南半球のオーストラリアで、水田による米作りをしようとしている人がいます。白圡健美さん、いわき泉出身の在豪の元カメラマン。耕作放棄地を再生させるべく、震災前にいわきで無農薬農法による米作りを始め、常磐地区で田んぼアートをやっていました。同時にNPO「いわきワールド田んぼプロジェクト」(IWTP)も設立。

そこで、東日本大震災に遭い、放射能や風評被害から避けるため、ここオーストラリアで、日本独自の水田による米作りをしようというのです。日本式の水田で実際に稲作ができることを証明しつつ、(福島の「サテライト・ファーム」を作ろうというコンセプト。ここが起点となって、福島で農業ができない生産者が移住してくれば、という壮大な思いです。

<白圡さんの経緯は、コチラ(外部リンク)>
http://nichigopress.jp/column/imaikiru/86406/
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実際、乾燥しているオーストラリアの土地で、田んぼに水を溜めるということが奇跡に近い。しかし丁寧に代掻きをすることで、常時、水を補給しなくても田んぼに、水がきちんと貯まっていました。これなら田植えした上で、収穫もできるはず。

この地、タウンズビルTownsvilleから車で1時間ほどの、バーデキン郡Burdekin(エアAyrという町が近い)では、年間300日以上の強い日照とともに、豊富な地下水と貯水ダムの完成により、農業が盛んな穀倉地帯です。これまではさとうきびの生産とその精糖がメインでしたが、さとうきび一本槍の産業は砂糖相場に左右されやすいことから、その他の野菜にシフトする動きもあります。

そこでオーストラリアに、まだない短粒種ジャポニカ米を作ったら、どうなるか(中粒米は、)。なんと年に4回、差付くけができ、年に4回収穫することができるそうです。もともとジャポニカ米の生まれは、熱帯。強い日差しと、養分を含んだ地下水があれば、3ヶ月で田植えから収穫まで完了することができるとのこと。単純に考えれば、単位当たりの収穫量が、年に1回収穫の4倍になるわけですから、これはスゴイこと。

ちなみに、オーストラリアの米といえば、サンライスSUNRICE。1900年初頭に、愛媛県の方が持ち込んで、豪州南東部でコシヒカリの栽培に成功したのが始まり。現在ではこの会社、10億ドルもの売上げを持ち、株式上場しています。この逸話は、アメリカ西海岸で、カリフォルニア米の栽培に成功させた、いわきの偉人、ライスキング 国府田敬三郎氏にも通じるところがありますね。

<ライスキング 国府田敬三郎は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/44546753.html
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このジャポニカ米のもともとは、コシヒカリで、現地の農業試験場が試験的に作付けしてみて、(陸稲でやって)うまく育たずにあきらめたところを、種籾としてそれを、白圡さんが自ら作った田んぼで少しずつ増やしてきたモノです。名付けて「希望」。

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地元バーデキン郡のMayor(市長)も、この水田に駆けつけてくれました。現在の田んぼは、クイーンランド州政府の保有する農業試験場の一角を借りた1haほどの農地に、2反を実証実験的に造成したもの。これをまずは白圡さんのできる範囲で拡大して、他のファーマーが生産に興味を持つくらいの規模にしたいとのこと。

ひとりでできることには限りがあるでしょう。持続して活動するためには、経済性考慮に入れなければなりません。そのために、ジャポニカ米のマーケティング、販路確保、人件費のコントロール、機械化の可能性等、考えなければならないことは山積です。確かにジャポニカ米を水田でオーストラリアで栽培、販売するのは、非常にハードルが高い現実があります。一方、その可能性に夢をかけている方が、ここにいる。

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