吉田みきと ほぼ毎日ブログ

「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。」 吉田松陰・高杉晋作語録   「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない。」 西郷隆盛・山岡鉄舟語録

2014年08月

本能寺の変 431年目の真実 明智憲三郎著

著者は、明智光秀の子孫です。明智残党狩りの手を逃れた光秀の子・於寉丸(おづるまる)の家系とのこと。その光秀の末裔がついに明かす衝撃の真実?仮説?です。本当の意味の歴史学者でなく、先祖という思い入れがあるからこそ、大胆な仮説を立て、懸命に検証するステップがおもしろい。

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キーワードは、名門・土岐明智氏とその親族。その家系の行く末に危機感を抱いていた光秀に、家系のルーツというべき長宗我部氏を、信長の四国征伐が追い込んでいく。光秀が絶望していくタイミングで、まさに鬼才・織田信長が、最後の強敵を討ち果たすための策謀が計られる。最も信頼する部下である光秀はすべてを知り、千載一遇のチャンスにかけた。準備に十分な時間をかけ、策謀を練り、各地に手を回した。著者は自ら調べて新事実を積み重ね、日本史最大のクーデターの仮説を立てる。これこそ日本人なら誰でも知っている事件の歴史捜査エンターテイメントでしょう。

考えれてみれば、歴史の定説として教科書に掲載されているのは、いわゆる「勝者の歴史」に過ぎません。勝ったものが自らの正当性を補強するために、史実を脚色するなど、造作もなかったのでしょう。勝者の依頼で作られた歴史本などいくら読んでも真実は見えてきません。考えてみれば、調略にかけて百戦錬磨、生き馬の目を抜く戦国武将達が、単純なロジックで一族の生死をかけて行動したわけもなく、われわれの先人達は言葉通り、命をかけて人生の選択をしつづけた結果、歴史がつくられてきたわけです。その先人達の歴史の上に成り立っている現代人の生活ですから、われわれ現代の日本人はそれら先人達の想いを理解することは責務だと思います。
 
これまで習った知識や色眼鏡を捨てて、歴史の事実がなぜ起きたのかを考えてみたい。
・主君信長のために身を粉にして八面六臂の戦闘を繰り広げてきた光秀が、本能寺での家康討ち計画を利用して信長を討ったのはなぜか?
・自分の家来だった光秀が信長に抜擢されていくのを見て、細川藤孝の心中や如何に?そして下した決断とは?
・光秀との打ち合わせどおりに織田軍切り崩しにかかった家康が、光秀敗死を知ってどう動いたか?
・光秀の信長討ちを事前に知りながらも、秀吉はなぜ信長を見限り、どうやって誰よりも上を行って頂点までのし上がったのか?
・信長が警戒したとおり最終勝利者となった家康が、竹千代の元服を4年も延期して家光と命名した裏には何があるのか?
・なぜ「家」「光」なのか?家の字は家康由来としても、当時、光の字を使っている大名は限られている。
・家光の乳母とされている春日局は、明智光秀の重臣であった斎藤利三の娘。

謎解きをしていく過程が面白い。また、石谷頼辰、松井康之、杉原家次、彌介、島井宗室など、歴史上、重要視されてこなかった人物達が、実は、本能寺の変という歴史を動かしたキーパーソンであったかもしれないなど、いろいろな意味で興味深い本です。

復興庁との勉強会

国会議員のアレンジで、復興庁・総務省との勉強会を参議院会館で持ちました。

<復興庁>
・復興財源フレームでは、復興予算は全体で25兆円
・これまでいわき市には、1300億円の復興交付金が投入されている
・復興事業として、復興庁が基幹事業として5省40事業を指定。補助率8割、地方負担2割だが、1割を国庫補助、残りの1割を別途地方交付税の加算対象とすることで、実質地方負担ゼロが実現
・基幹事業に関連して効果促進事業があり、ソフト・ハード事業に使える
・福島復興再生特別措置法では、集中復興期間を平成27年度までとしているが、法の対象期間は10年間

<総務省>
・新たな広域連携として、自治体間の任意の連携協約を推進
・現在61都市が、地方中枢拠点としての候補
・福島県では、いわき市・郡山市が候補
・先行9団体がモデル都市として先行
・地方自治体が経営する病院の赤字額は桁が大きく、自治体が倒れる主要因
・一般会計から繰入れをしないと、赤字経営がほとんど

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鉄道復権 自動車社会からの「大逆流」  宇都宮浄人著

本書は、ヨーロッパを中心に起こっている車偏重への反省としての鉄道復権の動きを紹介し、日本の交通行政に対する提言しています。都市インフラの交通システムとしての鉄道の役割とは何かを徹底的に考えています主にヨーロッパの鉄道復権の潮流を紹介しながら、日本の状況を考察した本です。

特に興味深かったのは、LRTは、単に低床の電車ということではないんですね。それに、バス、パーク&ライド等、他の交通手段との連続性を高めた、路面電車を中心とする市内交通システムのことなんですね。ヨーロッパではLRTの総合システムにより、都市の無秩序なスプロール化を防ぎ、中心市街地の活性化をめざす「まちづくり」の視点から導入されているわけです。ドイツ・スイス・フランス等だけでなく、さらにはトルコ・モロッコ・アルジェリアもLRTを導入したそうです。日本でもLRT計画を立てながら政争の具とされて頓挫した宇都宮市と、成功事例としての富山ライトレールとして知られる富山市が紹介されています。

<富山市のLRT 鉄道むすめは、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/46621859.html
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この本から、初めて知ることが多いです。
・ヨーロッパでは国際的な鉄道網の大規模な再整備(増強)が計画的に進められている
・ベルリンやウイーンのような大都市の中央駅の形式が変わりつつある(終着駅型から通過交通に便利な形式へ)
・鉄道経営の上下分離(鉄道施設の所有と運行の主体が分離されていること)が進み、国際的に多くの企業が競争に参入している
・LRTによって、大都市でも中小都市でも新たな街づくりが進められている
・地方の鉄道の衰退は、黒字化という課題を与えてしまっていることが背景。そもそも公共交通に採算を求めるのは日本くらい

<ドイツ 移動交通手段>
http://www.mikito.biz/archives/33176861.html

 「自動車の台数が増えて道路が混雑するから、新たに自動車道路を作ろう」という考え方は、正しくないかもしれない。なぜなら、自動車中心社会である地方都市の公共交通が衰退し、結果として高齢者やティーンエイジャーの移動の自由を奪われるからです。

いわきにも小名浜に福島臨海鉄道という、常磐線泉駅と小名浜駅を結ぶ貨物専業鉄道があります。小名浜駅周辺には、平成28年春を目指してイオンモールが進出し、県の合同庁舎等の隣接して建設される予定です。この貨物専用線をどうにかして、旅客化し、イオンモールや官庁の勤務者の通勤手段として、またイオンモール客の移動師団として利用できないか。技術的・既存ルール的には容易ではないことは想像がつきますが、できない理由を見つけても意味がない。長期的な全体の利益を考え、まちづくりに必要な機能・インフラという視点で考えれば、鉄道復権はありではないでしょうか。実際、通勤者も買い物・レジャー客も全員、自家用車で移動してくることになれば、道路渋滞だけでなく、人数に対応する駐車場確保ができない。福島臨海鉄道と出資元には、福島県が含まれています(メインは、JR貨物)。ぜひ、大所高所から、まちづくりを考え、鉄道復権を果たしたい。 
 

ふるさといわき元気セミナー・いわき在京・地元各界交流の夕べ 創造的破壊

ふるさといわき元気セミナーが新橋第一ホテルでありました。講師は早稲田大学理事の藁谷友紀先生です。経済発展の過程の説明をシュンペーターの「経済の量的拡大」と「質的変化」を題材に説明いただきました。

藁谷先生はドイツのボン大学ご出身だけあって、ヨーロッパ系の経済学です。簡単にいうとケインズ経済学のように、(金融政策はもちろん)財政政策等で物価をコントロールするよりも、もっと本質的に物価を安定させるべきとのお考えのようです。すなわち国民の社会福祉の向上の第一を国民所得の増加と捉えるならば、Y=C+I+G+(E-M)のとおり、I(投資)の部分を、積極的な社会資本の充実に振り向けるべきという主張です。

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通常は、過去の延長線上に沿って連続的に経済発展するが、「ある機」には非連続的に経済発展するポイントがある。それこそが東北大震災というわけです。これがシュンペーターのいう「質的変化」です。一方、その質的変化には「創造的破壊」が必要です。すなわち、既存のビジネスでうまくいっている(既得権益をもつ)既存の会社がリスクを冒して創造的破壊を行なうはずもなく、このような行動がとれるのは、起業家精神をもった新規参入者が必要ということです。まさに震災後のいわきにも、あてはまります。

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例を挙げれば、災害公営住宅は単なる住宅建設で終わってはならない。すなわちこれからの未来につながる投資でなければならない。社会資本の充実という意味では、クラスター(ぶどうの房)の例えもされました。すなわち産業が生まれるためには、一企業で成功するのではなく、関連する企業が集まって集積して、ぶどうの房になることで成功する可能性が高くなり、その例がシリコンバレーです。新産業を起こそうというのなら、単発で企業活動するのではなく、似た企業が集まることで相乗効果がでます。

いわきの復興ビジョンについてはきびしい注文もつきました。すなわち現在のいわきの復興ビジョンは、前市長の時代に作られたモノが、粛々と使われおり、復興の進捗度もこれを用いて説明されています。しかしそれは3年前の震災直後のバタバタしている時期に作られたものであり、いわきの将来のビジョンというにはあまりに稚拙な部分もあるのも事実。ビジョンはいわきの方向性を指し示すものとして非常に重要なものなので、新市長にきちんと見直して欲しいということを、言外に何度もコメントされていました(ように感じました)。

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セミナー修了後は、「いわき市在京、地元各界交流の夕べ」が開催。在京のいわき出身の財界人が大量に集結しました。いわき応援大使も10名以上参加下さり、大変盛り上がりました。偶然名刺交換した方が、かつての平藩の殿様のご子孫だったりするサプライズもありました。

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片倉磐城製糸 (現 イオンいわき店)

ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会は、「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)を世界文化遺産に登録しました。国内で近代以降につくられた産業施設の登録は初めてです。この富岡製糸場を経営していた片倉財閥は、東京都中央区に本社を置く現在の片倉工業株式会社であり、ショッピングセンター等の不動産運営・賃貸、自動車部品等の機械製造販売、繊維製品の製造販売を行う企業です。実は、現在いわきイオン・カタクラのある場所には、富岡製糸場と兄弟の関係にある、片倉磐城製糸株式会社がありました現在、カタクラの1Fにこじんまりとしたパネル展示があります。

<朝日新聞 2014.6.21は、コチラ>
http://www.asahi.com/articles/ASG6M5Q0TG6MUCLV00F.html


<片倉磐城製糸株式会社の歴史>
1929年 平三倉で、片倉磐城製糸(株) 操業開始
1972年 ボーリング&ゴルフ場がオープン
1976年 ニューライフカタクラ平店がオープン
1995年 いわきサティ開店。
2011年 イオンいわき店へ店名変更
 
平三倉にあった片倉磐城製糸の工場。撮影時点は昭和3年。生糸を納入する市内組合の代表をしていた江尻庄作氏による全景です。片倉製紙ができる前までのいわきの養蚕業は、家庭内手工業でした。市内各地の庄屋様が自ら私財を投じて、畑を開墾し桑畑を作り、蚕を自宅の2階で育てたそうです。自ら育てた蚕・繭を収穫し、敷地内で糸にまで加工していました。片倉磐城製紙では、非効率性を解消するため、市内各地で生産される生糸を一括して買取り、効率的に一括して加工しました。その結果、会社は巨万の富を得ることになったようです。いわき市内各地から、協同組合を通じて生糸の出荷の取りまとめを行なったのが江尻庄作氏です。江尻庄作氏の子孫の江尻兼次氏によれば、三倉の片倉磐城製糸敷地内には、大きな池がありました。その後のボーリング&ゴルフ練習場には残っていましたが、ニューライフカタクラ平店に業態変更した際に、なくなってしまったようです。

片倉磐城製糸工場の遠景の写真を見ると、富岡製糸工場とまではいかなものの、兄弟工場らくし大規模でしっかりした建物群が立ち並んでいることがわかります。これが保存されていれば、いわきに世界遺産登録の可能性があったかと思うと、忸怩たる想いを持ちます。

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(出典:養蚕神社収蔵物より)
 
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 (出典:飯野の歴史より)
 
平三倉にあった片倉磐城製糸の工場の、貴重な内部写真。巨大な紡績機械が、見渡す限り設置されています。当時、人減らしの意味もあって市内各地から女工さんが集められたそうです。いま存命でいらっしゃったら90才もしくはそれよりちょっと上の年齢の方々です。「ああ野麦峠」もしくはNHK連ドラの「アンの花子」の主人公の妹のようですが、実際に片倉磐城製糸の待遇は悪くなかったようです。

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片倉磐城製糸株式会社は,1929年に操業を開始。1930年当時は世界的な経済不況期であり,いわき地方の工業生産額も福島県統計書によれば、停滞していました。1929年当時、いわき市内で従業員100名をこえる工場は、磐城セメント四倉(従業員362)、片倉磐城製糸(同345名)、品川白煉瓦湯本(同161名)、磐陽館製糸場(108名)の4工場だけだったそうです(福島県統計書による)。
 
片倉磐城製糸株式会社の生産には生糸が必要です。その供給源のほとんどを特約店として市内各地から集めていました。その元締めが飯野村の江尻庄作氏です。納入業者の元締めとしてかなり裕福だったようで、私財で「養蚕神社」という神社を建立し、毎年お祭りを開催していたとのこと(現在は、休止中)。

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江尻庄作さんの立像が、養蚕神社の下にありました。市内の生糸の納入を一手に引受けていました。南白土の山裾には、蚕に食べさせるための桑がそこかしこに植えられていたそうです。

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内部には、協同組合のメンバーが記載された額が2枚ありました。いわき市内全域から、繭を集めていたことがわかる貴重な資料です。養蚕には桑畑が必須です。当時は市内全域に桑畑があり、飯野村も山肌に桑畑がたくさんあったそうです(現在は、放置され山林に戻っている)。

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庄作氏の写真は飯野村の収穫作業の写真が残っています。これも当時の貴重な写真。庄作氏の子孫と話してこの写真からいろいろなことが読み取れました。
・撮影場所は、現在の平南白土の公民館周辺
・新川(当時は古川と呼んでいた)の堤防はなかった。当時は流量も少なかったから必要なかった。
・左手奥が、現在のイオンいわき(三倉)にあった、片倉磐城製糸の工場。巨大な煙突が見えます。
・右手奥が、現在のマルト城東店にあった、平発電所。3本の煙突が見えます。ここは磐城炭砿の所有で撤去されたのは昭和52年ごろ。

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この写真には田んぼが一面に広がっていますが、現在は私の自宅も含め、完全な街なか住宅地となっています。つい数十年前には、養蚕が盛んな田園地帯であったことなど、現代の生活では想像もできません。このような事実を伝えていくことが、地域に対する愛着の源泉ではないかと思っています。

