吉田みきと ほぼ毎日ブログ

「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。」 吉田松陰・高杉晋作語録   「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない。」 西郷隆盛・山岡鉄舟語録

2016年05月

いわきドラッカー読書会

第三回いわきドラッカー読書会。名著 経営者の条件を教科書として、八谷俊雄氏をファシリテーターとしてドラッカーのエッセンスを共に学ばせていただいています。今日のテーマは、どのような貢献ができるか。

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ドラッカーは、経営の神様ですし、難しいイメージがあります。しかし読み解いてみると、結構なるほどということが満載されています。日頃の仕事・日常の問題解決にドラッカーさんの本が役立つのは間違いなし。それをみんなで考えようという集いです。
 
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次回開催は6/18(土)15:00、一緒に学んでいきましょう!

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牛久市カッパ塾 放課後学習支援

茨城県牛久市が、直営でとりくんでいる、放課後学習支援を視察しました。牛久市の放課後の学び場事業「うしく放課後カッパ塾」は、既存の学童クラブの枠組みから一歩踏み出して、放課後の児童の居場所を、全家庭向けに提供しています。

茨城県牛久市では、市内全小学校で、保育に欠けるかどうかを問わず4年生~6年生の全児童を対象に平日の放課後に開設しています。基礎学力の向上や、学習習慣の定着を図るための児童の自主学習を支援しています。活動時間は、火~金曜日のうち週2日16:00~17:30で、学習指導員が、児童生徒が勉強したい教材・学習プリント等を使用し、学習内容・方法等の指導助言をするというものです。

<平成27年9月議会の一般質問で取り上げました>
http://www.mikito.biz/archives/45362006.html
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こどもたちは宿題や自分たちで用意した課題に向かって学びあったり、一人で取り組んだり、自分たちのペースで学習していました。今回視察したのは、「ひたち野うしく小」というマンモス校でした。週2日開催されていますが、参加する割合は全児童数に対して、約15%程度だそうです。この学校でも対象生徒が500人くらいで、カッパ塾に参加している人数は、2教室70数名でした。小4の参加率は高く、高学年になるにしたがって、自分でできることが増え、また部活や、通塾等のさまざまな理由により、カッパ塾を卒業していくのだそうです。

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放課後カッパ塾の目的は、学習習慣を身につけさせることと、基礎学力の補完・向上です。先生が全員に何かひとつのことを教えるのでなく、児童自らが力をつけたい教科・教材を選び、自習する。それを学習支援員がサポートするというスタイル。思っていたより、自習はさわさわとした小声が聞こえます。これはお互いに教え合ったりしているし、積極的な質問を推奨しているためです。学習支援員のバックグラウンドは、元教師だけでなく、サラリーマンや研究者、大学生等、さまざまですが、共通なことは、地元在住者ということです。また、一年経験した方は、翌年も学習支援員を希望する方がほとんどとのこと。報酬は2.5時間で3000円と決して高いものではありませんが、地域の子どもたちを育てるという生きがい、そして複数年を経験すると、地域との密着度がやりがいを育むようです。

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この小学校では土曜日も土曜カッパ塾をやっていて、英語教室や牛久郷土かるたを使っての郷土の歴史教室を開催しているそうです。学校警備の課題や、管理責任等のハードルがあることは想像に難くありません。しかし、それを突破してでもこどもの学力向上に取り組もうという意欲を感じました。

聞けば、教育委員会内に「放課後対策課」という、放課後児童クラブと、牛久カッパ塾を担当する独立部署を作り、専任でこどもの放課後の過ごし方を考える部署が設置されているそうです。そして、特筆すべきが、放課後児童クラブと、牛久カッパ塾をそれぞれ、牛久市が直営で運営していることです。直営でやることにより、その成果と責任が、すべて市が負うことになります。このインセンティブは大きいし、学校施設を利用するにも、教育委員会内で、すべてが完結するため、行動がはやくなります。

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参加者からは、「友達と一緒に取り組むことで楽しさや達成感が味わえる」「自分のやりたい学習ができ、宿題や自主学習がはかどる」「わからない問題を教えてもらえるので、解くことができてよかった」等の声が寄せられています。また保護者からは、週2日子どもの世話から解放される時間が作れたことで、心に余裕を持ってこどもに接することができるようになったとの声が寄せられております。そうしたことから放課後カッパ塾は、参加希望者が1毎年増加しているそうです。こうした取組みの結果として、牛久市では近隣の市町村からの移住が増加し、14才以下の定住人口は平成17年から右肩上がりとなっています。国が進めている地方創生に基づき、いわき市でも総合戦略を策定しましたが、そのキモは人口ピラミッドの低年齢層を広げることであります。そのために小中学校の児童・生徒を持つ保護者を呼び込むことが必要です。

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注)上記写真は、牛久市教育委員会様の許可を得て撮影しております。
 

ふくしま緑の百景歩こう会 石炭(すみ)の道12kmを踏破

第28回ふくしま緑の百景歩こう会で、石炭(すみ)の道12kmを踏破しました。この会は、ふくしま緑の百景に選ばれている国宝白水阿弥陀堂を中心に常磐炭田の石炭発祥の地を歩くものです。ふくしま緑の百景は昭和60年にふるさとの森や樹の大切さを見直し、その美しさを守り育てることを目的として選定されています。いわき市では鹿又川渓谷と背戸峨廊や芝山自然公園などが選ばれており、国宝白水阿弥陀堂もその一つです。これまで福島県内で27回開催されてきましたが、いわき市では初開催です。

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内郷の天上田公園をスタートし、サイクリングロードを通り、内郷駅の跨線橋を渡ります。実際に徒歩で、架橋を渡ったのは初めてでした。通過するひたちを上から眺めるのは気持ちがいい。

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参加者には記念バッチが配布されるのですが、毎回欠かさずに参加されている猛者を発見。このバックにつけている10個のバッチは、保有バッチの半分にも満たないそう。こういう健脚な徒歩マニアのウォンツにも応えるイベントでした。

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チェックポイントで証明スタンプを押してもらいます。ゴール地点での抽選会資格となります。

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白水阿弥陀堂の前の芝生で、休憩。無料で、豚汁支給がありました。日中、30度近くまで気温が上がり、水分と塩分が失われていたので、この豚汁はありがたかった。

<白水阿弥陀堂は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/47518702.html
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すみの道を通って、みろく沢炭鉱資料館にお邪魔しました。渡邊為雄館長が出迎えて下さり、定例のトロッコ運転と、石炭燃やしをやっていただけました。

<みろく沢炭鉱資料館は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/23082277.html
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福島県×リアル宝探し コードF-6 タカーラ島の勘のいい島民の称号

福島県×リアル宝探し 「コードF-6」が開催中です。福島県の企画なのですが、いわき市内ではあまりに認知度が低い企画なので、ほとんど話題に上っていないのが現状です。実はこのコードF-6は、過年度からの毎年の継続で実施されている企画です。以前はF-2~F-5として実施されていました。

要は、簡単ななぞなぞとスタンプラリーとのコンビネーション。宝箱(問題文のあるところ)を探し、暗号を読解し、最終的な宝箱を探すというフィールドゲームです。この企画は、民間のタカラッシュ!さんが開発したもののようで、全国の自治体等で実施されています。私も過去に東京で参加しましたが、とても楽しく終えることができ、地域のことをより深く知ることができたことを記憶しています。

背景・シナリオ・世界観はこんな感じ。特務機関レッドカウ。日本中に眠る未解明の秘宝・財宝などを調査、回収するために組織された国家直属の超法規的機関である。福島県の各地で解読不能な暗号で構成された地図が発見されるという事例が複数報告されていた。福島県からの依頼により調査を開始した我々は、この地図を「コードF」と名付け、福島県全域のから“宝”を見つけ出すのだ。

<福島県×リアル宝探し コードF-5は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/44530344.html
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ヒントをもらいつつ謎を解くと、宝箱のありかがわかるという仕組み。そして宝箱を見つけて、開けてみると・・・あっ、秘密です。

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宝箱の謎を解いて、ゴール地点にいくと、「宝物Collection」というカードがもらえます。これが現物のカード。何十種類(何百種類)も違うカードが、レベルによって用意されていて、それを集めて遊ぶわけです。

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このカード、単に現物カードを集めるだけではありません。カードに記載されているバーコードを読み取ると、ネット上での宝物アイテムコレクションが楽しめるんです。私はこのカードを手に入れたことにより、ネット上に、「ツツジの巻物」「ハンターポイント10pt」「Coin 20」をゲットしたことになります。これらアイテムを集めたり交換することで、さらなる遊びにつながるらしい(未確認)。

