藤田嗣治(つぐはる)といえば、オカッパ頭にロイドメガネという独特の風貌と、「戦争画」。太平洋戦争時の絵画を多数制作しました。私も、江田島の海上自衛隊幹部候補生学校等で、100号を超える氏の大作の展示を見たことがあります。敗戦後には、戦争協力画を制作したことに対する他の画家たちからの批判に嫌気が差して日本を去り、フランスに渡り、フランス国籍を取得し、カトリックの洗礼を受けてレオナール・フジタと名乗り、2度と日本に戻ることはありませんでした。

<江田島の海上自衛隊幹部候補生学校は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/45731803.html
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「戦争協力画の画家」という先入観で、いわき市立美術館に行ったのですが、さにあらず、「裸婦の乳白色の肌」、特に、生涯に寄り添った5人の妻を中心とした裸婦モデルが、メイン展示でした。それが、意外によかった。油絵という西洋画法に、墨汁+面相筆で縁取りという日本画法を、ミックスさせています。さらにこの乳白色は、後から色づけするのではなく、最初に乳白色をキャンバスに塗り、それをベースとして面相筆で裸婦の姿を描き、その後で背景等を塗っていくのだそう。(画材でない)シッカロールを使ったり、描き方も斬新だし、独特の透きとおるような乳白色の混合比はいまも完全には解明されていないそうです。

・鴇田登美子(最初の妻、美術教師。結婚後1年もたたずに仏留学、そのまま帰国せず離婚)
・フェルナンド・バレエ(2番目の妻。藤田を画家デビューさせた立役者。不倫関係の末に離婚)
・リュシー・バドゥ(3番目の妻。美しい白肌から「YUKI」と呼ばれる。不倫関係の末に離婚
・マドレーヌ(4番目の妻。個人的には5人の妻の中で最も活動的で美しく感じます)
・君代(5番目の妻。25歳年下で、終生連れ添った。墓も一緒)

これらの5人の妻とともに、第一次、第二次世界大戦中を駆け抜けた藤田嗣治。彼の目には、祖国日本はどのように移っていたのでしょうか。

レオナール・フジタの生涯は、2015年に映画化されていますね。
<映画「FOUJITA」は、コチラ>
http://foujita.info/