北海道の夕張市立総合病院が、夕張市の財政破綻と共に経営破綻したように、全国で自治体病院の運営が立ちゆかなくなるケースが相次いでいます。その直接的な要因のひとつが、医師の大量退職です。筆者は、自治体の元職員として県立病院の経営改革に携わり、夕張市の病院経営アドバイザーや全国の自治体病院の医療再生の仕事に関わっている方です。筆者の現場体験を踏まえ、医師不足問題や自治体病院の経営破綻が起きる原因について、分析されています。筆者は、自治体病院の医師不足の根っこを、行政のお役所仕事体質と、住民の他人任せの意識から生まれてくる構造的な問題、の2つと捉えています。

1. 経営のない自治体病院
経営破綻や医療崩壊を起こす自治体病院が相次ぐ理由は、自治体病院が「お役所立」の病院であり、「経営」が存在しないため。

・民間に比べて職員の給与水準が高く、意欲的に働いても働かなくてもそれは保証されている
・自己の利益を第一に考え、既得権の変更に強い抵抗を示す
・病院長よりも、医療に素人の事務方や本庁の論理が、病院の予算や人事などの決定に大きな影響がある
・病院経営や医療の質よりも、形式的な役所の先例や規則を守ることが優先される 

等の問題の結果、多くの自治体病院は解決を先送りしています。国の進める医療費縮減政策の中で、民間病院が生き残りをかけた競争をしているのに対して、自治体病院の意思決定のスピードは遅く、質も低い。

2. なぜ医師は立ち去るのか
一般論として、全国の地方に見られる医師不足については、新しい臨床研修医制度の影響といわれています。しかし、医師不足の根っこは、地域における行政や住民の意識と結びついた構造的な問題です。例をあげるなら、医師のハードな仕事に対して、行政や地域住民は無理解であり、医師の立場や気持ちをほとんど考えていません。わずか数人の当直医師に対して24時間365日の救急医療の対応を求め、その多くが、翌日医療を受ければ済むような軽い症状の患者という現実。中にはタクシー代わりに救急車を使ったり、日中は混雑しているからという理由で夜間診療を受ける人もいます。医師へのクレーム、コンビニ的病院利用、自分の都合しか考えない住民、医療訴訟の増大等の状況の中で、モチベーションを失った勤務医師たちが、現場から次々と立ち去っていくのが、「立ち去り」。現在の勤務医師不足問題の本質です。本当に地域住民に信頼され、貢献しているのだろうかといった勤務医が持つ疑問意識が、現実の「立ち去り」行動に表れつつあります。

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自治体病院現場の勤務経験をお持ちの著者の視点は、まさに現場に即したもので、貴重なアドバイスが多く書かれていると思います。当直明けで平日の日常勤務は当たり前と、これまで若いうちから身体に叩き込まれてきた中堅以上の医師たちは、医師としての使命感から無理に無理を重ねて、医療現場を支えてきました。しかし、水際で踏みとどまっていた医療現場の医師も、もう耐えきれなくなってきつつあります。

著者の主張で特徴的なのが、医療崩壊の原因に「国民に責任がある」と明記している点です。マスコミはこれに賛同できないし、政治家も公務員も、公には賛同できない。一般の市民にとって、医療は困ったときにしかお世話にならないから、(そしてちょっと難しいから)人ごと、誰かが良くしてくれていると思っています。そして実際に問題が起きてから、特定の犯人探しを始めてしまう。

善意を持っている人の考え方が正しいとは限らない、むしろ間違っていることが少なくない。「地獄への道は善意で敷き詰められている(The road to hell is paved with good intentions)」という言葉がありますが、立ち去りの要因や自治体病院の経営の問題を踏まえずに、良質な医療を求める運動等を行なってしまえば、地獄への道へまっしぐらです。

<医療にたかるな、はコチラ>
http://www.mikito.biz/archives/38475689.html

地域住民が現状を理解し行動すれば、政治が変わり、行政が変わるでしょう。その結果、地域医療や公立病院も良い方向に変わるかもしれません。逆にいえば、地域住民が理解しようとしなければ、重大な医療事故や病院の運営破綻等が発生しない限り、変わるのは難しい。総務省は、地方自治体に対して「新公立病院改革ガイドライン」を作り、自治体病院の経営改革を迫っています。しかし、しかし立ち去りの要因や自治体病院の経営についての理解を欠いたまま、形式的に上から目線での改革を行えば、単なるお題目の経営改革計画が策定された上で、かえって地域の医療が混乱・崩壊するでしょう。