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さらには、称号まで与えられるらしい。現在の私のランクは「タカーラ島の勘のいい島民」だそうです。もっとレベルアップすれば、島民から、村長、騎士、王様等にランクアップするのでしょうか。

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さらには、ネット上に登録している人同士で、コイン数やハンターポイントのランキングも、リアルタイムでわかるようです。なかなかよく考えられていると感心する一方、これにはまってしまって、莫大な時間をネットゲームに費やしてしまいそうで怖い。

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大川魚店 泉店を出店

大川魚店は、いわき四倉が本店ですが、泉店を極楽湯の隣に新規出店しています。お魚を一尾購入すれば、その場でさばいてくれます。なんといってもイイのが、清潔なオープンキッチンでお客様の目の前で捌きを見てもらえること。パック詰めの単なる商品でなく、思いの入った食材へ。

<大川魚店本店は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/38756881.html 
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四倉本店も広いですが、こちらも負けずに広い。天井高があるので、さらに広がりを感じます。大川魚店の特徴は、新鮮な魚介類の販売にとどまらず、自家製商品を広く手がけていることです。手前にも「自家製うにみそ」が並んでいました。

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千葉県沖と水揚げされた初がつお。これから黒潮に乗って北上してきますので、もうちょっとでいわきでも初がつおが水揚げされるシーズンです。

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ウニやあわびも、いわき沖で試験操業が始まっています。(事故直後を除き)これまで放射線量は検出されていませんし、これからも定期的にチェックは続きます。早く、本格操業に戻って欲しい。

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来店者は、近隣の住民のみならず、極楽湯に来たお客が立ち寄ったりしているそうです。風呂上がりに、魚をさばいてもらって、それを肴に一杯飲む、なんて最高ではないか。

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イオンモールつくば イオンの中規模店舗

イオンモールつくば、を見てきました。2013年3月に開業した、ショッピングセンターです。つくばというよりも、牛久に近いです。キーテナントであるイオンつくば店のほか、H&M, OLD NAVY, Right on等ほか約200の専門店が出店しています。無料駐車場は4000台!敷地面積約20万m²、延床面積約10万㎡、商業施設総賃貸面積 約6.4万m²で、イオンモールとしては中規模店に分類されるのでしょうか。ちなみにイオンで一番大きいのは越谷市のイオンレイクタウンで、敷地面積34万㎡、延床面積39万㎡、総賃貸面積18万㎡、駐車台数11,000台、専門店数714とのこと。
 
<イオンモール京都は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/26044337.html 
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開業後3年ですが、まだまだ新装感があります。これだけ天井が高いスーパーは気持ちが良いけれど、空調費はどうなんでしょう?

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中央のメイン通路に置かれたソファの質感が凄くイイ。おそらく1台で6桁の金額はいく代物でしょう。

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蔦屋書店を彷彿とさせる本屋がテナントとして入居していました。

<代官山TSUTAYAは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/38427913.html
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4階までの吹き抜けが
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シネコンUS CINEMASが入居していました。スクリーン数は10、うちひとつが震動や匂いがでてくるという4DXです。昨今の標準的な組み合わせになっているようです。

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スクリーンの外では、単価の稼げるポップコーン、飲み物の販売店。どこのモールでも見かけるようになりました。

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LOUIS VUITTONを彷彿とさせる門構え。フォントといい、黒の入口といい、完全コピーでしょうか。イオンカードを保有している方向けの、無料ラウンジだそうです。ただ一日一回のみと利用回数に制限をつけているのが、なんとも庶民的です。ちょっと中を覗いてみましたが、お買い物ついでの主婦層が、ゆっくり雑誌を眺めているのが散見されました。
 
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高級感ある店内ですが、ファミリー層向けの仕掛けはあります。

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平面駐車場に加え、店舗屋上を加えて4000台!平日夕方にもかかわらず、多数の来場者を飲み込む施設の吸引力はスゴイ。ランチもはさんで丸一日、イオンモールの中で過ごせるというのは、本当です。

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暮らしの伝承郷 映画『超高速!参勤交代 リターンズ』のロケ地

映画『超高速!参勤交代 リターンズ』の最終シーン、市長が扮する庄屋さまが、主人公である佐々木蔵之介・深田恭子が扮する、内藤政醇・お咲を招き入れ、いわきの青年団と一緒にじゃんがら踊りをするエンディングの撮影現場です。遠くに古民家が見えているので、この場所がロケ地であると瞬時にわかった方も多いのではないでしょうか。

<『超高速!参勤交代 リターンズ』 試写会は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/47530813.html
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この3軒の古民家の山かげに、さらに2軒の古民家が保存されています。いわき遠野地区から移築された、江戸時代の建物とのこと。庭先で、いわき昔野菜が栽培されていて、江戸にタイムスリップした感覚になります。

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課題は、多大なる維持費です。庭先の草刈りや、掃除はいうに及びませんが、最大のコストは、かやぶき屋根の架け替えだそうです。本来であれば、10年程度で茅を葺き替えるのが望ましいのですが、暮らしの伝承郷の開館以来、実際に葺き替えることができたのは2棟だけだそうです。雑草が生えていたり、雨漏りが発生している建物もあるとのこと、建物の傷みが加速化してしまうので、早急な対応が必要です。

インフラも同じですが、施設の建設を検討するには、当初の建設コストだけでなく、運営費用、メンテナンス費用等を考慮してでないと、機能が維持できないということになりかねません。せっかく良い物であるのに、もったいない。

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猪狩満直(いがりみつなお)は、いわきの詩人でその生家が、暮らしの伝承郷の5棟の古民家のひとつとして保存されています。満直は、1917年の頃、好間村の菊竹山に三野混沌を初めて訪ね、二人の交友は生涯続いたそうです。それがきっかけで、北海道釧路市に開墾生活に入り、そこから詩集『移住民』(銅鑼社)をに刊行し、全国的な反響があったそうです。草野心平氏とも交流がありました。
 
<吉野義也(三野混沌)記念碑 吉野せいの夫は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/47105817.html  
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先人の息吹を直接感じることができる施設はめずらしい。展示物だと、どうしても説明書きが多くなってしまい、お勉強ちっくになりがちです。それはそれで意味がありすますが、質感に直接肌で触れ、草や米の匂いを感じ、建物内の陰影や明るさ暗さを感じることができる、貴重な施設です。

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ドームいわきベース 魂が息吹く倉庫 出荷業務開始

竣工していたドームいわきベースが予定通り、出荷業務開始しました。同日に、関係者を招待して、出荷業務の見学説明会が行われました。5階建の建物ですが、各フロアの天井高が10m近くもあり、8階建に匹敵する高さの巨大物流倉庫です。単なる倉庫でなく、働く従業員が胸躍るような職場、テーマは「魂が息吹く倉庫」を目指しているとのこと。

<(株)ドーム アンダーアーマーがいわき進出は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/45443845.html
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巨大物流倉庫の心臓部が、自動化された仕分け機械です。複数のバーコードと読み取り機を組み合わせることで、お得先・拠点先ごとに、商品を分けることができる装置です。驚きはその仕分けの種類、なんと180拠点に対する分別を一回でやってしまうそうです。仕分けされてしまえば、あとは商品を箱に詰めるだけ。配送先によって梱包量が異なるので、ここは人の手が入るようです。

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高速バーコード読み取り機?

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保管ラック庫です。海外で大量に製造された商品は、いったんドームいわきベースの何段にも積み上げられたラックに保管され、必要に応じて小分けされて取り出されます。10m近い天井近くまでラックが積み上がっているので、専用の装置で積み卸しが必要のようでした。

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極限までムダを排した作りです。

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最後は、出荷フロアである1階に商品が箱詰めされ、配送業者ごとに流れてきます。これを数メートル先に横付けされているトラックの荷台に詰め込めば、完了。

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いわきFCの選手と、大倉監督から、 福島民報カップ 第23回クラブチームサッカー選手権福島大会優勝の報告がありました。いわきFCにとって、初タイトルです。これからさまざまな大会で獲得するであろうタイトルですが、このカップには非常に意味があると思います。選手の平均年齢は21才とのこと、これからJFL目指して勝ち上がっていって欲しいと思います。

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安田社長以下、今手専務、大倉監督らのキーマンが揃っての報告会でした。

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凹版印刷体験@お札と切手の博物館

お札と切手の博物館で、凹版印刷(おうはんいんさつ)」を体験しました。お札と切手の博物館は、以前は東京都新宿区市ヶ谷にあったのですが(かつて、訪問したことがあります)、現在は北区王子に移転しています。

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場所は、国立印刷局王子工場の隣り。王子駅の駅前で非常に賑やかな場所ですが、ここだけは写真撮影禁止です。

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凹版印刷は、お札に使われている特殊な印刷方法です。デザインを銅板にエッチングしたものを選び、それに印刷します。まず、エッチングした部分にインクを均等に塗り込み、その後表面部分のインクをそぎ取ります。さらに表面だけを拭き取ります。ちなみに、ハンコの押印は、インクを置くのが逆の、凸版印刷になります。

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インク拭き取り後の銅版。凹になっているエッチング部分だけにインクが残ります。

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湿った印刷用紙を載せ、ローラープレス機で均等に圧力をかけ、紙をインクに密着させることで、紙にインクを載せていきます。

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銅版と紙を慎重に剥がしていくと、印刷用紙にデザインされたインクが載りました!

