思います。ただし、震災前からの要因も多くあると思われ、生活習慣が大きく影響しているのしょう。興味深いのは、いわき市と福島県の傾向が非常に似ていることです。県全体の食生活や行動様式が何か関連しているのでしょうか。謎です。

夏井川の河口閉塞 再び

夏井川の河口が、再び河口閉塞しています。河口部分が流出土砂で埋没したり、波風の影響によって砂洲が発達し、河口を塞ぐ状態が続いています。それが50年に一度といわれる先日2015 年09 月10日の大雨で、河口の砂が押し流されて、問題解消していたのですが、、、また閉塞してしまいました。

河口の新舞子橋左岸のほぼ、同じ位置から撮影した写真を比べると、本来流れるべき河口の流域が明らかです。

<2015.10.11 河口閉塞が発生している状態>
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<2015.9.14 河口閉塞が解消していた状態>
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2015.10.11に新舞子橋の中央付近から撮影した、パノラマ写真です。河口の左岸から右岸まで完璧に、流砂が数メートル程度堆積していて、まったく川の水が直接、太平洋に注いでいない状況です。いまは、横川という細いバイパスを通して、水が太平洋に流れていますが、横川自体の水かさが増しているので、危険な状態です。川の魚の生態系にもかかわってくるので、根本的な対策を打たねばならないと思います。

<夏井川の河口閉塞解消?は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/45398775.html
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核融合発電 核融合研究所

「核融合発電」なんて、夢のエネルギーだと思っていました。一方、それを本気で研究し、実現しようとしている研究施設が、日本にあることをはじめて知りました。というのも長男が、岐阜県土岐市にある「核融合科学研究所」を視察・見学してきたというのがきっかけです。

<核融合研究所は、コチラ>
http://www.nifs.ac.jp/index.html 

核融合が実際に起きているのは、太陽です。太陽は約46億年前に輝き始め、その核融合により、今後約50億年、輝く続けると考えられているそうです。太陽は水素を主成分とするガスのかたまりで、その中心部は1500万℃に達します。水素原子は電子と原子核に分かれたプラズマ状態となり、巨大な重力で超高温・高密度の中で、水素の原子核同士が合体して、ヘリウムの原子核が作られるという核融合が起きています。このときに莫大なエネルギーが発生し、それが太陽が輝き続ける源泉です。この核融合の作用を、人工的に起こして発電することが核融合研究の最大の目的です。

とはいっても、太陽のような 超高温・高密度のプラズマには、科学的にまだまだ未知に領域があり、その解明がなければ実用化にはほど遠い。そのために、まずは超高温・高密度のプラズマを作る研究が進められています。核融合研究所では超高温のプラズマを高密度で閉じ込めるための施設として「大型ヘリカル装置」を持っていて、世界のトップを走る研究を続けています。

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核融合研究は、1950年代から開始され、1990年代には人工的な核融合反応を起こし、エネルギーを取り出すことに成功しています。その次のステップとして、自分自身で燃える核燃焼を起こし、長時間運転できる仕組みが必要です。その研究がITER(イーター)計画で、EUを主力、日本を準主力とした国際協力研究が進められており、2020年代に核燃焼プラズマを作り、核燃焼の実験炉が、フランスのカダラッシュできるスケジュールらしい。うまくこれが成功すれば、2040年代に実証炉が作られ、早ければ2050年代には実用炉として、発電が開始されるかもしれません。

フランスのカダラッシュは、昨年訪問最多、マルクール核廃棄物処理施設と一体となって、原子力研究を行っている施設であり、フランスの原子力にかける強い意志を感じます。

<フランス マルクール核廃棄物処理施設を視察は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/40668915.html

参考までに、100万KWの原子力発電所1基を運転するための燃料は、濃縮ウランが年間23トン(10トントラックで2.3台分)程度必要とされています。火力発電なら、液化天然ガス(LNG)100万トン(20万トンの大型タンカーで5隻分)です。一方、核融合発電ならば、燃料となる重水素・三重水素が(理論的には)280kg程度で済むらしい。1グラムの燃料(水素・重水素)の核融合反応のエネルギーは、タンクローリー1台分の石油(約8トン)を燃やしたと同じ量というのですから、圧巻です。

自給エネルギーが不足している日本において、準国産エネルギーとして、またベース電源として原子力発電が、昭和40年代以降、これまで推進されてきた経緯があります。化石燃料をさらに使わずにすむ、核融合発電はその意味でも夢のエネルギーかもしれません。

現在は実用化の目処は立っておらず、夢のような話ではありますが、考えてみれば原子力発電であっても、その歴史は100年も経っていません。第2次世界大戦で使用された原子爆弾の転用技術が進み、発電で実用化されましたが、その意味でもまだまだ発展途上の新しい技術です。原子力も廃炉技術を含めてさらなる進化・研究が必要ですし、あと50年もすれば核融合のような、まったく新しい発電技術が実用化されるのも必然です。既存の技術をさらに研究し、一方、既存技術に拘泥せず全く新しい技術も平行して進めることが必要です。

