ホテルオークラのリニューアルオープンに合わせて、隣接している大倉集成館も場所を移してリニューアル(もちろん曳家工事は、大成建設が行った)。大成建設・ホテルオークラの創業者、大倉喜八郎氏が作った日本最初の私設美術館です。国宝3件、重要文化財13件を含む美術品は、大倉喜八郎氏とその長男喜七郎氏が収集・寄贈したものです。この喜八郎氏の経歴がスゴイ。幕末の戊辰戦争時に、津軽藩(薩長側)に敵の中をあえてくぐって自ら津軽に鉄砲を運び、感謝されます。それ以降、官軍御用達となり、西南戦争や日清戦争で莫大な巨富を得ます。やはり、戦争時にリスクをとって活動することが、巨大ビジネスにつながることを、歴史が証明しています。

ただの金持ちにとどまらず、そのオカネを西欧への海外流出が続いていた、日本・東洋の美術品を収集することにも向け、自宅敷地内に作ったのがこの大倉集古館です。当時から、一般向けに開放していたというから、太っ腹。

<リニューアル The Okura Tokyoは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/53955421.html
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戦前の日本の4大財閥(三井・三菱・住友・安田)に次ぐ財閥となった大倉財閥。喜八郎氏は、日本屈指の西洋式ホテル、帝国ホテルも作ります。しかし、第2次大戦後の財閥解体により、バラバラになります。その過程で、喜七郎氏は帝国ホテルの社長から解任されます。その臥薪嘗胆、復帰が見込めないとわかると、再度、最高のホテルをつくるべく、ホテルオークラ東京を作ってしまうのです!日本の御三家ホテルのうち、二つを作ってしまった大倉父子、スゴイ。喜八郎氏の信条は、「営利第一・投機せず・銀行を持たず」だったそうです。三菱財閥は、財閥解体の過程で、岩崎家と縁が切れてしまいましたが、大倉財閥は、公益財団法人大倉文化財団等を通じて、今でも大倉家出身がホテルオークラ等に関与し続けています。

<三菱財閥 岩崎小弥太の三菱三綱領は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/51720764.html
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館内は撮影禁止なので、写真は外からのみ。館内には、美術品だけでなく、幻の竪笛「オークラウロ」も収蔵されています。オークラウロは、大倉喜七郎氏が、日本の尺八を普及させようと、西洋のモダン・フルートのキーメカニズムを取り入れて、まったく新しく考案し制作した金属製の多孔尺八です。当時は、プロの奏者おり、教本や楽団による定期演奏会もあったそうです。しかし、財閥解体のあおりを受け、忘れ去られていた楽器です。その現物や、演奏会のビデオ等が展示されていました。

<ホテルニューオータニ 大谷米太郎氏は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/49774461.html
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昭和2年竣工の大倉集古館は、その建物自体が、登録有形文化財(建造物)に登録されています。当時は現在の展示館から長い回廊が続き、途中の六角堂を経て外門に至る壮大な造りとなっていたそうです。

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創始者の大倉喜八郎が建物前のベンチに座って、お出迎え。裸一貫から、才覚、度胸、努力で財閥を築き上げた方ですが、大倉商業学校(現 東京経済大学)を作ったりする勉強家でもあった。彼の名前を残すものに、札幌のスキージャンプ台・大倉シャンツェ(現大倉山ジャンプ競技場)があったことは、はじめて知りました。

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オークラ プレステージタワーの前には、巨大な正方形の池があり、昼間は、大倉集古館の姿が水面に映り込んでいました。

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夜にライトアップされた姿も、The Okura Tokyoの価値を高めることにつながっていると思います。

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