放送されて話題になったNHKスペシャルの書籍化です。治療にあたっては、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)、すなわち生に対して前向きな姿勢を求めることが大事ということがいわれて久しい。本書ではQOD(クオリティ・オブ・デス)、すなわち、安らかな最後の実現を図ることが提言されています。「死」をタブーとせず話し合い、自分はどのように平穏に死んでいくかを考えるべき、という提言。
このQODの国際ランキング比較が発表されていて、トップはイギリス。日本は14位です。ランキングは以下のとおり。1位 英国、2位 オーストラリア、3位 ニュージーランド、4位 アイルランド、5位 ベルギー、6位 台湾、7位 ドイツ、8位 オランダ、9位 米国、10位 フランス。1位から4位まで、イギリス連邦国家であることが興味深い。イギリスの老人ホームの現地取材した印象は、介護スタッフが、入居者と同じ目線で生活していることだそうです。例えば、午後のティータイムに、スタッフ自身もケーキを口にし、焼き加減等について入居者と同じ目線で会話を交わす。またティータイムの後にカントリーミュージックをかけて、ソファでくつろぐ時間に入居者にスタッフが寄り添って一緒に過ごす等。このように「ケアされる人」と「ケアする人」の境目がみえにくいとのこと。なるほど、日本のケアとは違うかもしれない。
人はなぜ死ぬのか?という永遠の問い。それに答えはない。またそもそも「老衰」って何でしょう?ゆっくりと老いて亡くなること。とするとまったく病気でない状態で亡くなるのか。いやいやまったく病気でないことなどありえない。じゃあ死因は病気でないのに、なぜ死ぬのか?それは、老化によって、栄養素を吸収する力が衰えていくから。いくら経口管や胃瘻で栄養を注入しても、その栄養を吸収する能力は上げようがありません。
「死は抗うものではない、受入れるものだ」
このQODの国際ランキング比較が発表されていて、トップはイギリス。日本は14位です。ランキングは以下のとおり。1位 英国、2位 オーストラリア、3位 ニュージーランド、4位 アイルランド、5位 ベルギー、6位 台湾、7位 ドイツ、8位 オランダ、9位 米国、10位 フランス。1位から4位まで、イギリス連邦国家であることが興味深い。イギリスの老人ホームの現地取材した印象は、介護スタッフが、入居者と同じ目線で生活していることだそうです。例えば、午後のティータイムに、スタッフ自身もケーキを口にし、焼き加減等について入居者と同じ目線で会話を交わす。またティータイムの後にカントリーミュージックをかけて、ソファでくつろぐ時間に入居者にスタッフが寄り添って一緒に過ごす等。このように「ケアされる人」と「ケアする人」の境目がみえにくいとのこと。なるほど、日本のケアとは違うかもしれない。
人はなぜ死ぬのか?という永遠の問い。それに答えはない。またそもそも「老衰」って何でしょう?ゆっくりと老いて亡くなること。とするとまったく病気でない状態で亡くなるのか。いやいやまったく病気でないことなどありえない。じゃあ死因は病気でないのに、なぜ死ぬのか?それは、老化によって、栄養素を吸収する力が衰えていくから。いくら経口管や胃瘻で栄養を注入しても、その栄養を吸収する能力は上げようがありません。
「死は抗うものではない、受入れるものだ」
平穏死をすすめる石飛幸三医師は、現在、世田谷区の特別養護老人ホーム「芦花ホーム」勤務の医師です。かつては、心臓外科の執刀医として日本の名医100に選出されたこともある方。当時は、何でも執刀で病気を治せると固く信じていたそうです。死は受入れるものではなく、闘って治すもの、と考えていた医師が、老人ホームで平穏死を見続けた結果、その考えが180度かわり、「死は抗うものではない、受入れるものだ」と主張しています。
「食べさせないから死ぬのではない。死ぬのだから食べないのだ」
かつて東京の三宅島では、年をとって食べられなくなったら、水だけを傍らに置いておいたそうです。生きていく力が残っていれば、手を伸ばします。それができなければ自然に任せて最後を迎えた。それを家族・親戚が見守り、じっとその時を待つのが、看取りだったそうです。そうして生活の中に死を受入れていった。それは現代の福祉国家スウェーデンの高齢者の暮らしぶりにも似ている。老人ホームに暮らす高齢者達は、食堂で自らナイフとフォークを使って、懸命に震える手を使い時間をかけて食事を取る。「自分たちが食べたいものを、自分で選んで、自分で食べる。それが生きるということ。それができなくなったら潔くこの世を去るべきだ」。自然を愛し、個人が確立したスウェーデン人だけがそうなのでしょうか。
石飛医師はこれまで、100人を越える看取りをしてきましたが、共通点が3つ有るそうです。
1. 亡くなる一週間前から食べなくなる。
2. 多くの時間を眠り続ける
3. 大量の尿が出て、枯れるように亡くなる
この数十年の西洋医療の発展により、死が病院施設内のものとなり、日常生活から隔離されてきました。医師たちによる、懸命の救命、そして延命の医療措置が当然とされてきました。そこでは、「スパゲティ」状態で、さまざまな管を身体に入れられ、点滴を打ちながら、苦悶の表情で亡くなっていった。それに対し、平穏死で、苦悶の表情をする人はいないそうです。どういう死が望ましいのか、現在、介護されている人またこれからする予定の人、いえ高齢化日本の全国民が読むべき一冊です。
「食べさせないから死ぬのではない。死ぬのだから食べないのだ」
かつて東京の三宅島では、年をとって食べられなくなったら、水だけを傍らに置いておいたそうです。生きていく力が残っていれば、手を伸ばします。それができなければ自然に任せて最後を迎えた。それを家族・親戚が見守り、じっとその時を待つのが、看取りだったそうです。そうして生活の中に死を受入れていった。それは現代の福祉国家スウェーデンの高齢者の暮らしぶりにも似ている。老人ホームに暮らす高齢者達は、食堂で自らナイフとフォークを使って、懸命に震える手を使い時間をかけて食事を取る。「自分たちが食べたいものを、自分で選んで、自分で食べる。それが生きるということ。それができなくなったら潔くこの世を去るべきだ」。自然を愛し、個人が確立したスウェーデン人だけがそうなのでしょうか。
石飛医師はこれまで、100人を越える看取りをしてきましたが、共通点が3つ有るそうです。
1. 亡くなる一週間前から食べなくなる。
2. 多くの時間を眠り続ける
3. 大量の尿が出て、枯れるように亡くなる
この数十年の西洋医療の発展により、死が病院施設内のものとなり、日常生活から隔離されてきました。医師たちによる、懸命の救命、そして延命の医療措置が当然とされてきました。そこでは、「スパゲティ」状態で、さまざまな管を身体に入れられ、点滴を打ちながら、苦悶の表情で亡くなっていった。それに対し、平穏死で、苦悶の表情をする人はいないそうです。どういう死が望ましいのか、現在、介護されている人またこれからする予定の人、いえ高齢化日本の全国民が読むべき一冊です。

























































































