1,000兆円を超える借金を抱える日本。財政破綻が現実のことになってもおかしくない世の中で、市井の人たちはどんなことをすればいいのか。「最悪の状況下で、最善の対策を打つ。」というコンセプトのもとに作られた、個人向け資産防衛マニュアルです。言い換えれば、日本が国家破産、あるいは、債務危機に直面するかどうかについてではなく、日本に居住を構える日本の生活者として、「もしも」、日本が国家破産、あるいは、債務危機に直面した場合に、どのような金融商品を活用してどうやって金融資産を守る対処をして自分の資産を守ればいいのかということに対しての、橘玲さんによる処方箋の提案です。

橘玲さんの著書として、「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方」や「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」が有名ですが、私は、10年前くらいに書かれた金融小説、「マネーロンダリング」 の大ファンです。先端的な金融知識はあまり公開されていなかった当時、金融知識・技術を惜しみなく駆使して、制度の不備や盲点を突いたこの小説は、あっと言わせたものでした。橘玲さんは、マスコミに一切登場しないことでも有名で、その点も私が好きなところです。

個人的には、米国で日本国債ベアETF(レバレッジ2倍のJGBS、レバレッジ3倍のJGBD)が上場しているとは知らなかったので、非常に参考になりました。その他の金融商品が多岐にわたって紹介がされています。ローンは変動ではなく固定にすべき、外貨預金、国債ベアファンド、日本国債ベアETF、物価連動国債、FX、日経平均先物・オプション、株の信用売り、という様々な投資アイデアが提供されています。 
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現在進行中のアベノミクスについての将来を、3つシナリオに分析しています。アベノミクスが奏功するかいなかは経済学者の間でも意見が分かれており(私は肯定派です)、正直将来を誰も断言できる人はいません。よっていくつかの考え得るシナリオを想定し、それにしたがって行動を決めるというのは経営の世界で一般的に行われています(いわゆるデシジョンツリー分析です)。
1.楽観シナリオ アベノミクスが成功して高度経済成長が再び始まる(安倍首相はこれを目指すと宣言)
2.悲観シナリオ 金融緩和は効果がなく、円高によるデフレ不況がこれからも続く
3.破滅シナリオ 国債の暴落(金利の急騰)と高インフレで財政は破綻し、大規模な金融危機が起きて日本経済は大混乱に陥る

1.2のシナリオは、いいか悪いかはともかく、受入可能なものでしょう。困るのは3の「破滅シナリオ」が現実のものになったとする場合です。ただし、ある日朝起きたら日本が世界が変わっていたということはなく、「高金利・円安・高インフレ」が次のようなプロセスで進行する可能性が高い、との予測です。これは(他の本と異なって)過大に危機を煽ったり扇動したりするのではなく、冷静かつ淡々とした分析です。
第1ステージ 国債価格が下落して金利が上昇する
第2ステージ 円安とインフレが進行し、国家債務の膨張が止まらなくなる
最終ステージ(国家破産) 日本政府が国債のデフォルトを宣告し、IMFの管理下に入る

興味深い点は、1.楽観シナリオ、2.悲観シナリオの全期間と3.破滅シナリオ第1ステージは「普通預金が最強」とのことです。破滅シナリオを想定する場合であっても(円の価値が暴落しても)円預金で十分な流動性を用意しておくべきという観点は非常にユニークな発想です。

参考までに、第二ステージに入れば、以下の三つの対策を講じるべしと説かれています。
●日本国債ベアETF(日本国債が下がるほど、利益が生まれる)
●外貨預金
●物価連動国債ファンド(インフレになるほど、国債価格が上がる)

破滅ステージ(「預金封鎖」「新円切り替え」などが起こる)では、以下の対策を挙げています。
●日本国債ベアETF(日本国債が下がるほど、利益が生まれる)
●海外銀行の外貨預金(日本の銀行を使わない)
 
一般的にいえることは、将来的な危機への懸念の可能性を考慮するならば、中長期的な観点では、なるべく流動性のある資産を持っておくこと、個人のバランスシートの左側は固定しない、右側は金利を固定しておくことでしょう。ただこれも10年前から言われていることであって、当時20年間の借入金を変動から固定へスイッチした人が、(結果だけ見れば)変動金利は10年間低下を続け、変動金利のまま何もしなかった人が得をしたという事実もありますから、金融投資の世界は一寸先は闇、「なぜ投資のプロはサルに負けるのか?」のとおり、ランダムウォーク理論そのものです。結局、本書で紹介されているような対処法については事前に知っておき、いざという時には動ける準備をしておくこと、自分なりの心の準備を持っておき、その際にマスコミや世の中の扇動に惑わされないように行動することを事前に決めておく、というのが現段階で必要な心構えなのかもしれません。

あえていうなら破滅シナリオが起きてしまったらどうするかよりも、破滅シナリオが起きる兆候をどう読み、動くタイミングをどう判断するかでしょう。もっとも、決して誰かがそのタイミングで教えてくれるものではなく、一番難しいことでもあります。ただ言えるのは、日本の危機の可能性を察知するという点で、日本人は言語も含めてさまざまな情報面で他の国の投資家に比べて、圧倒的に有利です。破滅シナリオが実現するかどうかは個人レベルではどうにもならないので、(現実に起きてしまったときには、良いも悪いもなく受入れるしかないので)、その時は、対処行動のタイミングを含めて自助の精神でいくしかないと思います。
 
たとえ、財政破綻の道を歩もうとも、経済活動には一定程度の粘性があるので、一夜にして日本円が紙くずになるということはありません。悪化していく経済状況をその都度鑑みて対策を講じればいいのであって、最近、国家破綻を売り口上に商品を勧めてくる自称エコノミストや金融マンの口車に乗ってはいけません。「金融機関が熱心に勧めてくる商品は、すべて無視する」ことが何よりの「資産防衛術」なのです(これが本書の肝)。