すき家のうな丼

すき屋で、うな牛丼にトライ。意外にけっこう肉厚で、美味しい。うな牛丼、並盛830円です。場末のうなぎ屋顔負け。ゼンショーでは、養鰻場で生きたうなぎを手作業でさばき、そのまますぐに蒲焼にしてしまい、真空パックで店舗へ配送するらしい。タレは三度付けらしい。焼き食の安全性に関しては、出荷前に11回の検査を行っているとのこと。牛丼同業の中でもキワモノ商品を出す会社と思っていたけれど、見直しました(というか、牛丼と合わせて提供する段階で、すでにキワモノなんですが)。
 
すき屋のうな牛丼の特徴は、四点。 
・生きたうなぎを手作業でさばき、そのまますぐに蒲焼にする
・蒲焼にする際に、焼き→タレつけ→焼き→タレつけという作業を3度繰り返す
・そのようにして焼きあがったうなぎをその場で真空パック
・お米は、国産コシヒカリ(らしい)

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それにしても、「うなぎの検査は精度を高めて11回!」。養殖を始める前から店舗で販売するまで、各段階で適切な検査を行っているそうです。その数、なんと合計11回。一般的な国内養殖うなぎよりも厳しいかも。どこにも記載はありませんが、おそらく中国産のウナギなんでしょう。中国産は何でも怪しいんではないかという風評被害を未然に防止?するためか、検査精度をアピールしています。これって世界的な海洋資源の枯渇等の課題はあるものの、一企業が生き残るための経営の戦術の一手としては、ありだと思う。
 
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いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム 東浩紀氏

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウムの開催にあたり、作家であり思想家でもある東浩紀氏にご寄稿いただきました。東氏とスタディツアーもご一緒させていただいたことがあります。「福島第一原発観光地化計画」という刺激的なタイトルの著書を出され、福島の20年後の将来の姿を提言いただいています。

<旧警戒区域に行ってみっぺ ゲンロン・ふたば商工株式会社ジョイント開催は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/39441989.html
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 福島第一原発観光地化計画は、東京在住の作家のわたし、東浩紀が中心となって進めている一種の「呼びかけ」です。標題のとおり、二〇一一年の三月に深刻な事故を起こした福島第一原子力発電所の跡地と周辺地域を、後世のために「観光地化」するべきだ、という提言を行っています。被災地ほか、チェルノブイリへの取材も行い、昨年『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』『福島第一原発観光地化計画』の二冊を出版いたしました。 原発跡地を「観光地化」する、という表現に驚かれるかたもいると思います。けれどもここでは「観光地化」という言葉を、事故跡地を観光客へ開放し、だれもが見ることができる、見たいと思う場所にするという意味で用いています。
 
 わたしたち日本人は、福島第一原発事故についての情報を、世界に向けて発信し、後世にきちんと残す責務を負っています。そのためには、研究者やジャーナリストだけではなく、一般市民の見学を国内外から積極的に受け入れるべきだと考えます。多くのひとが実際に福島県の浜通り地域を訪れること、それは地元の経済的復興だけではなく、無用な風評被害を阻止するのにも役立ちます。そして一般市民の見学を受け入れるとは、訪問客の誘致を、なんらかの意味での「観光地化」を意味します。ちょうど六九年前、同じように放射能で汚染された広島のようにです。原爆ドームは、いまや世界遺産に登録され、国内外から多くの観光客を集めています。原爆投下は広島市民にとって大きな悲劇でしたが、彼らはその悲劇を忘れるのではなく、記憶のうえに新しい町を築くことを選択しました。
 
 事故跡地の見学などできるわけがない、と反論されるかもしれません。しかし、放射線の危険は被曝時間と関係し、また今後除染も進むので、事故跡地への短時間の滞在は将来的には十分可能だと思われます。実際にわたしたちは、福島第一原発の二五年前、同じように事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所へ視察に行ってまいりました。同原発と周辺地域は、じつはいま観光客を積極的に受け入れており、またその状況は記憶の継承に大きな役割を果たしています。
 
 日本では、観光というと娯楽中心の「物見遊山」の語感が強いと思います。しかし、語源の「ツーリズム」には巡礼という意味もあります。また近年の観光学では、戦争や災害など、悲劇の痕跡を巡る「ダークツーリズム」の現象も注目されています。上記の広島をはじめ、多くの戦争遺構や災害遺構を抱える日本は、じつはダークツーリズムの先進国でもあります。原爆ドームは、広島の重要な観光資源であると同時に、核兵器の残酷さを伝える貴重な遺産にもなっています。観光は娯楽であるとともに、学びのきっかけにもなります。
 
 二〇一一年に大きな苦しみを経験した福島県浜通り地域が、あの事故を「なかった」ことにするのではなく、あの事故の「うえ」にもういちど新しいふるさとのすがたを構築するために、原発事故跡地の「観光地化」という逆転の発想は大きな示唆を与えると確信しています。ぜひ提案をご検討ください。

東浩紀氏
1971年東京生まれ。作家、思想家。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。『動物化するポストモダン』『一般意志2.0』『弱いつながり』など著書多数。サントリー学芸賞、三島由紀夫賞受賞。

出典:いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム ご寄稿集 
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稚拙なる者は去れ 天才心臓外科医・渡邊剛の覚悟 細井勝著

「稚拙なる者は去れ」。傲岸不遜のタイトルです。自分が優れた臨床医師ということを鼻にかけ、そうでない医師を見下したようにも見えます。日本人最年少の心臓移植手術医。以前なら、なす術のなかった患者たちの命を救ってきたことから「天使の手をもつ心臓外科医」といわれる男・渡邊剛医師。国立大学医学部の教授の職を投げ打って、東京・浜田山にある個人・私立病院の設立を行ないました。先日、河内理事長のご案内のもと視察させていたきました。その渡邊医師の足跡を辿る手記が出版されたので早速読んでみました。

<ニューハート・ワタナベ国際病院は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/39233027.html

数々の心臓疾患の難手術を成功させ、以前なら、なす術のなかった患者たちの命を救ってきたことから「現代のブラック・ジャック」「天使の手をもつ心臓外科医」などと称される金沢大学の渡邊剛教授。日本で初めて「オフポンプ手術」(人工心肺を使わず、心臓を拍動させたまま行う手術。天皇陛下の狭心症手術で一躍有名になった)を成功させ、スタンダードな技術として確立すると同時に、わが国では他にできる者がいない「ロボット手術」や「アウェイク手術」も日常的にこなす人物です。血管を吻合するスピードは一般の5倍といわれる手早さ、執刀した手術の成功率は、世界一の99.5%。

若き日は、ドイツで心臓外科の父と呼ばれるハンス・ボルスト教授のもとで修行し、技術だけでなく、「人に頼るな」という教えを叩きこまれました。人に頼るなとは、権威や因習、序列、流行ではなく、自分で判断するということ。この反骨精神が、渡邊医師の生き方を貫いてきました。

「ブラック・ジャックになりたい」と夢見た少年は、世界最高レベルの医者となったいまでも、「とにかく患者と関わりたい」と、多忙をきわめながらも、手術前の患者と、その状態を知るため、直にメールでやりとりをするそうです。著書の中では、心臓疾患で悩む患者が、ネットで渡邊医師の存在を知り、紹介もなしに渡邊医師にメールを出す事例がいくつか紹介されています。渡邊医師のレスは30分-2時間と、異常なくらいレスポンスが早く、理性的かつ、温かい内容に患者は信頼感を持つようです。膨大なメールのやりとりをし信頼関係ができたところ、自らの心臓手術を渡邊医師に任せる気持ちが醸成されていくようです。

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実際に読んでみると、スーパーマンでもなんでもない一人の医師の姿を見ることができます。
・英語・ドイツ語ができず、苦労したこと
・留学先のドイツで、イジメにあったこと
・帰国後は、金沢大学でやっかみにあったこと
・医局人事で、富山大学に飛ばされたこと
・患者のための治療よりも、保険点数に向いた治療をしている病院が多いこと
・金沢大学の教授戦では、ポジションと臨床能力が関係ないことを思い知ったこと
・手術のために、毎週のように東京・川崎・金沢等を往復する日々

このような逆境を、実力で跳ね返してきたことが、彼の行動の原点になっていると感じました。「若い頃はね、飲んだり、異性とつきあったりすることより、ストイックに働いて仕事がおもしろくならないとね。そうすればまちがいなく、どんな仕事でも成功すると思いますよ」とは、インタビュー時の渡邊医師の言葉です。

教授として金沢大学付属病院第一外科に戻った当時は、医療になれ合いのよどんだ空気が流れていたそう。母校の教室を建て直すには人心から一新しなければならないと決意し、就任直後に17条の憲章を作成しています。これは現在の、ニューハートワタナベ病院にも掲げられていました。
「医師として」
1. 一流外科医をめざし、修練を忘れず道を極める。
2. 循環器、呼吸器、脈管、消化器学の神髄を会得すべし。
3. 専門医で終わるのではなく、広い他疾患領域をあまねく勉強すべし。
4. 基礎研究を含めた他領域の一流人と交流すべし。
5. 人に患者に真摯であれ、常に患者の横にいることから良い臨床医は生まれる。

「医学者として」
6. 新たなるものに挑むとき、Lion Heart, Eagle Eye, Angels handを持って行なうべし。
7. 流行を追わずに流行を作れ。
8. 医学者として研究に勤しみ英論文を書くべし。論文は医学者としての顔である。

「医局員として」
9. 人に投資せよ、人は医局の礎である。
10. 後進にけじめを示せる先輩であれ。怠惰、狡猾、稚拙の輩は去るべし。
11. 第一外科スタッフは、Best & Brightestをもって常とせよ。
12. 良い仕事をすれば、よいPositionを得ることができる
13. 第一外科の外科医であることを誇りとし、何をしてくれるかではなく、第一外科のために何ができるかを考える。
14. 苦しいときも艱難を愛し、よろこびてこの道を前に進め。
15. 時計は逆に回せない。Goal Directに後悔しない人生を生きるべし。
16. 身分の高い人はより大きな義務を負う(Nobless Oblige)
17. 夢を持ち信じて事に当たるべし。信あらば何事も成功する。

このようなワタナベイズムは、若い医師に対しハイレベルな医師、高潔な人間になることを求め、気迫と熱情があふれています。本のタイトルにあるように「稚拙なる者は去れ」、と手厳しく、油断や慢心は許されない。その哲学者のような姿に若い医師は惹かれ、つねに学び続けたいという医師が集まります。

このような方であっても、時間や年齢は誰にも平等です。渡邊医師に執刀してもらい、この世に第2の生を受けた方々は、先生だけでなくこの時代に感謝しなくてはならないかもしれません。一方、このような医師の活動の機会を阻害されるような制度や風潮は、厳に慎まなくてはならないと、改めて感じました。

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム 井出恵伊子様

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウムの開催にあたり、看護師の井出恵伊子様にご寄稿いただきました。
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高齢化に伴い看護師への期待が広がっている。そこで新たな取り組み例として、特定看護師の事例と看護から病院経営を考える意義について報告をさせて頂きたい。
 
【特定看護師の活路】
特定看護師に係る法制度が今回の国会を通過した。この制度は医師の包括的指示の下、研修を受けた看護師が手順書に従いながら一定の判断をしつつ医行為を行うことができるもので、特に医師が不足する地域や部門での活躍が期待されている。当院では平成24年より厚生労働省の試行事業を開始、高度看護実践分野の大学院修了生を診療部に所属させ活路を模索中である。
 
(急性期病院でのニーズ)
手術や外来等で忙しい診療科では医師が日中病棟不在で、夕方に入院患者対応に当たることが少なくない。こうした毎日は医師を疲弊させるだけでなく、看護師側も夜勤帯に指示変更や処置が増加するので疲弊の原因となっている。そこで当院では脳外科に1名の特定看護師を配置、医師が手術や外来で不在の間に、検査結果を確認して患者をラウンドし、状態変化等をいち早く医師にレポートして指示を受けている。病棟看護師にとってもすぐに確認でき、医師としても1本の窓口から情報を集約して報告してくれるため、この動きは大変好評である。中規模病院では潤沢な医師採用は難しく、運営面・経営面からも助かっている。
 
(医師不足地域でのニーズ)
今春より1名を青森県六ヶ所村の有床診療所に派遣し、医師不足地域での活動を始めた。この診療所では僅かな医師で入院・外来診療の他、乳幼児~成人健診、介護施設等の訪問診療、検査読影等全てに対応しており、特定看護師の活躍の場は大きいと考える。最初に取り組んだのは糖尿病患者のフォロー。忙しい診療所では、患者教育を始め、合併症フォロー等、医師が時間をかけて患者と話す時間がない。そこでそれらを可能な範囲で特定看護師が担当し始めている。また訪問看護の立ち上げでは、iPadを持参し、気になる所見や全身状態の判断に必要な写真を送り、医師が遠隔から的確かつ迅速に判断できるよう支援を行っている。将来的にはエコーを当てられるよう訓練し更に幅広い補助が行えるようにしたい。
 
【看護から経営を考える】
現在私は管理者直轄の経営企画室で、臨床経験と経営を融合させ、病院全体の運営に関わる各種業務を行っている。特に病院経営上、収入の最大因子は「病床利用率」であり、費用で最も大きいのは「看護職員人件費」である。病床利用率は看護側の運営要素が大きく、看護職員人件費は「看護配置基準」に基づく。平成26年の診療報酬改定ではこの看護配置基準の見直しが争点となった。つまり看護が重要論点となっている。
このような背景から、昨今大学院にて病院経営と看護の関わりに関する授業を始めている。経営が現場看護と密接に関わっていたことに気付いた看護師学生は、目の色を変えて真剣に討議してくれている。こうした討議の場を広げ、病院運営を主体的に考える現場看護師を増やしていきたい。
 
【最後に】
特定看護師が支援する診療の隙間も経営課題の隙間も、1段階のスキルアップで貢献の場を広げることができる。現在こうした機会を求める看護師も増えている。この機会を各地域に創出して都会への流出を防ぎ、特に男性を中心として看護師のなり手も増やしていきたいと考えている。

井出恵伊子様
大学で医療制度を専攻後、総合病院にて7年看護師として勤務。その後経営学修士を取得、山田ビジネスコンサルティング株式会社を経て、2012年より東京ベイ・浦安市川医療センターの経営企画室にて病院立ち上げ業務に従事中。

出典:いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム ご寄稿集 
 

愛谷町ふれあい祭り

愛谷町ふれあい祭りに参加しました。これまで秋開催だったのですが、こどもが夏休みのうちにやったらどうかということで8月に開催となりました。16:00スタートの予定でしたが、大人のほうが準備を楽しんでいるところもあり、早い方は11:00ごろから現地入りしていたとのこと。当方は14:00ごろから、準備のお手伝いに入りました。

子ども会も一緒になって、各種ゲームをやって、時間を過ごしました。
・スタンプラリー
・ヨーヨーの手作り体験
・かき氷の手作り体験
・ビンゴ

食べ物のメインは、焼きそばや焼鳥、フランクフルトの焼き物です。準備も運営もこれが一番大変なのですが、実は一番楽しい。最初の10本くらいはあまり上手に焼けない(焦げたり、落ちたり、バラツキがあったり)のですが、それ以降はかなり上手に焼けるようになり、だんだん楽しくなるのです。目の前で食べてくれた人から、これは美味しいなどの感想が聞かれるとますます、やる気になったりします。