日本がかつて太平洋戦争に突入せざるをえなかったのは、アメリカを初めとする連合国に石油の供給をストップされたのが主要因という歴史的事実があります。これからの平和を維持していくためにも、エネルギーの多様性(種類・地域を含む)の確保は、時代が変わっても日本の基本的スタンスであることは変わりありません。
 
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注)写真は、核融合科学研究所の広報リーフレットからです。

東京防災 東京都オリジナル防災ブック・防災MAP

「東京防災」-今やろう。災害から身を守る全てを-として、東京都オリジナルの防災ブック・防災MAPが入ったA5版の冊子パックです。これは東京都が都民に向けて無料で配布されているものです。

防砂ブックの内容は、
・首都直下型地震シミュレーション
・備蓄ユニットリスト
・非常用持ち出し袋チェックリスト
・耐震・耐火チェックリスト
・家具転倒チェックリスト
・図説もしもマニュアル
・被災者体験コラム
・防災専門家コラム
・防災クイズ
・防災ワークショップ
・防サイくんパラパラ漫画
・漫画TOKYO"X"DAY等

最後の漫画TOKYO"X"DAYは、人気漫画家「かわぐちかいじ」氏によるもので、直下型大地震が都内で発生した時の、インフラの破壊の状況が、ビジュアルで表現されていて、東京都の本気度が伝わってきます。

災害時の行動について、具体的にイラストで描かれていて、また図表やデータなども充実していて、読み物として十分に興味深く、読めました。「もしもマニュアル」として、身近な用品を使って、トイレや食器の作り方等の、サバイバル術なども、簡単に紹介されていて、これは役立つのではないかと思いました。

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これは、以前読んだスイス政府が国民すべてに配布している「民間防衛」という本と、国民の自衛意識を高めるという方向性で一致しています。スイスは国防に重点が置かれており、東京都が防災に重点を置いているのは、これまでの歴史や憲法論議等もあって、(現段階では)妥当なものだと思います。東京都の迅速かつ適切な公道に賛辞を送りたいです。東京都だけでなく、各自治体もこれにならって、それぞれの地域でアレンジした上で、防災ブック・防災マップを全戸配布したらよいと思います。いわき市でも、このような「家庭用危機管理マニュアル」をぜひ全戸配布したい。

<民間防衛は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/45508828.html
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民間防衛―あらゆる危険から身をまもる 原書房翻訳

スイス政府が国民に対して配布している書籍の翻訳本です。スイスは、日本と同じように平和を希求する国として、永世中立を謳っており、平和を希求するという点では日本と同じです。日本と違うのは、スイスは非常にリアリスティックにその平和というものを考えて、どこにも与しないが自国を徹底的に守る兵力は持つべきだと考え強大な武力を背景に平和を守ろうとしている点です。一方、日本、近隣諸国の良心に期待して、基本的には武力を頼みとしない、頼るべきものは国際世界であるとする姿勢ですから、武力の保持の方向が全く異なっています。
 
この違いは、日本が、世界のデフォルトは平和である(平和というのは何もしなくても自然にある)という世界観であるのに対し、スイスでは世界のデフォルトは弱肉強食であり、平和は勝ち取らねばあっという間に奪われてしまうもの(そしてそれは第一次世界大戦、第二次世界大戦の歴史が証明した)と考えるからです。だからこそ、スイス政府は小国が平和を得るためには、少ない国民の一糸乱れぬ統制こそが大事であり、他国に攻め入られないため、いざという時に国防がスムーズに出来るように全員が軍隊経験を持つべきとします。いざ守備をするためには家族の安全がなくては力が出せないだろうと考えシェルターの作成と維持を義務づけます。仮に占領されてもレジスタンスとして徹底抗戦することをうたっています。同時に永世中立を宣言し、他国に攻め入ることはないと断言しています。このことにより他国は、スイスを攻め占領することが、労力・兵力・コスト面から非合理となり、結果としてスイスに攻め入らないという判断にいたります。そう他国に感じさせることが、スイスが自国民を平和に保つ努力です。
 
