「旅打ち」というのは、日本各地で開催される競輪・競馬・競艇・オートレースに現地で参加するため、旅して歩くことをいうそうです。戦前は、場外制度がなく通信も不十分だったため、勝馬券を購入するためには、現地競馬場へ行かねばならなかったこと、そして1単位100円でなく、その数十倍も高額の購入単価だったため、庶民の娯楽と言うより、よりバクチ性の高いものだったことを初めて知りました。著者は100近くある日本の公営競技場を全て踏破し、競輪・競馬・競艇・オートレース、いずれにも偏らず、また競馬界、賭け事反対市民いずれの立場にも偏らない立場で書いていることに好感が持てます。掛け値なしにギャンブル文化を愛している著者です。
前半は,公営ギャンブルの歴史、旅打ちの歴史、後半は、各公営競技場の持つ観光性の紹介等になっていて、飽きずに一気に読み切りました。
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「廃場訪問」「競技場グルメ」など旅打ちスタイルの分析や、地方色がよく出ている競技場の訪問記は、多くが昭和っぽさが残る「場(ば、と読みます)」の紹介となっており、楽しく読めました。「泡(ビール)」「米(日本酒)」等の隠語を使って禁制品の販売をしていた、など各章末のコラムは非常に面白いです。「穴(販売口)」 の隠語も、そのまんまです。

著者が曰く、旅打ちの意義は、究極を言えば「その地の人間になりきる」ことだそうで、そこにはバクチを打つだけではなく、酒を酌み交わしたり、美味しいモノを食べたり、、、競輪場から最寄り駅までのオケラ街道の飲み屋や歓楽街のヒントとなりそうです。
 
公営ギャンブルは次々と廃止傾向にありますが、著者は昭和のノスタルジーという魅力をキーに少しでも売上回復を目指せるのではないか、という提言をしています。一般的には、老朽化した施設ほど売上・収益率が悪いというデータがあります。その一方、最新の設備を備えた戸田競艇場も、グレードの低いレースは、立派な観客席が閑散としているそうです。特にボートレースは、ボートピアという場外が各地に出てきており、本場に行くだけの魅力が薄れてきてしまっているのかもしれません。ニッチなマーケットで良いのであれば、B級グルメ・昭和ノスタルジー、場内外の景色、非日常性の雰囲気等をキーにするのもありかもしれません。暗い・汚いの昭和の施設を建替え、近代化するだけが売上改善のツールではないという気づきを与えてくれました。