「人間力をはぐくむ 東日本国際大学 いわき短期大学の実践」を拝読しました。著者は、東日本国際大学の緑川浩司理事長です。サブタイトルが、人のため、社会のために生きる人間形成をめざす就職率100%達成の教育の原点とは?です。

東日本国際大学・いわき短期大学は、必ずしも入学時の偏差値が高い学校ではありません。しかし野球や柔道などスポーツに積極的に取り組んでいる学生、将来、福祉・介護サービスや幼稚園・保育園の先生の道をめざす学生が集まっています。またボランティア活動にも積極的で、たいら七夕祭りや夏井川灯籠流しのお手伝いや町内清掃等の活動を通じて、人間力を高め、自立の精神を養い巣立っていくそうです。

その建学の精神は、儒学の基本理念である「仁義礼知」の実践です。学問としての儒学でなく、どう実生活に適用するかを、人間らしい生きる姿勢と方法を若者に伝えることをしているそうです。建学の精神は「義を行い以って其の道に達す」。全国でもめずらしく「儒教」科目を必修とされているとのこと。雑駁にいえば、これらを通して、人間力を高め、それぞれが生き延びる力を持つことです。

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そのような建学の精神は、設立の経緯や創立者について知らないと、理解できないかもしれません。現在の姿は、元理事長の田久孝翁によるところが大きいです。1964年に現在地に、学校法人昌平黌(いわき短期大学)を、さまざまなハードルを乗り越え公の力を全く借りずに建設して、理事長となりました。その後1994年に東日本国際大学を開設し、2000年にいわき市発の中高一貫校である、附属昌平中学高等学校を開校させました。

田久孝翁氏については、説明が必要かもしれません。氏は実業界で成功を収めた後、一代で学校法人昌平黌、社会福祉法人昌平黌を立ち上げ経営者です。一方、いわき市議、福島県議を歴任した政治家でもあります。
1966年 東京の昌平高校を運営する学校法人の経営を引き継ぎ、昌平黌短期大学を開学
1972年 いわき短期大学に改称
1995年 東日本国際大学を開学
2000年 東日本国際大学附属昌平中学・高等学校を開学

もっと遡ると、昌平黌のルーツは、幕府の林羅山がかかわった昌平坂学問所です。それが明治になり、開成学校になるわけで、現在、東大進学者でナンバーワンの開成高校は、遠縁?みたいな関係になります。

1903年 東京市神田区淡路町の東京開成中学校内に昌平黌が開設
1923年 関東大震災により、開成中学(後の開成高校)は日暮里道灌山に移転し、開成夜間中学(後の昌平中学)は神田駿河台へ校舎を移転。
1948年 学制改革により、昌平高等学校となる
1964年 北区上中里へ移転 
1966年 いわきに昌平黌短期大学を開学するに伴い、土地建物をすべて売却処分
 
偉大な理事長を5年前に失い(2009年没)、大学にはリーダーがいない、学生も集まらないという時期があったそうです。新たに大学をリードしていくことになった緑川理事長は、東京理科大学出身で、一般企業でシステム設計をやっており、大学経営とは距離を置いていたそうです。しかしいわきに戻り、女子寮の舎監を当初から現在まで務め、まさに「義を行い以って其の道に達す」を大学経営に実践してきたそうです。ここに学生への教えも、大学の経営も儒学・東洋思想という、全国にまれに見る形の大学となったわけです。
 
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私がおもしろい視点だなあと思ったのは、東日本大震災からのいわきの復興活動を、「復興学」として授業に取り入れようとされておられることでした。復興活動に関しては、非常にうまくいった取組みや、携わった方々の熱意等のいわゆる「良い話」はたくさんありますが、一方、うまくいっていない取組みや、活動が空回りしてしまった「悪い話」もあります。前者は多くの方が研究したがりますが、後者こそ、過去の失敗を将来に活かすという点で、より学問的な重要性が高いのではないでしょうか。このような分野こそ、地元の研究者の強みであるフィールドワークを通じて、体系化できれば、いわきの研究機関としてもの存在価値があるのではないかと思います。