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1mmより細かい線も再現できています。なるほど、この方式ならば、人間の目にも判別できないような隠れ文字を、紙幣に印刷することも可能だと実感しました。

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注)凹版印刷体験の撮影は、許可されています。
 

吉福のれもんコロッケ ファベックスで2年連続受賞

吉福さんのれもんコロッケが、2016年のファベックスの惣菜・べんとうグランプリで、優秀賞を獲得しました。これは、昨年2015年のトマトコロッケに続き、2年連続受賞の快挙です。このレモンは福島県いわき市の大和田農園さんで採れたものを使用しているとのこと、いわき産の食材を使って、いわきでレシピを考えて、いわきで調理するという、地域に根ざした商品で、素晴らしい。

<ファベックス惣菜・弁当グランプリ2015に入選 吉福さんのトマトコロッケは、コチラ>
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ワンプレートに盛りつけられたランチ600円は、とてもお得です。おかず4品を自由にショーケースから選ぶと、ミニサラダ、ご飯、味噌汁がついてきます。おかずはすべて、できるかぎり添加物をしない、手作りのお総菜です。

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目移りするくらい20種類以上のお総菜がショーケースに並んでいます。基本は持ち帰りですが、店内でいただくこともできます。単に、おかずのレシピで有名な賞を獲得するだけでなく、それが顧客の口に入って、少しずつ着実にファンを増やしていく、そして顧客が感じる美味しさとともに、健康になっていただくという、とてもスパンの長い、でもとても大事な活動だと思います。

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なんとも暖かみのあるお総菜と店内の雰囲気です。それが外見にもにじみ出ているような気がします。

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タンガロイいわき工場

タンガロイいわき工場を見学させて頂きました。タンガロイ超硬合金を用いた切削工具の製造・販売を行うメーカーです。投資の神様、ウォーレン・バフェット氏がその技術に惚れ込んで投資し、自ら視察に来た工場で有名です。2010年には、本社機能を川崎市からいわき工場へ移し、名実ともにいわきのグローバル企業となっています。この工場には、約500名が交代制で勤務されているそうです。

なお、社名の「タンガロイ」の名称は、炭化タングステン(タングステンカーバイド)とコバルトなどの粉末とを焼結して作った焼結炭化物合金(Tungsten + Alloy)が由来とのこと。

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創業は、現在の東芝の前身である芝浦製作所と東京電気が、1929年に日本初の超硬合金を開発したこと。当時、その商品を「タンガロイ」と名付けて販売を開始しました。いまでこそ、超硬合金を用いた切削工具は複数ありますが、当時は市場をほぼ独占し、超硬合金切削工具=タンガロイだったとのこと。
 
その後は、東芝タンガロイとして、東芝グループの企業でしたが、東芝本体の事業分野との関わりが比較的薄いという背景もあり、2004年には東芝と資本関係がなくなりました。そのさまざまな経緯を経て、2008年にイスラエルの超硬工具メーカーイスカル、IMCグループの100%子会社になりました。このIMCに投資しているのが、上述のウォーレン・バフェット氏です。
 
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超硬合金の切削工具のキモは、その刃である先端部分です。ダイヤモンドに次ぐ固さだそうです。これを工作機器の先端に付けることで鉄等の金属を、加工したり、穴あけすることができます。その刃も利用に従って劣化していくので、定期的に研ぐ必要がありますが、現在では刃を研ぐことはせず、刃である先端部分がアタッチメントになっていて、刃だけを交換することで、切れ味を維持することができます。鉄等は良いのですが、チタン等の固い金属を加工するときには、1個数百円もする刃を、ひんぱんに刃を交換する必要があるそうです。

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いわき工場長にご説明いただき、製造現場・技術開発現場・販売部門をご案内いただきました。製・販・技が、ひとつの拠点に集約することによって、スピードが上がるそうです。プレゼンテーションの中には、何度も「Step by Step BUT FAST」のフレーズが出てきました。着実に技術を積み重ねていく、しかしアクションは素早く、という意味なのでしょうか。

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切削工具の先端部分は、数センチ角で、その形状は、製品だけでも多数あり、また顧客のオーダーメイドの製品も開発販売しているそうです。IMCグループに入ることで、これまでの日本国内の顧客だけでなく、海外のIMCが取引している顧客へ販路が広がったとのこと、海外との資本提携のメリットが、売上拡大につながる好例です。

テックセンターという建物には、高い天井高の空間に複数台の工作機械がずらりと並べられていました。試作品のテスト、完成品のデモンストレーション、顧客への技術研修等、さまざまな用途に使われているそうです。

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今回は、製造部門だけでなく、経理・総務部門も見せて頂きました。起立すれば部屋全体が見渡せる程度の高さのパーティションで仕切られた、個室をそれぞれが持って、仕事をされていました。これもIMCグループになる前は、日本スタイルの島形式のデスク配置だったものを、変更したのだそうです。
 
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今回の視察は、いわき経済同友会の一員として参加させていただきました。いわき経済同友会様、そして視察を受入れて下さった株式会社タンガロイの方々に感謝いたします。
 
注)上記写真はすべて、タンガロイ様の許可を得て撮影したものです。 

英語で遊ばナイト第2回@アフタースクール ドリームラボ

英語で遊ばナイト第2回が、アフタースクール ドリームラボで開催されました。ネイティブスピーカーが7人、ノンネイティブスピーカーが8人です。参加者が入れ替わっていくところも、新鮮で良かったです。

<第1回はコチラ>
http://www.mikito.biz/archives/47332223.html
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ネイティブ、ノンネイティブで一緒に軽い夕食を作り、一緒に食べてから、一緒に遊びます。その間一切日本語禁止、ENGLISH ONLYです。今回は3つのグループに分かれて、CARCASSONNE、TICKET TO RIDE、SETTLERS OF CATANというボードゲームをやりました。
 
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どれも初めてのゲームなので、ネイティブからゲームの内容、進行方法、勝ち負けのルール等を聞きます。もちろん、英語で。100%理解してなくても、カードで遊びながら、わかっていくこともあります(その方が多いか?)。
 
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私が参加した、SETTLERS OF CATANというボードゲームは、ルールが複雑で、なかなか理解できず、進み方がゆっくりだったせいもあり、1時間があっという間に過ぎてしまった感があります。それでも、最後のほうはプレイヤー同士のカードの交換交渉を、ノンネイティブも英語でやるようになり、ゲームがわかってくると楽しくなってきました。なるほど、「使うための英語」を実感。

楽しく遊ぶために、英語ができたほうがいい。このインセンティブは、学習の良いモチベーションになりますね。「英語で遊ばナイト」がこれからの開催され、いわきのまちの魅力のひとつに成長していって欲しいと思います。
 

湯長谷藩館趾 濠跡

映画、「超高速!参勤交代」で有名になった湯長谷藩、の館の跡地が、いわき市立岩﨑中学校の南側に残されています。大きめの水たまり?かと見過ごしてしまうほどのものですが、れっきとした堀だったらしい。映画ではれっきとした城として描かれていましたが、城壁等はなく、堀と塀で囲まれた「館」というカテゴリーのものでした。

<超高速!参勤交代への苦言は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/38989368.html
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岩﨑中学校校庭には、大きな「湯長谷藩館址」の石碑が置かれています。平六小にある、笠間藩の神谷陣屋の跡に比べれば、先人の足跡が非常にわかりやすい。

<神谷陣屋 戊辰戦争奉公碑は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/47296694.html
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湯長谷藩は、磐城平藩から分家して誕生しましたが、譜代大名の内藤氏の初代から14代まで領地替えなく、幕末まで残りました。幕末には、奥羽越列藩同盟に参加し東軍となって戦ったため、新政府軍に湯長谷を攻略され、戦後の廃藩置県により、湯長谷藩は廃藩となりました。

