Japan as No.1とまでいわれた日本経済の強さの根幹は、人、チーム力にあります。しかし失われた10年(20年?)の原因が、日本型人事システムといわれた時期がありました。そして「年俸制」や「成果主義」が新たな活力を与えるとして、富士通を先頭に、競って導入されました。しかしその結果、何が起きたか。成果主義導入の多くの企業で職場が荒廃し、機能不全が生じました。そもそも日本の経済成長を支えたのは「賃金による動機づけ」ではなく、仕事の面白さで報いる「仕事の報酬は次の仕事」というシステムであり、それが適材適所につながったからです。成果主義の実態を改めて検証し、日本型年功制の可能性に光をあてる良書でした。城繁幸氏の著書「内側から見た富士通「成果主義」の崩壊」とは違った面でとてもおもしろかったです。

著者が、成果主義の虚妄であると結論づける最大の理由は、「仕事は、どんな優秀な人間でも、自分一人ではできないから」。仕事の報酬が次の(やりたがる)仕事という日本型年功序列システムが、どれだけ現場で合理的に機能したか、をさまざまな角度から検証しています。

1. 仕事に金銭で報いようとすると、金銭が絡むゆえにうまくいかない
2. 「仕事の報酬は次の仕事」というのが日本型年功制のキモ
3. 「年功序列」といっても、仕事のできる人が出世し、結果としてやがて差がつくシステム

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成果主義をよくよく考えてみると、給与が成果と明確に連動するシステムであれば、協働精神の欠如などの弊害が発生するでしょう。成果主義は日本の年功序列型システム、すなわち給与が成果と無関係なシステムと比較すると、組織全体としてのアウトプットは結局低くなってしまうのでしょう。

ただ一方、その前提の価値観は、組織全体の利益についてであること。もし個人の利益が組織の利益よりも優先されるという価値観ならば、著者の主張の前提が崩れてしまうかも。日本は、組織の利益が個人の利益より大事という伝統的価値観があり、そのために年功序列制度が作られ、高度経済成長期においてはそれが甚大な威力を発揮しました。だがそれが時代の変化の中で崩壊し始めている現在、つまり組織の利益よりも個人の利益を重視する人間が増えたなら、このシステムは機能しないのも事実。

「人は人の評価を正確にはできない」という前提で、人事制度を構築しなくてはなりません。とにかくいえることは、「頑張った人には仕事の面白さで報いるべき」という価値観は、日本人なら概ね受入れられるはず。日本型年功制がいまだ変わっていない、また変えるべきでない理論的な根拠が、本書から得られました。