「ふるさとがえり」という映画を見ました。この映画は、岐阜県恵那市民全員参加の制作プロジェクトで作られたものです。昭和・平成の大合併を経て13 のまちがひとつになった岐阜県恵那市。しかし、形の上では一つになっても地域や心の交流はなかなか進みませんでした。そこで市民グループを中心に、人々の融和を目指した「映画制作によるまちづくりプロジェクト」が始まったそうです。「土地はつながったけど、みんなの心は繋がっていない」ということで、行政がたちあがって作られた映画。テーマは、「心の合併」、いわき市も他人事とは思えません。
市民参加型の自主制作で、エキストラ出演・小道具の制作・各種許可手続き等をすべて手弁当の市民参加でやったそうです。したがって、通常2-3億円かかる邦画業界の数分の一の制作費で完成できたそうです。それでも資金計画の変更や紆余曲折をへて、企画から完成までに6年間を要したそうです。
市民参加型の自主制作で、エキストラ出演・小道具の制作・各種許可手続き等をすべて手弁当の市民参加でやったそうです。したがって、通常2-3億円かかる邦画業界の数分の一の制作費で完成できたそうです。それでも資金計画の変更や紆余曲折をへて、企画から完成までに6年間を要したそうです。
<ふるさとがえり公式HPは、コチラ>
http://hurusatogaeri.com/
~あらすじ~
1990 年、ある夏の日に、亀を助けた四人の少年。2010 年、映画の助監督を辞め、帰郷することになった主人公・勘治。ふるさとを舞台に、二つの時代・物語が交差しながら進行していく。消防団活動に巻き込まれる勘治は、少年時代の仲間たちが「地域の平和」のために生きている姿を目の当たりにする。
一方、少年カンジは、仲間たちと「ふるさとの平和を守る亀の子団」を結成。ただただ遊び呆ける日々の中、夢中で描いた「竜宮伝説」という冒険物語のスケッチブックや、お寺の映画上映会の体験などを通じて、「映画監督」になる夢を抱く。
志半ばとなった「少年時代の夢」、今まで振り返りもしなかった「田舎の現実」。20 年の時を超えて、ふるさとへの愛情と葛藤が交錯していく。
この映画の配給は東宝や東映等といった大手映画配給会社に乗せていません。すなわち、自主上映会で開催し、その開催実績はこれまで日本全国で1090回を超えるそうです。自主上映会とは、地域の団体や組織が、「ふるさとがえり」の上映会を自主的に企画・主催することです。これにより観賞者へメッセージを届け、様々な社会課題を考える場が提供されます。
常に問いかけられているのが、「あなたにとって、ふるさととはなんですか?」ということ。
そもそも、よく行政のお題目等に頻繁に使われる言葉、「豊かな地域社会」とは、一体どのようなものか? その問いに、答えはありません。映画「ふるさとがえり」は、現代の地域社会が抱える、様々な矛盾や葛藤の物語だと思います。その特徴的な例として、映画では消防団の存在意義をとりあげています。市民の生命財産を守る必須の地域活動と捉えるか、もしくは仕事や家庭を(多少)犠牲にしても消防団の訓練・つながり・飲みニケーションを優先されるのか。
「つながりとは何か?」も、各人によってそれぞれ捉え方が微妙に異なるし、各人が人生の中でかなえたいことも、異なる。主人公は、「私たちは、どこで生きるべきなのかでなく、誰と何をしていくのか」と、訴えかけたのが印象的でした。メッセージ性のある映画であるものの、ラストシーンは、思いもかけない大どんでん返しもあり、涙なくしては見れない、映画として非常に完成されたものでした。感動。
「つながりとは何か?」も、各人によってそれぞれ捉え方が微妙に異なるし、各人が人生の中でかなえたいことも、異なる。主人公は、「私たちは、どこで生きるべきなのかでなく、誰と何をしていくのか」と、訴えかけたのが印象的でした。メッセージ性のある映画であるものの、ラストシーンは、思いもかけない大どんでん返しもあり、涙なくしては見れない、映画として非常に完成されたものでした。感動。



























































