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地元有志の方が、湯長谷藩の陣屋の配置図と、周辺地区の古地図と現在の地図を重ね合わせた案内板を設定しています。これで、現在の姿から、過去の姿を想像することができます。この古地図の原図を、近隣の太平酒造様が保管されていて、それをもとに作成されたとのこと。非常に丁寧な地図と解説ですので、必見です。

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以前は、手入れがなされず雑木に囲まれていて、堀の形を見ることができませんでしたが、映画超高速!参勤交代がヒットし、その主人公の城を訪れる方のために、雑木が切り払われました。現在ではしっかりと、濠の形を見ることができます。

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市立岩﨑中学校の南側の校庭部分が、そっくりそのまま陣屋が建っていたであろう場所です。武士が汗を流して鍛錬していた場所を、300年後に中学生がスポーツで体を鍛えていると思うと、一興です。

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執務だけではなく、弓射場や練兵所、馬場等もあり、武士の鍛錬の場だったのでしょう。

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高台にあるこの地に館を築いたわけですが、その表通りがそのまま太平酒造さんの通りとして残っていて、確かに城下町の雰囲気が残っています。

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そうはいっても民間の敷地であり、常駐で管理人がいるわけではないので、観光地として100%行き届いているわけではありません。こういったところは、訪れる人・住んでいる人らそれぞれの意識が問われるのだと思います。

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第9回ハマコン 全員参加型のプレゼン&ブレストイベント

第9回ハマコン。地域を良くするアクションを応援する、全員参加型のプレゼン&ブレストイベントです。毎回、進め方の修正・改善がされていて、大きなパワーになりつつあります。特に良いのが、参加型のブレスト。いかに地域のテーマを「自分事」できるかを、チャレンジしています。今日も良い気付きをいただき、ありがとうございました!

<シーサイドシスターズ浜娘は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/46969050.html
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第一回からブレスト(ブレーンストーミング)、すなわち、自由なアイデア出しをしていますが、新規参加者のための「ブレストのやり方講座」。経験者である運営スタッフが、どういう風に「アイデア出し」をするかの寸劇。これは、かなり恥ずかしいが、かなり有用だと思います。

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ブレストのアイデアを集約して、スケッチブックに貼るアイデアも今回から始めました。これって、かなり意見が明確になるので、イイと思います。こうやって並べると、どれも甲乙付けがたい!!!

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シーサイドシスターズ。これまではチャリティ・募金活動のための活動という触れ込みだったけれど、オリジナルの曲や振り付けも増えてきた今、独自の活動もしていっていいかも。運営母体は違いますが、コンセプトが、先輩のアイくるガールズに近寄っていくのかも知れませんね。

<アイくるガールズは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/35481534.html
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いわきPITでは、さまざまな催事が同時並行で行われています。「HADOU」という、3Dゲームのプレゼンを受けました。ヘッドアップディスプレイを用いて、プロジェクターに投影された画面に向かって、立体3Dゲームするというものです。仮想画面ですが、大きさ6mにも及ぶ巨大ドラゴンが、目前に登場し、攻撃を仕掛けてくるものを、自分のアクションで回避し、自らの攻撃で撃退するものです。近未来を感じましたね。

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第2回愛谷町地域ケア会議

第2回愛谷町地域ケア会議が、愛谷町パークセンターでありました。地域住民の一人として参加しましたが、これまでになく建設的な意見が多く出されました。老人会・子ども会の統合等、柔らかい発想&提案もあって、いい感じでした。

<第1回愛谷町地域ケア会議は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/46825552.html
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住民数に対する参加者の割合は、まだまだ少ないものの、第一回よりも参加者が増えたのは朗報です。もちろん住民であれば参加歓迎なのですが、まずは、数十人いる組長さんに参加いただけるといいと思います。

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今回、ブレスト?で出された意見を、黒板に集約したもの。市が勧める「シルバー体操」ですが、内容に異議はないものの、シルバーという名前があると、40代50代は参加しにくいといった意見もあり、なるほどと思いました。また、老人会の名称についても同様。見えないハードルを、いつのまにか作っていたということが、いろいろ分かってきました。

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女性主体の参加者の中で、少数派ですが、男性チームもありました。これら男性陣に本気で参加いただけることができるかどうか、雑駁にいえば、オヤジさん方を、どうやって場に引っ張り出してこれるかが、地域の課題解決の第一歩なのではないかと感じました。

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岩出の里 金成公園 里山の風景保存

岩出の里 いわき金成公園です。平、小名浜、常磐から等距離にある標高80メートル以下の丘陵地です。その丘陵の間に谷地が入り込み、ため池や河川といった水環境が散在するなど、豊かな自然環境があり、多様な生態系が存在している地です。かつては、「サイクルパーク予定地」として、平競輪場の移転候補地として有力視され、いわき市によって山林の先行取得がされた場所です。

さまざまな経緯により、サイクルパーク計画は頓挫。平競輪場は原位置のまま動かず、逆に160億円を投じてスタンド改修をし、存続することになりました。

<平競輪場の160億円スタンド改修工事は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/28809075.html

その結果として、市民共有の財産としての「里山」としての価値ができました、かつては継続的に人の手が入れられ、人と自然との共生の中で恵みを享受してきた土地が再評価されつつあります。いや、逆に市街地に近い、最先端の里山に変貌しているのかもしれません。
 
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これらの活動は主に、従来の岩出地区の住民の方々のボランティア活動によって支えられています。いわき市保有の公園(未供用)にもかかわらず、ほとんどの方々の労働は、無償の奉仕活動です。いわき市も機材や材料の提供等に協力しています。

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とにかく、日本人が思う里山の原風景そのままです。小規模な田んぼ、多様性のある植物、農薬はなく有機栽培の野菜、菜の花、カエル、ドジョウ等です。これは現代の、農薬一辺倒、圃場整備により大規模化し、機械化された田んぼでは、全く見られない光景です。

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カタクリが群生しています。山奥で見つけることはできるらしいのですが、このように人里から見ることができる場所は、非常に珍しいそうです。

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タラの芽、通称、タラボ。これを天ぷらにして食べると、柔らかくて、とても美味しい(もちろん、ここでは採取しませんよ)。

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このような、日本旧来の自然が、市街地から徒歩圏に保たれていることは奇跡に近い。これを大事にする一方、広く市民に親しんでもらい、いわきの子どもたちに限らず、子どもたちの情操に良い影響を与えて欲しいと思います。それを通じて、いわきと他地域の子のつながりになればよいし、子どもたちを連れてくる親たちによる、消費や滞在の経済効果も少なくないでしょう。東日本大震災を機に、(西日本等から、教育旅行も兼ねて)浜通りを訪れるようになったご家庭もあったと聞いています。それを心良く受入れ、納得してもらってファンになってもらえるような体制、ムードになれるかどうか、「ピンチはチャンス」にかかっています。

 

国宝白水阿弥陀堂 夜間特別拝観

国宝白水阿弥陀堂の夜間特別拝観です。ここの庭園のライトアップ拝観は有名ですが、今回はライトアップなし。夜に、本堂内部を拝観し、住職の講話を聴きました。国宝の建物の中で、重要文化財の阿弥陀如来様を見上げながら、仏の見方や、建物の由来、現世と来世の道のりなど、仏教に関する逸話や小話を楽しく聞かせて頂きました。荘厳な雰囲気の中での、ありがたい話は、気持ちが落ち着いて腹に落ちたし、絵的にも美しかった。
 
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今回は、「あえて」庭園のライトアップをせず、建物の周り以外は真っ暗にしました。そして入場者には、足下を照らす、提灯を貸し出してくれました。この提灯の演出が良かった!!!灯り無しには歩けない暗さですが、昔ながらの雰囲気を出す提灯で、なんとか本堂までたどり着くことができました。

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この演出が良かった!!!本堂へのアプローチが、より荘厳なものとなり、凜とした雰囲気が際立っていたと思います。

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子どもたちも大喜びです。おそらく提灯なんて、持ったこともなければ、もちろん使ったこともない。こんなところで体験できて、良かったね。

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世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉 もっとも衝撃的なスピーチ

2016年2月末に退任したホセ・ムヒカ、ウルグアイ第40代大統領。2012年のリオ会議での感動的なスピーチを中心に「世界一貧しい大統領」として有名になり、初来日しました。大統領官邸に住まず、以前のまま小さな平屋に住み続けた。大統領専用車も使わず、30年くらい前の愛車を使っている。大統領の給料の9割を寄付し、残り1割の半分は将来農業学校を作るための貯金に充てているそうです。議員である妻の収入に頼り、生活費は月に1000ドル程度という極めて「大統領」らしくない、というより「政治家」らしくない方です。
 
