「漢江の奇跡」「グローバル化に成功したサムスンに学べ!」を主張される方も多い中、これを完膚なきまで論破している本です。前著「完全にヤバイ!韓国経済」の続編ですが、三橋氏得意の一次データを独自加工した分析は、説得力があります。内容としては、ウォン安政策で極まる歪んだ輸出依存体質、失敗続きの国家プロジェクト、国を捨てて海外逃亡する愛国者、韓国の文化はパクリとコピーだらけ等、小気味よくばっさばっさ切り捨てています。
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私は、韓国経済というかサムスン、現代、ポスコ等の財閥の、ウォン安を利用した輸出ドライブをかけたグローバル化は認めつつも、逆にウォン安により庶民生活は大変だろうと予測していたのですが、それを実証していただけました。

その代表例が、サムスンの収益構造分析です。売上ベースでは、海外と韓国国内との割合は、それぞれ78%、22%となっています。それに対して、営業利益べースでは、海外と韓国国内との割合は、逆転しそれぞれ13%、87%となっています。驚愕の結果ですよ、これ。この数字の意味するところは、サムスンが韓国国内市場を独占することで、高価格で製品を自国民に売り大きな利益を得た上で、市場規模が大きい海外へは薄利多売し、マーケットシェアだけを追求しているわけです。確かに、利益最大化のための国内独占企業の戦略としては、教科書的に正しいです。また生産原価低減の法則を生かし、低廉な追加コストで大量生産すれば、圧倒的に安い価格で売ることも可能です。経営学のお手本です。私見ですが、複数のMBAホルダーが経営戦略に参画していると見ています。

しかし、国を代表する企業がとるべき行動としては、批判されるべきでしょう。自国民から利益を搾取して儲け、海外でマーケットシェアをとり、世界一になったからといって何が残るでしょうか。株式会社なので、利益を最大化し投資家に報いるのは当然ですが、その投資家自体、韓国国内にいないわけです(サムスンの株主の過半は、海外投資家)。稼得利益はめぐりめぐって海外投資家に還元され、国内に残らないわけです。
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こうなった遠因は、1997年からのIMF管理による財閥の巨大化にあるわけですが、韓国国内市場が小さく、株主資本主義によるグローバル市場での競争(同品質をより安くしかし、従業員の給与水準は下がる)に突き進み、輸出入依存度がそれぞれ50%、47%と非常に歪んだ状況にあります。ちなみに日本の輸出入依存度は、それぞれ13%、14%です。EUに組み込まれ、陸続きで輸出入できるドイツの輸出依存度でさえ、34%です。極端な政策による輸出依存体質は、政策による修正が効かなく、為替のふれ如何によっては経済全体が左右される、非常に危うい状態です。

オバマ大統領は、「米韓FTAでアメリカの雇用が7万人増える」と宣言したそうです。その意味は韓国から7万人の雇用を奪うということです。ある意味、経済植民地といっても過言ではないかもしれません。日本は韓国の轍を踏むことなくグローバル市場でなく、恩恵が国民全体に行きわたる内需拡大による企業成長によりデフレを脱却すべきであるというのが著者の見解です。私も同意見です。私は会計士として日本企業の海外進出のサポートをするためにシンガポールに3年間駐在し、オープンマーケット下でどれほど消費者がメリットを享受できるかを全面的に体感しました。一方、自国マーケットを持たない自国産業の脆弱性も見てきました。企業の海外進出、海外への販路拡大を目指すのはいいが、自国を顧みず自国のマーケットを枯らしていくのは、自国産業の破滅の道です。

ちなみに著者はTPP反対派です。なぜなら、日本はそもそも国際交渉が不得手であるので、国際機関に提訴し開国を求めるTPPの趣旨に合わないからです。したがって、相手国に法的に経済開国させる仕組みであるTPPを利用する具体的なメリットが少なく、逆に将来的なリスクが目立つからです。メリットはともかく、この将来的なリスクに注目したいです。日本の国内市場は成熟しているといわれますが、裕福な(一人あたりのGDPが3万ドル)国民が1億人もいて、かつ老人を中心として貯蓄世帯を持つ市場は、世界中でどこにもありません。相手国から見たら、垂涎の潜在市場です。これをみすみすノーガードで明渡すツールのひとつがTPPです。

例えば軽自動車規格。これはダイハツ、スズキ等が国内市場を寡占していますが(外国に存在しない日本独自の税制なので当たり前)、これもTPPのISD条項等で、国内税制度が国際賠償訴訟の対象になる可能性があります。同様に独自の発展を遂げた医療制度や、法律制度、会計制度等のサービス業も同様で、海外投資家にとって参入障壁、不利な市場と見なされた場合、国際賠償訴訟の対象になる可能性があります。それを受け付けるのは、、世界銀行の傘下にある国際投資紛争解決センターです。ちなみに世界銀行は、アメリカ合衆国ワシントンDCにあり、日本人が過去に総裁の職についたことはありません。繰り返しますが、日本の第1次産業、第2次産業、第3次産業それぞれのマーケットを明渡すツールがTPPです。国会答弁でもあったとおり、国際間の条約(TPPもこれです)は、国内法に優先します。いくら日本独自の税制や法律を作っても、TPP違反のものは無効にされるおそれがあります。

どうもTPP推進派の方は、「TPP交渉に参加しなければ乗り遅れる」、「グローバル化に逆行する」「自由貿易であるべきだ」「縮小していく国内市場には限界が来るから、海外に販路拡大すべきだ」等の、ムードに流された主張が多いような気がします。TPP加盟によって、どの国に何をどれだけ売ろうとしているのか、まず試算すべきです。これが上記のようなリスクを上回るようなら、ぜひ前向きに進めるべきでしょう。また米国USTRに対抗できるようなロビー活動や提訴活動の役割を通産省が担うか、新たに別の組織が必要か、同時並行で作業すべきです。

すでに日本は十分、自由貿易の国として国際的に認知されています。国際社会の要請は受入れますが、慌てる必要はありません。幕末の日米修好通商条約を締結したときの、開国ありきのムードに酷似してきていると感じるのは私だけでしょうか。その条約改正にどれだけ労力を費やしたか、日本史は教えてくれます。 TPPの実務的な内容、米韓FTAのおける韓国の現状、NAFTAにおけるメキシコの現状を把握せず、言葉の語感や世論のムードだけで、TPP賛成・反対を論じるのは、とても恥ずかしいことです。我々自ら選挙で代表を選び、国の舵取りをお任せしていますし、外交は政府の専決事項です。政府しか知り得ない情報もあるので、政府の総合的な英断を期待しています。