一方、日本はどうか。ミサイルを試射する国、巨大な軍事費を投入している国、反日感情を持ち、日本をおとしめるプロパガンダをしかけている国が現実にあります。それに対して、自衛のための軍隊を持つことが諸外国の圧力、世論の雰囲気で事実上押さえ込まれつつあります。現実には、憲法第九条を死守することを主張する憲法学者や芸術家らは隣国から飛んでくるミサイルから守ってはくれません。まず平和というのは何もしなくても自然にあるという世界観は変えないといけないし、日本もそろそろもっと真剣に今後の世界の中で平和を維持するためにどういうことをしていかないといけないかを考えなくてはならないでしょう。具体的には、自国の版図を広げたい、日本を手痛い目にあわせたいという欲望を減退させるくらいに、日本を攻めるデメリットを直接的に相手に感じさせないといけないと思います。それには、スイスの例が大きな参考になります。単に軍事費の拡大だけでなく、しなやかで強い外交力の強化、情報戦の強化、真のパートナーとなれる国の拡大等等。
 
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いま、日本は戦争に巻き込まれているか?という問いに対して、誰もがいいえと答えるかもしれません。一方、この本の「戦争のもう一つの様相」という章にこのような一節が紹介されています。
「戦争のもう一つの様相は、それが目に見えないものであり、偽装されているものであるだけに、いっそう危険である。また、それは国外から来るようには見えない。カムフラージュされて、さまざまの姿で、こっそりと国の中に忍び込んでくるのである。そして、われわれのあらゆる制度、あらゆる生活様式をひっくり返そうとする。」
  
あらゆる形の災難ってのは、いつ、自分の身に降りかかるか分かりません。しかし、誰もがまさか自分の身に降りかかるとは思ってない。東日本大震災だって、まさかこんなことが起こるとは思わなかった。しかし現実には、「どんな災害もありうる」。こちらが「戦争をしません」と言っても、相手が「戦争をします」と言えば、戦争が始まります。人事を尽くして危機に備える、という言葉があります。無防備ゆえに自ら危機を招くのではなく、地道に綿密に準備しておくことが必要だと思います。

戦争にかぎらず、自然災害等(地震、津波、異常気象等)の防災対応のために「あらゆる危険から身を守る」ために、必読です。

夏井川の河口閉塞解消?

夏井川は河口閉塞(かこうへいそく)といって、河口部分が流出土砂で埋没したり、波風の影響によって砂洲が発達し、河口を塞ぐ状態が続いています。それが50年に一度といわれる先日の大雨で、河口の砂が押し流されて、問題解消!(一時的かもしれませんが・・・)。自然の力は偉大です。これからの成り行きを見守っていきたいと思います。

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河口閉塞が生じると河川水位が上昇し、住宅や農耕地へ浸水し被害をもたらすします。また、天然で遡上するはずの魚が、川に入ることができなくなってしまい、川全体の魚影が少なくなっています。そのため福島県いわき建設事務所が、閉塞時にバックホー等の重機を使って人工開削を行っていました。しかし、開削が行われたとしても水位低下に至らない場合や、開削後数日で閉塞が生じてしまう場合があるそうです。繰り返しになりますが、それが50年に一度といわれる先日の大雨で、河口の砂が押し流されて、一時的かもしれませんが解消されました。自然の力は偉大です。

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河口閉塞の」原因はたくさんあるのでしょうが、夏井海岸環境整備事業として整備された緩傾斜堤、離岸堤4基、突堤4基からなる新舞子ビーチの影響ではないかといわれています。どうも沖に設置したテトラポットが良くないようなのです。もしこれが主要因なら、早急に対策をとらなければなりません。 

文科省と四谷大塚の全国学力テストの結果が、全く違う理由

先日、文部科学省による「全国学力・学習状況調査」、いわゆる全国学力テストの都道府県別結果が公表されました。小学6年生と中学3年生を対象とし、国語と算数・数学の2教科で実施(今年から理科も追加)されています。上位の常連は、秋田・福井です。ちなみに、2010年調査でいうと、東京は算数Aの場合で6位、大阪は17位です。

ですが、文部科学省「学校基本調査」2010年度の大学・短大進学率では、1位は京都、2位が東京、秋田は33位だそうです。都道府県別の「東大・京大合格者数ランキング」では、1位が東京、2位が大阪、秋田は40位だそうです。これだけを見ると、秋田の子供の小学校時代の高い学力が、その後ガタガタと下がっているように見えます。

一方、中学受験指導で知られる学習塾、四谷大塚が行う「全国統一小学生テスト」の都道府県別ランキングがあります。これは、小2~小5を対象に2007年から実施されていて、全国47都道府県(と海外)で10万人を超える小学生が受験する民間で最大規模の全国テストです。都道府県ランキングは、平均得点ではなく、得点上位3000番までの出現率で表されているそうです。1位は圧倒的な差で東京、次いで神奈川、千葉、埼玉、と首都圏エリアが続き、秋田は43位。進学率や合格者数などのデータを考えれば、四谷大塚のほうが、現在の小学生の学力を表しているように思います。それにしても東京に多くの大学があるとはいえ、両テストの結果には、あまりに差がありすぎます。
 