氏を一躍有名にしたのは、2012年、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された国連の「持続可能な開発会議」で、「もっとも衝撃的なスピーチ」をしたこと。それは、一枚のパワーポイントも使わず、メモも見ずに、自分の言葉だけで行った8分間のスピーチで、演説終了後には、喝采の拍手が鳴り止まなかったそうです。
 
以下、名言。
<質素に関して>
私は貧乏ではない。質素なだけです。
貧乏とは、欲が強すぎて満足できない人のことです。
少ししか物を持っていなければ、その物を守るための時間も少しで済みます。

<時間に関して>
自分の時間を、好きなことに使っているときが、本当に自由なときなのです。
時間であふれることこそ、自由なのです。
物を持つことで人生を複雑にするより、私には、好きなことができる自由な時間のほうが大切です。

<現代の消費経済社会に対しての批判>
現代社会では、消費をひたすら早く多くする必要がある。
消費が停滞すれば不況になるからだ。こうして世の中は、使い捨ての社会を実現した。
しかし西洋の富裕社会が行う消費を全世界の人ができる資源が地球にはない。
環境危機が問題の源でなく、根本的な問題は、私達の社会モデルであり、見直さなければならないのは、私達の生活スタイルだ。
 
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青年時代には極左武装組織の一員としてゲリラ活動を行い、逮捕後、13年間に亘る苛刻な獄中生活を送り、拷問、虐待を受けたそうです。それがきっかけとなり、現代社会の矛盾を(ちょっとだけでも)正すために、政治家になったそうです。第40代大統領に就任してからの5年間には、麻薬組織をオープンにするための大麻の合法化、妊娠中絶の合法化、同性婚の合法化など、必ずしも100%の支持を得られない政策を進めました。そこには、彼の頑健なまでの信念を感じます。

もっとも衝撃的なスピーチの末尾に、豊かさとは何か、人生で大切なこととは何かを、断言しています。
「発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛を育むこと、人間関係を築くこと、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限の物を持つこと。発展は、これらをもたらすべきなのです。

 

モトクロスしどき 手ぶらでモトクロスができます

モトスポーツランドしどきは、いわき市好間の奥地にある、モトクロスバイクの練習場です。初心者からベテランまで、アマチュアライダーの遊び場です。実は、その名前は知っていたのです、実際に訪れたのは初めてです。生木葉ファームさんにお邪魔した際に、看板を見かけて立ち寄らせて頂きました。

<生木葉ファーム 平飼い有精卵は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/47380764.html
 
モトクロスバイクのコースは、アップダウンがある走り応えのあるモトクロスコースだけでは、初心者向けの平地のミニコースもあります。モトクロッサーバイクをもっていない人にも、レンタルバイクが用意されています。初心者・女性・さらには5才以上の子どもでも遊べるそうです。
 
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そうはいっても、かなり本格的なコースです。その誕生の経緯を伺いました。創業は1981年、開始当時は、とても小さいコースだけだったそうです。それから4回の増設を経て、現在のコースになったとのこと。いまでは、休憩ハウス、レンタルウエア、レンタルバイクを充実させ、初心者でも受入れ可能です。キャッチは「手ぶらでモトクロスができます」。思わず、ちょっとやってみたくなりました。

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とはいえ、コースはアップダウンも激しく、ジャンプもできるくらい本格的なコースです。首都圏ではちょっとありえない、ある意味危険度も高いレイアウトとなっています。実際、力量以上のスピード、コース取りをして、自損になることもあるそうです。それも含めての趣味ですから、仕方のないことですが。

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驚いたのが、非常に充実したレンタルバイク、スーツ、ヘルメット等です。オーナーの趣味が、相当程度、入っていることが想像に難くありません。日本でも有数のモトクロスバイク施設、コースが、このいわき市に存在していることが、驚きです。これは、関東周辺にはできない、しかも関東から近距離にある自治体してできない、強力なアドバンテージです。これまで、行政の支援はほとんど受けてこなかったらしい。民間の力を邪魔しないこと、ちょっとだけ支援することが、行政の役割なのだと再認識しました。

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一日、野山をかけめぐって2万円弱。ゴルフで一日過ごす、都心のテニスコートで一日過ごすのと、そう大差ありません。非日常を体験するために、いわきに来たくなるでちょ。

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『超高速!参勤交代 リターンズ』 試写会

2014年6月に大ヒットした、いわきの湯長谷藩をモチーフにした、『超高速!参勤交代』というコメディ映画の続編が、今年2016年9月に全国公開されます。主演に佐々木蔵之介、ヒロインに深田恭子、ふかきょんが出演するほか、主要キャストは前作そのまま。その試写会に参加させていただきました。

<超高速!参勤交代 磐城国の湯長谷藩の物語は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/34737297.html
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試写会は、いわき駅前のポレポレいわきで、関係者を集めて開催されました。松竹のプロデューサーや広報担当者、またいわきからは応援する会として、市役所の観光担当室長が挨拶されました。なぜか、フラおじさんとその飼い犬?フラっぺも登場していました。
 
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前作で、幕府から突然の参勤交代を命じられ、なんとか江戸への参勤を果たした磐城国の湯長谷藩一行ですが、物語はその帰りの道中です。前作で藩主・内藤政醇にこてんぱんに打ち負かされた老中・松平信祝が復権し、さらなる陰謀を企てます。なんと湯長谷藩で一揆を起こさせ、ついには城を奪われ、藩のお取りつぶし間違いなしという大ピンチです。それを前作同様、荒唐無稽のパロディで切り抜けるわけです。前作よりも、物語の舞台を大きくして、さらにスケールアップして帰ってきた痛快・歴史エンターテインメントでした。
 
<超高速!参勤交代 リターンズの公式サイトは、コチラ> 
http://www.cho-sankin.jp/
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古河庭園 春のバラフェスティバル

古河庭園で、GW期間中に春のバラフェスティバルが開催されています。薔薇のピークシーズンにはちょっと早いのですが、ほぼ3-4分咲きになっており、美しいバラ園を堪能してきました。

<旧古河庭園 陸奥宗光のバラ園は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/44171348.html 
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これが、故ダイアナ妃の名前を冠した「ダイアナ・プリンス・オブ・ウェールズ」。園内には愛子内親王や、各国王族の名前を冠した薔薇の品種が数百種類展示され、花をつけています。確かに薔薇を飼育するのは、大変なコスト、労力が必要でしょう。逆の見方をすれば、歴史や風俗に関係が薄く、それらの大変なコスト、労力等をかけ、デザインコンセプトさえ外れなければ、大ヒット間違いなし。

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フランス様式の幾何学的な庭園。日本庭園のファジーな、苔や草、石で縁取られた庭園とはある意味、対極です。そのように文化がまったく異なる国が、(国益を考慮して)日英同盟を締結するにいたった経緯は、ミステリーに近いかも。

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ジョサイア・コンドルが設計した建物は、この陸奥宗光の所有したこの古河庭園の他にも、お茶の水のニコライ堂、上野お濠端の旧岩崎邸、品川にある三菱グループの接待どころ、開東閣等があります。

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この古河庭園は、陸奥宗光の後、古河グループによって所有管理されます。バラ庭園ばかりが取り上げられますが、その奥の日本庭園も一見の価値ありです。山手線から徒歩10分もかからない場所に、このような静寂の地があることが、驚愕です。

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日本庭園には五重の棟をはるかに超えた、一五重の棟が設置されていました。重さは数百キロに達するでしょうが、ここは東日本大震災の際にも、なんら被害がなかったところだそうです。

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西洋庭園と日本庭園の協調。静寂と動静が入り交じっています。

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陸奥宗光が発注し、ジョサイア・コンドルが設計した洋館。古河財閥の手を経て、今日、一般公開に至っています。先人達の思いや活動の足跡を感じることができる場所です。

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福島第2原子力発電所 原子炉格納容器を視察

原発事故というと、福島第一原子力発電所ばかりにスポットがあたっていて、私自身も震災後、3回視察しています。一方、楢葉町・富岡町にある福島第二原子力発電所(通称:2F、にえふ)は、原子炉の1-4号機、いずれも沸騰水型軽水炉で出力110万kW、全体の総出力が440万kWです。こちらも、東日本大震災の津波をもろに被り、電源喪失の危機を迎えました。現在は、冷温停止中で、約1万本の燃料を保管している現状を、いわきの経済団体の方々と一緒に視察させていただきました。なお、敷地内の空間放射線量は、いわき市内と遜色ないくらいの水準です。

