原発事故というと、福島第一原子力発電所ばかりにスポットがあたっていて、私自身も震災後、3回視察しています。一方、楢葉町・富岡町にある福島第二原子力発電所(通称:2F、にえふ)は、原子炉の1-4号機、いずれも沸騰水型軽水炉で出力110万kW、全体の総出力が440万kWです。こちらも、東日本大震災の津波をもろに被り、電源喪失の危機を迎えました。現在は、冷温停止中で、約1万本の燃料を保管している現状を、いわきの経済団体の方々と一緒に視察させていただきました。なお、敷地内の空間放射線量は、いわき市内と遜色ないくらいの水準です。

<福島第一原発 1-6号機を視察は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/43137576.html

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により、4本の送電系統のうち3本を喪失しました。さらにその津波の影響で、海水ポンプをはじめとする原子炉の冷却機能が喪失し、危機を迎えました。襲来した津波の高さは約15mで、建屋の海抜は約12m。したがって2-3mの高さの津波が建物に被り、原子炉冷却用海水ポンプ4基中3基とその電源が海水に水没したそうです。残った1基の海水ポンプをと外部からの高圧電源の1回線を使って原子炉を冷却をすべく、3月12日に、ヘリ空輸で運んできた総延長9kmものケーブルを、常駐していた東電社員と協力企業社員約200人総出で、人力でつなぎ合わせたそうです。それを仮設電源として、原子炉冷却用海水ポンプまで人力でダイレクトに接続し、事故4日後に冷温停止に至る対処が行えたそうです。それにしても、福島第一原子力発電所事故の炉心溶融と同様の事態になるまでに紙一重のところだったし、それを決死の覚悟でやりとげた現場の危機管理に対する機動力・発想力に脱帽です。下の写真は、水没した原子炉冷却用海水ポンプ室です。掃除はしていますが、津波で壊れた機械がほぼそのまま残されており、津波の爪痕が痛々しい。

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2015年3月には、原子炉内になったすべての燃料棒が使用済み燃料プールへの移送され、原子炉内には燃料がない状態になっています。写真は、燃料棒をクレーンで取り出す操作室と、その奥は、真水に浸された使用済み燃料プールです。その保管数は約1万本とのこと、本来は、核燃料サイクルに回されるはずですが、稼働しておらず、最終処分場も決まっていない以上、原則としてすべて敷地内保管されています。

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燃料棒の模型を見せて頂きました。本物の長さは約4mだそうで、そのカットモデルです。燃料ペレットは直径1cm(本当に)程度であり、原子炉の巨大さにくらべて、余りに小さい。これが大量のエネルギー源かと思うと、にわかには信じられません。「原子力は夢のエネルギー」の比喩は(良い意味でも悪い意味でも)、正鵠を得ています。

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原子炉運転中は、原子炉建屋内は、あらゆる事故を防止するために窒素を封入し、人間が入れる状態ではありませんが、燃料棒も抜き、完全に運転を停止しているため、原子炉建屋内も見せて頂くことができました。写真左側が原子炉の格納容器です。
 
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さらに原子炉格納容器の下部部分も見せて頂きました。福島第一原子力発電所の燃料が溶け落ちて、格納容器を破っているであろう部分です。格納容器自体は厚いコンクリート製ですが、格納容器内に起きていることを知るために、さまざまな計器が格納容器下側から取り付けられており、それが溶け落ちた燃料に侵食され、格納容器外に出ているのかもしれないとのこと。数百数千の計器とそのコードが、無数に配線され、近未来のようでした。さすがにこの付近は空間線量が高く、圧力容器下は、0.15mSv/hと表示されていました。いわき市内の空間放射線量は、0.1μSv/h程度ですから、やく1000倍の空間放射線量ということになります。なお、線量が高いのはここくらいで、個人ごとに貸与されたデジタル式積算放射線量計によれば、視察行程約3時間で浴びた空間放射線量は「0.00mSv」でした。

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敷地内には、実物と同じコントロールセンターが、危機管理訓練のために設置されています。自然災害をはじめとする危機があった場合の訓練をやっています。

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電源喪失を再現した訓練。外部電源が喪失し、非常用発電機が発電、それも喪失し、バッテリーが立ち上がり、それも喪失していく様子を再現していただきました。震災以降は、移動できるガスタービン発電車が高台に複数台設置され、不測の事態が起きたときに電源車自体を、冷却装置に横付けできるようにしているそうです。

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いまでも原子力施設であり、使用済み核燃料も敷地内に保管していることから、非常に厳重なセキュリティでした。一方、動かせる状態の原子炉そのものを、直接一般人が見ることができるのは、おそらく世界でこの福島第2原発だけでしょう。貴重な視察の機会をいただいたことに感謝します。

福島県議会では、福島第一原発とともに福島第二原発の廃炉も求めています。福島第二原発を廃炉したときの将来像はどんなものでしょうか。単に、機器を撤去して立入禁止にするのか、更地にして研究施設等とするのか、はたまた原子炉を一般公開し、一般人が原子力エネルギーを理解するための施設とするのか。一般人が原子力エネルギーを理解するための施設をさらに一歩進めて、教育旅行・着地型観光の目的地にしようとする考えもあります。さらには、ダークツーリズムのメッカにしようという、福島第一原発観光地化計画を提案している方もいます。

<福島第一原発観光地化計画は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/34827603.html

「原子力は夢のエネルギー」。事故があって人の手を加えなくても、勝手に膨大な熱を発し続ける原子力は、良くも悪くも事実だと思います。そのテクノロジーも、たった50年少し前に実用化されたもの。今後50年先には、さらなる発展したエネルギーが発見されるかもしれません。その原子力の足跡・道標を残すべく、福島第一第二原発の事故をベースにした「エネルギー展示施設」を浜通り地域に創るべきでしょう。これは地方自治体がやるべきではなく、日本国としてやるべきです。例えば、上野に国立科学博物館があり、世界館と日本館に分かれています。その科博のエネルギー館として、福島県浜通りに分館を建設し、多数の日本人に訪れてもらう。そのことで、原子力を含むエネルギーの重要性を啓発し、また原発事故を忘れない。さらに教育旅行・ダークツーリズム・修学旅行等の行き先・ディスティネーションとすることで、福島県浜通り地方の現実を踏まえた、未来ある発展につなげることができるはずです。

注)上記写真は、すべて事前に許可をもらい、同行した東京電力の社員の方に撮影してもらい、掲載を許可いただいたものです。