「初等科国史」は、文部省が作った国定歴史教科書として、昭和18年4月から上巻が国民学校第5学年用、下巻が第6学年用として、週2時間の国史授業で使用されていました。しかし終戦後、国史の授業そのものがなくなり、教科書も回収されてしまいました。いわゆるGHQのプレスコードに完全にひっかかってしまったので、この世から存在がなくなっていたものを、令和の時代に完全復刻版として登場したようです。

普通の国であれば、National Historyという科目が学生に教えられます。National Historyはそれぞれの国の歴史として、祖国が幾多の危機にさらされ、その度に幾多の忠義の人々が命を捨てて守り抜いたということが底流となった、それぞれの国の歴史観に立った教科です。しかし戦後の日本では「国史」はGHQにより廃止され、世界史と対応する「日本史」という、単なる受験科目になり下がってしまいました。

あらためてこの初等科国史を読むと、歴史の場面が天皇を中心とした物語として、文章も格調高く、文学的に描かれています。登場する物語には、仁徳天皇のかまどの煙・楠木正成正行の桜井の別れ・天主教の当初布教の目的など、現代人が忘れかけている逸話がふんだんに盛り込まれています。当時の小学5年生は、この教養に溢れる物語をまるで講談を聞くかのように、授業を受けていたのでしょう。愛国心を徹底的に忌避して到達した現在の教科書は、敗戦前の歴史教科書と、まったく対極的な内容、記載ぶりです。

GHQがなぜ、この教科書を回収し、世の中から完全に抹殺したのでしょうか。そしてほとんど逆の歴史観を創作し強要したのでしょうか。それは、大戦時の日本が一億玉砕を謳い、国民全員が火の玉のような武士道精神に燃えたぎっていて、それが恐ろしかったから。なぜ日本人が、爆発的な精神力、情熱を持つようになったか研究し、このような教科書で教えられて育ったからという結論に達したからです。日本人のこの精神を根底的に消滅させ、アメリカに従わせるためには、これまでの歴史を否定することが第一。よって天皇の成立と我が国の建国の統一の経緯は、これまでGHQの「プレスコード」によって教科書から徹底的に排除されることになりました。日本人の洗脳工作の一環として、国史と全く異なり、彼らに都合良く味付け創作された日本史が強要されました。当時の歴史上の人物たちの思いが、現代に伝わらなくなっています。確かにこの初等科国史は、大戦中に制作されている時代的背景もあり、歴代天皇に関する記述が多く、武人・軍人の登場回数も多いです。しかし何故、今教えられている日本史がこうなっているのかを戦後の経過を踏まえながら、本書をじっくりと読むことは、非常に意味があると思います。

<GHQ検閲指針・プレスコードの呪縛は、コチラ>
2020-02-23 08.02.57-1

巻末の三浦小太郎氏の解説が内容をよくまとめています。曰く、本書は、まさに「神国日本」を貫く皇国史観に基づいている。そして、皇国史観とは一部の左派知識人が批判してきたような、蒙昧で狂信的な自国中心史観でもなければ大東亜戦争のイデオロギーでもない。その本質は、明治維新以降の「歴史を忘れ血を忘れた低俗なる功利主義」に果敢に戦おうとした思想的営為であった。とのこと。

それは歴史上の人物を、人間くさく物語として登場させることで、昔の人の思考・行動様式を、当時のこどもたちに紡いでいこうという試みだと思います。それは、修身の時間で教科書として使用された「国民の修身」にも、同じ事がいえると思います。先人たちに感謝し、それに応えていこうと、自ら努力し、次の世代につないでいきたい。

<国民の修身 高学年用は、コチラ>
<国民の修身 低学年用は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/42874649.html