東京・代々木にある婦選会館を訪問する機会がありました。ここは、市川房枝記念館とも呼ばれ、日本の婦人参政権運動を主導した市川房枝さんの展示施設も併設されています。

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市川房枝さんの略歴
1919年(大正8年)に平塚らいてうらと日本初の婦人団体新婦人協会を設立。女性の集会結社の自由を禁止していた治安警察法の改正を求める運動を展開。
1924年(大正13年)「婦人参政権獲得期成同盟会」を結成。同盟会を「婦選獲得同盟」と改称し、政府・議会に婦人参政権を求める運動を続けた。
1950年(昭和25年)新日本婦人同盟の臨時総会において、団体の名称が日本婦人有権者同盟と改称され、市川が会長に復帰(1953年(昭和28年)4月25日まで)。
その後は、公娼制度復活反対や売春禁止、再軍備反対などの運動にも取り組んだ。

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婦選会館2階には、市川房枝さんの功績をたたえる、入場無料の展示施設があります。

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氏愛用のタイプライター。これでどれだけの文章を作ったのか思いを馳せます。

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10台、20台、30台、40台、50台、60台、70台、80台までの当時の市川さんのポートレート写真が展示されています。少女が婦人へ成長する過程で、どんどん顔つきが変わっていくのがわかります。良い年の取り方をしているなあ。

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10台のときと晩年のときと。充実した人生を歩んできたことが顔つきから伝わってきます。

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「婦選は鍵なり」「平等なくして平和なし、平和なくして平等なし」という信念の元に数多くの女性たちと活動を続け、大きな功績を残しました。もっとも、戦前には、戦争遂行の国策へ協力することで、婦人の政治的権利獲得を目指す方針で、必ずしも100%非戦の考えの方ではないようです。

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参議院議員当選5回(通算25年の在任)。「出たい人より出したい人」をと、有権者に推し出される「理想選挙」を自ら実践。組織に頼らず個人的な支援者が手弁当で選挙運動を行う選挙スタイルは、まさに理想ですね。政党にまったく属さずに、終身、純無所属を貫く。そして1980年の第12回参議院議員選挙では全国区から278万票の大量得票でトップ当選。翌1981年、心筋梗塞により87歳で永眠。なんて濃い人生なんでしょうか。

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こんな書斎で、物思いに耽っていたのですね。自分の書斎のあり方の参考になりました。

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