反金権政治・反田中軍団の急先鋒だった石原慎太郎氏による、田中角栄氏の一人称小説です。

田中角栄といえば、高等小学校卒の学歴、土方からスタートしたキャリアにかかわらず、「日本列島改造論」をまとめあげ、総理大臣に就任。数字に強い、駆け引きが上手い、義理人情を欠かさない、コンピューター付ブルドーザーといわれた、比類なき決断力と実行力で、日中国交正常化を実現ました。インフラとしては、関越自動車道や上越新幹線を整備。そして何と言っても40本近い議員立法を成立させるなど、どれをとっても既存の、いやそれ以降も誰もなしえない政治家です。
 
その経歴、選挙の強さ、資金力から、さまざまなあだ名がつけられました。最盛期の資金力は、1回の衆議院議員選挙で300億円だったそうです。最低でも一人の候補者に三千万円を選挙資金として手渡し、拮抗している選挙区では、それにさらなる積み増しをしていたとのこと。その後、ロッキード事件で受託収賄罪に問われて有罪判決を受けるも、100名以上の国会議員が所属する派閥を率い、大平・鈴木・中曽根内閣の誕生に影響力を行使。長らく「闇将軍」「キングメーカー」として政界に君臨しました。
 
プライベートでは、本妻(真紀子の母)の他、秘書の佐藤昭、料亭の辻和子(円弥という芸者)との間に、それぞれ子を設け、本宅、新宅等と呼んでいたらしい。婚外子ではあるものの、角栄氏は毎月100万円もの仕送りを続けたそうです。最終的には、病床に伏し、ひとりぼっちで亡くなる人生を振り返りました。

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石原氏は、素直に、今、政敵であった田中角栄に惹かれるいることを吐露しています。その未曾有の天才である田中角栄を、アメリカの策略で、否定した歴史的事実があります。具体的には、ロッキード裁判で、日本の司法をゆがめて、史上初の総理の犯罪として角栄氏を非難・糾弾し、葬り去ってしまいました。それに(消極的にせよ)加担した石原氏の懺悔の書ともいえます。全日空へのトライスター機導入に当たり、角栄氏に5億円が渡ったとされています。果たして1回の選挙で300億円を集金できた角栄氏にとって、5億円がどれほどの実効性を持つ賄賂としての性格があったのかは、当事者にしかわかりません。

一方、テレビというメディアを作り上げ、また全国に縦長い国土を高速移動ネットワークで繋ぐ高速道路と新幹線。さらには各県にひとつという空港の整備を促進したのは角栄氏だったそうです。そしてエネルギー資源に乏しい日本の自立のために、未来エネルギーの代表である原子力発電を推進し、アメリカの石油メジャーからの依存から脱却する資源外交を展開しました。それ自体は、郷土を愛する愛国者としての思想であり、行動だった。それが、アメリカの虎の尾を踏んでしまい、策略に満ちた裁判に持ち込まれて失脚してしまいました。

政治家の責任とは、役人と違って大づかみに国の将来を考え、それに備えての施策を考え、実行することです。(著者の言葉を借りると)それを体現してきた、未曾有の天才から国の舵取りを奪い、国益を失わせた、当時の司法関係者の責任は重い。