被災地スタディツアーで、富岡町出身の藤田大さんの案内で、富岡小学校を訪問しました。

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「富岡は負けん!」のステッカー。歩道橋の横断幕や、いろいろなところで見かけます。ステッカー・タオル・Tシャツ等のグッズもは販売されています。

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藤田大市は、創立90周年を迎える富岡小学校の卒業生。「ドロケー」して遊んだエピソード等を話してもらいました。荒れた校庭には、セイタカアワダチソウが生え始めています。この秋ころには大変な繁殖になるでしょうか。

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校庭の土を削り取って、除染したことがわかります。概ね地表から5cm程度を削ったことが、ここから判明できます。そして「原子力規制庁」の鋲が打たれています。

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本日の最高の空間放射線量は、富岡小学校横の側溝で7.53μSV/時。富岡市内は、0.2-0.6μSV/時程度ですが、側溝等の溜まりやすいところは、放射線量が高い。

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こちらは富岡漁港近くで、津波に流されたパトカーです。この辺の空間放射線量は1.1μSV/時でした。震災時にこのパトカーで避難誘導にあたって2名の警察官が、殉職しました。1名は遺体で発見されたものの、佐藤雄太警部補はいまだ発見出来ていないそうです。この場所は、フレコンバッグ仮置き場予定地で、近々パトカーは撤去され、整地され跡形もなくなってしまうかもしれないとのこと。こういったもの、現物を、「震災遺構」として現場保存し、市内・市外・後世の人達にリアルに見せていくことで、震災を記憶にとどめておくことこそが重要なのではないでしょうか。

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注)写真は、ツアーガイドをしていただいた、藤田大様の許可を得て撮影しております。