子どもの貧困、6人に1人といわれています。一億層中流社会といわれた日本はいつから、経済格差社会に変わったのでしょうか。生活保護の実態に焦点をあてた話題作「陽のあたる家」の著者による、さらなる深耕させた続編です。

<陽のあたる家 -生活保護に支えられて-は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/37109404.html

あらすじは、出産を機に教員を退職した専業主婦の主人公が、復職して小学校臨時教員に採用される。職場で貧困家庭の子と関わっているうちに、自分の家庭も、夫との不和から崩壊してしまう。DVを避けるため、自分と娘が夫から逃げ回り別居して、生活保護を受ける。そんな生活の中で娘が風俗への道へ陥りそうになるという、救済者と被救済者が大逆転し、入れ替わるという複雑なストーリーです。なんといっても、援助する側だった主人公=教師(典型的な中流家庭)が、自分でもはっきりと気づかぬうちに抱えていた問題によって、一転、援助される側(下流家庭)になってしまう。
援助する側にいたときに教師として生徒にかけていた励ましの言葉が、いざ、される側になってみたら「毒矢」と感じられるほどにキツい、しんどい。「私は何も判っていなかった、今その罰を受けている」という描写が、切ないです。

また児童施設の描写では、みそ汁がなんだか判らず「ドロ水みたい」という子、「親と車の中で暮らしてて、1日にスナック菓子1袋だけとかだったから、初めて学校の給食見た時、なんだこれ、と思ったし」という子供の台詞が、綿密な取材により作られたであろうと想像されます。壮絶な現実は、マンガというフィルターを通しても、ぐっときました。
 
生活保護世帯に育ち、精神障害からくる母親のDVに耐えながら育った子は、仮に学力があったとしても大学へは進学しない。なぜなら奨学金は限定されるし、進学すると自分の分の生活保護費は支給されなくなるから。大学を卒業しても就職できたとしても、家族は一蓮托生、入社早々から精神障害を持つ母親を養い、医療費や介護費を負担しなければならない。さらに奨学金も返済しなければならない。ならば定時制でも高校までいけばそれでよい。次の世代も貧困の中にいる。そこに希望はない。

「生活保護受給は立派な社会保障制度のひとつです。国民なら誰でも利用する権利があるんです」「権利があるんだから利用する」と、著者は登場人物にいわせています。確かにそうかもしれない。ただ生活保護だけが、ラストリゾートとしてのセーフティネットというのは、持続的な仕組みでないし、(生活保護受給世帯と、保護をうけていない貧困世帯の間で)公平でもない。その希望は、次の世代が、きちんと進学して、足かせなく、自分の道を歩いて行けるように環境を作ってあげることなのではないか。
 
54