国や自治体が補助金を出す「商店街再生事業」が全国で行われています。しかし、その多くは「消費者のためではなく、商店街のための事業になっている」と本書は指摘しています。「販売者が売りたいもの」から「顧客目線、顧客がしたいコト」への転換なしに、地域再生の名のもとに取り組む商店主と自治体への痛烈な批判が展開されます。はじめにの章を引用します。

商店街が衰退した理由として、よくいわれる「大型店等に客を奪われた」論は幻想です。真実は、商店街が地域密着の努力を怠った結果「地元客は自らのニーズに応えてくれるくれる大型店を選んだ」のです。
私たちは、なぜ誰に「大型店等に客を奪われた」幻想を刷り込まれたのでしょうか?
商店街が衰退する本質は、公務員など商店街支援者と商店主の多くに、意欲と能力が欠けていることにあります。自分たちの能力と意欲の低さを隠蔽するため、大型店を悪い強者に仕立て上げて、商店街は大型店に顧客を奪われたかわいそうな弱者だから、救済すべきという幻想を生み出したのです。
かわいそうな弱者と悪い強者に二分する幻想が既成事実になると、弱者救済は正義と化します。その結果、弱者に能力と意欲に欠ける、とは誰も指摘できなくなり、弱者救済策は無駄なものまで正当化される罠に陥り、この罠は3つの弊害をもたらします。

1. 失敗(商店街が衰退)した理由が正しく認識されていないので、不適切な解決(再生)策が導かれて、いつまでたっても効果が出ない
2. 公務員は、間違った商店街の救済策に、多額の補助金(税金)を投入し続ける
3. 商店街は、自立する意欲と能力を失い、補助金への依存度が高まる
 
小売りサービス業に最も必要な能力は、消費者ニーズに気づく力、消費者ニーズに対応する力です。公務員と商店主は、この能力が驚くほど欠如しています。正確にいえば、この能力がないというよりは、消費者のことには関心がなくて、関心ごとは役所の予算獲得・消化、自店の利益獲得にしかないのです。商店街を含む小売りサービス事業者の存在意義は、消費者にとっての生活インフラに集約されます。公務員と商店主から悪者に仕立て上げられた大型店やコンビニ等は、実は消費者ニーズにしっかりと応えています。
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著者の前の著書「地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?」と主張は同様ですが、批判はさらに手厳しいです。商店街再生策は導入時と成功事例だけが喧伝される一方で、その裏に山ほどある失敗が見過ごされています。心に響いたのは、商店主と公務員という、商店街の利用者側に立たない人間が、商店街再生を主導していることです。公務員は街に出ないのに、机上のデータで消費者不在の「再生策」を立案しているわけです。レトロな商店街、キャラクター商店街、B級グルメ商店街という例で問題点や、税金で街を整備したら風俗が急増した太田市など、再生策の失敗事例が豊富に紹介・分析されています。

それらを踏まえて、「再生策は利用者が創る」というコンセプトの下、3つの戦略が提案されています。一つ目は、商店街の再生は顧客を増やすことが基本で、人のつながり、コミュニティを生かした顧客づくりを進める協働経営、2つ目は、地域経済の循環率を高める第一次産業との共生、3つ目が趣味を媒介にした地域コミュニティを育成することを挙げています。これらは、かなり現実的かつ具体的なアプローチだと思います。ただ、その手法として「意欲のある店がほかの店を巻き込む形で」とさらっと書かれていますが、商店街の置かれた状況によっては、もはや街単位で無理に再生させる価値があるのかどうか、議論が分かれそうです。