<福島第一原発 1-6号機を視察は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/43137576.html

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により、4本の送電系統のうち3本を喪失しました。さらにその津波の影響で、海水ポンプをはじめとする原子炉の冷却機能が喪失し、危機を迎えました。襲来した津波の高さは約15mで、建屋の海抜は約12m。したがって2-3mの高さの津波が建物に被り、原子炉冷却用海水ポンプ4基中3基とその電源が海水に水没したそうです。残った1基の海水ポンプをと外部からの高圧電源の1回線を使って原子炉を冷却をすべく、3月12日に、ヘリ空輸で運んできた総延長9kmものケーブルを、常駐していた東電社員と協力企業社員約200人総出で、人力でつなぎ合わせたそうです。それを仮設電源として、原子炉冷却用海水ポンプまで人力でダイレクトに接続し、事故4日後に冷温停止に至る対処が行えたそうです。それにしても、福島第一原子力発電所事故の炉心溶融と同様の事態になるまでに紙一重のところだったし、それを決死の覚悟でやりとげた現場の危機管理に対する機動力・発想力に脱帽です。下の写真は、水没した原子炉冷却用海水ポンプ室です。掃除はしていますが、津波で壊れた機械がほぼそのまま残されており、津波の爪痕が痛々しい。

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2015年3月には、原子炉内になったすべての燃料棒が使用済み燃料プールへの移送され、原子炉内には燃料がない状態になっています。写真は、燃料棒をクレーンで取り出す操作室と、その奥は、真水に浸された使用済み燃料プールです。その保管数は約1万本とのこと、本来は、核燃料サイクルに回されるはずですが、稼働しておらず、最終処分場も決まっていない以上、原則としてすべて敷地内保管されています。

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燃料棒の模型を見せて頂きました。本物の長さは約4mだそうで、そのカットモデルです。燃料ペレットは直径1cm(本当に)程度であり、原子炉の巨大さにくらべて、余りに小さい。これが大量のエネルギー源かと思うと、にわかには信じられません。「原子力は夢のエネルギー」の比喩は(良い意味でも悪い意味でも)、正鵠を得ています。

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原子炉運転中は、原子炉建屋内は、あらゆる事故を防止するために窒素を封入し、人間が入れる状態ではありませんが、燃料棒も抜き、完全に運転を停止しているため、原子炉建屋内も見せて頂くことができました。写真左側が原子炉の格納容器です。
 
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さらに原子炉格納容器の下部部分も見せて頂きました。福島第一原子力発電所の燃料が溶け落ちて、格納容器を破っているであろう部分です。格納容器自体は厚いコンクリート製ですが、格納容器内に起きていることを知るために、さまざまな計器が格納容器下側から取り付けられており、それが溶け落ちた燃料に侵食され、格納容器外に出ているのかもしれないとのこと。数百数千の計器とそのコードが、無数に配線され、近未来のようでした。さすがにこの付近は空間線量が高く、圧力容器下は、0.15mSv/hと表示されていました。いわき市内の空間放射線量は、0.1μSv/h程度ですから、やく1000倍の空間放射線量ということになります。なお、線量が高いのはここくらいで、個人ごとに貸与されたデジタル式積算放射線量計によれば、視察行程約3時間で浴びた空間放射線量は「0.00mSv」でした。

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敷地内には、実物と同じコントロールセンターが、危機管理訓練のために設置されています。自然災害をはじめとする危機があった場合の訓練をやっています。

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電源喪失を再現した訓練。外部電源が喪失し、非常用発電機が発電、それも喪失し、バッテリーが立ち上がり、それも喪失していく様子を再現していただきました。震災以降は、移動できるガスタービン発電車が高台に複数台設置され、不測の事態が起きたときに電源車自体を、冷却装置に横付けできるようにしているそうです。

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いまでも原子力施設であり、使用済み核燃料も敷地内に保管していることから、非常に厳重なセキュリティでした。一方、動かせる状態の原子炉そのものを、直接一般人が見ることができるのは、おそらく世界でこの福島第2原発だけでしょう。貴重な視察の機会をいただいたことに感謝します。

福島県議会では、福島第一原発とともに福島第二原発の廃炉も求めています。福島第二原発を廃炉したときの将来像はどんなものでしょうか。単に、機器を撤去して立入禁止にするのか、更地にして研究施設等とするのか、はたまた原子炉を一般公開し、一般人が原子力エネルギーを理解するための施設とするのか。一般人が原子力エネルギーを理解するための施設をさらに一歩進めて、教育旅行・着地型観光の目的地にしようとする考えもあります。さらには、ダークツーリズムのメッカにしようという、福島第一原発観光地化計画を提案している方もいます。

<福島第一原発観光地化計画は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/34827603.html

「原子力は夢のエネルギー」。事故があって人の手を加えなくても、勝手に膨大な熱を発し続ける原子力は、良くも悪くも事実だと思います。そのテクノロジーも、たった50年少し前に実用化されたもの。今後50年先には、さらなる発展したエネルギーが発見されるかもしれません。その原子力の足跡・道標を残すべく、福島第一第二原発の事故をベースにした「エネルギー展示施設」を浜通り地域に創るべきでしょう。これは地方自治体がやるべきではなく、日本国としてやるべきです。例えば、上野に国立科学博物館があり、世界館と日本館に分かれています。その科博のエネルギー館として、福島県浜通りに分館を建設し、多数の日本人に訪れてもらう。そのことで、原子力を含むエネルギーの重要性を啓発し、また原発事故を忘れない。さらに教育旅行・ダークツーリズム・修学旅行等の行き先・ディスティネーションとすることで、福島県浜通り地方の現実を踏まえた、未来ある発展につなげることができるはずです。

注)上記写真は、すべて事前に許可をもらい、同行した東京電力の社員の方に撮影してもらい、掲載を許可いただいたものです。

理化学研究所 一般公開

国立研究開発法人理化学研究所、通称、理研は、埼玉県和光市に本部を持つ自然科学系総合研究所です。小保方さんのSTAP細胞の際に話題にのぼったところですが、これまでに湯川秀樹、朝永振一郎、仁科芳雄など多くの優秀な科学者を輩出しました。その研究所の本部が、現在では年に1回、一般公開されています。

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研究本部棟。数百ある、それぞれの部屋が研究室になっていて、それぞれ世界最先端のテーマを研究しています。

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理研の財政的な屋台骨を支えたのは、政府からの研究補助金であることは当然ですが、「理研ビタミン」というビタミンAを発売し、大きなCashを得たことから、豊富な研究費があり、基礎研究者にとって楽園のような場所であったそうです。当時、大ヒットした「理研ヴィタミン」のビン、販売ケースが展示されていました。

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1937年に日本で初めて、世界でも2番目に、磁極直径65cmのサイクロトロンを完成させます。サイクロトロンとは、電磁石を用いて、イオンを螺旋状に加速する装置で、原子核の人工破壊、放射性同位体の製造などに利用される装置です。

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そして1943年には、60インチ、220トンのサイクロトロンを完成させます。まちがいなく、世界最先端の研究施設でした。

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しかし敗戦。GHQにより原子爆弾研究と勘違いされた、理化学研究所の核研究サイクロトロンも破壊されてしまいました。そのサイクロトロンは、切断され、海中投棄されました。その海中投棄される瞬間の写真がのこされていました。なお、1947年1月に極東委員会が原子力研究の禁止を決議し、米軍の日本占領が終了するまで、日本の原子核の研究は禁止されました。

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その海中投棄された、サイクロトロンの模型が屋外展示されていました。当時の世界最先端の核技術、そしてそれを怖れた米英による、核研究の禁止等、当時の緊迫した世界情勢の一端を感じます。

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そもそも、理化学研究所は、1917年に渋沢栄一を設立者総代として作られました。資金は、皇室・政府からの補助金や、民間からの寄付金を基に、東京都文京区駒込に「財団法人理化学研究所」を設立したことに始まります。ちょうど100年前なんですね。
 
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研究室の最先端の研究の一部を、最先端の研究者が自ら、解説してくれます。見学者のほとんどは、科学に対する素人、なかんずく、小学生等のあまりに素朴な質問に対する、研究者のやりとりは面白い。まったくレベルがかみ合っていないのですが、それでも「何かを知りたい」という見学者と、「自分たちがやっていることを知って欲しい」という研究者との間の目的は、一緒です。心が通じれば、8割方、うまくいくはず。