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 <出典:プレジデントファミリー>
 
ではなぜ、四谷大塚と文科省の学力テストでは結果が大きく異なるのでしょうか。四谷大塚は、全国で塾を展開しており、一部の地域で手を抜くことは考えられません。生徒の数の違いこそあれ、教えるスタイルに地域による違いはありません。その答えは、全国学力テストの参加校にあります。文科省の学力テストは、私立校は任意参加のため、まだ参加校が少ないのです。今の文科省の学力テストは、日本の「公立」の小中学生の学力テストの都道府県順位を表しているのが実態なのです。(優秀であろう)私立の小学校がある東京は、(学力上位の児童が参加していないため)文科省学力テストでは、実力よりも低めにランキングされるのです。

ちょっと待って、それだけでしょうか。中学校・高校ならばある程度の私立学校数があるので理解できますが、都内であっても私立の小学校なんて、慶応や早稲田等、極めて限定的なので、それらが結果の大勢に影響を及ぼすとはとても思えません。優秀な私立小学校の存在だけは、とてもこの差を説明しきれないのです。

ここからは私見ですが、(優秀であろう)私立中学が、東京に偏在していることが遠因ではないか。こういったトップ中学は、ちょっとできるくらいでは、入学試験を突破できません。そのためにトップ私立中学を目指す一部の東京・神奈川・千葉・埼玉・奈良の子は、一生懸命に自分の学力をそれに引上げようと、懸命にもがく。塾にも通って、クラスメートと切磋琢磨して学習していく。それが成績上位となって現れている。一方、私立受験をあえて選択しない層は、朱に交われば赤くなって、ふきだまり・はきだめになっていくことがある。それが首都圏の中での2極化になっていると想像できます。それが結果として 首都圏の中では、(地方よりも)地域内学力格差が、大きくなっています。

トップ私立中学がない地域においては、ちょっとできる子もできない子も、等しく地域の公立中学に進めるので、それほど猛烈な学習をしようというインセンティブがないので、四谷大塚のようなトップ学力の児童を積極的に出現させるような環境にありません。ですから、首都圏のような地域内での2極化が相対的に生まれにくい環境になります。文科省の学力テストで、秋田の結果が良かったのは、(相対的に)よい生活環境・学習環境等なために、他の地域より高順位ということになっているのでしょう。ただ、どちらが児童の環境として良いかはなんともいえませんが、自らの人生をより主体的に生きるという観点からは、私立・公立を自ら選択することができるほうが望ましいと思います(家庭環境やそれぞれの価値観によるところが大きいので、普遍的なものではありません)。

多くの自治体や教育委員会では、文科省の全国学力テストの都道府県順位が公表される度に、正答率が低い問題にどのような指導法や教材などが有効かを詳細に分析した報告書をとりまとめて公表したりしています。そうした分析は、正答率が低いこと要因が、指導法・教材にあるという前提で進められているようです。

しかし本来、地方の教育委員会の指導や教育現場の指導の仕方の優劣は存在しないはずです。各都道府県の教育委員会が一生懸命に毎年、知恵を絞って指導方法や教材を選定しているわけで、そこでの違いが、テストの結果に直接影響を及ぼしているとは思えません。公立学校は、文科省の定める指導要領の範囲内で教育をしなければなりませんので、教育現場の裁量の余地は小さい。その条件下で、テスト対策をやるには無理があるし、さらに学校や教員を追い込むことになりかねません。これ以上、学力テストの結果を教育現場だけに押しつけ、また本来学校が負うべきでない責任まで押しつけてはならないと思います。

学力は学校だけでは決まりません。子どもが1日のうち少なくとも半分以上を過ごす家庭は学校以上に大切な場所です。学力テストというアウトプットと、家庭の資源や学校の資源というインプットの関係を明らかにし、どこを改善すれば、どこを重点的に注力、投資すれば子どもの学力を上げることができるのかを理解することのほうが大事だと思います。 

中村豊氏の銅像 常磐興産の中興の祖

中村豊氏は、常磐興産の中興の祖というべき存在であり、スパリゾートハワイアンズの駐車場の一角に銅像が設置されています。ハワイアンズの前身である、昭和41年に創設された常磐ハワイアンセンターは、当時建設に対して相当な反対運動がありました(映画フラガールのとおり)。そこを強力なリーダーシップを持って押し切り、推し進めたのが、中村豊氏なのです。
 
