いわき市内の災害公営住宅の建設が進んでいます。市施工分が1,500戸、県施工分が1,500戸 合計3,000戸が新築されます。原則として、5階建鉄筋コンクリートのエレベータ付の、いわゆるマンションです。自宅を失った市内被災者にとっては、非常にありがたい施設であるし、用意した戸数はほぼ入居が決まったようです。基本的に、市施工分は市営住宅、県施工分が県営住宅の取り扱いですので、これまでの市営住宅・県営住宅と異なるのは、以下の点です。
 
・建設コストのほとんどが国負担
・当面の入居要件は、津波等の被災者等
・収入要件がないこと(高額納税者でも、被災者等であれば入居可)
・家賃減免制度があり、通常の市営住宅の水準よりも家賃が安い
・災害復興期間が終了した時点で、通常の市営住宅・県営住宅に組み入れられる
 
<「いわき市作町東団地」 災害公営住宅は、コチラ>
 
災害公営住宅の有用性は100%認めます。ただ、災害公営住宅の建設のポリシーに関して、苦言があります。

・建設地が市内中心部でなく、周辺部に散っていること
災害公営住宅のほとんどが、市の周辺部に建設されています。一定の規模の土地の取得が困難であったという事情はありますが、本来、人が住みやすい中心部に土地を確保し、建物は高層化して、人口密集度を高めるべきでした。そのことにより、人口減少下であっても、人と人との交流が増大し、新たなアイデアが生まれると思います。また医療や公共機関サービスも効果的に受けることができ、社会費用も少なくて済むことから持続可能な社会に近づきます。副次的ではありますが、人口集積が進めば地価も上がり、市の固定資産税収入に寄与します。地価が上がり、家賃も上がれば、高層の賃貸住宅建設も採算があってくるので、住宅供給も進みます。もちろん、自らの意思で周辺部でのんびり暮らしたいという方の自由意思は尊重しますし、それが周辺部の景観に維持等に大きく貢献することは論を待ちません。ただ周辺部のインフラ維持のための行政コストは中心部の6倍を超えるという試算もあります。ここでいいたいのは、公共がやるべき政策は、人々の自由意思を尊重しつつも、長期的・持続可能な視点を持って誘導していくべきではないかということで、震災復興に伴う公共住宅の建設地はその好機であったにもかかわらず、既存のルールに縛られてしまった。

日本創成会議・人口減少問題検討分科会からも提言されていますが、「若者に魅力のある地域拠点都市」に投資と施策を集中することが重要で、 人口減少に即応した「新たな集積構造」の構築が必要とされています。誤解を恐れずに簡単にいえば、「コンパクトな拠点」+「ネットワーク」形成。中心部に近くに住み、いわゆるコンパクトシティを実現することです。しかし市内中心部でなく、周辺部に散ってしまったら、それと真逆の施策です。
 
<日本創生会議の提言は、コチラ>
http://www.policycouncil.jp/pdf/prop03/prop03_digest.pdf
 
数年後に現入居者の何割かは自宅を建設し退去します。いったいその後に誰が周辺部のマンションに住むのでしょうか。周辺部には濃密な人的コミュニティが形成されていることが多く、ここに縁もゆかりもない他の地域の人が入ってきて溶け込むには、非常にハードルが高い。その結果、退去後にかなりの確率で空室が発生します。その後どうなるかというと、長期間空室が埋まらず、人が住まない部屋は老朽化の進行が早まります。マンションは自主管理が基本ですが、エレベータの保守費用等が住民だけで捻出できなくなり、公費で管理費を支出することが求められるでしょう。空室が一定割合を超えるとスラム化するかもしれない。割れ窓理論というのがありますが、ちょっとでもスラム化が進むと、どんどん管理衛生状態が悪くなる。その時点になってから、対策を考えても遅いのです。
 
中山間部からは、地域活性化のために災害公営住宅を誘致したい、なんて声も聞かれます。あまりに短視眼で、我田引水の主張としか思えない。それこそ数年後どころか、すぐにでも空室ができることがわかっていて建設したりすれば、将来世代から税金の無駄遣いをした戦犯、とのそしりを免れないでしょう。 

・デザイン性がなく、シンボル性がない
災害公営住宅は、誰が見てもあまりにつまらないデザインです。作業員や物資が限られ、工期が短いという点を差し置いても、せっかく大震災という1000年に一度の災害イベントに対応した復興事業なので、それに見合うシンボル性が欲しかった。実は、災害公営住宅のデザイン検討中に、災害公営住宅は高層建物とし優れた景観やデザイン等にすべきと申し入れたことがあります。その際には、既存の公営住宅のルールで作るよう国から指導されてしまい、現在の形になってしまいました。今となっては後の祭り。この建物らはつまらないデザインの存在として、将来50年にわたって我々の生活の景観の一部として存在し続けます。

本当に、「こんなのっぺりとしたモノ」が欲しかったのか?
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