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個人的に楽しかったのが、こども達による「かき氷の手作り体験」です。ご家庭にある、製氷機のキューブブロックで作るかき氷とは、スケールも味も異次元です。大きな氷塊が、手回しによって削れていき、見る間にかき氷に変身していくのを自分でできるのは、子どもならずも楽しい。

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このかき氷器の氷で、雪だるまを作ったり、缶ビールを冷やしたり、悪のりしながら子どもも大人も楽しみました。こういった遊びは、商業的な縁日ではできないでしょう。採算などまったく考えなくてよい、地域のお祭りだからできることかも。

 

子ども・子育て支援新制度の混乱

子ども・子育て支援新制度が、ヒドイ。平成27年春から、新制度がはじまりますが、4月入園の受付等はこの秋から開始されます。新制度は日本の子ども・子育てをめぐる様々な課題を解決すべく、平成24年に「子ども・子育て支援法」という法律ができたことに始まります。この法律に基づいて、消費税10%を財源として、毎年7,000億円程度が充てられることになっています。

目指すは、 子育てしやすくなるような制度設計と謳われています。
・既存の施設型給付(認定こども園、幼稚園、保育所)だけでなく、地域型保育給付(無認可保育所等の小規模保育等)へも、補助が出るようになった
・幼保連携型認定こども園の認可が、市レベルとなった
・放課後児童クラブなども支援の対象となった

しかし本当に保育サービスの質・量が向上するのでしょうか?問題は、以下の2点。
1. 現行制度にさらに屋上屋を重ねているので、複雑すぎる
既存の幼稚園・保育園に、認定こども園がさらに加わり、認定こども園の中でも、幼保連携型・幼稚園型・保育所型・地方裁量型が併存し、それだけで6種類の施設が、この世に存在することになります。
さらに地域型保育給付には、家庭的保育事業・小規模保育・居宅訪問型保育事業・事業所内保育事業の4種類が、この世に存在することになります。合わせて、10種類の子ども・子育て支援新制度。とても覚えきれない。

これら制度を作り、運用するための公務員の時間コストは莫大ですし、民間事業者が制度をすべて理解するだけの時間に対する逸失利益もとてつもなく大きい。ご存じのとおり、これらの間接コストは、すべてわれわれの税金が投入されていますが、保育サービスの質・量の向上には直接寄与しません。これらの社会的費用を直接、保育の現場へ流したほうがよい。

2. 制度を作るのと、実際に保育施設が増えて便利になるのとは、話が別。
制度を作っても、実際に保育施設が増えるとは限りません。運用次第では、まったく民間から手があがらず、子育て支援の質・量とも増えないおそれもあります。

為政者が市民をたやすくコントロールするには、「依らしむべし、知らしむべからず 」。制度を複雑にすればするほど、市民は関心がなくなり、為政者にとって都合がよいのです。かつての年金制度がそうでした。国民年金・公務員年金・厚生年金・船員年金らの複数の制度を並列させ、かつ物価スライドや保険料だけでなく、税金投入等、仕組み自体を複雑怪奇にした挙句、専門家でも自分の年金がいくらになるかわからないくらいものになりました。その結果、年金財政がいつ破たんするかも試算できず、社会保険庁の記録改ざん等の事件さえも発生してしまいました。

制度はわかりやすく、目指す理念にシンプルに向えるようにすべきです。今回の子ども・子育て支援新制度は、間違いなく、世の中を混乱させます。そのあとで、もう一度制度の見直しが叫ばれることが、すでに予見できます。
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災害公営住宅への苦言

いわき市内の災害公営住宅の建設が進んでいます。市施工分が1,500戸、県施工分が1,500戸 合計3,000戸が新築されます。原則として、5階建鉄筋コンクリートのエレベータ付の、いわゆるマンションです。自宅を失った市内被災者にとっては、非常にありがたい施設であるし、用意した戸数はほぼ入居が決まったようです。基本的に、市施工分は市営住宅、県施工分が県営住宅の取り扱いですので、これまでの市営住宅・県営住宅と異なるのは、以下の点です。
 
・建設コストのほとんどが国負担
・当面の入居要件は、津波等の被災者等
・収入要件がないこと(高額納税者でも、被災者等であれば入居可)
・家賃減免制度があり、通常の市営住宅の水準よりも家賃が安い
・災害復興期間が終了した時点で、通常の市営住宅・県営住宅に組み入れられる
 
<「いわき市作町東団地」 災害公営住宅は、コチラ>
 
災害公営住宅の有用性は100%認めます。ただ、災害公営住宅の建設のポリシーに関して、苦言があります。

・建設地が市内中心部でなく、周辺部に散っていること
災害公営住宅のほとんどが、市の周辺部に建設されています。一定の規模の土地の取得が困難であったという事情はありますが、本来、人が住みやすい中心部に土地を確保し、建物は高層化して、人口密集度を高めるべきでした。そのことにより、人口減少下であっても、人と人との交流が増大し、新たなアイデアが生まれると思います。また医療や公共機関サービスも効果的に受けることができ、社会費用も少なくて済むことから持続可能な社会に近づきます。副次的ではありますが、人口集積が進めば地価も上がり、市の固定資産税収入に寄与します。地価が上がり、家賃も上がれば、高層の賃貸住宅建設も採算があってくるので、住宅供給も進みます。もちろん、自らの意思で周辺部でのんびり暮らしたいという方の自由意思は尊重しますし、それが周辺部の景観に維持等に大きく貢献することは論を待ちません。ただ周辺部のインフラ維持のための行政コストは中心部の6倍を超えるという試算もあります。ここでいいたいのは、公共がやるべき政策は、人々の自由意思を尊重しつつも、長期的・持続可能な視点を持って誘導していくべきではないかということで、震災復興に伴う公共住宅の建設地はその好機であったにもかかわらず、既存のルールに縛られてしまった。

日本創成会議・人口減少問題検討分科会からも提言されていますが、「若者に魅力のある地域拠点都市」に投資と施策を集中することが重要で、 人口減少に即応した「新たな集積構造」の構築が必要とされています。誤解を恐れずに簡単にいえば、「コンパクトな拠点」+「ネットワーク」形成。中心部に近くに住み、いわゆるコンパクトシティを実現することです。しかし市内中心部でなく、周辺部に散ってしまったら、それと真逆の施策です。
 
<日本創生会議の提言は、コチラ>
http://www.policycouncil.jp/pdf/prop03/prop03_digest.pdf
 
数年後に現入居者の何割かは自宅を建設し退去します。いったいその後に誰が周辺部のマンションに住むのでしょうか。周辺部には濃密な人的コミュニティが形成されていることが多く、ここに縁もゆかりもない他の地域の人が入ってきて溶け込むには、非常にハードルが高い。その結果、退去後にかなりの確率で空室が発生します。その後どうなるかというと、長期間空室が埋まらず、人が住まない部屋は老朽化の進行が早まります。マンションは自主管理が基本ですが、エレベータの保守費用等が住民だけで捻出できなくなり、公費で管理費を支出することが求められるでしょう。空室が一定割合を超えるとスラム化するかもしれない。割れ窓理論というのがありますが、ちょっとでもスラム化が進むと、どんどん管理衛生状態が悪くなる。その時点になってから、対策を考えても遅いのです。
 
中山間部からは、地域活性化のために災害公営住宅を誘致したい、なんて声も聞かれます。あまりに短視眼で、我田引水の主張としか思えない。それこそ数年後どころか、すぐにでも空室ができることがわかっていて建設したりすれば、将来世代から税金の無駄遣いをした戦犯、とのそしりを免れないでしょう。 

・デザイン性がなく、シンボル性がない
災害公営住宅は、誰が見てもあまりにつまらないデザインです。作業員や物資が限られ、工期が短いという点を差し置いても、せっかく大震災という1000年に一度の災害イベントに対応した復興事業なので、それに見合うシンボル性が欲しかった。実は、災害公営住宅のデザイン検討中に、災害公営住宅は高層建物とし優れた景観やデザイン等にすべきと申し入れたことがあります。その際には、既存の公営住宅のルールで作るよう国から指導されてしまい、現在の形になってしまいました。今となっては後の祭り。この建物らはつまらないデザインの存在として、将来50年にわたって我々の生活の景観の一部として存在し続けます。

本当に、「こんなのっぺりとしたモノ」が欲しかったのか?
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新地方公会計実務セミナー@仙台

新地方公会計実務セミナー@仙台に参加しました。講師は、 新日本監査法人パブリックセクターの伊澤パートナーと柴田マネージャーが講師です。伊澤賢司氏は総務省の今後の新地方公会計の推進に関する研究会の委員であるとともに、IPSASB(国際公会計基準審議会)のボードメンバー。

公会計は平成12年に「地方公共団体の総合的な財務分析に関する調査研究会 報告書」が出され、普通会計のバランスシートの作成モデルが公表されてから、はや14年が経過しています。必要性は叫ばれながらも、誰の異ために、何のために会計をするのかという根本が定まらなかったことや、何をもって資産・負債・資本・収入・支出なのかという概念が二転三転してきたというのが実情ではないでしょうか。私からは、神学論争に明け暮れた10数年に感じます。

その公会計がこの1年でぐっと進展しているようです。平成26年に「今後の新地方公会計の推進に関する研究会 報告書」が公表され、基準の統一化・複式簿記・固定資産台帳が規定されました。関係者の膨大なディスカッションがあったことが想像され、頭が下がります。

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特筆すべきは、目的を明確にしたことだと思います。公会計の目的は二つ。
・説明責任の履行
・財政の効率化・適正化 です。
特に後者は、これまでまったく活用されてこなかった財務情報を用いて、財政運営や政策形成を行うものとし、具体的には資産・債務管理や予算編成、政策評価等に有効に活用されるものとされています。言うは易し、行なうは難し、この目的を達成できるように、自治体の担当者とマネジメントの実務にどう落とし込んでいけるかが、導入にあたって最大のポイントかもしれません。

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導入準備期間は原則3年とされています。現在が平成26年度ですから、このままいけば、平成29年度までに平成28年度(H28.4.1-H29.3.31)の財務書類を作るイメージです。ちょっと待て。開始貸借対照表を作る必要があるから、それまでに開始時点(H28.4.1)の固定資産税台帳が完成している必要がある。今がH26.8.21だから、あと1年7ヶ月しかない。本当にそれまでに、自治体の全保有資産の洗い出しをして、取得原価を確定することができるのか?目が離せません。
 
公会計は、神学論争に明け暮れた失われた10年(勝手にそう呼んでいます)を取りもどすかのように、この1年余りで進捗著しいですね。システムベンダーだけでなく、システムを使ってどうマネジメントに活かすかというコンサル会社の領域にも及びます。今後、関連するいろいろなセミナーが開かれるでしょうね。

<公会計に管理会計の発想が起きない要因は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/30294005.html 

ゲンロン 東浩紀氏 訪問

ゲンロンの東浩紀氏を訪問しました。東浩紀氏は、東京大学教養学部卒の作家・思想家で、哲学者でもあります。現在は、思想地図を刊行する出版社、ゲンロン代表取締役社長兼編集長を務めています。このゲンロンでは、ゲンロンカフェという、オープンな議論の場を提供しています。

東北地方太平洋沖地震にショックを受け、福島第一原子力発電所跡地付近の復興計画として『福島第一原発観光地化計画』を提唱している方です。実際に「福島第一原発観光地化計画」に関わる例としてチェルノブイリを実地調査し、「チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド」として発刊しています。『福島第一原発観光地化計画』は、薄っぺらい言葉である「観光」という言葉を、意図的に使って、(意識のそう高くない一般人にとって)、福島にいくことがクールだ、勉強になる、楽しいといった感想を、主として関東居住者が持つようにしたい、とのご意見です。被災地はかわいそう、がんばって!という視点だけでは支援は長く続かない、というのには賛同しました。
 
<福島第一原発観光地化計画は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/34827603.html 
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驚いたのがオフィスの内装!いったいここは芸術家の家か?と見紛う壁の装飾と内装。普段見慣れないアートも慣れると意外にしっくりくるモノ。楽しいオフィスでした。

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話の流れでひょんなことから、ゲンロン様主催の被災地ツアーに参加することになりました。人のご縁は続くなあと感じました。

<旧警戒区域に行ってみっぺ ゲンロン・ふたば商工株式会社ジョイント開催、はコチラ>
http://www.mikito.biz/archives/39441989.html
 

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム 木村守和氏

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウムの開催にあたり、いわき市医師会副会長の木村守和先生にご講演いただきました。木村守和先生は、いわき市四倉にある木村医院の院長も務められています。1984年に東北大学医学部をご卒業後、宮城厚生協会坂総合病院、1988年から、国立がんセンター外科で勤務されました。病院と診療所の連携、すなわち病診連携だけでなく、そこから一歩進んで、診療所と介護の連携に積極的に取り組んでおり、いわきの医療の大きな担い手の先生のお一人でいらっしゃいます。

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 日本の医師数の絶対的不足に、地域における偏在、診療科における偏在が加わり、地方の医師不足は深刻な状況になっています。いわき市の病院勤務医数は、東日本大震災以前の10年間で379名から283名へと96名・25%も減った状況で大震災を迎えました。病院勤務医数・開業医数は震災前と比較して大きな変動はありませんが高齢化の傾向にあり、人口が約10%増えたこともあって医療提供体制は深刻な状況です。
診療科については、勤務医が不足ないしはゼロとなっている科も多い状況です。開業医と勤務医の連携・病院同士の連携・他の地域への紹介などが行われています。

 救急医療は、いわき市の医療において最大の課題となっています。磐城共立病院の救命救急センターは、震災前から常勤医が少ない状況が続いています。救命救急センターに搬送される患者の約1/4は軽症患者となっており、搬送先がなかなか見つからないために、最終的に「三次」救命救急センターで受けざるを得ないという状況です。救命救急センター常勤医の確保が急務ですが、救急患者の重症度に応じて「二次」病院や「一次」開業医でも受けられる体制を作らなければならないと考えます。
 また、現在いわき市は65歳以上の方が25%を超える「超高齢社会」となっており、医療・介護などが緊密に連携する地域包括ケアシステムの構築を、いわき市といわき市医師会が一体となって進めて行く必要があります。 
 今後ますます高齢化が進むことが予想される中、高齢者が住み慣れた場所で生活を続け在宅や施設で最期を迎える「看取り」を実現することで、最期だけは病院でという救急搬送を減らすことも重要であると考えます。
一方介護職員の不足が顕著であり、介護施設が職員不足のためにやむを得ずサービス制限を行っているところもあります。介護職員の不足も医師・医療関係者の不足とならんで大きな課題です。
いわき市医師会ではいわき市の救急・地域医療を守るため、「かかりつけ医」としての休日夜間の対応・休日夜間診療所などへの協力・在宅(施設)への訪問診療・「看取り」実現の取り組み・医療出前講座の開催などを会員へ呼びかけています。

    医師不足解消のために既卒医師・新卒臨床研修医を確保することは最重要課題であり、待遇面を含めて十分な配慮が必要です。磐城共立病院は症例が豊富で医学部卒業後の臨床研修に最適の病院であり、約3年後には新病院完成が決まっているということを全国に向けて発信することが大切だと思います。また、全国には訪問診療などに力を入れ地域に出ていく医療の魅力で研修医が集まっている病院もあります。今後、磐城共立病院でもこういった分野に力を入れることをご考慮いただければと思います。 
 