当時は、炭鉱の町だった常磐地区ですが、時代の流れとともに需要が減り、炭鉱を閉山すれば雇用がなくなるというにっちもさっちもいかない状況でした。常磐興産の社員であった中村豊氏は、中村氏は当時、斜陽産業であった炭鉱産業の従業員救済のため、温泉を再利用する構想を打ちたてます。そこで炭鉱労働者やその家族の雇用創出、さらに同社の新たな収入源確保のため、炭鉱以外の新規事業を立ち上げることになり、『日本人が行ってみたい外国ナンバー1』だったハワイに着目。炭鉱で厄介物扱いされていた地下から湧き出る豊富な常磐湯本の温泉水を利用して室内を暖め、「夢の島ハワイ」をイメージしたリゾート施設「常磐ハワイアンセンター」の建設を計画しました。まだ、東京ドームなどのない時代に柱を1本も使わない「ダイヤモンドトラスト工法」によるドームを起案、そしてフラダンス、タヒチアンダンス、ポリネシアンダンスのダンサーは、自前で設立した常磐音楽舞踊学院から人材を供給するなど、アイディアと推進力を持ち合わせた卓越した人物でした。

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中村氏が常々言っていた言葉が3つあるそうです。「他人の真似をするな。自分達の力でやれ。地域と共に歩め」。そう簡単に模倣することはできませんが、まさに常磐ハワイアンセンターの思いを言葉にしたものではないでしょうか。

<常磐ハワイアンセンターは元炭鉱住宅跡地は、こちら>
http://www.mikito.biz/archives/40413079.html
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ハワイアンセンター開設当初の計画にはなかった、近代的な最新鋭ホテル、モノリスタワー。直近の社長は、常磐興産生え抜きではなく、外部のみずほ銀行出身の井上直美氏です。新しい視点で経営改革を推進中と伺っています。中村豊氏はどんな思いで、現在の常磐興産の経営を見守っているでしょうか。

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鯖江藩 幕末の老中 間部詮勝の居城

間部 詮勝(まなべ あきかつ)は、越前鯖江藩主を努め、江戸幕府の老中首座でした。11代将軍・徳川家斉の側近として出世しましたが、水野忠邦の天保の改革でいったん辞職、その後、大老井伊直弼の下で再び、勝手御入用掛と外国御用取扱を兼務する老中に復帰します。業績としては、日米修好通商条約調印の調停からの勅許を得ます。

そんな 幕末の老中、間部詮勝の国許が鯖江藩(現 鯖江市)です。鯖江市は、これまで越前市や福井市等との合併話が登ったものの、現在でもあえて市町村合併の道を選ばず、人口6万人という小都市で独自路線を貫いています。

間部詮勝の居城建設予定地であった、西山公園に間部詮勝の銅像がありました。建設は巨額の資金が必要なため当初からあきらめ、結局、間部詮勝は庭園を整備するにとどめ「「嚮陽渓(きょうようけい)」と命名しました。それが「町立嚮陽公園」となり、「日本の歴史公園100選」に選ばれ、現在の西山公園となっています。

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公園内には、間部詮勝をはじめとした鯖江市ゆかりの人物数人の紹介が「さばえ 人物ものがたり」としてなされていました。

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単に紹介だけでなく、クイズ形式のウォークラリーになっていて、答えを知るためにも次のチェックポイントを探して、散策しなければならない仕組みになっていて面白い。

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公園の頂上部分には、池が整備され、それに乗り出すように茶室がありました。本来であれば居城には天守閣があり、防御のための堀があるのでしょうが、そういったものはここにはありません。

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日本の歴史公園100選に選ばれたのは、必然かもしれません。大正3年には大正天皇即位の御大典記念事業として、嚮陽公園を「西山公園」と改称し、町民総出による修復も行われ、大広場の造営、中腹東側には瓢箪池や藤棚を設置し、全山に桜を植え、県下でも指折りの桜の名所となりました。さらに昭和33年に、市民からの提供も含め2,100株のつつじが植えられたのが、つつじの名所となりました。昭和35年には6,500株となって、第1回「つつじまつり」が行われました。このように、西山公園の歴史は、市民の力で、鯖江藩第7代藩主間部詮勝公が考えたとおり、「春秋の自然に接し、衆と楽しむ」との精神が、連綿とした歴史の中で実現したものだからです。

いわき市平のまちなかにも、磐城平藩安藤家の江戸下屋敷から移植されたツツジの名所、松ヶ丘公園があります。郷土の偉人のひとり、天田愚案の旧居が置かれている場所でもあります。安藤家下屋敷から1,000本、他に全国各地から600種2,000本 合計3,000本を移植したもので、当時は東北一の桜とツツジの公園でした。しかし、それが市民運動にまでならなかったことが、鯖江市の「日本の歴史公園100選」との彼我の差かもしれません。

<安藤信正の銅像は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/43731719.html
 

御文庫付属室 内部の映像が50年ぶりに公開

昭和天皇が終戦を決断した皇居地下の防空壕「御文庫付属室」内部の映像が、この夏に50年ぶりに公開されました。今は朽ち果てた会議室で昭和天皇はどのような思いで決断したのか。いつ建設され、どのように使用されたのか、いろいろ疑問が湧いてきます。

