常磐湯本の幹線道路沿いに、磐崎坑のコンクリート製の万石(石炭積込所)があります。実はこの道路自体が、石炭の専用軌道の跡です。その専用軌道を走っていた貨車がの建物の下の部分に貨車が停車して、石炭の積込み作業をしていました。ここには、常磐炭鉱磐崎坑、矢乃倉鉱業矢ノ倉岩崎炭鉱、長倉炭鉱新長倉炭鉱等の石炭が集められ、湯本駅へと運ばれていったそうです。
 
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まず上部に石炭を貯め、この逆ピラミッド型の場所から、重力を使って石炭を落として、無蓋貨車に積み込んだのでしょう。万石は、所々鉄筋が露出している所もあり、いつまでこの姿があるのかは分かりません。かつては、市内の内郷町田坑にも万石が存在していたようですが、現在は、市内で現存する唯一の万石だそうです。
 
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昭和19年 出炭開始
昭和21年 ガス爆発。死者15名
昭和22年 ガス爆発。死者12名
昭和31年 自然発火事故。死者14名
昭和37年 中央選炭場を閉鎖
昭和43年 閉山
 
出炭開始から、関東地区のエネルギーを担うという活況を呈した炭鉱も、わずか24年で閉山という激動の時代でした。閉鎖の直接的な要因は、石炭の質が九州地区に劣るということの他、石炭採掘時に1トンの石炭を掘るのに40トンの地下の熱水を排水しないとトンネルが水没してしまうという採掘条件の悪さでした。

その熱水を使って閉山後に、「常磐ハワイアンセンター」(現:スパリゾートハワイアンズ)という温泉リゾートへルスセンターに転換できたわけですから、皮肉といえは皮肉です。逆転の発想で事業構造の転換を図る柔軟な発想と行動力を持った、当時の経営陣に賞賛を惜しみません。先人達の残したこの足跡をどう、現代に活かしていくかが問われています。