 医療を受ける市民の皆様には、医療資源が限られた資源であることをご理解いただき、日頃の健康管理と健診などの受診・体調不良時の早めの受診・救急車の適正利用などについてご留意いただきたいと思います。また、診療待ち時間が長くなっていることへのご理解とご協力をお願いしますとともに、休日・夜間などに受診した際は医師・医療関係者が疲弊していることへのご配慮をいただきたいと思います。

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木村守和氏
1984年、東北大学医学部卒
宮城厚生協会坂総合病院勤務
(1988~1991年、国立がんセンター外科レジデント研修)
1997年より、木村医院院長
2002年より、いわき市医師会理事(介護保険・在宅医療)
2014年4月より、いわき市医師会副会長

出典:いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム ご寄稿集 

広野町産コシヒカリ 献上米

福島県広野町産コシヒカリを、友人からいただきました。知らなかったのですが、各省庁の職員食堂で買い上げている被災地の農産物割り当ての宮内庁分として、福島県広野町産コシヒカリをお納めすることになったらしい。

必ずしも天皇陛下がお召し上がりになるとは限らないけれど、もしかすると天皇陛下がお召し上がりになっているかもしれない。いずれにせよ宮内庁御用達、献上米となれば、ある意味、強力なブランドですよね。

もともとコメは、移行係数が低い(放射能土壌で栽培しても、作物に放射能が移らない)といわれており、現在の科学では安全であることが確認されています。それをもって安心とするかどうかは、それぞれ個人レベルの話です。まずは美味しいことの裏づけができたのは、嬉しいこと。

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いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム 開沼博氏

開沼博様は、福島大学うつくしまふくしま未来支援センターの特任研究員・社会学者でいらっしゃいます。いわき市四倉出身で東京大学文学部、同大学院学際情報学府博士課程をご卒業。「フクシマ論 原子力ムラはなぜ生まれたのか」「地方の論理 フクシマから考える日本の未来」「1984 フクシマに生まれて」等の数々の著書があります。

磐城高校でも、かつて進路講演会をやっていただいたことがあります。
http://www.iwaki-h.fks.ed.jp/s_life/pdf/h24/120525_shinrokouenn.pdf
開沼

 震災から3年のうちに様々な形で復興は進んできました。しかし、いまも進まぬ復興があります。それは「理解の復興」と「生活の復興」です。「理解の復興」とは、「何となく福島はこうなのではないか」という事実とずれた認識がいつまでも続いていることを改善することです。地元から見える基本的な課題が被災地の外に暮らす多くの人に伝わっていない。その認識を改めていく必要があるでしょう。一方、「生活の復興」とは、そこで暮らす人の、仕事や教育、医療・健康づくりなど生活に根ざした問題を具体的に解決していくことです。
 
 ともすれば、震災や復興に関する課題は「大きな政治・科学の課題」を主語として語られてしまいがちです。例えば、「原発が」「避難が」「東電が」「防潮堤が」「復興予算の無駄遣いが」といったように。それはそれで重要ですし、被災地から遠く離れたところに暮らす人にとっても分かりやすいテーマです。しかし、それだけ、そればかり問うていても、現地に生きる人々の生活の状況は一向に改善しない現実もあります。その「復興」に関する議論が、本当にそこに暮らす人の生活に役立つものなのか常に意識されるべきでしょう。

 では、「大きな政治・科学の課題」ではない、そこにある「生活の課題」とはいかなる課題なのか。「若い人がいなくなって困っている」「この地域を支えてきた産業がダメになっている」「病院が混んでいて十分な対応ができない」「地域のつながりがなくなってしまった」これらの言葉は、一見震災によって特別に起こった被災地にしかない課題のようにも思えます。しかし、そうでしょうか。
  
 少子高齢化と人材流出、既成産業の衰退、医療福祉・コミュニティの崩壊。これらは日本全体、例えば、都市部でも団地とか郊外のニュータウンに行けば被災地同様に表面化してきている課題です。つまり、福島や他の被災地が抱える「生活の課題」は、日本全体、あるいは他の先進国でも普遍的に生じている課題です。それがとりわけ短期間に鋭く被災地に突き刺さっているのが現状だと言えるでしょう。今後の「復興」に必要なのは、生活に根ざした課題に向かい合い、そこに第三者を持続的に巻きこむ回路を作ることだと言えるでしょう。

 福島は「課題先進地」です。日本や他の先進国・新興国が今後抱える課題に対応する知見が眠っている。その課題を掘り起こし・解決のための道筋を示すことを目指す必要があります。そのために、私は昨年、「福島学構築プロジェクト」を立ち上げました。具体的には、「福島エクスカーション」や「2000人インタビュー」の取組みをしています。前者は、主に東京近郊に住む企業人、議員、NPO関係者などを対象にして行う日帰り視察会です。後者は、多様な「生活の課題」を、可能な限り把握するための回路、「生の口述データ」を用意するための大規模聞き取り調査です。
 
 必要とされる復興支援活動は、時間の経過とともに、短距離走型から長距離走・マラソン型へと変わってきています。私は「福島学構築プロジェクト」をはじめ、さまざまな具体的な取り組みの中から、少しでもそのような動きを生み出していければと考えています。
(2014年3月11日放送、NHK「視点・論点」で開沼が話した内容を要約)
 
開沼 博氏
福島大学 うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員・社会学者

出典:いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム ご寄稿集 

教育現場の疲弊 OECD国際教員指導環境調査(TALIS)

3.11東日本大震災から3年余りが経過しました。この3月の卒業生は、震災時に中学の卒業式・高校の入学式が満足にできなかった子達です。震災により直接・間接の親戚・友人を失い、また自宅の直接的な被害に会った子達です。それでも震災復興の3年間を、いろいろな思いを持ちながら磐城高校の生徒として通学し、卒業していきました。私の母校でもある磐城高校は市内の進学高校の一つで、多くの生徒が大学進学を目指します。

震災は間違いなく、各生徒の進学先・キャリアプランに少なからず影響を及ぼしました。特に、震災直後の救護活動や、福島第一原子力発電の事故を契機として、医療系を目指す生徒が増えたように感じます。また農業再生を目指す生徒もいました。事故は不幸なことですが、生徒が自分の進む道を自問した3年間となったので、強い意志をもって大学の学部選択をしています。そのような極めて強い意志や地域に貢献したい気持ちを持っていても、学力が伴わなくては希望の学部に進学できません。特に医学部は定員数も少ないため激戦、すなわち極めて高い学力が求められます。特に学費の面から私立医学部という選択肢がなく、国公立医学部先願という背水の陣を引かざるをえず浪人してしまう、もしくは医師への志をあきらめ、より合格が容易な他学部へ希望替えしてしまった生徒も少なくありません。ひとつの解決案として、6年間で数千万円という私立医学部の学費を完全に援助するファンドを作るという方法もあると思います。一定の条件を付した上で、私立医学部進学者に対して、学費負担ゼロで支援している自治体もあるそうです。
 
しかし何といっても生徒の学力そのものの向上に優る解決策はありません。ここにおいて残念なのは、現場の教諭が多忙すぎて、生徒の学習に直接向き合う時間が十分にとれていないことです。磐城高校においては、就業前の自己学習や、終業後の補習、任意のゼミ等、生徒の学習意欲を上げるようなたくさんの取組みをして、実際に効果を上げています。やりがいがある反面、教師の勤務時間がそれに比して増大し、現場は疲弊しています。例えば中学校の例ですが、経済協力開発機構(OECD)が行った国際教員指導環境調査(TALIS)※によれば、勤務時間も日本の教員は世界最長です。全世界平均の1週間の勤務時間が38.3時間に対して、日本は53.9時間と突出しています。多忙さの原因は部活や事務作業の時間です。また日本の先生は、指導への自信が低く勤務時間が長かったという調査結果も出ています。間接業務にはどのような業務の種類があり、それぞれ何時間を充てているのかまず全体を把握する必要あります。そして生徒に向き合う時間やその準備時間、そして教師としてのプロフェッショナリズムを維持する自己研鑽の時間等の優先順位を付けた上で、あるべき時間の割り振りをしなくては、効果的な学習指導がさらに困難になるでしょう。

※OECD国際教員指導環境調査(TALIS:Teaching and Learning International Survey)は、学校の学習環境と教員の勤務環境に焦点を当てた国際調査です。

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教育現場を見せて頂いて感じることは、高校生のポテンシャルは非常に高く、適切な「場」さえ与えれば、それに適応して能力を伸ばすことができるということです。昨年から、磐城高校と米イエール大学とで、毎朝スカイプ通話を始めました。これは語学力の向上というよりも、新しいものに対し、心のハードルを下げるという目的でやっています。そういった場を提供し続けていくことが大人の責務だと思います。

<スカイプ通話は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/32241947.html

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム 新田祐大・長塚智弘選手

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウムの開催にあたり、競輪選手中でも最高峰のS級S班選手、新田祐大氏から「自転車とまちづくりにかける思い」と題して、ご寄稿いただきました。基調講演当日には、同じくS級S班選手の長塚智弘選手と一緒にご登壇頂きました。新田祐大選手は、1986年生まれの福島県会津若松市出身。自転車競技の世界では日本強化選手に指定されており、ロンドン五輪出場経験を糧に、昨年は年内優勝10回、松阪バンクレコード更新と結果を残し、今年は現在日本ランキング6位です。

長塚智広選手は、1978年生まれの茨城県取手市出身。世界トップクラスのロケットダッシュで、2000年のシドニーオリンピック出場、2004年のアテネオリンピックのチームスプリントでは、銀メダルを獲得しました。早稲田大学スポーツ科学研究科トップスポーツマネジメントコースの社会人修士課程を卒業し、また株入門書も出版されるなど、様々な才能を持つ現役アスリートです。被災地の少年少女を対象とした、トップアスリートによる「バスケットボールクリニック」や「陸上クリニック」を開催したSS11のメンバーであり、昨年いわき平競輪で2回開催された「チャリーズ杯」というチャリティレースの立役者でもあります。

新田長塚選手

 福島県出身である私は、二〇〇五年より競輪選手としていわき平競輪場を中心として全国の競輪場にてレースに参戦する傍ら、自転車競技の日本代表としてロンドン五輪に出場し、現在は、二年後のリオ五輪でのメダル獲得を目指し、日々精進しております。今回は、愛着のあるいわき市にて、日常的に多くの人が利用しており、ファッション性の高さや近年のエコブームとしても大変注目されている〝自転車〟についてお話出来ますこと大変光栄です。
 
 何故ならば、環境に負荷を掛けず、化石燃料も使わず、健康に資する手段である<自転車>の魅力を届けて、子供からお年寄りまで多様に利用してほしいと思っていたからです。勿論、私のように競技者として志す未来のオリンピアンが地元福島から誕生してくれることも大変嬉しい限りですが、それだけではなく、子供の体力低下対策や子育て支援の一環として、また生活習慣病予防や足腰の強化といった健康増進が医療費削減などの効果にも繋がると期待されているのが、自転車のまちづくりです。

 私が、自転車の普及を図りたいと強く思ったのは、二〇一二年に出場したロンドン五輪での一戦がきっかけです。オランダやデンマークと並び自転車先進国であるロンドンでは、自転車は最も重要な移動手段であるとされ、車よりも優先する考え方を取り、これが「自転車革命」と言われています。地域の住民にもそれが根付いて、地元開催の五輪では、自転車競技会場は連日超満員で他国の観戦者はほとんど入れない状態でした。
その中で、叙勲制度においてナイトの称号が与えられている英国の自転車選手、クリス・ホイ選手と対戦した際です。選手の名前がコールされると同時に、会場には地鳴りのように英国コールが響き渡り、その声援を背に受け、クリス・ホイ選手は見事金メダルを獲得しました。私にとりましては、大変悔しい思いをした一戦となりましたが、国民が一体となり、自転車が国技として認められている、それを肌で感じた試合でした。

 最近では、日本でも自転車のまちづくりに盛んな都市が増えてきたように感じますが、自然豊かで、適度な高低差といった魅力的な地形であり、いわき競輪場やサイクリングロードといった環境も整備されているいわき市から自転車利用が地域の皆さんに根付くことで、ブームに繋がり、自転車ツアーやレース、サイクル事業の発端となり、環境、健康、経済、産業など様々な面で活用されていくことで、二〇二〇年東京五輪での日本選手団活躍の相乗効果に繋げていけたらと切に願っております。自転車のまちづくりの先進都市として、いわき市から発信される新たな自転車文化に期待しながら、老若男女問わず一人でも多くの自転車利用促進に向けて、私自身も競技者として、自らのパフォーマンスで広めていきたいと考えております。

新田長塚選手3

新田祐大氏
日本競輪選手会福島支部所属第90期S級S班 競輪選手 
自転車競技 日本強化指定選手 (2002年~現在)
ロンドン五輪出場経験を糧に、昨年は年内優勝10回、松阪バンクレコード更新(10’6)と結果を残し、今年は現在ランキング6位

出典:いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム ご寄稿集

医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい 上昌広著

8/9のいわき医療・まちづくり公開シンポジウムにおいて、トップバッターでご講演いただいた、東京大学医科学研究所の上昌広教授の新著です。昨今の各種雑誌でも、いわゆる医療崩壊が叫ばれていて、「医療崩壊列島ニッポンで超高齢社会をなんとかせねば!」調の表層的な記事をよくみかけますが、全く、分析の深度が異なります。まず「医療の不都合な真実」として、一般人にあまり知られていない事実を例示し、その問題点・原因・解決策を提示しています。事実を示すデータ&ロジックを踏襲した説明は、非常に具体的でわかりやすい。

不都合な真実 1 先端医療を食い物にする御用学者
不都合な真実 2 海外の特効薬が日本で承認されない理由
不都合な真実 3 大国立病院が軽症患者に占拠される実態
不都合な真実 4 救急車の患者たらい回しの「レッドゾーン」
不都合な真実 5 なぜ東北地方の急性白血病患者が多いのか
不都合な真実 6 薩長閥が作った歪な医師西日本偏重
不都合な真実 7 首都近郊の後期高齢者を待ち受ける地獄絵
不都合な真実 8 必須の「医学部新設」を阻む利権屋たち
不都合な真実 9 医療訴訟が本当に倒すのはだれか
不都合な真実 10 医療にも「ビジネスクラス」を

上先生がここまで 「医療の不都合な真実」を理解しているのは、ご自身もかつて国立がんセンター等でガン医療現場の最前線に立ち、不都合な事実を、毎日目の当たりにしてきたからでしょう(一般人には知り得ない情報)。また現在、医療ガバナンスの研究者という、医学界の権力の中枢部から一歩引いた立場で分析・研究できるからこそ見えてくることなのでしょう。この国の医師が本当のことを発言すると、途端に疎ましがられ、医療現場や権力から、徐々に排除される風土があります。もっともこれは医師の世界だけでなく、他の業界にもあてはまることなのですが、これまで医学界の情報が外部に漏れる機会がなかったので、ここにきて噴出しているとみるべきだと思います。いずれにせよこの本で、本当に役立つ医療とは何か、 医療をダメにする本当の「癌」は何か、があぶり出されています。
 
