人工甘味料トレハロースの開発・製造をする岡山の優良企業、林原(はやしばら)は2011年に経営破綻し、最終的に会社更生法が適用されました。その結果、すべての株主・経営陣から創業者一族が一掃され、翌2012年に、長瀬産業に買収されました。当時から、トレハロースは世界的に独占をしていて、そんなピカピカの花形製品を持つ会社が、どうして会社更生法の適用になったのか、不可思議でした。通常、破綻会社の弁済率は10%程度といわれている会社更生法ですが、その弁済率は93%だったとのこと。資産の早期売却(たたき売り)さえなければ100%弁済も可能であり、それは、短期的に更正などさせず、営業利益から営業債権を回収したほうがより確実ということを意味するので、ますます会社更生法を適用する真意がわかりません。その渦中に専務取締役としての立場だった著者が、その内情を語ってくれています。

<事実>
・過去ずっと粉飾決算を続けてきた(銀行借入金が過少)
・旧商法の法定会計監査を受けていなかった(義務違反)
・債権者に対する弁済率93パーセント(通常の破綻した場合、10%程度)

<林原家の言い分>
・貸借対照表に載っていない有形・無形の資産は多いが、担保価値を見てくれない
・銀行借入金の元利返済は滞りなく行ってきた
・ずっと黒字経営を維持
・一度も借入金の返済遅延していない
・ADRや会社更生法は、会社が望んだことではなく、金融機関主導で進められた
・ADRや会社更生法は、資産のたたき売りになってしまい、資産価値の毀損を招いた
・ADRによる財務調査、金融機関への説明で、内部資料がダダ漏れになり、会社の信用を毀損した
・株式会社林原は、林原家と一体の同族の中小会社であり、大会社と同様のコンプライアンス遵守は困難
・個人保証で家族を追い込み、執拗に家財道具一式を持ち去る手口は、卑怯
・最先端のプロの法律事務所に、ADRという新しい制度を使われて、法律上の無知なことにつけ込まれ、手も足も出せずにいいようにやられてしまい、対抗することができなかった
・マスコミの一方的な記事によって、信用不安が増幅された
・経営陣は借入金返済のために、任意で個人資産の提供を行った

<銀行の言い分>
・過去ずっと粉飾決算をし、銀行を欺いてきた
・借入金の保全を図るのは、金融機関として当然
・株式会社林原が、林原家と一体の同族会社なら、個人保証をとるのは当然
・法律の手順に従って、最善の回収方法を模索しただけ

_SS500_

著者は独り言とした上で、以下、恨みを語っています。
「これからは、日本のベンチャーや中小企業は決して銀行融資を当てにしてはならない。日本では完成された大企業でないと、十分な融資を受けることが難しいからだ。今後はなお一層、銀行融資の回収が避けられなくなるだろうし、下落を続ける土地と上場株式にしか担保価値を見てもらえない。おまけに経営者は連帯保証からも逃れることができなくなる。こんな時代にやれるのは、この国を離れるか、思い切って会社を閉めるか、あるいは死にものぐるいで別の新たな資金確保の方策を見いだすことだ。だがそれなとてつもなく難しい。」

図らずも、プライスウォーターハウスクーパースが、悪徳弁護士と結託する一味として書かれているのが心外ではありますが、確かに財務調査や資産売却に関する業務で報酬を得ているわけで、破綻側の立場では、資産を毀損させた、またはたたき売った当事者ということになります。

では結論として、いったい林原を巡る騒動とは何だったでしょうか。黒字会社が突然経営破綻し、経営陣は全て役職を退任させられ、私財を提供させられました。ADR・会社更正法申請を進めた銀行は、借入金をすべて回収し、一般の債権者もほとんどの債権を回収できましたが、本当にそんなことがやりたかったのでしょうか。創業家の認識の甘さ(会計や法的な知識)や落ち度(粉飾決算や銀行への虚偽報告)は重いものの、刑法を犯したわけでも、ビジネスで誰に迷惑をかけたわけでもないのに、法令遵守の名のもとに、一方的に会社を畳ませられるというのは、釈然としないものがあります。合成の誤謬という言葉がありますが、それぞれの会社がそれぞれにとって合理的なロジックで行動してしまうと、全体最適(全体の利益)を達成できないということです。林原のケースはまさにそれにあたると思います。