メインが、この御文庫付属室の会議室です。終戦に向けた1945年8月10日と14日の御前会議で昭和天皇が終戦の「聖断」が下されました。その場所が、70年前を経て、床などが完全に朽ち果てている状態で、手を加えられずに保存されています。今後も、保存措置を取る予定はなく、今後も手を加えずに管理するそうです。歴史を証拠として、ぜひ保存措置をとって欲しいと思います。
 
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1945年8月14日の御前会議は、閣議と最高戦争指導会議の連合会議であり,出席者は首相の鈴木貫太郎をはじめとする全閣僚に加え、参謀総長梅津、軍令部総長豊田、枢密院議長平沼、内閣書記官長迫水、総合計画局長官池田、陸軍省軍務局長吉積等であったとのこと。この御前会議では、天皇は戦争終結の反対論を聴取したのち,「自分ノ非常ノ決意ニハ変リナイ 内外ノ情勢,国内ノ情態彼我国力戦力ヨリ判断シテ軽々ニ考ヘタモノデハナイ 国体ニ就テハ敵モ認メテ居ルト思フ毛頭不安ナシ……戦争ヲ継続スレバ国体モ国家ノ将来モナクナル即チモトモ子モナクナル 今停戦セハ将来発展ノ根基ハ残ル……自分自ラ『ラヂオ』放送シテモヨロシイ 速ニ詔書ヲ出シテ此ノ心持ヲ傳ヘヨ」とおっしゃられ、聖断を下したといわれています。そしてこの会議が、最後の御前会議となりました。
 
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60平方メートルの会議室や空気清浄機が置かれていた機械室などがありましたが、現在は朽ち果てて、何の機械かも判別しがたい。写真は地下に空気を送り込む送風機でしょうか。「兵どもが夢の後」を思い出します。
 
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地下につながる廊下には土砂が、一部流入してしまっています。

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御文庫付属室は、東条英機陸相が陸軍築城部本部に防空壕を造るよう指示し、皇居の警衛を担当する近衛第1師団が1日平均1500の兵隊(!)を動員して、完成させました。厚さ3メートルの鉄筋コンクリートで外壁を築いた、250キロ爆弾に耐えられる堅固な空間です。場所は、昭和天皇の住まわれていた御文庫から北東に約100メートル離れた小高い丘です。

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現在の地上の御文庫外観です。

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出入り口は東西に2カ所あり、約22メートルの通路を通って内部に入ります。御前会議が開かれた会議室は60㎡程度でした。会議室だけでなく、通信室・機械室・トイレもあって、長時間、防空壕として利用できる設計になっていたようです。

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地上出入り口は、通常封鎖されていますが、逆に言えば、戦後、手を加えられずにそのままの状態で保存されています。
 
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約22メートルの通路を通って内部に入ります。

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地下廊下。鋼鉄製の扉の厚さがわかります。

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注)写真は、2015年7月に宮内庁が撮影、公開しているものです。また図表は読売オンラインから転載させていただいております。

ポツダム宣言13箇条 日本の無条件降伏ではなかった

ベルリン郊外ポツダムにおいて、米国、英国、ソ連の3カ国の首脳が、終戦直前の1945年7月末に集まりました。メンバーは、アメリカ合衆国大統領ハリー・S・トルーマン、イギリスの首相ウィンストン・チャーチル、ソビエト連邦共産党書記長ヨシフ・スターリンです。その目的は、第二次世界大戦の戦後処理(ポツダム会談)です。

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左からチャーチル首相、トルーマン大統領、スターリン首相

ポツダム宣言は、この会談の期間中7/26に、米国のトルーマン大統領、イギリスのチャーチル首相と中華民国の蒋介石国民政府主席の共同声明として発表されました。その後は、日本政府は8/14にポツダム宣言の受諾を通告し、9/2に東京湾浦賀沖に停泊する米戦艦ミズーリの甲板で日本政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美治郎及び連合各国代表(シンガポール陥落時のトップ、パーシバル中将も同席)が、宣言の条項の誠実な履行等を定めた降伏文書(休戦協定)に調印しました。

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ポツダム宣言は13箇条から構成されていますが、1-4条は、戦勝国らの高らかな勝利宣言と、敗戦国に対する最後通告を示すもので、具体的なものはありません。要求条件は6-12条の7項目のみです。特筆すべきは13条「我々は、日本政府が全日本軍の即時無条件降伏を宣言し、またその行動について十分に保障することを求める」です。「日本」が無条件降伏するのではなく、「日本軍」の無条件降伏なんですね。