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日本の医学は、明治維新の薩長雄藩のえこひいきで、医学部設置が西高東低になったこと、旧日本軍の医療施設が、現在の国立医療研究機関に看板替えしたこと等、の歴史的背景が、今になっても陰に日向に影響しています。また製薬会社・個人開業医・国立大学・私立大学のそれぞれの背景と事情がわかると、なぜそんな主張をするのかが理解できます。個人的には、国立病院の運営目的が、純粋にガンの臨床研究であるからこそ、ガンの重度患者を受け入れたくないという件は、驚きでした。特に、厚生労働省・日本医師会・全国大学学部長会議の行動ロジックを明快に書いてもらったのはありがたい。

上先生の提案する解決策は一貫しています。
<ダメなもの>国費・税金の投入、全国一律規制、ガチガチの岩盤規制、医療現場の過重労働
<進めるべきもの>将来の人材育成、医学教育のさらなる普及、健全な競争の導入、試行錯誤の積み重ね、自分の力で考えること

上先生地域偏在


 

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム 石崎芳行氏

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウムの開催にあたり、福島復興本社代表の石崎芳行氏からご講演いただきました。石崎芳行様は、東京電力 福島復興本社の代表です。慶應義塾大学法学部を卒業後、東京電力に入社し、広報部長や福島第二原子力発電所の所長を歴任され、東京電力代表執行役副社長となりました。広野町のJヴィレッジにある復興本社に常駐され、除染・補償・復興の前線を担当されています。将来を見据えどのように浜通りのまちづくりに貢献していくかという視点でお話しをいただきました。

石崎代表

 寄稿にあたり、まずは弊社福島第一原子力発電所の事故により、多大なご迷惑、ご心配をおかけしておりますこと、あらためて心よりお詫び申し上げます。廃炉には、これから長い期間を要しますが、弊社は、国と一体となり、さらに、海外の叡智を結集して、安全・確実にこれを成し遂げることを経営の最大の責務として全力を尽くして参ります。
 
 今年1月に新しい事業計画を公表しておりますが、その中でも福島、とりわけ浜通り地域の復興に向け、最大限取り組むことを明記しております。原子力損害の賠償を最後の一人まで貫徹するとともに、住民の皆さまの帰還に向けた生活環境整備に資するための住宅や公共施設の片づけ・草刈り・モニタリング等の活動に加え、地域の産業基盤や雇用機会の創出に、弊社としてもグループをあげて最大限の努力をして参ります。
 その具体策のひとつとして、常磐共同火力勿来発電所地点および弊社広野火力発電所地点での「福島復興大型石炭ガス化複合発電(IGCC)設備実証計画」を盛り込んでおります。貴市における経済復興や雇用回復・創出へ少しでもお役に立てるのではないかと考えております。現在、実現に向けて環境影響評価を行っており、2020年代初頭の運転開始を目指し、手続きを進めるとともに、運営形態を含めた詳細を詰めて参ります。
 
 また、今年1月に赤羽経済産業副大臣が主査となり、関係省庁、福島県、浜通り地域の5つの自治体の首長(清水いわき市長を含む)、大学等の研究機関、そこに私も福島復興本社代表として参加させていただき、福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想研究会が設立されました。6月までの議論の結果、今後、国をあげたプロジェクトとして、浜通り地域の復興を加速するために次の事業に取り組むことが示されています。
【①国際廃炉研究開発拠点の整備】廃炉に必要となる先端的な研究開発に関わる国内外の技術者が働き、生活できる拠点作り。
【②ロボット開発拠点】廃炉作業に今後必要となるロボットをはじめ、災害時に活躍可能なロボットなど幅広い分野における技術開発の拠点整備。
【③国際産学連携拠点】全国の原子力や廃炉等の研究を行う大学の研究室を集積するとともに環境修復や農畜産業等も含めた産学連携拠点の整備。
【④新たな産業集積】被災地から発生する廃棄物のリサイクルを行うとともに、そこから発生する熱エネルギー等を農業やまちづくりに利用するスマートエコパークの設置、再生可能エネルギー施設の積極的な導入により、地域経済への貢献と一定の雇用創出。

 日本は、本格的な少子高齢化社会を迎え、地方都市における生産者人口の低下は都市の活力を減じる大きな課題であると認識しております。原子力発電所の事故により若い世代の方の帰還の意志が低いという厳しいアンケート結果も目にしているところではありますが、浜通り地域を温暖で住みやすい環境をベースに、さらに魅力的な街にしていくことで、この地に住みたい、働きたいと思って頂ける方を増やすことが必須と考えております。そのためには、この地でなければできないようなオンリーワンを目指した新たな産業なり農業なりを考えていくことが必要であると思っています。東京電力としても微力ながら具体的なご提案や貢献策を一緒に考えさせて頂きながら、実現に向け全力で取り組んで参る所存です。

石崎代表2

石崎芳行氏
昭和28年生
慶應義塾大学法学部卒業
平成25年1月より 代表執行役副社長 福島復興本社代表兼福島本部長兼原子力・立地本部副本部長

出典:いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム ご寄稿集

セブンイレブン×エヴァンゲリオンキャンペーン作戦、始動。

セブン-イレブンで『エヴァンゲリオン』とコラボレーションしたキャンペーンが8月7日より始まっています。題して、「セブンイレブン×エヴァンゲリオンキャンペーン作戦、始動」。

【セブン-イレブン×エヴァンゲリオン作戦】は、エヴァンゲリオンのヌードルやベアブリックストラップなどがもらえるキャンペーンで、なんといっても、目玉は高さ約2メートルの『エヴァンゲリオン初号機ヒューマンスケールフィギュア』!セブン-イレブンカラーとレギュラーカラー2機合計で先着25体限定、一体170万円の価格設定です。8月31日(日)までレジにて予約受付中とのことですが、既に完売。話題性を持たせるのに十分です。

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武雄市の樋渡市長やデザイナーの水野学氏が言っていますが、面白いモノやアイデアのほとんどが、既存の組み合わせ。大事なのは、くっつける接着力。そのために普段から情報を蓄積しておく。7-11とエヴァの組み合わせ、やってくれました^_^ 
 
<水野学氏、アイデアの接着剤は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/38840510.html 
 
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いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム 小松秀樹氏

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウムの開催にあたり、亀田総合病院副院長の小松秀樹氏にご講演いただきました。小松秀樹先生は、現在、亀田総合病院副院長です。東京大学医学部卒業後、山梨医科大学助教授、虎の門病院部長を経て、2010年5月より 亀田総合病院副院長に就任されました。亀田総合病院は、人口3万人の鴨川市という、ある意味人口減少に苦しむ地域にありながら、ベッド数700床、常勤医師が400人を超える、地域医療と高度医療を両立させている、日本を代表する経営をされている病院のひとつです。亀田総合病院は震災直後に、磐城共立病院の人工呼吸器装着患者や市内の知的障害者、人工透析患者を百名単位で受入れてくれた病院です。小松先生は「医療崩壊 立ち去り型サボタージュとは何か」「医療の限界」等の著書を書かれており、医療界で日本を代表する論客のおひとりです。

小松先生浜通りの置かれた状況

 東日本大震災直後、福島県の透析患者、要介護者、人工呼吸器装着患者、知的障害者などを鴨川に受け入れた。筆者はこの作業に関与した。その後、南相馬市の医療再建を支援した。こうした活動を通して、いわき市のときわ会のような活動的な医療介護提供者と知り合うことができた。しかし、福島県に独立自尊の気風が弱いこと、地域エゴをコントロールできていないことが、医療の発展を阻害しているとしばしば感じた。
 
 震災前、浜通りの医師の供給は東北大学と福島県立医大に依存していた。医療の進歩や社会の高齢化のために、医師の需給は逼迫していた。東北大学も福島県立医大も医師の派遣要請に応えきれない状況が続いていた。それでも、福島県立医大の医局には、医師を引き揚げるにもかかわらず、他からの採用を邪魔することがあった。医局は、自然発生の排他的運命共同体であり、法による追認を受けていない。やくざの組織と同様、医局の勢力を他の医局と争っている。外部からのチェックが効きにくいため、何でもありの原始的な権力として行動する。医局出身者以外、あるいは別の大学から院長を採用したり、他の医局の医師を採用したりするだけで、医師を一斉に引き揚げることがある。
 
 日本で評価されている病院は、医師の教育制度を充実させ、自力で医師を育成している。地方の中規模病院でも、元気がよいのは、自力で医師を育てている病院だけである。医師の供給を大学だけに求めてきた病院が苦境に陥っているのは、医局員の数がニーズに対し相対的に減少したことに加えて、医局が医局外の医師の参入障壁になっているためである。
 
 筆者は、2011年9月、南相馬市の医療再建の支援を依頼された。自立を目標に作戦を考えた。自立するには、地域に臨床研修病院が必要である。そのためには、既存の病院があまり小さすぎた。そこで、公立相馬病院と南相馬市立総合病院を統合することを提案した。また、『攻めの医師募集』として、医師30名を募集した。ミッションを明確にして、医師に生きがいと価値を提示した。影響力のある医師12名に呼びかけ人になってもらった。病院は統合できなかったが、南相馬市立総合病院は、臨床研修病院に指定された。金澤院長、及川副院長が元気になり、積極的に発信するようになった。東大医科研の坪倉医師が南相馬市民の内部被ばくを測定し、世界に発信し続けた。亀田総合病院から出向した原澤医師が仮設住宅で診療開始。根本医師が在宅診療科を創設した。東大国際保健のチームによって震災関連のデータが世界に発信された。研修医が2年連続で2名ずつフルマッチ。常勤医師数は震災前の2倍を超えた。
 
 医師を集めるのに、特定大学だけに依存すると、全国区の医師募集はできなくなる。東北地方の大学病院そのものが医師不足なので、大学に頼っても、派遣医師は減少し続ける。医師1名、年間5000万円の費用を要する寄付講座からの派遣が増える。現状では、独立自尊の気概を持って、地域の戦略を考え抜くことでしか、医療提供体制を構築することはできない。

小松秀樹氏
東京大学医学部医学科卒業
山梨医科大学泌尿器科助教授、虎の門病院泌尿器科部長を経て2010年5月より 亀田総合病院副院長
著書「医療崩壊 立ち去り型サボタージュとは何か」「医療の限界」等 
 
出典:いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム ご寄稿集 

アンのゆりかご 村岡恵理著

NHK連続テレビ小説で「花子とアン」が放映中です。赤毛のアンの著者、村岡花子のストーリーということを先日、初めて知り、その直系の孫の書いた著作を読んでみました。著者の村岡恵理氏は祖母、村岡花子の書斎を「赤毛のアン記念館・村岡花子文庫」として翻訳家の姉、村岡美枝と共に管理運営されている方です。著作物、蔵書、資料を保存だけでなく、書斎を愛読者や研究者に公開しているとのこと。一度、訪れたい。『赤毛のアン』の著者、モンゴメリの子孫や、赤毛のアンの舞台であるプリンス・エドワード島州政府と交流を続け、日加友好促進につとめているそうです。

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ストーリーは、ほぼ、NHK連続テレビ小説で「花子とアン」と同じ。登場人物名や登場時期に若干、テレビ用にアレンジ・修正がされていますが、ほぼ同じ。貧乏な家庭に生まれながらも、東洋英和の給付生としてクリスチャン(プロテスタント・メソジスト派の学校)の女子校で英語による英才教育を受け、編集者となります。その後、印刷会社の経営者の息子と道ならぬ恋に落ちます。関東大震災では経営する会社をなくし、さらには最愛の息子を疫病で亡くします。太平洋戦争の間、大事な人からプレゼントされたの洋書「Anne of Green Gables 」を守り、戦後に翻訳して「赤毛のアン」を世に出します。最愛の息子を亡くしたかわりに、多くの子供達に明日への希望がわく物語を届けたいという想いを、情熱に満ちた生涯です。

実際にあった話として、実感できるのは、銀座にある「教文館」。プロテスタントのキリスト教を基盤とする企業で、財団法人日本キリスト教文化協会が運営に携わっています。各フロアには、キリスト教関連の書籍がところ狭しと並んでおり、非常に特徴にある本屋といえるでしょう。ここで主人公の花子が編集者として実際に働いていたそうです。連ドラで銀座が舞台になっていて、銀座のカフェで妹が給仕をやっている風景が想像できます。教文館の1フロアは、「ナルニア国」という児童書籍専用フロアになっていて、キリスト教以外の書籍も幅広く扱っています。私は、キリスト教ではありませんが、キリスト教文化の子女教育にかける熱意には頭が下がります。

もうひとつが「東洋英和女学院」。六本木にある有名女子校ですが、もともとは華族屋敷に囲まれていて、寄宿舎と校舎が一体になった立派な建物だったそうです。男子も受けいれた時期もあったそうですが、その後、第2次世界大戦で敵国の宗教や敵国語を教える東洋英和は、学校教育法の学校でなくなったため(各種学校扱い)、大学への進学が不利となり、キリスト教を捨てた分家が麻布学園(麻布中学校・麻布高等学校)になったんだそうです。先人の歴史の上に、現代人の生活はあるなあ。

この本は、花子の孫が書いたものですが、印象に残ったのは、村岡花子が「赤毛のアンの」舞台であるプリンス・エドワード島を訪ねることがないまま、その生涯を終えたそうです。晩年に米国を訪れたことはあっても、一度もカナダのプリンス・エドワード島を訪問しなかった(できなかった?)そうです。

外国に行かなくでも、素晴らしい文章が書けたのはなぜか?カナダ人教師からグローバルで自由な気質、生きた英語を獲得し、多くの華族や文化人・後の政治家たちと交わる中で、成長していったのでしょう。もってうまれた才能だけでなく、向学心に燃える時期の教育の重要性や、躾や学習環境の大切さを痛切に感じました。 

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム 上昌広氏

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウムの開催にあたり、東京大学医科学研究所 教授の上昌広氏にご講演いただきました。上昌広先生は、現在、東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門の特任教授です。東京大学医学部、同大学院修了され、虎の門病院、国立がんセンターで造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事されました。「復興は現場から動き出す」「復興は教育からはじまる」の著者であり、日本を代表する医療ガバナンスの研究者です。

東日本大震災時後は、福島県浜通りの医療問題改善に取り組み、いわきにも何度もいらっしゃっています。南相馬への医師派遣にひとかたならぬご協力をいただき、現地での教育環境の向上に尽力され、また赴任された医師は現場に溶け込み、市民向けの医療セミナー等を頻繁に開催し、市民との期待ギャップ解消に努められておられます。

上先生地域偏在

 東日本大震災以降、福島県の医療支援を続けている。きっかけは原発事故後にいわき市のときわ会の透析患者を千葉県鴨川市に搬送したことだ。一連の活動を通じて痛感するのが、被災地の復興は人材育成にかかっているということだ。特に医療が果たすべき役割は大きい。それは高齢化が進むわが国で医療は住民の健康管理だけでなく、確実に雇用が見込める分野だからだ。現時点で医療分野の雇用数は、自動車産業と同じである。給与も比較的高い。例えば看護師の平均年収は約四七二万円だが、これは我が国のサラリーマンの平均所得(四〇九万円)より上だ。ただ、医療業界には問題がある。資格がいることだ。業務独占資格であるため、既得権をもつ抵抗勢力があり、新規参入が難しい。