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光ケーブルの仕組みを学びました。本で読んだことも、実際に光ケーブルの伝送の様子を、自分の目で見て、触ってみて、考えることで、腹に落ちることがたくさんあるはず。

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最先端の研究発表を見ることができる機会があることは、一般人にとってありがたい。また邪推ではありますが、最先端の研究者にとっても、自分たちの研究成果(おそらく世間一般目線での日の目を見る研究成果は、非常に少ない)を、家族を含めた一般大衆に見て、感じてもらう機会は、自分たちの誇り、引いてはこれからの研究インセンティブになるのではないでしょうか。そして見学者が、理化学研究所の大きな応援団となるのではないか。

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国営ひたち海浜公園のネモフィラ

国営ひたち海浜公園のネモフィラを見にいきました。ここは、いくつかの観光書籍で、「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」として紹介されています。東京からたった車で約2時間で行けるその「みはらしの丘」は、ちょうどゴールデンウィーク中は、ネモフィラという花で埋め尽くされ、まるで天国のような光景が一面に広がっていました。

ネモフィラという、青い花をつける野草が、約450万本も植えられているそうで、驚きはその丘がシーズンが変わると、すべて別の花に植え替えられて、これまで「絶景」となることです。いったい、どれほどの手間がかかっているのでしょう。

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そもそも公園がなぜ、国営なのでしょう?国営ひたち海浜公園の生い立ちは、戦前に遡ります。1938年に水戸陸軍飛行学校、陸軍水戸飛行場が建設され、第二次世界大戦後の1946年6月にはアメリカ軍水戸射爆撃場になります。1973年に日本政府に返還された後は、国土基本計画のひとつとして、国主導で、公園として整備されたわけです。ですから、入場料も格安なわけです。

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茨城県ひたちなか市は、今では北関東自動車道が、常磐道をつながり、自動車でのアクセスは大きく改善しましたが、観光に有名な場所ではありません。それにも関わらず、ひたち海浜公園だけで27年度の入園者が213万人だったそうです。。清水寺は年間400万人らに比べると半分ですが、兼六園の年間観光客数150万人を超えているわけで、その意味でも茨城県にとって、極めて重要な観光資源に育っているといえます。

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国営ひたち海浜公園は花だけでなく、その広さに驚愕。200ha近いらしい。実際、中央の芝生広場は、見渡す限りの芝生です。これだけ「何もない」ということ自体が驚き(=売り物になる)です。観光資源を考えるときに「何もない」ことが言い訳の常套句ですが、これこそそれが「ある」ということの一例です。ネモフィラにしたって、いってみれば、「ただの丘に、単一種の花で埋め尽くす」ということを、季節ごとに実直にやっているだけ、という見方もできます。発想と実行力があれば、できる。

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おばちゃんの会 いわきの若手医師との交流会

いわきの若手医師との交流会です。「いわきのおばちゃんたちが手料理で現役医師をねぎらう」がコンセプトで、医師に感謝の気持ちを伝えたいと言う女性たちが、たくさんの料理を持って集まってくださりました。場所は、いわき平の、夜明け市場コワーキングスペースです。

紹介記事いただきました★
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 市内大手病院で、総合家庭医療を推進しているI医師による、いわきの医療現場の現状の課題提起と、参加者からの自由な意見発表がありました。それぞれ微妙に異なる立場ですので、見方はそれぞれ違います。まず、見方があること、それを認め、意見の多様性を認識することから、議論は始まります。そのツールとして、ホワイトボードは、強力なツールでした。

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若手医師にも登場して頂き、彼ら彼女らからの立場からの見方を発表。自らの体験・経験と言葉で綴る内容は、なるほど、説得力があるます。

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市民の命を守る職業として同じ職業同士、相通じるものは必ずあるのだと思います。その感覚を、我々市民が少しでも共有できれば、我々市民が(少しでも)協力やお手伝いできる部分もあるのではないでしょうか。

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昨今は、資本主義の権利義務意識が前面に出しすぎていて、連帯や協力、使命感がややもすれば軽視されているのではないでしょうか。もちろん、われわれ日本は、自由主義・資本主義を基礎として過去から成り立っていて、それに異論を差し挟む余地はありません。一方、日本古来の価値観である、家族、地域との連帯、先人の功績への感謝等が、やや薄れている感があるような気がしています。それを再認識するような会でした。

 

アファンの森 C・Wニコルさん

アファンの森を運営されているC・Wニコルさんに、長野黒姫でお会いしました。アファンとはウェールズ語で"風の通るところ"の意味。アファンの森とは、荒れ果てた人工林を、明るい森として再生させ、たくさんの生き物の住処として、動植物の多様性を確保し、保全しているところです。

<アファンの森の物語 C・Wニコル著は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/40887022.html
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1986年から、地元の林業家松木信義氏とともに、荒れ放題だった森の間伐を行いました。地面を覆う笹や薮やツル植物を切り払うことで、充分な陽の光が当たるようになり、また風通しが良くなりました。これで新しい若木が育つようになりました。また一定の実をつける植物は残すことで、在来の動植物が棲息しやすくなりました。そんな活動を30年以上も続け、いまでは10万坪を超える森林を保有するまでになり、近隣の国有林の管理も任されているそうです。

2010年には、活動の拠点となるアファンセンターが完成しました。床、天井、壁には長野県産の杉の間伐材を中心にすべて国産材を使用し、合板や接着剤を一切使わず、極力「土に還る」素材で作られているそうです。
 
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大きな薪ストーブが設置されていました。もちろん薪は、アファンの森から取れる間伐材を、乾燥させて使っています。

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椅子や机は、すべて木製。多くは、アファンの森の間伐材、馬で搬出して(馬搬、ばはんというらしい)、製材した木材を、家具職人につくってもらったものとのこと。コストは一脚数万円とのことですが、それもすべて寄付者の浄財が原資となっています。

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机や椅子には、すべて寄贈者(個人・企業とも)の名前が刻印されています。決して安くはない、手作りの木製家具です。聞けば年間数億円におよぶ運営費の多くが、寄贈者からの浄財だそうです。明るい森の実現に賛同する方が多くいらっしゃいます。支援者数は、個人約600人、法人約20社にものぼるとのこと。

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アファンの森の活動は、いろいろなところから注目されており、C・Wニコルさんはイギリスエリザベス女王から叙勲を受けていますイギリスのチャールズ皇太子も実際にアファンの森を訪問され、ニコルさんと一緒に森を散策されたそうです。

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2002年からは、一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団として活動されています。

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一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団の理事のひとり、吉田寛氏にご案内いただきました。吉田寛は公認会計士の先輩であり、また公会計研究所で、公会計の研究の第一人者です。

<吉田寛氏は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/34388543.html
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アファンの森をひとことで表すと、人の手が入った(管理された)明るい、広葉樹の森です。入ってみると、本当に、太陽の光が明るい!森林というと、暗い湿ったイメージがありますが、その対極です。人が歩くところには、間伐材から作ったウッドチップが敷かれています。ウッドチップのよいところは、3年程度で朽ち果てて地に還ること、そしてそこ以外を人間が通らなくなるので、人間と自然の棲み分けが無秩序にならないことです。

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アファンの森は、私有地です。山というと、愛好家が自由に立入って、山菜をとったり、釣りをしたり、登山をしたりするイメージがありますが、こちらは原則、部外者の立入禁止です。基本的には、アファンの森の活動に賛同して頂ける方に対して、事前に人数を制限して、その自然を楽しんでもらっています。
 
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現在の、アファンの森の全体像です。黒姫山・飯綱山の山麓に広がる、広葉樹の森を、民間から購入し、直接保有・管理しており、毎年、徐々にその面積を拡大しています。現在、その広さは約10万坪。近隣の国有林(スギ棟の針葉樹)の管理も受託し、針葉樹も明るい森に変えようとしています。

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チャールズ皇太子もお茶を飲んで休息した、サウンドシェルター。木の表皮で覆った小屋の中に座って、森の音と静かに対話すると、小鳥を始めとする森の声が聞こえてきました。

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春のアファンの森には、タラの芽、コシアブラ、コゴミ、つくし等が、たくさん芽を出していました。

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林業家 松木信義氏の小屋。現在の林業は、大規模に機械化し、伐採を外注・集約化することで伐採コストを下げようとする方向が主流となっています。一方、小規模に簡素な機械や仕組みだけで、自ら伐採(自伐的林業)することで、オカネをかけないで管理していこうとするもの。オカネをかけず、自ら伐採することで、林業を維持していこうとするのも、ひとつの考え方です。薪や木炭等を、みずから生み出しています。

