2013年本屋大賞を受賞した、「海賊と呼ばれた男」の著者、百田直樹氏のデビュー作です。文庫本で200万部を突破しているロングセラーらしく、2013年12月より、全国東宝系にて映画が公開予定だそうです。「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら特攻隊に志願し命を落としたのか。終戦から60年目の夏、主人公の健太郎は死んだ祖父(祖母の最初の夫)の生涯を調べていきます。パイロットとしては優秀、天才だが、臆病者と呼ばれた男。想像と違う人物像に戸惑いつつも、何故助かるであろう一縷の糸をあえて断ち切ったのか、謎が浮かんできます。

<海賊と呼ばれた男については、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/27665170.html
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絶対に生きて帰ると言い続けた主人公が、なぜか最後は特攻で死んでしまう、ベースはそういう話です。戦後60年過ぎた今、宮部久蔵を知る生き残りの元兵士たちの口を通して、それぞれの人の目に写った通りに語られていきます。じわりじわりと浮き上がってくる人物像。しかし、絶対に生きて帰ると言い続けた主人公が、なぜ特攻で死ぬことになったのか、わかるようでなかなかわからない。最終章になって全容がわかるという、小説らしい小説となっています。

宮部久蔵の直接のモデルはいないらしく、百田氏の創作のようです。零戦のエースパイロット、特に海軍の台南航空隊、ラバウル、ラエ基地で活躍した、岩本徹三・笹井醇一・坂井三郎・西沢広義らについて詳しく調べて書かれており、彼らにも一目置かれる、水兵から操練上がりのパイロットとして描かれています。私も坂井三郎著の大空のサムライシリーズは目を通していますが、それらと記述内容はほぼ一致しています。

家族愛と郷土愛という基本テーマはもちろんですが、興味深かったのは著者が傍論でいくつかの主張をしている点です。
・マスコミへの言及
ペンは剣よりも強し、と豪語しながら、ペンの暴力については不問にし続ける卑怯極まりないジャーナリズムについて警鐘を鳴らしています。これについて武田という特攻要員(特攻隊員ではなく)に語らせています。長くなりますが、引用します。

いわく、「戦争を引き起こしたのは、新聞社である。日露戦争が終わりポーツマス講和会議の講和条件をめぐって、多くの新聞社が怒りを表明した。こんな講和条件が呑めるかと、紙面を使って論陣を張った。国民の多くは新聞社に煽られ、全国各地で政府暴動が起こった。日比谷公会堂が焼き討ちされ、講和条約を結んだ小村寿太郎も国民的な批判を浴びた。反戦を主張したのは徳富蘇峰の国民新聞くらいで、その国民新聞も焼き討ちされた。この一連の事件こそが日本の分水嶺である。

この事件以降、国民の多くが戦争賛美へと進んでいった。そして起こったのが5.15事件、侵略路線を収縮し、軍縮に向いつつある時の政府首脳を、軍部の青年将校達が殺したのだ。話せば分るという首相を問答無用で撃ち殺したのだ。これが軍事クーデターでなくて何だ。ところが多くの新聞社は彼らを英雄と称え、彼らの減刑を主張した。新聞社に煽られて、減刑嘆願運動は国民運動になり、裁判所に7万を超える嘆願書が寄せられた。その世論に引きづられるように、首謀者達には非常に軽い刑が下された。この異常な減刑が後の2.26事件を引き起こしたと言われている。現代においてもまだ2.26事件の首謀者は「心情において美しく、国を思う心に篤い憂国の士」と捉えられている向きがある。

これ以降、軍部の突出に刃向かえる者はいなくなった。政治家もジャーナリストもすべてがだ。この後、日本は軍国主義一色になり、これはいけないと気づいたときには、すでに遅かった。しかし軍部をこのような化け物にしたのは、新聞社であり、それに煽られた国民だったのだ。

戦後多くの新聞が、国民に愛国心を捨てさせるような論陣を張った。まるで国を愛することは罪であるかのように。一見、戦前と逆のことを行っているように見えるが、自らを正義と信じ、愚かな国民に教えてやろうという姿勢は、まったく同じだ。その結果はどうだ。今日、この国ほど、自らの国を軽蔑し、近隣諸国におもねる売国的な政治課や文化人を生み出した国はない。

戦前、新聞は大本営発表をそのまま流し、毎日、戦意高揚記事を書きまくった。戦後、日本をアメリカのGHQが支配すると、今度はGHQの命じるままに、民主主義万歳の記事を書きまくり、戦前の日本がいかに愚かな国であったかを書きまくった。まるで国民全部が無知蒙昧だったという書き方だった。自分こそが正義を信じ、民衆を見下す態度は吐き気がする。」 

新聞社を「夜郎自大」と断じる、元海軍中尉武田貴則の言葉には、一理あると思います。

・失敗の責任をきちんと追及しない、組織内の幹部を守る体質
ノモンハン事件・ガダルカナル等でばかげた作戦を立案した辻政信、インパール作戦で3万人もの兵士を餓死させた牟田口中将、ミッドウェー海戦で大きな判断ミスをした南雲中将、いずれもが組織内部から責任追及されませんでした。また米国への宣戦布告電報の提出遅れについて、駐米大使館の官僚は責任を問われていません。まさに名著「失敗の本質」で語られていることが、著書の中にちりばめられています。

<失敗の本質については、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/20737667.html

戦争に関連する映画はあまり好きではありませんが、上記マスコミ批判に関するシーン、幹部が組織内の幹部を守る体質について語るシーンは、どのように映画で撮影されるのか、見てみたいと思っています。