 我が国では、医療関係者の養成施設に極端な偏在がある。多くの人は「東京に集中している」と考えているだろうが、実態は違う。医師の場合、東京の医師養成数は西日本と同じレベルだ。人口が一三三五万人の東京には一三の医学部。人口が三八八万人の四国に四つ、人口一三〇七万人の九州に一〇の医学部がある。一方、東京以外の東日本は少ない。人口が一三四二万人の千葉県・埼玉県には三つ、人口一九四万人の福島には一つしかない。この結果、我が国でもっとも人口千人あたりの医師数が少ないのは埼玉(一・五人)、千葉(一・八人)となっており、徳島(三・二)や福岡(三・〇人)の半分程度だ。東北地方も状況は変わらない。いわき市は一・七人である。丁度、メキシコの平均程度だ。看護師や薬剤師などのコメディカルは病院で養成される。このため、医師が少ないところには、コメディカルも少ない。例えば、いわき市の人口千人あたりの薬剤師は二・〇人だが、これはほぼ人口規模が同じ中核市である高知市(三・〇人)とは比べものにならない。

 先日、埼玉県の有効求人倍率が〇・七四倍であると発表された。アベノミクスで経済界が活況を呈する中、意外に思われるだろうが、これは埼玉県では医療産業が未発達であることが無関係ではない。現在、いわき市の経済は活況を呈しているだろうが、復興バブルが終われば、千葉県と同じ状況になるはずだ。このツケは、住民自らが払うことになる。医療従事者が少ないところでは、当然ながら医療レベルも低い。震災以降、福岡県出身の医師が相馬市内で働くようになったが、「福岡より一〇年は遅れている。医師個人のレベルは高いが、十分に治療を受けていない」と語っている。
 
 問題は医療水準や地域の雇用だけでない。地域の医師数は、地元の中学や高校の教育レベルに直轄する。それは各地の教育は、地元の大学への進学を目指してレベルアップするからだ。そして、医学教育は大学教育の中核を担ってきた。現在も旧七帝大のうち四つの大学の学長の座を医学部出身者が占める。
前述したように、医学部の配置には極端な地域格差がある。そして、その格差には我が国の歴史、特に戊辰戦争が関係している。官軍となった西国雄藩が、地元に優先的に国立大学を作ったのだ。九州・四国・中国地方には、国立大学の医学部は実に十六もあるが、東北・関東地方には九つしかない。人口比とすれば、実に四倍もの差だ。戦後の関東地方の人口増だけでは説明できない。

 医学部は高等教育投資の一つの例だ。他の学部も状況は似ている。そして、これが地元の教育に影響する。例年、十八歳人口当たりの東大合格者が多いのは、兵庫・鹿児島・四国・中国の各県が上位陣を占める。
スポーツも同様だ。例えば、高度成長期以降、公立高校が甲子園で優勝したのは、取手二高を除き、全て九州・四国・中国地方だ。かの池田高校は、人口一・五万人の町の野球部が高校や球界に革命をおこした快挙だ。故蔦文也監督は、赴任から四一年かかり、全国の頂点に立った。山間の田舎町に、本気で、こんなことを考える監督がいたことが、常軌を逸している。徳島の地域力の象徴だ。徳島の人口は、ほぼ浜通りを等しい。ここからは大塚製薬、ジャストシステム、日亜化学などの大企業が生まれている。中村修二氏をはじめ、徳島大学出身者が多い。徳島大学こそ、この地域の財産だ。
 
 東日本大震災を経て、東北に医学部が新設されることが決まった。安部総理の英断で規制が緩和された。今こそ、戊辰戦争以来、抑圧されてきた東北の飛躍の時期かもしれない。ちなみに、東北地方での医学部新設に、もっとも反対したのが、岩手医大・東北大・福島医大の幹部だったことが、この問題の本質を表している。抵抗勢力が要望するのが、「被曝医療センター」などの「ハコモノ」だ。いわき市でも、総額三百億円を費やし、市民病院を建て替えようという動きがあると聞く。専門家がいないのに、ハコモノを作って一体誰のためになるのだろうか。その借金は、子どもたちが払うことになる。地域の生き残りは人材育成にかかっている。長期的な視野に立った議論が必要である。

上昌広氏
東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門 特任教授
93年東大医学部卒。97年同大学院修了。医学博士。
虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事。

出典:いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム ご寄稿集

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム 1日目 地域の医療(まとめ)

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウムの1日目、テーマは地域医療です。雑駁ですが、以下に講演内容を箇条書きでまとめました。基調講演は、3人の方(敬称略)。
・上昌広(東京大学医科学研究所 教授)
・小松秀樹(亀田総合病院グループ 副院長)
・木村守和(いわき医師会 副会長)

<福島民友2014.8.10に掲載>
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140810-00010015-minyu-l07
1日目まとめ
 
その後、基調講演者3名に加えて4名のパネリストに登壇いただき、いろいろな角度からご意見・ご提言をいただきました。不肖私がコーディネーターを務めさせて頂きました。
・坂本うめ子(福島労災病院 看護師長)
・菅波香織(弁護士・子どもを持つ母親)
・松野由以(麻酔科勤務医)
・森田知宏(相馬中央病院勤務、3年目医師)
 
1日目パネル

雑駁ですが、以下に内容を箇条書きでまとめました。

・医療資源は有限であることを、市民がきちんと自覚する。
・医師を他から呼んできて医師不足を解消しようとするには、ムリがある。とにかく先を見据えて人を育てること。看護師は地産地消が大原則
・東京も神奈川も、看護師不足解消を一番の優先順位にして立ち上がった。関東より南といわきは競合しないが、看護師の消費市場という点では、関東は巨大なライバルとなる。若い人材がとられる。このまま何も手を打たなければ、いわきの医療は崩壊する
・人を引き寄せるのは立派な箱ではない。身近な尊敬する人の生き方、文化、利他の心、そういったものをもっと深く見つめ直さなければならない。
・巨大なハコモノである共立病院を、巨額の市債を発行してまで建て直している場合ではない。東京五輪の影響で建築資材も人件費も高騰して、結局予定以上のお金がかかることは必至である。ハード整備より看護師をはじめとする医療関係者のソフト待遇を見直し報いることで、専門家・スタッフを集めることが先決。
・医師に生きがいと価値を提示、ミッションを明確化する。
・自助努力の足りない自治体病院はいずれ存続できなくなる。自治体は仕組み上、破綻できず、ハコモノを作るための借金は次世代の負担となる。民営化の可能性を常に考えて行動する。将来の民営化の障害になるような行動をとってはならない。

上昌広先生や亀田総合病院の小松秀樹先生の歯に衣着せぬご発言に、目が覚める思い、ときに苦言も呈して下さり、有り難く身に沁みました。また、実際に現場でご尽力のいわき医師会副会長の木村先生のお人柄とご発言も心強く感じました。

そして結局は、いわきの医療を変えるのは、行政でも医師会でもなく、市民のひとりひとりであり、そうあるべきだという指針も頂けました。医療サービスの受け手側にこそ、改革のキーポイントが託されている。現実を正しく知る。問題を共有する。智慧を絞る。発進と行動、これらはどんなことにも大切なプロセス。同時に予防医学への理解と取り組みが同じ土俵で討論されるようになったら、医療の未来は大きく変わるのでは、と一市民として感じました。

注)上記は、参加者からのコメントを中心に当方が感じた部分をまとめたものです。正確な内容については、当日配布されたご寄稿集や、別途公開予定の収録ビデオ等でご確認ください。 
140715_シンポジウムチラシ

フラガール甲子園 オリジナルステッカー

第4回フラガールズ甲子園の開催日(2014.8.24)が近づいてきましたね。当日入場券は、すでに完売とのこと。盛り上がり間違いないです。先日、サポーターに配られる、ステッカーをいたただきました。かなり、カワイイ。早速パソコンに貼ってみました。

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いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム開催に寄せて 島田玲於奈氏

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム開催に寄せて、として主催者のひとり、いわき医療未来会議 代表の島田玲於奈氏からご寄稿いただきました。
140715_シンポジウムチラシ


 2013年1月よりいわき市内にて「いわき未来会議」という市民会議が開催されています。私もいわき市医師会として参加させて頂いております。参加者はいわき市内外に問わず、弁護士、企業家、住職、教員、お子さんを心配する父兄、市内のボランティア関係者、相双地区の避難住民等々多岐にわたります。いわき市の今後の30年間を考え、何かを実行していこうという会です。
 
 医療に関しては「医療・福祉・介護」をひとまとめのテーマとして私から第二回より挙げさせて頂きましたが、いわき市は大変ひっ迫してきており、もはや医療関係者の力だけではどうにもならない時代に来ております。勤務医数に関しては、震災前の10年間で379名から283名へと 25%も減っていましたが、そこへ2011.3.11の震災が襲いました。そして人口の1割に当たる約3万人前後が、避難や作業員として流入、高齢化も相まって、医療・介護・福祉の需要が高まってきています。特に病院常勤医不足(救命救急、麻酔科、神経内科、皮フ科、膠原病内科等)が顕著で、平成22年医師・歯科医師・薬剤師調査によれば、福島県の病院勤務医師数は112.6人/10万人で全国第41位、平成25年4月1日の県南部に位置するいわき市の病院勤務医数は県北部の673 人、県中部の572人に次ぐ264人ですが、人口10万人あたりでは80.4人と県北部の140.6人や全国平均の141.3人の半分強しかおらず、人口が3万人増加している事から考えても危機的状況といえ、救急車のスムーズな受け入れも難しく、地域内で治療が完結できないケースも増えてきています。

 眼科も例外ではなく、この原稿を書いている7月現在、病院眼科常勤医は基幹2病院に計3名しかおりません。市民に限らず医師も少子高齢化が進み疲弊する一方です。緊急手術や夜間救急も難しく、非常時には郡山市や水戸市まで紹介しなければなりません。しかし個人でも現状を少しでも打開できないかと考えたのが開業医による近隣病院のバックアップです。現在、いわき市には公立の基幹病院の他にもいくつかの私立病院がありますが、多くの病院には眼科はなく、主に入院中の患者さんを中心に、依頼があればいつでもフレキシブルに診察に出向き、重症化を防止しようと考えています。これが成功すれば他科における勤務医不足解決の手助けになるものと考え、少しずつではありますが努力していきたいと考えています。
私は小さな眼科の一開業医ですが「医師として何か出来ないか。」との思いから、いわき市が運営している軽症患者向けの休日夜間診療所で、微力ながら約10年ぶりに内科・小児科診療を勉強させて頂いているところです。

 このような現状ですが、かねてから市民と医療関係者の対話と共有も必要だと考えておりました。そこで、いわきの医療の現状と未来について考える「いわき医療未来会議」という市民会議も立ち上げさせて頂きました。今回はその縁もあって、吉田みきと氏の計らいでいわきの医療問題とまちづくり問題を考えるシンポジウムを開催頂ける運びとなりました。

 ある時の未来会議では「すべての問題は、今までの自分たちの責任」という意見がありました。そして「自分から、まず変わろう」という意見も。あの3.11以降、世界は変わりました。我々も変わらなければなりません。いつ変わるの?今でしょう!

島田 頼於奈氏
福島県出身。磐城高校卒業。金沢医科大学卒業。同麻酔科、順天堂大学眼科、南東北病院眼科勤務を経て現職。現島田眼科医院院長。南東北病院、常磐病院、国立いわき病院、松尾病院非常勤医師。いわき市医師会理事。いわき医療未来会議 代表

出典: いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム ご寄稿集より

街なか野菜工場 ひまわり信金 ふれあい農園

野菜工場「ひまわり ふれあい農園」が、いわき市平字作町に完成・運用開始したとのこと。場所は元のひまわり信用金庫作町出張所の一階です。統廃合に伴いひまわり信金の作町出張所は閉鎖されており、その空き店舗を活用した事業です。ひまわり信金の経営企画室のご案内で見学させて頂きました。

外見は、出張所当時のまま。現在でも店外ATM(現金自動預払機)が設置され、見た目には銀行店舗そのものですが、中身は完全な野菜工場でした。
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農園設置の目的は、発光ダイオードを活用して無農薬野菜の水耕栽培事業のモデル工場とし、空き工場や空き店舗の活用した事業者への情報提供とそれに関わる地域貢献事業とのこと。確かにイニシャルコスト・ランニングコスト・管理に要する工数等、実際にやってみなければ分らないことも多い。それを収益を目的とする事業者でなく、中立の金融機関がやる意味はある。なぜなら収益を目的とする事業者なら、運営することで得られるビジネスノウハウが、利益の源泉・同業との競争力の差になるため、事業の詳細をオープンにしない/できないためです。期間限定で、事業者への情報提供とそれに関わる地域貢献事業としての金融機関の事業ならば、そのおそれなく、実績データを潜在的な事業者に提供できるでしょう。

それにしても、イニシャルコスト・ランニングコストで数千万円は要するこの農園を設置した、ひまわり信金の深謀遠慮には脱帽です。将来的・長期的には、貸出審査のノウハウや、資金貸出実績につながる可能性もありますが、それは数年後の話。短期的には、まったく収益を獲得しない、地域貢献事業です。

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1ユニット4段の水耕棚で構成され、1ユニットで約320株のレタスを育てます。6ユニット計24段で合計約2千株を栽培が可能で、さらにユニットを増やすことも可能です。ただ1ユニットは磐城農業高校への試験栽培用にとってあるそうです。

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種まきから20-30日程度で収穫が可能で、サラダ菜、水菜等、いくつかの種を実験的に栽培もしています。収穫した野菜は各支店の窓口などで、無償で顧客に配るそうです。こちらでは日勤で2名の方を採用し、常勤してもらっています。基本的な作業は、種付け・植え替え・収穫の3点。作業されている方にお話しを伺うと、一番大変なのは、収穫だそうです。拝見させて頂きましたが、収穫は1株ずつ、はさみを使って根を切って、集め、はかりで量って、小さい単位に梱包するという流れです。確かに他の校庭よりも工数がかかりそうです。一方、このような作業は、ある意味、ルーチン作業が多く、一度作業内容を覚えてしまえば、やれそうだとも思いました。市内には知的作業者向けの作業場がいくつかありますが、そういった施設が導入すれば、障害者のやりがいと、事業性が両立するのではないでしょうか。今後、よく勉強した上で提案していきたいと思いました。

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驚いたのは、水耕栽培のセットを製造販売している会社がすでに存在していることです。単品の手作りでなく、運営ノウハウとセットで、業務として販売しており、1ユニットのセット価格は、百数十万円とのことです。こちらの施設整備は京都市のゼネラルプロダクションというメーカーのものです。

工場はクリーンルームになっており、入室する前にエアシャワーを浴びます。見学にあたっては、マスク・キャップ・白衣をお借りします。今回はクリーンルームの外からの見学も想定して、比較的高価な透明アクリル板の仕切りを使用していますが、本来はもっと安価な仕切りで大丈夫。というか室温・光量・減菌を安定させるには、完全密閉の空間のほうが望ましい。

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よって農園内は無菌状態に近く、室温は21度、湿度は50~60%に設定してあるそうです。確かに無菌であれば農薬も使う必要がなく、「無農薬野菜」のできあがりです。しかし感覚的に、太陽の光をたっぷり浴びた、虫や土がくっついた形の不揃いなイメージがある、無農薬野菜。密閉された真っ暗な工場で、順番待ちで生産される工業製品が、無農薬野菜といわれると、違和感があるのも事実。