<伐採現場コスト削減の救世主ハーベスターは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/45860897.html
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現在のアファンの森からは、想像も出来ませんが、当時、この周辺は暗くて「幽霊森」と呼ばれていたそうです。それがすっかり、生物多様性がなされた、明るい森に変貌を遂げています。これまでの30年間も続いた、強い理念、情熱、時間、オカネ等に、圧倒されました。脱帽です。

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高蔵寺の三重塔 シャガの群生地

勿来の高蔵寺は、開祖が徳一大師といわれており、いわき市内では珍しい、完全な形の三重塔が美しいです。参道には約50万株のシャガが群生しており、紫がかった白色のアヤメに似た花をつけます。杉林から木漏れ日がシャガに降り注ぎ、幻想的な雰囲気でした。
 
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磐城三十三観音霊場の11番札所です。

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徳一大師の本名は、釈徳一(しゃくとくいち)、奈良の興福寺で修行しました。当時秀才いわれた最澄と宗教上の問題で互角に論争して論破するほどの秀才だったそうです。そんな徳一がひょんなことから、東国の人々に仏教を広めることを思い立ち、まず筑波山を開き、その後、船でいわきの小名浜に上陸、802年前後にいわき各地にお寺を建立しました。

その802年(大同2年)前後は、会津磐梯山・吾妻小富士等の山々が噴火を繰り返し、高く舞い上がった火山灰が遠くいわき地方にも降り注ぎ、農作物が枯れ、加えて疫病が蔓延したころです。徳一様はこの惨状を憐れみ人々に生きる勇気を与えようと、現在の高蔵寺の地を選び、ここを聖地と定め仮堂を作り、七体の観音様を刻み、当地方の要所に安置し、天災地変の熄滅と悪病の退散を祈願したところ、猛威を振るった災禍も治まり、人々安堵して以前の穏やかな平和な暮らしに戻ることができたそうです。

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三重の塔までのアプローチは、よく手入れが行き届いた、杉林に囲まれていて、自然に森林浴をすることになります。
 
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シャガは中国原産といわれ、アヤメ科の多年草で、白と薄紫の可憐­な花を咲かせます。木陰の湿り気のある場所を好むようです。毎年5月初旬が見ごろだそうです。

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シャガの花。ひとつひとつは、アピールが小さいですが、群生すると存在感がありますね。

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現存の高蔵寺三重塔は1774年に再建されたものであり、県の重要文化財に指定されています。平成12年に修復修理がなされています。

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高蔵寺の菩提寺としてのお墓は、一見の価値があります。斜面にそって作られた墓苑は、美しい。

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個人のお墓だと思うのですが、全長3メートルちかくの阿弥陀如来?の像が置かれたお墓には、圧倒的な存在感がありました。

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ふくしま桜のスタンプラリーが開催されていました。

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あぶくま鶏卵 まえむきなたまご

あぶくま鶏卵さんは、平菅波にある鶏卵の選別包装施設です。業界用語で、GPセンター(グレーディング・アンド・パッキングセンター)というらしい。あぶくま鶏卵さんのキャッチフレーズは、「まえむきなたまご」。このフレーズは、工場の壁面に大きく書かれているので、6号バイパスの高久付近で、見かけた方も多いはず。

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こちらでは、福島県東白川郡に、自社の農場(伊奈養鶏場)を持ち、そこから卵を毎日、配送しています。卵用銘柄鶏を20万羽以上をケージ飼育法により飼育しています。鳥インフルエンザ対策のために、外部との接触を一切断つために窓もない養鶏場の建物は、もはや農場というよりも、安全管理・品質管理された工場といってよいかもしれません。

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GPセンターでは鶏卵の一時的保管機能も行い、パック詰め、箱詰め、割卵および凍結液卵製造、冷蔵などに対応し、流通の実質的中心になっています。一日の出荷は7万個に及ぶとか。

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まず、光に透かして卵を検査(透光検卵)します。ここで、ヒビや奇形、血卵(血液混入)等をはじきます。なお、見えないヒビが入った卵は、加熱調理用にするそうです。
次に、洗卵選別機鶏で卵の格付(選別)を、規格取引上の卵重区分(SS、S、MS、M、L、LL)に分別し、包装施設します。機械で卵の向きを揃えて掴み、重量を量るわけです。機械が卵を割ることもなく、すごいスピードで分別していきます。ちなみに、最小が40g以上、最大が76未満で、6gきざみでSS,S、MS、M、L、LLとなります。だいたい普段食べているのは50-60gというこになりますね。

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分別し終わった卵。整然と並ぶ姿は、美しい。

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こちらのGPセンターでは、温泉卵の加工・製造をしています。はじめて知ったのですが、「温泉玉子」の定義は、人・地域によって違うということ。私の認識では、一定の温度で一定時間、湯煎することで、黄身はやや固まるものの、白身は固まっていない状態の玉子ができるという理解でしたが、人・地域によっては、温泉にさえ浸かっていれば、黄身・白身ともがちがちに固まっていても、温泉玉子というところもあるらしい。あぶくま鶏卵の温泉玉子は、もちろん前者でした。

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その他、くんせいたまごも製造・販売しています。燻製といっても、煙もくもくの状態で燻すのではなくて、赤外線?を用いて香り付けをするらしい。

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ニワトリは、ほぼ毎日産卵をするので、養鶏場もGPセンターも、基本的に365日、休みなく稼働します。従業員のシフトがあるとはいえ、休みがないのは、大変ですね。
 
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白土屋菓子店の超特大ジャンボシュー

いわきでジャンボシューといったら、必ず挙げられるのが好間IC近く、旧国道沿いにある「白土菓子店」。好間地区は、ジャンボメニューで街興しをしていますが、その代表店です。
主にジャンボサイズのシュークリームを扱っていますが、何と言っても目玉は、30cm×20cmの大きさの超特大ジャンボシュー、1,836円です。午前中に売れ切れてしまうこともある、人気商品です。
 
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これまで駐車場がなくて買いにくいなあと思っていましたが、いつのまにか向いの大きな駐車場が確保されていました。交通量が多く、横断歩道がないので、横断にはかなり気をつかいますが、路上駐車を心配しながら買い物せずにすむのは大変助かります。

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ショーケース上段奥に1個だけ、、超特大ジャンボシューが残されていました。上段手前は、特大ジャンボシュー1,100円です。これでも6人がかりで食べてももてあますくらいのボリュームです。

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15人で食べても、一人あたまのボリュームはまだまだ多いです。見た目のインパクトは、かなり大きいですので、大人数でのパーティにオススメです!

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恐竜博2016 スピノサウルスの全身復元骨格

肉食恐竜ティラノサウルスと、そのティラノサウルスをも上回る、史上最大の肉食恐竜スピノサウルスの、本物の化石による全身復元骨格が展示されている、恐竜博2016@上野国立科学博物館に行ってきました。GW期間中ということもあり、大混雑ではありましたが、これは見ごたえがあった。

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全長15m、史上最大の肉食恐竜 スピノサウルス。実は、1912年に発見されていて、ドイツ博物館で研究が進められていましたが、第2次世界大戦で焼失してしまいます。その後、謎に包まれていましたが、ついに2008年にモロッコで新しい化石が発見。それをもとに2014年に、論文が発表され、それをもとに新たな全身復元骨格が作られたものです。肉食恐竜にもかかわらず、水圧を感知する器官を持ち、水中にまで行動範囲を広げていた可能性があるそうです。
 
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白亜紀の化石が、こんなに鮮明な形で発掘されることもあるのんですね。

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最も有名な恐竜、ティラノサウルス。その中でも1991年にカナダで発見され、2013年に全身復元骨格が完成したティラノサウルスは、「スコッティ」と名付けられ(世界に3体しかない貴重な全身復元骨格のうちの1体だそうです)、これまで発見されたティラノサウルスの中でも最大級の大きさだそうです。
 
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やはりティラノサウルス、全長ではスピノサウルスに劣るかもしれませんが、「肉食」らしい獰猛さは、ピカイチです。

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その他の恐竜も多数展示されていました。どれも貴重なものなのですが、やはり「スピノサウルス」「ティラノサウルス」の全身復元骨格の迫力にかすんでしまいました。こんな貴重なものを見ることができる、日本、東京というパワーは素晴らしい。

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吉田みきと プロフィール

ふるさとの福島県いわき市で、市議会議員として活動を開始しました! いわき市は、今、複層的な問題が山積しています。公認会計士としてのキャリアを生かし、フレッシュな視点で問題点を洗い出します。



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