<原文>
Proclamation Defining Terms for Japanese Surrender
Issued, at Potsdam, July 26, 1945
1.We-the President of the United States, the President of the National Government of the Republic of China, and the Prime Minister of Great Britain, representing the hundreds of millions of our countrymen, have conferred and agree that Japan shall be given an opportunity to end this war.
2.The prodigious land, sea and air forces of the United States, the British Empire and of China, many times reinforced by their armies and air fleets from the west, are poised to strike the final blows upon Japan. This military power is sustained and inspired by the determination of all the Allied Nations to prosecute the war against Japan until she ceases to resist.
3.The result of the futile and senseless German resistance to the might of the aroused free peoples of the world stands forth in awful clarity as an example to the people of Japan. The might that now converges on Japan is immeasurably greater than that which, when applied to the resisting Nazis, necessarily laid waste to the lands, the industry and the method of life of the whole German people. The full application of our military power, backed by our resolve, will mean the inevitable and complete destruction of the Japanese armed forces and just as inevitably the utter devastation of the Japanese homeland.
4.The time has come for Japan to decide whether she will continue to be controlled by those self-willed militaristic advisers whose unintelligent calculations have brought the Empire of Japan to the threshold of annihilation, or whether she will follow the path of reason.
5.Following are our terms. We will not deviate from them. There are no alternatives. We shall brook no delay.
6.There must be eliminated for all time the authority and influence of those who have deceived and misled the people of Japan into embarking on world conquest, for we insist that a new order of peace, security and justice will be impossible until irresponsible militarism is driven from the world.
7.Until such a new order is established and until there is convincing proof that Japan's war-making power is destroyed, points in Japanese territory to be designated by the Allies shall be occupied to secure the achievement of the basic objectives we are here setting forth.
8.The terms of the Cairo Declaration shall be carried out and Japanese sovereignty shall be limited to the islands of Honshu, Hokkaido, Kyushu, Shikoku and such minor islands as we determine.
9.The Japanese military forces, after being completely disarmed, shall be permitted to return to their homes with the opportunity to lead peaceful and productive lives.
10.We do not intend that the Japanese shall be enslaved as a race or destroyed as a nation, but stern justice shall be meted out to all war criminals, including those who have visited cruelties upon our prisoners. The Japanese Government shall remove all obstacles to the revival and strengthening of democratic tendencies among the Japanese people. Freedom of speech, of religion, and of thought, as well as respect for the fundamental human rights shall be established.
11.Japan shall be permitted to maintain such industries as will sustain her economy and permit the exaction of just reparations in kind, but not those which would enable her to re-arm for war. To this end, access to, as distinguished from control of, raw materials shall be permitted. Eventual Japanese participation in world trade relations shall be permitted.
12.The occupying forces of the Allies shall be withdrawn from Japan as soon as these objectives have been accomplished and there has been established in accordance with the freely expressed will of the Japanese people a peacefully inclined and responsible government.
13.We call upon the government of Japan to proclaim now the unconditional surrender of all Japanese armed forces, and to provide proper and adequate assurances of their good faith in such action. The alternative for Japan is prompt and utter destruction.

<邦訳>
ポツダム宣言
千九百四十五年七月二十六日
米、英、支三国宣言
(千九百四十五年七月二十六日「ポツダム」ニ於テ)