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土を全く使わず、LED(発光ダイオード)の光と養分を混ぜた水の循環で栽培されます。ですので、屋内で天候や気候に左右されず、安定的な生産が可能となります。水耕栽培で使うLEDは一般的には白色が多いけれども、こちらでは成長効率が良いとのデータが出た赤、青、白の3色としていて、その3種類の光がとてもキレイ。写真は発芽したレタスです。もうちょっと育つと、植え替えられます。

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いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム開催に寄せて 吉田みきと

過日、8/9.8/10の二日間にわたり、いわきの医療・まちづくり公開シンポジウムが、いわき市文化センターで開催されました。講演頂いた方々だけでなく、広く市内外、専門家であるかどうかを問わず30名の方々から貴重なご意見、提言をいただき、ご寄稿集を発行しました。主催者のひとりとして、以下の通り、挨拶文を寄せさせていただきました。

吉田

この度はご多忙のところ、当シンポジウムまで足をお運び下さりありがとうございます。市民生活にとって、医療やまちづくりの優先順位が高いのはいうまでもありませんが、それが市民の手から離れてしまっているのが現状です。現在、いわき市内の医師不足数は約200名以上といわれております。この10年間つるべ落しに医師の市外流出が続いており、震災後もそれがさらに顕著になっており、地域医療の崩壊一歩手前という状況です。今後も、市民が受けている低放射線被ばくの健康への影響の推移を慎重に見守る必要がありますし、長期的な廃炉に至るまで原発作業員の健康を守ることも重要です。

今年3月に、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口」が発表され、日本の人口減少が本格化し、加速度的に進行していくことが明白になりました。しかし、多くの人はまだ「ああ、相変わらず少子高齢化が続くんだな」ぐらいの認識です。少子化の進行のみならず、高齢者も減っていきます。その結果、地方の小さなまちから順繰りに“消えて”いきます。その理由は、単純な人の数だけでなく、子どもを産める年齢の女性が半分になった時点で、街はインフラを維持できず、消滅することは不可避だからです。福島県は、不確定要素が多すぎるため、この予測の対象から外れています。これが意味するところは、いうなれば住民が、どんないわきのまちにしたいのか、自ら考え、実行していくことが問われているということです。

1日目まとめ

 医療サービスの質・量を決めるのも、どんないわきの街にするのかも、これまでは供給側であった公的機関や医療専門家・都市計画専門家らが担ってきました。しかし原発事故を契機に、需要側であるサイレントマジョリティである住民の意思・行動が、圧倒的に重要になりました。なぜなら望まない医療・望まない都市ならば、黙って住民は去って行くだけだからです。現実にそれが起きています。
 感情に流されず、きちんと現状を受け止めた上で、何ができるのか、いわきの強み・弱みはどこにあるのか把握した上で、まちを作る。私は、「まちづくりは人づくり」そのためには「若者・よそ者・馬鹿者」の視点が大事で、例を挙げれば、起業や遊びや文化芸能、将来や目の前の学習・仕事等にワクワク感が持てることだと思っています。若者は無限の可能性を持っていますが、それを開花させることができる「場」を提供するのは、われわれ大人の仕事ではないでしょうか。また若者は、そういったわれわれ大人の背中を見て、育っていくのではないでしょうか。

2日目まとめ

 震災前までの医療・まちづくりは、公的機関や業界関係の有識者らの意見が集約され、角がとれた、合意プロセスを経た一つのストーリーが提案・実行されてきました。それは安定した社会が前提だからできたことです。震災を機に、過去の単純な延長線上には未来はない、ということが明らかになりました。今回のシンポジウムは、業界関係者のみならず広く、市民さらに、市外(俯瞰できる、よそ者)からも論点出しと、建設的な提案をいただきました。それぞれの知見から、多様なご意見が出ることを期待しています。次のステップとしては、今回頂いたアイデアや提案を「どれを、いつやるか」「誰がどうやるか」になります。その素地を今回のシンポジウムで築きたいと思っています。

2日目登壇者一同

「弱くても勝てます」 高橋秀実著

全国屈指の東大合格者数を誇る超進学校開成高校を数年にわたって追い続けた、ルポルタージュです。常識を逸脱したユニークな野球部を、監督と選手たちへのインタビューを元に紹介しています。読むまで知らなかったのですが、テレビドラマ化もされているとのこと。

普通に考えたら、練習施設も整い、圧倒的な練習時間を費やしている強豪校に勝てるわけがありません。グランドを使って練習できるのは1週間にわずか1回だけ。その日に雨が降るとその週はグランド練習はなくなってしまい、定期テストの週とその前の週も部活禁止となるので、1ヶ月近く間が空くことすらあるそうです。そんなんで他校に勝てるの?

それでも「開成が甲子園?ありえないでしょう?!」と馬鹿にしてはなりません。実際、多数の学校が参加する東京大会において最高でベスト16。昨年の夏もベスト32。その秘密は、10点取られても15点取ってドサクサ紛れに勝つのが、開成野球なんだそうです。守備より打撃、サインプレーなし、送りバントもしない。守備練習はどんなにやったところでエラーするときはするからほどほどに。ピッチャーはストライクが入るのが条件。活路を見出したのは打撃。守備は積み重ねだが、打撃はコツをつかむと短期間で一気に上達する。そして点が入る。そのために、とにかく思いっきりバットを振る。そしてどさくさにまぎれて大量点を狙う。だから、勝つにせよ負けるにせよ、やたらコールドゲームが多くなる。このような徹底的な合理主義のもとに成立した弱いチームが強豪校相手にどう戦うのかという、常識を覆す大胆なセオリーは、感動的ですらあり、そこそこに強い。

開成高校野球部青木秀憲監督いわく、「一般的な野球のセオリーは、拮抗する高いレベルのチーム同士が対戦する際に通用するものなんです。同じことをしていたらウチは絶対に勝てない。普通にやったら勝てるわけがないんです」

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「勝負以前に、(相手チームに)失礼があってはならない」「野球しようとするな」「一生懸命投げるな」「大雑把に振れ」「グラウンドでやるのは『練習』ではない」「何がなんでもヒットじゃなくて、何がなんでも振るぞ!」という謎のような監督の檄を生徒は理解しようとし、それぞれが自分の解釈を持ちます。
 
野球部の選手も、3年生になると東大を受験に専念し、進学するそうです。彼らはおそらく幼い時から勉強においては優秀な子として育てられてきたのでしょう。彼らは高校野球部で「自分たちは弱い」ということを改めて認識し、しかもそれを真剣に克服しようとしています。彼らが社会にでていってから、野球部で育んだしなやかさとしたたかさは必ずや、大きくプラスになるだろうという確証に近いものを感じました。

本郷学園 オープンスクール 私立大学上位校への進学実績の大躍進

東京巣鴨にある本郷学園のオープンスクールに行ってきました。本郷学園は、本郷中学校・高等学校の中高一貫の私立男子中学校・高等学校です。高校のラグビー部やサッカー部は全国を代表する名門。ラグビー部は1985年全国高等学校ラグビーフットボール大会では準優勝、2007年、2010年にも全国大会に出場しています。

OBには、こちら葛飾区亀有公園前派出所の秋本治、水泳金メダリストの北島康介らがいます。北島康介が、所属する東京スイミングスクールに一番近いという理由で、本郷学園に進学したことは有名。なお本郷には、学校のプールがありません。
 
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訪問した一番の理由は、私立大学上位校への進学実績の大躍進です。2014年は教育関係者に、良い意味で大ショックを与えました。それまでの早稲田・慶応への合格実績は、二校合わせて100名台前半であったにもかかわらず、一気に273名まで倍増させたためです。これは尋常ではない、大躍進といえるでしょう。

早稲田・慶応だけでなく、上智や東京理科大への合格者数も、2014年に激増していることから、学生の学力の大きな底上げができたという証左といえると思います。

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出典:本郷高校HPより加工(単位:人)

そもそも本郷高校は、過去に機械科を持っていたこともあり、近隣の巣鴨高校に比べ実学を重視した高校でした。しかし近年の「文武両道」の教育理念から、現在は普通科のみとなり、さらに特進コースが設置されています。この特進クラスでは、東京大学、京都大学、一橋大学、東京工業大学の入学を目標としており、この存在が、進学大躍進の根源かもしれません。

説明会では、先生によるプレゼンテーションの後、生徒による学内の生活の説明があり、生徒の引率で学校見学ツアーが行われました。実際の授業中の様子や、図書室、体育館、実験室等を見ることができ、校内の雰囲気が非常に明るかったのが印象的でした。生徒の運動クラブ所属率は、中学で9割以上、高校で7割以上と、まさに文武両道。

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ラグビー部の練習を見学しました。ユニフォームには「NEC」のマークが。そうです。社会人と練習しているんです。遠目には社会人と高校生を見分けることができないほどで、技術はともかく、体格はまったくひけをとらないようでした。社会人から投げ方や戦術のテクニックを教えてもらっているようで、貴重な経験だと思います。

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いわき市復興祈願土俵入り

いわき市復興祈願土俵入りが、上荒川の市立総合体育館で開催されました。大相撲の人気力士13人と70人に及ぶ相撲スタッフが、被災地を回る慈善事業です。4000席の会場のアリーナ席・二階席の入場は無料ですが、8000人の応募者があり、抽選になったそうです。
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市長の両脇には、尾車親方と「スイーツ親方」大乃国・芝田山親方が。体格の良い市長が小さく見えます。

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稀勢の里関、琴奨菊関の両大関、幕内の遠藤関らが、市内の小学生と「子ども相撲」でも盛り上がりました。特に、福島県出身の双大竜には拍手が多かったようです。関取は、小学生のまわしをつかんで振り回したりしていましたが、小学生に投げられたりする場面もあり、大きく盛り上がりました。

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白鵬関、日馬富士関、鶴竜関の3横綱が復興祈願の土俵入りを披露すると満員の会場は拍手と歓声に包まれました。
 
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いわき四藩のお殿様展と、小川江筋とその流れ展

いわき四藩のお殿様展と、小川江筋とその流れ展の同時開催@ラトブ5F総合図書館。分かりやすく、かつ内容が充実しています。超オススメ。平藩の内藤の殿様が石高増強のため命じて作った小川江筋、現在の飲料水の製造をしている平浄水場のほとんどの原水が小川江筋からです。われわれ現代人の生活は、ことごとく先人たちの歩みの上に成り立っていることが実感できます^_^ 

<小川江筋 血流記は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/30033098.html
<平浄水場は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/27926617.html
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展示で秀逸なのが「小川江筋絵図」でsy。江戸時代に江筋割頭であったといわれる、下神谷の澤村神社宮司・金賀家に伝わる絵図で、小川江筋の維持・管理をするために描かれたものであるそうです。約30kmにも及ぶ小川江筋の流れを、縦30cm、横15mに渡る和紙でできた巻物に鮮やかな彩色が施されて描かれています。これは一見の価値があります!

<小川江筋 丸山隧道・蛇塚は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/30362258.html
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旧警戒区域に行ってみっぺ 被災地スタディツアー なごみ邸の廃屋

旧警戒区域に行ってみっぺ 被災地スタディツアーに参加しました。ツアーガイドは富岡町出身の藤田大さんです。ツアー最後に訪れたのは、藤田大さんが経営されていた「お弁当のなごみ邸」です。藤田大さんの実家であり、職場でもあります。

<旧警戒区域に行ってみっぺ ゲンロン・ふたば商工株式会社ジョイント開催は、コチラ>
http://www.mikito.biz/archives/39441989.html
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「富岡は負けん!」のステッカーを持つ藤田大さん。「富岡は負けん!」は大きな横断幕や、Tシャツ・ステッカー等のグッズがあるそうです。私もステッカー、購入させていただきました。

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外見からは建物はしっかりしているように見えます。実際、建物診断の判定は、「全壊」でなく「半壊」。
 
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しかし建物内部は、雨漏りが発生して、腐った天井がほとんど落ちてしまっていました。床のカーペットにはカビが生え、鼻をつく臭いが玄関を開けただけで、漂ってきました。震災前は、親兄弟と協力して仕事をし、家も近くに住み、従業員と楽しくやっていた仕事場が、こんな悲惨な状態になっている。そしてそれを今、何のゆかりもなかった外部の人間に見せ、写真まで撮ることを許可して下さった藤田さんはどんな想いで、私的な家の中まで公開してくださったのかと思うと、胸がいっぱいになりました。
 
藤田さんの中にも、よそ者に私的空間を見せることには抵抗があったはず。またよそ者が地区に入ることに対して抵抗感を示す住民も多数いらっしゃるとのこと。それにもかかわらず公開し、あまつさえツアーガイドを引受けているのも、富岡町の復興には、外部の知恵や応援が必要と考えているため。復興のチャンネルのひとつとして、スタディツアー参加者を受け入れるのだそうです。
 
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しっかりとした建物の外見と、内部の腐乱し異臭を放っている状況のギャップに驚かされます。このような状態の建物が、富岡町内にはたくさんあるのでしょう。外部から倒壊の危険性がわかる建物だけでなく、外見からわからない、経年の侵食があるので、これらの建物の撤去作業だけで膨大な工数と年月が必要でしょう。

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注)写真は、ガイドの藤田大さん(なごみ邸の所有者)の許可いただいて、撮影しています。

旧警戒区域に行ってみっぺ 被災地スタディツアー 帰還困難区域と居住制限区域の境界

旧警戒区域に行ってみっぺ 被災地スタディツアーに参加しました。写真は地元富岡出身のツアーガイドをお引き受けいただいた藤田大氏と参加者で、桜の名所、夜ノ森です。ここは約500本のソメイヨシノが、2.5kmにおよぶ道路に、東北一の桜のトンネルを作っていることで有名です。

<旧警戒区域に行ってみっぺ ゲンロン・ふたば商工株式会社ジョイント開催は、コチラ>
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ゲンロンスタディツアー#3_集合写真

富岡町は、帰還困難区域と居住制限区域の両方が指定され、当然その境界はあります。向かって右手が帰還困難区域、左手が居住制限区域。見た目にはまったく変らない住宅地ですが、右手に入れないように、各戸の入口ごとにバリケードが張られ、それ以外はH形鋼を基礎にしたガードレールで囲われています。

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ここから先は、帰還困難区域。住民のみが年間15回程度立入ることを許されておりますが、それ以外の人はこのバリケードを越えて侵入してはなりません。当然ですが、道をはさんでこちら側とそちら側で、空間放射線量が変わるわけではありません。

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東電の原子力損害賠償は、個人に対しては、精神的損害、避難・帰宅費用、一時立ち入り費用、就労不能損害、財物賠償などが支払われます。一方、法人・個人事業主に対しては、営業損害、風評被害などに対して支払われます。

先日、帰還困難区域に対しては平成29年6月以降の精神的損害賠償として、一人当たり700万円を追加し、一括で支払うと発表されました(いわゆる、追加賠償)。これまでで、東電はすでに29年5月までの分として750万円を支払っており、総額は一人当たり1,450万円となります。家族5人として7,250万円、とても大きい金額ですが、生涯賃金が2億とも3億ともいわれている時代に、金額の多寡は個別事情によるとしかいえません。なお、追加した700万円は「長年住み慣れた住居や地域が長期にわたり帰還不能となった精神的苦痛に対する賠償」との位置付けだそうです。

