伊達政宗がいちから築いた居城、仙台城です。青葉山の山頂付近あり、まさに山城、広瀬川と崖に囲まれ、天然の要害です。戦を勝ち上がってきた戦国武将らしい。城の大部分は、太平洋戦争の末期の空襲で焼失、また戦後処理のどさくさで、貴重な櫓や門が取り壊されてしまいましたが、その一部が残っています。

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堀は長く、そして深い。こんな城を攻めるなんて、とても考えられない。

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城内には、宮城縣護国神社が置かれています。。明治維新以降の諸事変、戦役における宮城県関係あるいは縁故のある戦死・殉難者、5万6千余柱の英霊を祀っています。昭忠会・招魂社を経て、昭和14年に内務省令により内務大臣指定護国神社、「宮城縣護國神社」になったそうです。

一方、仙台城は戊辰戦争で官軍に占領され、政府側の軍事拠点でした。そのせいか、靖国神社と同様に「天皇・朝廷・政府側の立場で命を捧げた者」を祭神としており、戊辰戦争に敗戦して賊軍となった仙台藩関係者は祀られていないとか。当然、伊達政宗とは無関係です。同じ敷地内にあるのに、何とも不思議な。
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本丸跡地から、広瀬川を挟んで、仙台城下を望む眺めは絶景。天守閣は(徳川幕府が警戒することを怖れて)あえて作らなかったそうですが、天守閣なしでも城下から見上げるようなこの城は、十分、圧倒的だったでしょう。

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展示施設には、往時の青葉城の模型が復元されていました。広大な敷地と、圧倒的な城郭の高低差から、難攻不落の城であることがわかります。一方、城下町からはかなりの距離があり、不便だったことも事実。引退後の正宗は、城下町(現在の仙台駅の東方)に小さな城を作って、そちらに移り住んだそうです。

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城内の建物の建設にあたっては、京都から有名な大工を招聘して進めたそうです。

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実は大手門は、太平洋戦争の空襲でも焼失しなかったそうです。しかし、戦後のどさくさで心ない役人の仕業で取壊しになってしまったのだとか。あまりに残念。先人の歩み・歴史を踏みにじった行為に憤りを感じます。

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礎石から、本丸御殿の大きさがわかります。この礎石の位置が、残されていた本丸御殿の位置と一致していたことから、本丸御殿が巨大であったことが証明されました。

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あまり有名な伊達政宗像。観光客の撮影スポットでもあります。観光にはこういうポイントを設置しておく仕掛け、大事ですね。

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感心したのが、スマホを使ったバーチャルリアリティです。今、自分が建っている場所が、そのまま青葉城内にタイムスリップするようなもの。説明文を読むことなしに、追体験できるので、外国人にとってわかりやすい良いコンテンツですね。

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本丸御殿が目の前に現れます。現実とバーチャルが一体となっていて、建物の巨大さが実感できました。

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昨今、各地で流行っている「戦国武将隊」。ここでも伊達武将隊として、伊達政宗・片倉小十郎らがいます。専門の役者さんがいるようで、仙台各地を循環して出現するとのこと。

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「城姫クエスト」なるスマホゲームもあるらしい。人気イラストレーターたちによって、日本全国の名城が美少女化される、「城萌え」です。江田島では、スマホスタンプラリーの兵姫ストライクという、美少女ベームをやりましたが、この「萌え」ブームはなかなか収まらなと思います。

<兵姫ストライク スマホスタンプラリーは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/48787605.html
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