一、吾等合衆国大統領、中華民国政府主席及「グレート・ブリテン」国総理大臣ハ吾等ノ数億ノ国民ヲ代表シ協議ノ上日本国ニ対シ今次ノ戦争ヲ終結スルノ機会ヲ与フルコトニ意見一致セリ
二、合衆国、英帝国及中華民国ノ巨大ナル陸、海、空軍ハ西方ヨリ自国ノ陸軍及空軍ニ依ル数倍ノ増強ヲ受ケ日本国ニ対シ最後的打撃ヲ加フルノ態勢ヲ整ヘタリ右軍事力ハ日本国カ抵抗ヲ終止スルニ至ル迄同国ニ対シ戦争ヲ遂行スルノ一切ノ連合国ノ決意ニ依リ支持セラレ且鼓舞セラレ居ルモノナリ
三、蹶起セル世界ノ自由ナル人民ノ力ニ対スル「ドイツ」国ノ無益且無意義ナル抵抗ノ結果ハ日本国国民ニ対スル先例ヲ極メテ明白ニ示スモノナリ現在日本国ニ対シ集結シツツアル力ハ抵抗スル「ナチス」ニ対シ適用セラレタル場合ニ於テ全「ドイツ」国人民ノ土地、産業及生活様式ヲ必然的ニ荒廃ニ帰セシメタル力ニ比シ測リ知レサル程更ニ強大ナルモノナリ吾等ノ決意ニ支持セラルル吾等ノ軍事力ノ最高度ノ使用ハ日本国軍隊ノ不可避且完全ナル壊滅ヲ意味スヘク又同様必然的ニ日本国本土ノ完全ナル破壊ヲ意味スヘシ
四、無分別ナル打算ニ依リ日本帝国ヲ滅亡ノ淵ニ陥レタル我儘ナル軍国主義的助言者ニ依リ日本国カ引続キ統御セラルヘキカ又ハ理性ノ経路ヲ日本国カ履ムヘキカヲ日本国カ決意スヘキ時期ハ到来セリ
五、吾等ノ条件ハ左ノ如シ
  吾等ハ右条件ヨリ離脱スルコトナカルヘシ右ニ代ル条件存在セス吾等ハ遅延ヲ認ムルヲ得ス
六、吾等ハ無責任ナル軍国主義カ世界ヨリ駆逐セラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序カ生シ得サルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ツルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレサルヘカラス
七、右ノ如キ新秩序カ建設セラレ且日本国ノ戦争遂行能力カ破砕セラレタルコトノ確証アルニ至ルマテハ聯合国ノ指定スヘキ日本国領域内ノ諸地点ハ吾等ノ茲ニ指示スル基本的目的ノ達成ヲ確保スルタメ占領セラルヘシ
八、「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルヘク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルヘシ
九、日本国軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復帰シ平和的且生産的ノ生活ヲ営ムノ機会ヲ得シメラルヘシ
十、吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非サルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルヘシ日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ
十一、日本国ハ其ノ経済ヲ支持シ且公正ナル実物賠償ノ取立ヲ可能ナラシムルカ如キ産業ヲ維持スルコトヲ許サルヘシ但シ日本国ヲシテ戦争ノ為再軍備ヲ為スコトヲ得シムルカ如キ産業ハ此ノ限ニ在ラス右目的ノ為原料ノ入手(其ノ支配トハ之ヲ区別ス)ヲ許可サルヘシ日本国ハ将来世界貿易関係ヘノ参加ヲ許サルヘシ
十二、前記諸目的カ達成セラレ且日本国国民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府カ樹立セラルルニ於テハ聯合国ノ占領軍ハ直ニ日本国ヨリ撤収セラルヘシ
十三、吾等ハ日本国政府カ直ニ全日本国軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付適当且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ対シ要求ス右以外ノ日本国ノ選択ハ迅速且完全ナル壊滅アルノミトス

<現代語訳>
日本の降伏のための定義および規約
1945年7月26日、ポツダムにおける宣言
1.我々(合衆国大統領、中華民国政府主席、及び英国総理大臣)は、我々の数億の国民を代表し協議の上、日本国に対し戦争を終結する機会を与えることで一致した。
2.3ヶ国の軍隊は増強を受け、日本に最後の打撃を加える用意を既に整えた。この軍事力は、日本国の抵抗が止まるまで、同国に対する戦争を遂行する一切の連合国の決意により支持され且つ鼓舞される。
3.世界の自由な人民に支持されたこの軍事力行使は、ナチス・ドイツに対して適用された場合にドイツとドイツ軍に完全に破壊をもたらしたことが示すように、日本と日本軍が完全に壊滅することを意味する。
4.日本が、無分別な打算により自国を滅亡の淵に追い詰めた軍国主義者の指導を引き続き受けるか、それとも理性の道を歩むかを選ぶべき時が到来したのだ。
5.我々の条件は以下の条文で示すとおりであり、これについては譲歩せず、我々がここから外れることも又ない。執行の遅れは認めない。
6.日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する。無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和と安全と正義の新秩序も現れ得ないからである。
7.第6条の新秩序が確立され、戦争能力が失われたことが確認される時までは、我々の指示する基本的目的の達成を確保するため、日本国領域内の諸地点は占領されるべきものとする。
8.カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、又日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければならない。
9.日本軍は武装解除された後、各自の家庭に帰り平和・生産的に生活出来る機会を与えられる。
10.我々の意志は日本人を民族として奴隷化しまた日本国民を滅亡させようとするものではないが、日本における捕虜虐待を含む一切の戦争犯罪人は処罰されるべきである。日本政府は日本国国民における民主主義的傾向の復活を強化し、これを妨げるあらゆる障碍は排除するべきであり、言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立されるべきである。
11.日本は経済復興し、課された賠償の義務を履行するための生産手段、戦争と再軍備に関わらないものが保有出来る。また将来的には国際貿易に復帰が許可される。
12.日本国国民が自由に表明した意志による平和的傾向の責任ある政府の樹立を求める。この項目並びにすでに記載した条件が達成された場合に占領軍は撤退するべきである。
13.我々は日本政府が全日本軍の即時無条件降伏を宣言し、またその行動について日本政府が十分に保障することを求める。これ以外の選択肢は迅速且つ完全なる壊滅があるのみである。
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吉田みきと プロフィール

ふるさとの福島県いわき市で、市議会議員として活動を開始しました! いわき市は、今、複層的な問題が山積しています。公認会計士としてのキャリアを生かし、フレッシュな視点で問題点を洗い出します。



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