さらに帰還困難区域は、元の家屋の新築価格と事故前価値の差額の75%を賠償する。東電の財物賠償と合計すると、事故前価値が最も低い築48年以上の木造住宅でも新築価格の8割が支払われる計算となる。宅地は避難先で新たに取得する土地の価格と、事故前に住んでいた土地の価格の差額の100%を賠償する、と福島民報では報道されており、帰還困難区域の住民に対しては、かなり手厚い補償といえるでしょう。

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(出典:福島民報2014/03/06記事より)

それに対して居住制限区域の住民・避難指示解除準備はかなり、手薄い。精神的損害について帰還困難区域が600万円に対し、居住制限区域240万円、避難指示解除準備区域120万円。それぞれ1/2,1/5程度です。今回の一人当たり700万円の追加賠償もありません。これでは、帰還困難区域と居住制限区域の境界で、補償の大きな差を要因とする感情的ないさかいが起きるのは当然だと思います。なお、大熊町では、帰還困難区域と居住制限区域で補償の差を設けず、帰還困難区域の基準で補償を一律に行っています。非常に政治ネゴシエーションの匂いがします。なお、このような補償基準を決めているのは東京電力ではありません。原子力損害賠償紛争審査会というところです。

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こちらがバリケード越しに撮った、帰還困難地域の風景。見た目には、日本の一般的な、どこにでもある住宅地にしか見えませんでした。

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桜の名所、夜ノ森です。ここは約500本のソメイヨシノが、2.5kmにおよぶ道路に、東北一の桜のトンネルを作っていることで有名です。ちょうど午後3時になりサイレンが鳴りました。居住制限区域には住んではいけないので、自主ルールで15:00までに退去することにしているそうで、その注意喚起のサイレンでした。

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旧警戒区域に行ってみっぺ 被災地スタディツアー 観陽亭

観陽亭は富岡町の太平洋を望む絶景の展望大浴場があるホテルです。いや、でした。東日本大震災による津波被害と、放射能で営業を停止し、現在に至っています。太平洋岸の絶壁の上に建てられているため、眼前に広がる太平洋の水平線から昇る日の出・月の出が美しかったそうです。本当に良い場所です。

海抜18mもの絶壁の上にもかかわらず、津波が1階部分を襲ったとのこと。富岡町の津波の高さは10m程度といわれていますが、地形によって20m以上も波が駆け上がったと言われています。こんな高い場所に津波がきたなんて、実際、この地で立っていても信じられません。

一方、このような被災地スタディツアーが広まってきていて、地元の方の案内や所有者の許可なしに勝手に私有地に立入ってしまうケースも見られるとのこと。現地に管理人が常駐しているわけではない、スタディツアーの難しさがあります。

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未だに観陽亭の営業中の看板がそのまま残されています。観陽亭のオーナー遠藤氏は、いわきに長期避難中の間に、株式会社フタバ・ライフサポート 観陽亭という会社で、事業を再起すべく、仕出し弁当で急成長しています。ここのお弁当は、美味しいので私もときどきいただいています。

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かつては、蝋燭岩(上記看板をご参照)という、ローソク状の岩が眼前に見えていましたが、3.11の津波で岩も流されてしまいました。現在は、小さな岩礁が残っていますが(画面右したの三角型の岩)、かなり小さくなってしまいました。

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観陽亭から南に目を向けると、富岡漁港の奥に、福島第2原子力発電所が見えます。1-4号機とともに、タービン建屋も肉眼ではっきり見えます。震災時には、完全にポンプモーターは水に浸かり原子炉が冷やせなくなり、1日と持たずに格納容器の設計圧力に達するおそれがあったそうです。すなわち福島第一原発と同様に、第二原発もメルトダウンの危機だったわけです。

外部電源4回線のうち3回線が被災し、1回線だけ生き残りましたが、炉心を冷却する建屋から遠い場所にありました。そこで当時の福島第2原子力発電所の所長は800メートルも離れた外部電源の回線を、建屋まで人海戦術でケーブルを担ぎながら運ぶという指示をだしました。ケーブルといっても、何トンもする大変重いもの。自衛隊のヘリでケーブルを運んできてもらい、200人もの作業員が2メートル間隔でケーブルを担ぎ、建屋に引っ張りこんだそうです。当時の福島第2原子力発電所の所長が、電気を専門とする増田尚宏氏が所長だったから判断できたそうです。

事故を引き起こしたのは東京電力の施設ですが、当時の現場作業員がいなければ最悪の事態になっていた。またその後の廃炉も現場作業員がいなければ事態は改善しない。素直に私は現場作業員の方々それぞれに感謝したい。

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注)写真は、ガイドの藤田大さんの許可いただいて、撮影しています。

被災地スタディツアー 殉職したパトカーを震災遺構に

被災地スタディツアーで、富岡町出身の藤田大さんの案内で、富岡小学校を訪問しました。

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「富岡は負けん!」のステッカー。歩道橋の横断幕や、いろいろなところで見かけます。ステッカー・タオル・Tシャツ等のグッズもは販売されています。

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藤田大市は、創立90周年を迎える富岡小学校の卒業生。「ドロケー」して遊んだエピソード等を話してもらいました。荒れた校庭には、セイタカアワダチソウが生え始めています。この秋ころには大変な繁殖になるでしょうか。

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校庭の土を削り取って、除染したことがわかります。概ね地表から5cm程度を削ったことが、ここから判明できます。そして「原子力規制庁」の鋲が打たれています。

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本日の最高の空間放射線量は、富岡小学校横の側溝で7.53μSV/時。富岡市内は、0.2-0.6μSV/時程度ですが、側溝等の溜まりやすいところは、放射線量が高い。

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こちらは富岡漁港近くで、津波に流されたパトカーです。この辺の空間放射線量は1.1μSV/時でした。震災時にこのパトカーで避難誘導にあたって2名の警察官が、殉職しました。1名は遺体で発見されたものの、佐藤雄太警部補はいまだ発見出来ていないそうです。この場所は、フレコンバッグ仮置き場予定地で、近々パトカーは撤去され、整地され跡形もなくなってしまうかもしれないとのこと。こういったもの、現物を、「震災遺構」として現場保存し、市内・市外・後世の人達にリアルに見せていくことで、震災を記憶にとどめておくことこそが重要なのではないでしょうか。

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注)写真は、ツアーガイドをしていただいた、藤田大様の許可を得て撮影しております。 

楢葉町 ここなら商店街

楢葉町の仮設商業共同店舗「ここなら商店街」にお邪魔しました。7/31にオープンとのことなので、オープン3日目、花輪が並んでいました。現在、一般人が最北端でご飯が食べられる場所です。帰還に向けた環境づくりの柱の一つで、地元業者が営むスーパーと二つの飲食店、計3店が入居しています。「ここは、ならはまち」と「ここなら、買える!」をかけて、ここなら商店街だそうです。

1. おらほ亭: そば、うどん、ソフトクリーム等
2. 武ちゃん食堂 役場前店: ラーメン、カレー、丼物、定食等
3. ブイチェーン 楢葉店: 食品、日用品等(スーパー)
 
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店は作業員と思しき方々で満員でしたが、回転が良いのですぐに席につけました。そばとうどんなので、注文から提供までの時間も短い。ただ注文・調理・片付けを3人の方で回していましたが、開店直後ということもあり大混乱。

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なぜか、そば・うどん屋さんにソフトクリームのメニューがある。その理由は、愛媛県に避難中の南相馬市の果樹農家、渡部寛志さんから取り寄せた「河内晩柑」を材料にしたソフトクリームを販売しているからだそうです。

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なんといってもスーパーです。ほとんど街中のスーパーと品揃えは変りません。野菜だけでなく、肉・魚・お刺身などもあり、生鮮食料品のほとんどがここで足りると思います。

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お弁当・お総菜もチェックしました。製造も楢葉でやっているようです。地元への帰還が実感できました。

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旧警戒区域に行ってみっぺ ゲンロン・ふたば商工株式会社ジョイント開催 富岡駅

ゲンロン友の会主催の福島第一原発災害被災地へのスタディツアーに参加しました。東京発着なので、参加したのは関東を中心に25名。遠くは広島から参加された方もいらっしゃいました。ガイドは『福島第一原発観光地化計画』にインタビューが掲載されている富岡町の藤田大氏。富岡では、「なごみ邸」という仕出し弁当の会社を手広くやっておられましたが、震災で壊滅。その後家族とともにいわきへ長期避難し、いわきで仕出し弁当屋さんを再開されています。この度、観光ガイド事業を事業化すべく、ふたば商工株式会社を商工会と一緒に立ち上げています。今回はそれに、ゲンロンの東浩紀代表とスタッフが全行程に同行しています。

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現在、富岡町は一部が帰還困難区域で、多くが居住制限区域に指定されており、朝夕の出入りは基本的に自由になっています(自主的に、居住制限区域から出るときは、福島第二原発の横にあるスクリーニング施設で、汚染の有無をチェックしてから出る)。まずは、有名な富岡駅をご案内いただきました。驚いたのが、我々以外に観光バスが3台も先に来ていたことです。福島ナンバーの大型バスで、いかにもツアー客然とした一行をガイドらしき方が引率されていました。事実上、観光ツアーは組まれています。早急に地元富岡による受入の整理が必要ではないかと感じました。ただし、富岡町民の中でも、未だに市外から「スタディツアー」として自宅等を見られることを心良しとしていない方々と、逆に復興のためのひとつのキーとして必要と考える方々が、それぞれいらっしゃるので、細心の注意が必要とのこと。

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現在のルールでは、福島第一原発事故による避難指示区域は、下記の3区分になっています。これを理解していないと、まず話が始まらない。
1.帰還困難区域:放射線の年間積算線量が50ミリシーベルトを超える区域(例:大熊町のほとんど)
2.居住制限区域:、放射線の年間積算線量が20ミリシーベルトを超える区域(例:富岡町の半分くらい)
3.避難指示解除準備区域:放射線の年間積算線量が20ミリシーベルト以下の区域(例:楢葉町のほとんど)

帰還困難区域は、住民だけが年間15回のみ、立入ることができます。居住制限区域は、日中だけですが原則自由に立入ることができます。現在は15:00までの自主ルールだそうです。ただ警察の検問や職務質問用に、富岡町民には立入証が配布され、必要に応じて提示します。

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もう非常に有名となった、「改札のパイプ」。ホーム施設のほとんどがなくなり、これだけが残っています。

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もういわきではあまり見られなかった放置車両が、富岡ではまだまだ通常の光景です。住民がいないと本当に時間が止まっています。

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富岡駅前の建物。いわきでは全壊認定されれば、市の予算で(最終的に国から補填されるのですが)で取壊しが終了しています。一方、富岡ではほとんどが手つかずという状況に驚かされます。これには、住民が住んでいない、取壊し業者もいない、不動産賠償の行く末が見えない等の複数の理由でそのままになっています。
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富岡駅前に慰霊碑がありました。線香でなく、水やジュースをお供えするんですね。

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注)写真は、ツアーガイドをしていただいた、藤田大様の許可を得て撮影しております。 

<旧警戒区域に行ってみっぺ 被災地スタディツアー なごみ邸の廃屋>
http://www.mikito.biz/archives/39453167.html 

<旧警戒区域に行ってみっぺ 被災地スタディツアー 帰還困難区域と居住制限区域の境界>
http://www.mikito.biz/archives/39453148.html

<旧警戒区域に行ってみっぺ 被災地スタディツアー 観陽亭>
http://www.mikito.biz/archives/39453135.html

<被災地スタディツアー 殉職したパトカーを震災遺構に> 
http://www.mikito.biz/archives/39453100.html 

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム ご寄稿集・小論文集を無料プレゼント

いわきの医療・まちづくり公開シンポジウム 8/9・8/10開催。来場された方には、他では手に入らない小論文集を無料プレゼントします!ご寄稿いただいている方は以下の通り(敬称略)。決してオカネでは買えない、さまざまな観点からの、まさに叡智の結集です!

○医療
上昌広(東京大学医科学研究所 教授)
小松秀樹(亀田総合病院 副院長)
木村守和(いわき医師会 副会長)
坂本うめ子(福島労災病院 看護師長)
菅波香織(弁護士・子どもを持つ母親)
森田知宏(相馬中央病院勤務、3年目医師)
新谷史明(総合磐城共立病院 院長)
小山敦(総合磐城共立病院 救命救急センター長)
石井敦(かしま病院 総合診療科)
樋渡啓介(佐賀県武雄市 市長)
村岡寛(村岡福祉医療総合研究所 所長)
柴田香織(パライソごしき 施設長)
藤岡将(南相馬市立病院初の初期研修医 2年目医師)
嶋田裕紀(南相馬市立病院 後期研修医 3年目医師)
柴田幸子(杏林大救命センター 看護師)
井出恵伊子(東京ベイ浦安市川医療センター 看護師)

○まちづくり
石崎芳行(東京電力 福島復興本社代表)
新田祐大(競輪選手 SS級)
開沼博(福島大学 特任研究員)
鈴木修典(ポレポレいわき 館主)
松本丈(夜明け市場 プロデューサー)
白岩春菜(平商業高等学校 高校3年生)
福迫昌之(東日本国際大学 教授)
東浩紀(ゲンロン 代表)
有賀督夫(あるが家具 代表)
豊田善幸(中之作古民家プロジェクト)
ユアサミズキ(パークフェス 主催者)
中野夏海(元磐城高校生、医療系大学1年生)
五輪美智子(県立小名浜高校 元校長)
川延安直(福島県立博物館 学芸員)
140715_シンポジウムチラシ

白い巨塔 山崎豊子著

山崎豊子著の「白い巨塔」単行本全5巻をあらためて読み直しました。「白い巨塔」といえば、主演 唐沢寿明の映画のイメージですが、原作はさらに面白い。Hayley Westenra の「Amazing Grace」が脳裏に焼き付いて離れません・・・
http://goo.gl/UQQ9Ii

浪速大学に勤務する財前五郎と里見脩二という対照的な人物を通し、医局制度などの医学界の腐敗を鋭く追及した社会派小説なんですが、まさに傑作といわざるをえません。最後は胃がんに冒された主人公が、自分の一生を振り返り、患者を死なせたことを悔いつつも、最高裁への上告理由書と自らの病理解剖所見書を残して最期を遂げる。壮絶な最期です。またしても私の脳裏には、Hayley Westenra の「Amazing Grace」が流れる・・・

個人的には、野心まんまん、出世を成し遂げるまで、そして成し遂げた主人公が、実母を大阪に呼び寄せないところが興味深い。母は、貧乏ながら奨学生として一人息子を国立大学へ送り、たった一人で窮乏生活を続ける。その息子の立身出世だけが一生の楽しみだったのに、その一人息子を、息子の将来のために、大きな医師一家に養子に出してしまう。それでも主人公は、実母に心を寄せつつ、大阪には呼ばない。一方、妻へ隠れて、毎月一度、まとまった金額を送金することに、密かな楽しみを見いだす。何のために生を受けたのか、何を目的に一生はあるのか、考えさせられます。

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本来は、医療訴訟や、医学部の閉鎖体質に光を当てた小説なんですが、主人公とその母との関係性、働く意味や愛情の表現の仕方のほうに、非常に興味を持ってしまった本でした。
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吉田みきと プロフィール

ふるさとの福島県いわき市で、市議会議員として活動を開始しました! いわき市は、今、複層的な問題が山積しています。公認会計士としてのキャリアを生かし、フレッシュな視点で問題点を洗い出します。



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